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五十三年ぶりの「男と女」マイ・エッセイ 59 (先行掲載)

2020年05月27日 13時15分45秒 | マイ・エッセイ&碧鈴
   五十三年ぶりの「男と女」
                                                 
 「アヌーク・エーメ」を知っていますか。
 フランス映画「男と女」の主演女優の名前です。 一九六六年(昭和四一年)に制作された映画で、そのときわたしはまだ高校生でした。この映画を観たのは翌年、東京の大学に行くようになってからです。それ以来、この変わった名前は決して覚えようとしたわけでもないのに、よっぽど印象が強かったのか、その名前を忘れたことはありません。
 あのころ、映画は娯楽の花形だったからよく観に行きました。下宿していた五反田にはろくな映画館がなくて、観に行ったのはたいてい渋谷駅の東にあった東急文化会館でした。屋上にプラネタリウムがある八階建てのビルで、その六階に「東急名画座」がありました。ロードショーを終えてしばらくたった映画がかかっていて、みんなの話題からは遅れることになったたけれど、一本立て、百円で観られました。いまの映画館は入れ替え制になっていて途中から入場することはできないけれど、当時はいつでも入場できて、気に入った映画は何回も観ることができました。
 「男と女」はそこで観ました。そのころはフランス映画が活気がありました。わたしの好きな映画、ベストスリーに入っている、リノ・バンチェラ、アラン・ドロン、ジョアンナ・シムカスが共演した「冒険者たち」、セリフがすべて歌になっているカトリーヌ・ドヌーブ主演の「シェルブールの雨傘」はどちらもフランス映画です。
 去年、同じ監督、音楽、俳優が再結集して、その後の二人を描いた映画が製作されました。実に五十三年ぶりのことで、みんな八十歳を過ぎている人たちばかりです。
 タイトルはそのまま「男と女」副題は人生最良の日々となっています。キャッチコピーは、
「記憶を失いかけている元レーシング・ドライバーの男ジャン・ルイは、過去と現在が混濁するなかでも、かつて愛した女性アンヌのことだけを追い求め続けていた。そんな父親の姿を見た息子は、アンヌを探し出し、二人を再会させることを決意する。長い年月が過ぎたいま、アンヌとジャン・ルイの物語が思い出の場所からまた始まろうとしていた・・・・。」
 そんな映画が「宇都宮ヒカリ座」で上映されることを知りました。期間は五月十六日から二十二日の七日間、一日、九時四十分と三時十五分の二回。これはなにがなんでも観に行かなくてはなりません。満を持して、二十一日の午後、観に行きました。
 館内はトイレが和式から洋式に変わってキレイになり、座席も新しくリニューアルされていました。映画の人気が落ち込んでいって、この映画館もいつかなくなってしまうのかと心配していたけれど、これなら当分大丈夫だろうと胸をなでおろしました。
 観客は七、八人。わたしは真ん中あたりに座りました。前には誰もいません。ひさしぶりに観るフランス映画は、期待を裏切ることなく一時間三十分、心地よい気分に浸ることができました。
 エスプリに富んだ会話は、世界で最も美しい言葉と言われているフランス語と相まって、男女の機微を表出させます。
 監督のクロード・ルルーシュは八十二歳。スクリーンの映像は、さすがに芸術の国、フランスの伝統を受け継いでいるだけあって、まるで絵画を切り取ったような美しさです。
 音楽のフランシス・レイは八十六歳。「ダバダバダ、ダバダバダ」の一世を風靡したスキャットが回想シーンで使われていて、自然と前の映画とオーバーラップしてしまいます。残念ながらこの作品が遺作になってしまいました。
 主演男優のジャン=ルイ・トランティニャンは八十九歳。年齢を重ねないと出せない重厚な存在感に魅了されました。役では車椅子でしたが、実際でも歩くのが困難で視力もほとんど失われているとのことでした。
 主演女優のアヌーク・エーメは八十七歳。漂う気品は変っていないものの、正直言って往年の美貌は面影もありません。
 二人の顔はシミが混じり、深いシワが刻まれています。監督はそんな二人の顔をこれでもかというくらい、クローズアップで映し出します。
 パンフレットのなかに、監督の言葉「私は人生が送り出すサインに敏感です」を見つけて、
(そうか、監督は一本一本のシワを克明に描き出して、シワは醜いものじゃない、美しいものなのだ)と言いたかったのではないかと推察しました。
 あるエピソードを思い出したからです。それは晩年のオードリー・ヘップバーンを撮った写真家がシワを修正しましょうかと提案したのを、
「確かに私の顔にはシワが増えたかもしれません。でも私はこのシワの数だけ優しさを知りました。だから若い頃の自分より今の自分の顔のほうがずっと好きです。一本のシワにも手を加えないで。どのシワも私が手に入れたものだから」と拒否した逸話です。
 事実、わたしが映画を観ているあいだ、ずっと思っていたことは、
「年を取るってなんてステキなことなんだろう。こんな風にわたしも年を取りたい」でした。

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