民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「大道芸口上集」 久保田 尚(ひさし)

2013年04月20日 00時32分21秒 | 大道芸
 「大道芸口上集」 久保田 尚(ひさし) 昭和61年 発行

 前口上

 さァてお立ち合い。
ご用とお急ぎでない方は、ほんのしばらくの間わたしの話を聞いていただきたい。
手前とり出しましたるこの本は、文部省や学校にある本と違いまして、
大和の国は昔より伝わる大道芸口上集だ。

 大道芸といっても二通りある。
一つは江戸中期乞胸頭(ごうむねかしら)仁太夫によって支配されていた、門付け放浪芸。
一つは香具師(やし)の組織下に置かれていた物売り口上芸だ。

 この二つどこが違うかというと、乞胸芸はもっぱら投げ銭、放り銭をあてにし、
香具師芸は商いの手段として演じられれいたところが違う。
よって手前未熟な渡世を致しておるといえども投げ銭、放り銭はお断りだよ。

 さァてお立ち合い。
ではその大道芸。今はどうなったか。
これより遥か、北は筑波山の彼方へと消え去り、とんと我々の前から姿を消してしまった。

 古(いにしえ)は奈良の都より、悠久千百年連綿と語り継がれてきたこれらもろもろ芸が、
いま雲か霞と消え行くはこれ大和民族の損失、神農さまに対しても申し訳がない。

 さればこの大道芸、再び天下に残す手だてはないか。
手前三七、二十一ヶ月の間、練りに練りあわせて創り出したものが「大道芸研究会」だ。

 さァてお立ち合い。
さればこの研究会なにをする。
日本古来の大道芸のその伝承を目的とする。
だが一口に伝承といっても簡単ではない。
水の流れと人の世は伝えても、風俗、言葉の違いはいかんともし難い。

 ではその先どうするか。
古き器に新しき水。若き人々にその美味を、楽しさを伝えねばならぬ。知らしめねばならぬ。
その手はじめがこの本だ。

 さァてお立ち合い。
手前さきほどから偉そうなことを言っているが、何分にも日浅く手さぐり足さぐりの作業なれば、
口に合うか肌に合わぬかはお立ち合い次第。
合えば喝采。合わねばポイ捨て。
いかようにされようととんと構わない。
ただ昔こんなことがあったという位は知っていただきたい。

 さァてお立ち合い。
本来なら直々参上の上ご挨拶申し上げるところだが、本日は略儀をもっての前口上。
持って帰って読んでみようという方がございましたら、わずかの1、500円でおわけする。
はい、ありがとうございます。

 昭和61年丙寅年九月                       久保田 尚