人口減少社会という希望 コミュニティ経済の生成と地球倫理 (朝日選書) | |
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●少子高齢化社会の実態と展望 「三択問題」どの道を行く?
以下は元大蔵官僚で、政策研究大学院大学名誉教授・松谷明彦氏の“日本の少子高齢化の元凶と問題点、及びその解決の処方箋”に関する、レポートである。ダイアモンドONLINEに3部形式で掲載されていたので、かなり長いが引用掲載しておく。
様々なデータを駆使して、論理的に、立場主義を超えて、当該諸問題を考えている点で好感が持てるし、大いに参考にもなる。ただ、解決法と云う段階において、安倍政権的ではないが、幾分安全圏狙いの処方箋で締めくくっている。同氏の経歴から考えて、それでもかなり主張している事は認められるが、明治維新以降の日本の欧米列強の仲間入りを確実にするため、と言いながら、やはり歴史観、知政観は欧米的なのは致し方ないかもしれない。
ただ、折角ここまで掘り下げたのだから、もう少し、歴史や哲学を踏まえた日本人観にまでウィングを伸ばしてくれると、一層読みごたえがあったと、筆者は思う。少子化において、経済原則上、革命的技術革新でもない限り、日本の経済成長はあり得ない事まで、素直に論じているのだから、経済中心主義からの脱却に関し、もう一歩踏み込んで貰いたかったが、同氏の専門が経済財政である限り、経済に重きを置かざるを得なかったろうが、ゆえに、かなり頓珍漢な経済政策を提唱したり、後半には破たんもみられる。
まあ、小生の「吉里吉里国」的な達観した「孤高の日本」と云う領域まで言及していない。しかし、民主主義ではあるが、天皇を軸に据えた「日本的デモクラシー」を作るに相応しい時代が到来しているのに、そこに考えが至る人がごく少数なことは、幾分寂しい(笑)。まあ、ひねくれ者の筆者のことだから、多数になれば、おそらく、その選択さえも放棄するかもしれない。先ずは、読後の上、皆様それぞれに、処方箋をお考え頂こう。
≪ 日本劣化は避けられるか? 「人口減少社会」の誤解と真のリスク
――松谷明彦・政策研究大学院大学名誉教授
【 「日本で人口減少が始まった」と言われて久しい。先の国勢調査によると、足もとの日本の人口は約1億2806万人。国立社会保障・人口問題研究所の中位推 計によると、この数が2030年に1億1522万人、さらに2060年には8674万人まで減ると予測されている。世間では、少子化、高齢化などの現象に ついて、様々な角度から分析が行われている。しかし、全ての人が人口減少について、正しく理解しているわけではない。なぜ人口減少が起きるのか。その真の リスクとは何なのか。人口減少に詳しい松谷明彦・政策研究大学院大学名誉教授が詳しく解説する。(まとめ/ダイヤモンド・オンライン 小尾拓也) 】
■「これまで」と「これから」では違う 誤解されている人口減少社会の実態
少子化、高齢化、人口減少といった現象については、数多くの分析や提言が行われています。 ただ私から見れば、それらは必ずしも正しい議論ではない。誤解されて語られている部分も多いのです。人口減少はなぜ起きるのか――。改めて考えてみましょう。
そもそも西欧諸国を見ると、将来のある時期まで高齢化は進むもののその変化は緩やかで、さらに人口については、多くの国でむしろ増えていく傾向にあります。だから人口は、さほどの関心事ではありません。 このあたりも誤解している人が多いですが、実は日本は大幅な人口減少に見舞われる珍しい国なのです。それはなぜか。日本には人口減少をもたらす独特な背景があるのです。
それを考える際にまず理解すべきことは、一口に「人口減少社会」と言っても、「これまで」と「これから」、あるいは「少し先から」ではパターンが違うということです。そこを整理しないと、人口減少の真の原因と対策は見えません。
まず「これまで」の人口減少ですが、主因は多くの人が思っているような「少子化」ではありません。主たる原因は「死亡者の急増」なのです。日本が 戦争に向かって突き進んでいた1920~40年頃、時の軍事政府は兵士を増やそうと「産めよ、殖やせよ」を国民に強く奨励しました。
そのときのベビーブームで生まれた人たちが、1980年代後半以降、死亡年齢に達し、年を追って大量に亡くなっていることで、人口が減少している のです。むろん、人口の増減は死亡者数と出生者数の綱引きですから、少子化の進行も関係してはいますが、その影響はまだそれほど大きくはありません。 日本の死亡者数は戦後から1980年代半ばまで、毎年おおむね70万人前後で推移してきました。それが1985年には75万人、90年に82万人、 95年に92万人、2000年に96万人と急激に増え、2005年には108万人となり、ついに出生者数を追い越してしまった。つまり、超高齢化した「人 口の塊」が一気に減っていることが、人口減少の原因です。
逆に言えば、戦争や疫病などの社会的事件によって若い世代が亡くなっているわけではないので、ある意味それほど深刻な人口減少ではないと言えます。
ちなみに、よく問題視される地方の人口減少も、「東京に若者がどんどん出て行ってしまうため」と語られがちですが、実は地方に大量にいる高齢者が 次々と亡くなっている影響のほうが、よほど大きいのです。となると、現在の地方の人口減少は果たして問題なのかどうか、冷静な検証が必要でしょう。
■これまでは「死亡者の急増」が主因 少子化が危機になるのは2030年代以降
では、「これから」の人口減少の原因は何なのか。2030年代前半までは、戦前のベビーブーマーに「団塊世代」と呼ばれる戦後の第一次ベビーブー マーが加わることで、高齢の死亡者は増え続けます。したがってその時点までは、人口減少の主因はやはり「死亡者の急増」です。それ以降は、死亡者数はピー クを越えて横ばいになりますが、それまでと同様に出生者数が減少し続けるため 、人口はさらに減っていきます。そこで初めて「少子化」が人口減少の「主因」となるわけです。
繰り返しますが、そこまでは「少子化」は人口減少の「主因」ではありません。ですから、「これまで」と「これから少し先まで」の人口減少は、どうにも避けられないものなのです。人口政策を語るとき、忘れてはならないところです。
戦前と戦後のベビーブームによる2つの「人口の塊」が、日本に急速な高齢化をもたらし、その必然的な結果としての死亡者の急増が、人口減少を引き 起こしました。西欧諸国には、そうした「人口の塊」はありません。それが、日本が大幅な人口減少に見舞われる珍しい国である理由です。
それでは、人口減少を引き起こす「高齢化」や「少子化」の背景を、さらに詳しく探ってみましょう。まず高齢化についてですが、世間で語られること には少なからぬ誤解があります。たとえば、高齢化の「主因」は少子化ではありません。主因は「長寿化」です。寿命が伸びて、個々人にとって65歳以上の人 生の割合が増えているから、社会のなかで高齢者の割合が増えているのです。ですから、出生率が低下しなくても、高齢化は進行します。つまり、高齢化を止める手立てはないということです。 同時に、高齢化の根本原因は個々人にあるのだから、高齢化がもたらす問題を社会だけで、つまり政府の施策だけで解決しようとすることには無理があります。まずは個人の段階で、できるだけの解決を図る。個人ではどうにもならないところだけ、社会で解決すべく努力する。そうした姿勢が必要でしょう。
人口減少と異なり、高齢化は先進国共通の現象ですが、日本の高齢化の速度は明らかに異常です。その理由は主に2つ。1つは先ほど述べた「人口の塊」ですが、いま1つは日本人のすさまじい長寿化です。たとえば、1950年の平均寿命は61.3歳(男女平均)でしたが、2010年の平均寿命は 83.01歳と、たった60年の間に20歳以上も寿命が延びています。それだけ、戦後の先進国化が速かったということです。
■少子化は出生率の低下にあらず 「生む年代」の女性が激減している
次に、2030年代半ば以降の人口減少の主因となる少子化の背景ですが、実はそれについても根強い誤解があります。「これから」の少子化の原因は 出生率の低下ではありません。「これまで」の少子化の原因は確かに出生率の低下でしたが、「これから」子どもが減る原因は、子どもを生む年代の女性人口の 激減です。
国立社会保障・人口問題研究所の中位推計によると、子どもを生む確率の高い25~39歳の女性の数が、2010~2060年の50年間で55.1%も減り、現在の半分以下となる44.95%まで低下すると予測されています。
他の先進国と比較しても尋常ではない減少ペースです。国連の推計では、同期間において、米国は23%、英国は5.2%、フランスは4.2%子ども を生む年代の女性が増えると予測されており、日本だけが激減しているのです。その結果日本では、少子化が世界に類を見ないレベルで進みます。19歳以下の 子どもの数は、米国が21.9%増、英国が13.7%増、フランスが8.4%増と見込まれるのに対して、日本は53%減となります。
では、なぜそれほどまでに女性の数が減ってしまうのか。大元の原因は、日本政府が終戦直後に行なった大規模な産児制限にあります。当時の日本で は、田畑の荒廃に加え、植民地からの大量の引揚者によって人口が急増し、その上子だくさんでは、国民全員が飢餓に陥るという懸念が高まっていました。 そのため、1950年4月に優生保護法が改正され、人工妊娠中絶が認められる要件に「(妊娠の継続又は分娩が身体的又は)経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」という項目が付け加えられました。それをテコに、大規模な産児制限が実施されたのです。
結果として、その後20年にわたり出生率が低迷します。年間出生者数は、それまでの260万人から最も低いときには100万人も減り、160万人 となりました。このときの出生者数の大幅減が、さきほどの「子どもを生む年代の女性人口の激減」の原因です。そのとき生まれた女の子は少なく(もちろん男 の子も少ない)、その女性が生む女の子も少なく……という負のループによって、子どもを生む年代の女性が急速に減少し続けるのです。政策によって人口をいじったツケと言えるでしょう。
■政策によって人口をいじったツケ 必要のない産児制限で中絶大国に
歴史の皮肉でしょうか。実は、この産児制限は必要がなかったのです。なぜかと言うと、優生保護法改正直後の6月25日に朝鮮動乱が勃発し、国連軍の前進基地となった日本では朝鮮特需によって経済が急速に拡大し、国民は戦前よりもはるかに豊かになったからです。
しかしそうなっても、なぜか妊娠中絶件数は減少しませんでした。年間出生者数が最低水準となる160万人にまで落ち込んだのは、なんと1961年 のことです。そのわずか3年後に、東京五輪が開催されています。「経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」に該当するケースは、おそ らく皆無に近かったはずです。政府による人口妊娠中絶の奨励が、国民の生命倫理に重大な変化を引き起こしたのかもしれません。
現在の日本の中絶率は、医学界の推計によると52%にも上ると言われます。「日本は中絶大国」との国際的な非難に、厚労省も優生保護法から経済条 項を外そうと試みましたが、女性の反対運動により、国会上程には至りませんでした。少子化対策を議論する前に、「子どもは誰のものか?」といった議論こそ が必要でしょう。私は、子どもは子ども自身のものと考えます。
■既婚女性が生む子どもの数は 実は1970年代から減っていない
最後に、出生率(合計特殊出生率)の低下にも触れておきます。合計特殊出生率とは、いわば1人の女性が一生の間に産む子どもの数であって、 2.07が人口を維持できる水準とされていますが、日本では2013年時点で1.4台となっています。これについて世間では、「女性が子どもを生まなく なったせいだ」とよく言われますが、その考え方は正しくありません。
というのも、既婚女性(有配偶者女性)だけに限った出生率は足もとで2.0台で、1970年代から変わっていないからです。既婚女性は生涯に平均2人の子どもを産んでいる計算になり、中長期的に見てあまり変化がないどころか、むしろ微増傾向にあります。
なのに、なぜ女性全体の出生率が下がるのか。それは、女性が子どもを産まなくなったわけでも、家庭の子育てが大変になったからでもありません。結婚をしない女性や、「子どもを持たない」と決めた女性が増えていることが原因です。実際、2010年の国勢調査でわかった女性の生涯未婚率(49歳を越え て未婚の女性が対象)は10.61.%に上っており、私の試算では、2040年にこの比率は30%近くにまで達する見込みです。
日本政府は女性全体の合計特殊出生率を2.07まで上げることを目標としていますが、仮に私の試算通りに「2040年には3割の女性が未婚」とい う予測が現実となれば、残り7割の女性が1人平均で3人程度の子どもを生まなくてはならなくなります。これは非現実的な目標です。
既婚女性の出生率が40年間2.0台を続けて来たということは、彼らが考える「家庭」におけるちょうどよい子どもの数のバランスが、2人だったということです。それを無理に3人に増やそうと思えば、夫婦は人生の価値観を大きく変えねばならないでしょう。
ここまで説明してきたように、一口に「人口減少」と言っても、高齢化や少子化といった現象が複雑に絡み合って起きていること、そしてそれらを食い 止めることが大変難しいことがわかると思います。もはやここまで来ると、日本人はこれから、人口減少社会を前提に考えて生きて行かなくてはならない。人口 が減っても、子どもが減っても、引続き安心して豊かに暮らせる社会をつくっていくほうに、目を向けるべきなのです。
人口減少社会で起きるリスクとその対策については、稿を改めて述べたいと思います。 ≫(一部終わり)
≪未曽有の人口減少がもたらす 経済、年金、財政、インフラの「Xデー」(上)
【今後、世界に類を見ないスピードとレベルで進むと見られる日本の人口減少。それが我々の生活に与えるインパクトは、想像以上に大きいようだ。経済、年金、財政、インフラに迫るリスクとは、どんなものか。そして、迫りくる危機にどう対処すべきか。前回に続き、人口減少に詳しい松谷明彦・政策研究大学院大学名誉教授が、詳しく解説する。(まとめ/ダイヤモンド・オンライン 小尾拓也)】
■日本の経済成長率は 世界で一番低くなる
前回は、人口減少はなぜ起きるのかについて説明しました。人口減少は、日本の将来を左右する巨大な環境変化です。今回はそれを受けて、人口減少にはどんなリスクがあるのか、どんな対応策を考えるべきかを検証しましょう。
人口減少は、経済、年金など社会保障制度、財政、そしてインフラなどに様々なリスクをもたらしますが、そのリスクの内容やリスクをもたらす元凶については、かなりの誤解があるようです。具体的に説明しましょう。
最初に経済についてですが、確かなことは日本の経済成長率が世界で一番低くなるということです。なるだろうではなく、確実にそうなります。その点は、変えようのない未来というわけです。 なぜなら、日本は、どの先進国よりも、労働者の減り方が大きいからです。というより、先進国ではむしろ労働者が増加する国が多く、減少する国でもその減少幅は日本に比べはるかに小さいのです。
一国のGDP(国内総生産)の大きさは、その国の労働者数と労働生産性(1人の労働者が1年間で生産する量)をかけたものになります。ですから経 済成長率は、労働者数の増減率と労働生産性の上昇率で決まります。そのうち労働生産性上昇率については、先進国の間ではどこの国もほぼ同じです。労働生産 性は、生産の機械化や製品の開発といった技術進歩によって上昇しますが、経済のグローバル化で新技術はたちまち伝播するため、先進国間では上昇率はほぼ同 じになるのです。
となると、先進国間の経済成長率の相対的な関係は、労働者数の増減率によって決まることになります。ですから、日本は先進国の中で最も経済成長率 の低い国にならざるを得ません。そして、技術輸入国である新興国や途上国の経済成長率は、当然先進国より高くなるので、日本が世界で最も経済成長率の低い 国になるというのは、変えようのない未来なのです。 では、どの程度の成長率になるのかというと、現在の実質1.0~1.5%の成長率が、これから年々低下して、2020年過ぎにはマイナスとなり、そ の後は▲0.5~▲1.0%のマイナス成長が続くであろうと思われます。その場合、先進国でマイナス成長となるのは日本だけです。つまり世界経済のなかで、日本経済だけが縮小します。労働者の減り方があまりにも大きいため、技術の進歩をもってしてもカバーし切れないということです。
ただし、成長率の相対的な関係と違い、今度は「なるだろう」です。産業革命のような技術進歩が起きれば、マイナス成長にはならないかもしれないか らです。しかし、僥倖頼みというわけにはいきません。私の推計では、これまでの40年間のような急速な技術進歩が今後も続くと仮定しました。かなり楽観的 な仮定です。それでもマイナスなのだから、これは「ほぼ確実な未来」と言っていい。
■人口減少そのものがリスクにあらず 真のリスクはビジネスモデルの後進性
では、そうした変化が人口減少が日本経済にもたらすリスクかというと、そうではありません。確実ないしほぼ確実なことなのだから、リスクとは言え ません。日本経済が抱えるリスクとは、マイナス成長によって日本経済自体が「衰退」するかもしれないというリスクです。ちなみに、日本よりGDPの小さい 先進国はいくらでもあるのだから、経済の縮小自体は衰退とは言えません。人口が少ない国は、経済が小さくなるのは当たり前です。
経済の縮小が経済の「衰退」にまで発展してしまう理由は、日本企業のビジネスモデルの後進性にあります。他の先進国と異なり、量産効果による価格 の安さこそが、日本製品の競争力の根源です。しかしマイナス成長となり、生産規模が縮小すれば、量産効果が逆に働き、価格は上昇せざるを得ません。競争力 の大幅な低下から、国際収支が赤字に転落し、需要抑制政策や円安・原料不足による生産の低迷で、経済は衰退の一途を辿るといったリスクが考えられます。そ うなると、先ほどの将来予測も大きく下振れすることになります。
すなわち、リスクをもたらしているのは労働者の減少や経済の縮小それ自体ではなく、日本のビジネスモデルの後進性です。他の先進国なら、もし日本 のような労働者の減少に見舞われて経済が縮小しても、衰退にまでは至らないでしょう。人口減少下の経済のあり方を考えるとき忘れてはならない視点です。 次に、社会保障制度についてですが、現在の年金制度は早晩破綻するでしょう。もともと年金制度は、急速かつ大幅に高齢化する日本には、不向きな制度なのです。まず、高齢化の速度が速すぎるために、頻繁に大幅な負担の引き上げと給付の引き下げを行わなければ、たちまち年金収支は赤字に転落します。 緩やかに高齢化する他の先進国では、制度の改定は15~20年に一度行えばよいのに対し、日本では少なくとも、国勢調査によって人口が確定する5年ごとに大幅な改定を行わなければなりません。高齢者は不安が募り、若い人は勤労意欲が低下するでしょう。年金でも健康保険でも、負担や給付の改定が速すぎると、人はついていけないものなのです。
さらに他の先進国では、2030年代の中頃にはおおむね高齢化が止まるため、その時点の高齢者と現役世代の比率をメドとして、長期安定的な年金制 度をつくることができます。しかし日本では、急速な高齢化がいつまでも止まらないため、そうした年金制度をつくろうにも、そのメドすらないのです。産児制 限を契機とした出産年齢女性人口の激減による急速かつ持続的な少子化という、日本特有の事情のためです。
そして最大の問題は、現役世代の負担増の行きつく先にあります。負担側と給付側の関係で見ると、米国、英国、フランスなどは、将来的に年金を負担 する人が7割、もらう人が3割の水準で安定するのに対し、日本は負担する人が5割を切る計算になります。つまり欧米では最終的に2人強の若者で1人の高齢 者の面倒を見るのに対し、日本は1人弱で1人の面倒を見なければなりません。もはや認容の限度を超えています。若い人の日本脱出が増えるかもしれません。
■類のない高齢化が進む日本に そもそも年金制度は合わない
以上の問題の原因は、類例のない急速な高齢化にあります。そして政府による産児制限と、それに続く国民の大幅かつ自発的な産児制限が、その高齢化 を引き起こしました。繰り言にはなりますが、それさえなかりせば、日本人も安定した年金制度を持てたはずだったのです。近年、少子化対策がもてはやされて いますが、それが将来の人口構造に及ぼす影響について、冷静な検証が必要でしょう。
いずれにせよ、日本は急速な高齢化に見合った新たな社会保障制度を考えるべきです。しかし政府は、破綻が明らかなのに年金制度に固執し、それ以外 の社会保障制度を考えようとしません。このままでは、年金破綻によって、たとえば家賃の払えない高齢者が続出し、大量の「高齢者難民」となって、社会が一 気に不安定化することも考えられます。年金の破綻はほぼ確実なのだから、リスクではありません。それが社会の崩壊にまで発展しかねないことが、真のリスクです。そしてリスクの大元は、高齢化でも社会保障制度でもなく、政府の政策姿勢です。 第三に、財政もこのままでは赤字がどんどん拡大します。しかし、財政赤字それ自体はリスクではありません。その対応策として「増税」を選択したため に、増税に次ぐ増税となって国民が離反し、財政が崩壊するかもしれないというのが真のリスクです。人口減少によって財政を取り巻く環境が一変したのに、依 然として高度成長時代の政策手段、つまり増税で対応しようとする政府の政策選択の誤りです。
日本では、1955~2005年までの50年間で、1人当たりの租税収入(国税+地方税)は物価上昇を除いて約10倍に伸びました。人口増加時代で、国民のなかで働く人の割合が増え、技術輸入や高度成長の下で生産性の上昇が著しかったからです。一方、国民1人当たりの財政支出の伸びもほぼ10倍でした。そうした状況では、一度増税すれば財政収支は将来にわたって均衡します。収入と支出の変化方向が同じだからです。
ところが、これからは違います。高齢化で働く人の割合が低下するので、労働生産性の上昇を見込んでも、1人当たりの租税収入は横這いになります。一方、今年度の予算を見ても財政支出は拡大の一途です。これでは、際限なく増税を続けざるを得ないことになります。
1人当たりの租税収入が横這いなら、1人当たりの財政支出も横這いにして、収入と支出の変化方向を一致させること。つまり、人口の減少に合わせて財政支出総額を縮小すること、それが人口減少時代の正しい財政政策です。政府は頭の切り替えが必要でしょう。
■インフラを維持・管理できず 都市部ではスラム化が進む?
そして第四のリスクは、公共・民間の社会インフラを良好な状態に維持できなくなり、特に都市部でスラム化が進行するかもしれないということです。 経済が縮小するのだから、インフラの維持・更新に回せるお金も減少することになりますが、それだけでなく急速な高齢化で貯蓄率も大幅に低下します。自宅の 建設の場合と同様に、インフラの整備や維持更新には年間収入であるGDPから消費を差し引いた残り、つまり貯蓄が必要なのだから、貯蓄率が低下すれば、イ ンフラの維持更新に回せるお金は経済の縮小以上に小さくなります。
そうした状況は容易に予想されるわけなので、当然先々の維持補修に回せるお金に合わせて公共・民間の社会インフラの総量を規制するといった動きが 少しは出てきてもよさそうなものですが、実際は逆方向です。政府は景気対策といって公共投資をどんどん増やし、オリンピック招致でまたまた公共インフラを 積み上げていますし、民間のビルラッシュも止まりそうにありません。
私の試算では、2040年の東京の経済規模は2010年対比76%程度に縮小するため、約4分の1のビルが老朽化したままメンテナンスされず、放置される恐れがあります。スラム化や治安の悪化による都市の崩壊を防ぐため、何らかの建築規制が必要でしょう。 ≫(2部-上)
≪未曽有の人口減少がもたらす 経済、年金、財政、インフラの「Xデー」(下)>>(上)より続く
■世界中から人材を集める欧米と 国内での技術開発にこだわる日本
それでは、人口減少によって起こり得るこうしたリスクに対して、我々はどんな施策を考えればいいのか。まずは、経済を衰退させないため成長の方策について考えましょう。
人口減少による労働力の減少を、女性・高齢者などの余剰労働力や外国人労働力などで補填すれば、経済成長が確保できて経済は衰退しない、というのが政府の考えです。確かに、そうすれば生産能力は維持できます。しかし、それだけでは経済成長は望めません。つくった製品が売れなければなりません。そし て、すでに日本の製品は世界市場でどんどん売れなくなっているのです。政府の成長戦略は、絵に描いた餅というわけです。
原因は新興国・途上国の台頭です。彼らは、日本と同じビジネスモデル、すなわち欧米先進国が開発した製品ををロボットを使って大量に安くつくるというモデルで、世界市場に価格破壊をもたらしました。なにしろ賃金水準が10分の1程度以下なのだから、日本製品が価格競争で勝てるわけがありません。
では、欧米先進国はどうか。彼らのビジネスモデルは、自分たちで開発した製品を適量つくって高く売るというものです。当然、新興国・途上国との価格競争はありません。
日本も早く先進国モデルに転換すべきですが、もしそうなれば日本製品は今より高く売れるし、特許料や大量のロボットなどのコストも不要なので、余剰労働力や外国人労働力を使わなくても、少なくなった労働力で十分な付加価値、すなわちGDPを確保することができます。
しかし、先進国モデルへの転換は、世界第一級の製品開発力があって初めて可能になること、そしてそれを日本人だけの努力で達成することは不可能で あることを忘れてはなりません。現在先進国間で進行中の製品開発競争は、実は人材獲得競争なのです。世界中から優秀な人材を集め得た国や企業が勝ち組とな る世界です。そこにはもはや国境はありません。 我々は「日本人の製品開発力が日本の製品開発力」と思いがちですが、いまや「その国の地理的エリアにおける製品開発力が、その国の製品開発力。その場合、研究者・技術者の国籍は問わない」というのが世界の常識です。
では、外国人を誘致すればいいかというと、優秀な外国人はまず日本に来ないでしょう。今の日本は「開発水準の低い国」と見られているので、日本に 来ることは経歴上むしろマイナスになります。加えて、研究開発情報が飛び交い、成果がすぐに企業化される彼らのコミュニティを離れることは大変な損失で す。
ならば、どうしたらいいか。有力な外国企業を大量に誘致することです。欧米先進国では3分の1から半数近くが外国企業ですから、そのあたりをメド に日本経済を国際化するのです。そうなれば、もはや日本市場ではなく国際市場になるため、外国企業も世界から人材を集め、日本に投入してくるでしょう。研 究者・技術者にとっても、前述の問題は払拭されます。「日本もコミュニティの中」というわけです。
厳しい選択ですが、そこまで徹底して国際化しないと、先進国モデルのための製品開発力は得られません。海外のベンチャー・ビジネスを日本に呼び込むという意見も聞きますが、自分たちの「本体」には影響のないような国際化の真似事では、日本は世界から遅れるばかりです。
■「適量をつくり高く売る」 そうしないと日本はもう勝てない
日本経済を衰退させないという見地からは、別の方法もあります。日本には、世界に冠たる「職人技」があるのだから、その職人技と近代工業技術をコ ラボレートし、ロボット生産ではできない「高級品」や「専用品」づくりを目指すのです。既存の製品分野ではあっても、日本にしかできないということで高い 付加価値が得られます。「適量をつくり高く売る」という点では、前述のビジネスモデルと同方向だし、実際ドイツの国際競争力は、そうした職人技によって研 ぎ澄まされた近代工業技術に負うところも大きいのです。自動車や医療機器は、その好例でしょう。
日本も、かつては白物家電の生産現場で、溶接工程や鍍金工程など様々な工程に職人技が効果的に使われ、それが製品の魅力や性能を高め、強い競争力 を得ていました。しかし、1990年代以降のコスト削減最優先のなかでそれらはロボットに置き換えられたため、新興国・途上国の製品と大差がなくなり、競争力が急速に失われることになったのです。 今では数少ない例となりましたが、北陸三県の万能工作機産業は、刃物や金属加工における職人技と、コンピュータなどの最新技術の融合による精密な製 品づくりで、圧倒的に高い国際競争力を持っています。職人技の伝統は新興国・途上国にはなく、他の先進諸国と比較しても日本の職人技の水準は高いのです。 ただ現状では、多くが部品生産の段階にとどまっていたり、完成品でもデザイン力に欠けるなどの問題があります。近代工業技術にどう組み込むかが今後の課題ですが、日本経済の目指すべき方向の1つと言えるでしょう。
■住居費負担で高齢者難民が続出 「公共賃貸住宅」の必要性とは?
では次に、社会保障制度について考えましょう。今の年金制度に未来はなく、日本は新たな社会保障制度を考えるべきだと、前述しました。私は、発想 の転換が必要だと思います。世代間の所得移転というフローでは高齢者を支え切れないことは明らかなので、社会的ストックによって高齢者の生活コストを下げ ようという新たな発想です。
高齢者の生活コストで圧倒的に大きいのは、住居費です。そこで、比較的良質で低家賃の「公共賃貸住宅」(低所得者向けの公営住宅ではなく、入居に 所得制限がない公共住宅)を大量につくるのです。ポイントは、家賃補助、利子補給などの財政負担なしに家賃を引き下げるスキームを考えること。たとえば、 200年使える公共住宅をつくり、建築費は200年かけて家賃で回収します。民間にはとてもできませんが、国や地方自治体なら200年の借金も可能だか ら、財政負担なくして家賃は相当下がります。
用地は、区役所をはじめとする公共施設の上や遊休公用地を活用します。土地代がゼロなので、最終的に月額の家賃を2~3万円程度に抑えることも可能でしょう。使ったのは国や自治体の信用力と遊休地・遊休空間であり、財政負担はありません。建築費や維持補修費は家賃で全額回収されるから、そのための借金は別に経理すればいいでしょう。「民業圧迫」と言うのなら、建設や運営を民間が行うPFIやPPPを活用することにします。
そして、公共賃貸住宅に介護施設を併設し、若い人の入居も可能にすれば、財政の効率化やマンパワーの確保も図れます。年金は出し手がどんどん細りますが、ストックは細りません。欧米先進国では、公共賃貸住宅が高齢社会の安全弁として不可欠の役割を果たしています。人口減少高齢社会にふさわしいシス テムだと言えるでしょう。
次に、財政崩壊をどう回避すべきか。私は「小さな財政」を目指すべきだと思います。ここまで高度化した都市国民生活は、もはや高度な行政サービス なしには成り立たちません。「小さな政府」、すなわち行政の責任分野を縮小して国民の自己責任を拡大することは、言い得て困難です。 スウェーデンには、民間人が近所の高齢者のケアをすると、国から費用と報酬が支給されるという制度があります。国民の相互扶助を有償で活用することにより、行政サービスの水準を維持しながら、行政コストを縮小するうまい方法だと思います。文化の違いもありますが、考え方は大いに参考にすべきでしょ う。国や自治体はケアのためのハコモノや、関係する行政組織を大幅に縮小することができるのです。
また、民間取引価格より5割から倍も高い、業者優遇の政府調達価格、いわゆる「官庁価格」は即刻廃止すべきですし、予算が目的とする「人」や「モ ノ」に届くまでに政府機関、関係法人、関係団体を経由することによる「目減り」も、根絶すべきでしょう。問題は「天下り」です。
税の捕足率、いわゆるクロヨンも全く改まりそうにありません。消費税の増税をするならその前に是正すべきだし、是正すれば増税の必要がないほどの税収が得られます。国民の負担が増加する中で、最も大切なのは税の公平性です。
■人口が減っても子どもが減っても 安心して豊かに暮らせる社会に
そして最後に、インフラの崩壊をいかに食い止めるか。欧米先進国のように、耐用年数が長い丈夫で汎用性のある躯体をつくり、状況の変化に応じて間仕切りや内装を変えて行く「リノベーション」という方法も、有効な手段の1つです。しかし、個々のビル単位の対応だけでは、都市のスラム化は避けられませ ん。やはり、インフラのストック管理を徹底するのが一番です。
たとえば、一定以上の規模のビルや公共構造物の台帳をつくり、どこにどれだけのビルや構造物があるのか、向こう何年にどれだけが耐用年数を迎え、その建て替えあるいは取り壊しの費用はいくらかかりそうか、という情報を集めます。その上で、新規建設を規制・平準化したり、早期の建て替えや取り壊しを 指導することで、インフラを良好な状態にを保とうというわけです。
経済、年金、財政、そしてインフラというように、人口減少に伴い発生する日本のリスク、そしてそれらへの対応策を見てきました。
確かに言えることは、日本人はこれから、人口減少を前提に考えて生きて行かなくてはならないということです。人口減少を阻止しようと考えるのではなく、人口が減っても子どもが減っても、引き続き安心して豊かに暮らせる社会をつくっていくほうに、目を向けるべきなのです。 ≫(2部‐下)
*松谷明彦(まつたに・あきひこ)/1945年生まれ。経済学者。1969年東京大学経済学部経済学科卒、大蔵省入省、主計局調査課長、主計局主計官、大臣 官房審議官等を歴任、97年大蔵省辞職、政策研究大学院大学教授、2011年同名誉教授。2010年国際都市研究学院理事長。『「人口減少経済」の新しい 公式』『人口流動の地方再生学』(共に日本経済新聞社)、『人口減少時代の大都市経済 - 価値転換への選択』(東洋経済新報社)、『東京劣化』(PHP新書)など著書多数 ≫(ダイアモンドONLINE:編集部―「人口減少日本」の処方箋シリーズ)
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