民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「差別される大道芸」 高柳 金芳

2013年03月28日 00時07分08秒 | 大道芸
 「江戸の大道芸」 所載 高柳 金芳 著 

 大道芸能者に対する卑賤感

 差別される芸能者

 江戸時代の大道芸(門付芸)の芸能者は、すでに述べてきた通り、
その多くが幕府をはじめ一般庶民から卑賤視され、差別されてきた。

 しかし、こうした制度・社会通念は決して江戸時代にはじまったことではなく、
古く大和朝廷時代に遡る。
 しかも、時の為政者・一般庶民による卑賤視・差別は、
他の多くの被差別部落民に対する単なる職業上の卑賤視とは異なり、
むしろその生活様式・態度に拠(よ)るものであったと考える。

 一般庶民は、生業(なりわい)たる芸能に対しては、むしろ羨望と崇敬さえ有していたが、
物を乞う乞食(ほがい)性と、非生産的な生活態度に対する卑賤感をもっていたのであった。

 物乞いに対する卑賤感

 わが国の貨幣制度は、和銅元年(708年)に始まったが、
平安末期の商業の発展とともに実際の等価交換の手段として一般に流通するようになった。

 そして、芸能の代償として銭が渡されるようになり、
これを受けることが「物乞い」という観念になり、
いわゆる「乞食人(ほがいびと)」を生じたのである。

 加えて、観る側と観せる側とに差異が生じてきた。
他人の意を迎える、あるいは金銭を得んがために行う芸能は卑しいとされたのである。

 非農耕者に対する卑賤感

 水稲耕作をちゅうしんとした農耕社会を形成してきた我が国では、
農耕に適さない散所の居住者は地子物(租税)を免除されたが、
荘園主を初め一般良民からも卑賤視され、差別されたのである。

 その後も、この思想は変わることがなかった。
特に江戸時代は、農作物ことに米の生産を以(もっ)て領地経営の基盤とし、
武士の格式・軽重も「禄高」という米の収穫高で表示した。
領民も、農民を第一位に置き、非生産者は無為徒食の輩として、卑しめられたのである。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 「落語の国の精神分析」 藤... | トップ | 「ガマの油」 春風亭 柳好 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

大道芸」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事