昔むかし、私が勤めていた銀行には従業員労働組合というものが有りました。
銀行には支店がたくさん有りますので、本部はもちろんですが各支店にも労働組合の支部が作られていました。
昭和40~50年代ぐらいまでは、残業カットなどが普通に行われていましたし、今ではパワはらと言われるようなことも日常茶飯事でしたから、いわゆる労働環境という面では問題が多かったと思います。
そういった条件ですから労働組合の活動も活発で、特に活発にやっている行員の中にはいわゆる左翼系の人も多かった事を覚えています。
組合員は基本的には全員参加で、活動をするのは若者が中心になるのですが、普通の若い行員はノンポリ的な思考ですから関心も無く参加もしない。
そうすると組合支部は左翼系の人達が牛耳るという事が起こってしまいます。
それは支店の管理をしている層の人達にとってやりにくいという事で、ノンポリ的な行員の中から左翼系にも太刀打ちできそうな者を選んで積極的に組合活動に参加させるように仕向けていました。
そんな中に若い頃の私が入っていたのです。そういった経緯から組合活動を積極的にやったのですが、方向性が違うという事で超左翼系の連中ともやり合った経験もたくさんあります。
すべての経験が現在の私をつくっているとも言えるのですが、修羅場に強いのはその頃の経験の賜物かも知れません。