世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

●脅しと三百代言政権の焦りと終焉 8月支持率急降下、緊急入院?

2015年07月31日 | 日記
ゴーマニズム宣言SPECIAL 新戦争論1
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●脅しと三百代言政権の焦りと終焉 8月支持率急降下、緊急入院?

安倍晋三は、いつから日米合同軍の統合司令官になったのだろう。「戦争巻き込まれ、絶対にないと断言したい」こう云う発言を言う神経が判らない。戦争の実体験がなくても、一定の範囲で、仮想敵軍と激突した場合の、想像はつくだろう。イラク戦争のように、雲泥の差の軍事力がぶつかっても、それなりに想定外な惨劇が繰り返されたのだ。それが、日米合同軍が仮に中国軍と激突した場合、広範囲な戦火の拡大は、日米中の政府は望まないが、一定の部分まではガチンコで戦うはずだ。そこに、日米が相手なのだから、中露でフィフティフィフティじゃないかとなったら、どうなるのか?

日米合同演習に血道を上げている現実があるわけで、自衛隊が単独で軍事行動をすることはなく、常に米軍と意志の疎通をもって、軍事行動をする。そして、機雷掃海にせよ、海空における兵站補給等々の後方支援にしても、軍事行動の分担に過ぎないのだから、敵側から見れば、戦っている敵国の軍隊に過ぎない。黒いから、白いから、黄色いからと云う見分けをすることはあり得ない。つまり、どんな屁理屈がこちら側にあっても、敵国は、国際法上も、敵対行為を行っている或いは行おうとしていたと強弁するので、戦争と云う「無理」が一旦起きてしまえば、「理」は安倍の解釈改憲同様に「無理」に負けるのである。

≪ 「戦争巻き込まれ、絶対ないと断言したい」 安倍首相
新たな安全保障関連法案を審議する参院特別委員会は30日、安倍晋三首相が出席して集中審議を行った。首相は、集団的自衛権の行使を容認しても、「(他国の)戦争に巻き込まれることは絶対にないと断言したい」と述べた 安倍内閣が従来の憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を認めたことに対しては、国会で野党から再三にわたって「米国の戦争に巻き込まれるのではないか」との懸念が出ている。
 これに対し、首相はこの日の質疑で「今回の法案はあくまでも自衛のための必要最小限の措置だ。それが憲法の要請であり、しっかり守っていく」と強調。日本の安全や国民の命に関わりがないにもかかわらず、他国の戦争に協力することはないと明言した。
 さらに首相は「今後ベトナム戦争と同じような戦争が起きたら、日本は米軍に頼まれて集団的自衛権の行使容認によって米軍と共に戦うのではないかと宣伝がなされているが、それはない」と述べた。自衛隊の海外派兵は、憲法が認める必要最小限度の自衛権の行使を上回ることを根拠に挙げた。自民党の森雅子氏の質問に答えた。
 ただ、法案ではこの日首相が触れた集団的自衛権による武力行使のほかに、戦争中の他国軍に対する後方支援の拡大も盛り込まれている。野党や憲法学者が「事実上の戦争参加だ」「戦闘に巻き込まれる」などと指摘している。 ≫(朝日新聞デジタル:石松恒)


寝耳に水のような政権が、こんなにも容易く誕生するとは思いもよらなかったが、事実は小説より奇なり、そういう事なのだろう。軍事同盟下で、戦争に巻き込まれないと云う言説はあり得ないわけで、日独伊三国同盟で、日本はドイツから、米国に攻め込むのがアンタらの同盟上の喫緊の課題ではないか!と言われたのは、たった70数年前のことである。この安倍と云う人は、壊れたレコードのように、同じフレーズ、修飾語を多用し、欺瞞な文節や語彙を、籠絡占領したマスコミ連中は、暴かないと信じ込んでいる。

しかし、芥川の『杜子春』をなぞるような政治家人生を歩んでいる安倍晋三は、まだまだ、周りには仲間が大勢いると官邸の中で、確認する毎日を過ごしている。蟻の一穴ではないが、俄かづくりの安倍政権を取り巻く政治家や官僚は、かなり綻びの目立ちはじめた安倍政権との距離を、慎重に正確に測り出している。参議院選まで持つ政権ではないだろう。堤のあちこちから、水が漏れだしている。無風と言われた総裁選の時点ですら危ないかもしれない。不支持が支持を上回ってしまった恐怖は、安倍の浮腫みを一段と悪化させる。

堤の一穴を塞ごうと、新国立競技場白紙撤回で大向こうを唸らせようとしたが、側近中の側近閣僚、下村文科相の責任論が大きく浮上してきている。立憲主義無視も、情勢によっては必要論は、そもそも安倍の持論。それを磯崎がペラペラしゃべってしまい、擁護と収拾が行ったり来たり。おそらく、さらなる不支持の拡大が見込まれる。70年談話で村山のように、 『私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて、痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。』

上述の村山談話をなぞることも出来ないし、≪痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明≫それ以上の反省と詫びを語るくらいの談話でもなければ、支持率上昇の切っ掛けにもならない。つまり、金を拾った“杜子春”のような振舞いに興じている安倍なのだから、反省と詫びなど言えない。つまり、70年談話は、出すも地獄、出さないのも地獄が待っている。支持率アップに役立つことは金輪際ないと云うことだ。最高で、過去の談話を踏襲するのひと言で終わらせるのが関の山の救いだ。

残された支持率浮揚策は、北朝鮮拉致事件の一部解明、北朝鮮電撃訪朝だが、仮に実現しても、国益に重大な影響を及ぼすホームランのような効果を、国民に与える可能性はないだろう。「あっ、そうなんだ」「で幾ら包んだの?」と聞かれるのがオチである。外務省は、習主席が日中首脳会談を持ち望んでいるが如くリークしているが、アプローチしているのは、逆で、官邸と外務だろう。大した成果になるとは思えない。最後の最後の手段が、プーチンの訪日だが、安保法制を大願成就した暁に、ご褒美でプーチン来日を認める腹のアメリカの首が立てに振られる可能性はゼロに近い。その上、国民住民の生命軽視、原発再稼働も不支持増加に寄与する。

このように、安倍官邸を取り巻く環境は、日に日に増して、国会包囲デモは、本日最高潮を迎えるかもしれない。この平和に徹している抗議の人々から、機動隊によって一滴の血の流出でも流されたら、あとの祭り、一瞬で安倍政権は崩壊する。その上、ついに翁長知事が「取り消し」を宣言する意向を官邸に伝えたようだ。こうなると、誰が考えても、安倍政権が無傷でいられるわけがない。一歩でも二歩でも、可能な限り距離を取りたいのが、今の自民党の議員ども、案外8月中に持病悪化で、政権放り投げ等と云う醜態というか、僥倖を迎えるやもしれぬ。乱文乱筆ひらにご容赦!

安倍政権とジャーナリズムの覚悟 (岩波ブックレット)
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●時世で裁量するのが憲法だ! 安倍と仲間は、権利濫用中毒

2015年07月30日 | 日記
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加藤周一と丸山眞男: 日本近代の〈知〉と〈個人〉
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●時世で裁量するのが憲法だ! 安倍と仲間は、権利濫用中毒

驚くべき、無知蒙昧な集団だ。無論、アベチャンのお仲間たちのことである。このようなお仲間に囲まれて、夜ごと日ごとに酒盛りすれば「そうだ、そうだ!」の大合唱。リテラに至っては、磯崎や百地と云う学者の「法的安定性」なんて糞喰らえだと云うレポートを、政治社会問題ではなく、スキャンダルのカテゴリーで片付ける始末なのだから、彼らが、どれ程の愚人であるかは、推して知るべしである。

彼らには、法律を文言通りに守ると云う精神が、そもそも欠けているようだ。憲法であれ、刑法であれ、すべては時勢の状況を見極めて解釈しなければならない。そうしないと、法を遵守している内に、国が滅びてしまう。酒の席で聞いていれば、まあそれはそれで一理あるよな、と思ってやってもいいが、立憲主義と民主主義、法治国家で選ばれた国会議員が、真面目な顔で、本気でそう思っているのは、まさに狂気の沙汰なのだ。不都合な真実には、法治国家としてあるまじき振る舞いが東京地検特捜とCIAの間で行われているので、” デュ プロセス オブ ロー“が国を亡ぼす(彼らにとっての国)と思えば、法を曲げても構いやしない事実を、彼らが現実に沢山知っていることから、彼らが、そのような機序で物事を考えても、不思議ではない。

東京地検特捜部の、田中角栄、江副浩正、村岡兼造、小沢一郎事件などで、法の裁量権と云うものを、間近に見てきているだけに、法律と云うものは、その時の政治的事情で、如何様に扱おうと、権力が総体的に国益と判断した場合、苦渋の選択であれ、泣いて馬謖をきるであれ、国益に資する裁量権は、権力側に自動的に付随するものだ。そのような考えに毒されても不思議ではないほど、この国には、法治の意識は欠如している。極悪人が、充分な食欲等々の欲望を貪る為であれば、国体や国民や天皇が傷ついても一向に痛痒はない、そのような裁量の範囲が、安倍晋三によって、「徳」なしに、跋扈するに至っいる事を明示していると云うことだ。

メディアには滅多に顔出ししない、天才的憲法学者が稀有な形で、ビデオニュースドットコムのマル激に登場した。宮台真司と石川健治東大教授の数学のような話だが、憲法の解釈は相当に数学的である。500円出して視聴する価値がある。2週間ほど前の番組だが、安倍政権のワイマール憲法の憲法改正と何ら変わらない、無血クーデターだと云う法理的証明が、充分に尽くされている。紹介記事を掲載しておくので、参考願いたい。


≪ あれは安倍政権によるクーデターだった
あの日、日本でクーデターが起きていた。そんなことを言われても、ほとんどの人が「何をバカな」と取り合わないかもしれない。しかし、残念ながら紛れもなくあれはクーデターだった。そして、それは現在も進行中である。
 安倍政権は7月15日の衆院の委員会で安全保障関連法案の採決を強行し、翌16日には本会議を通過させた。国会の会期が9月27日まで延長されて いることから、仮に参院が法案を議決しなくても、衆院通過から60日後には衆院の3分の2の賛成で法案は可決する。衆院では自民、公明を合わせると3分の 2以上の議席を得ていることから、16日の衆院の通過を持って、事実上法案の成立は確実になった。
 これは一見、民主主義の正当な手続きを踏んでいるように見えるが、決してそうではない。今回日本の政治に起きたことは、後世にまで禍根を残すことになるだろうと東京大学法学部教授で憲法学者の石川健治氏は言う。
 その理由として石川氏は今回、安倍政権が、憲法を改正しないまま、長年にわたり憲法によって禁じていると解されてきた集団的自衛権を容認する法解釈と法整備を強行したことによって、「法秩序の連続性が切断された」と考えられるからだと説明する。
 元々安倍政権は憲法9条を改正して、日本も軍隊を持ち戦争のできる「普通の国」にしたいという野望を抱き、それを公言して憚らなかった。しかし、 それを実現するために必要な国民の支持がないことがわかると、今度は憲法改正を困難にしている憲法96条を改正し、現行の3分の2から国会の2分の1の賛成で憲法改正を発議できるようにしたいと言い出した。
 憲法の条文を改正する手続きを定める憲法96条は、憲法の中では他のすべての条文よりも高い位置にある。それを壊す行為は憲法そのものを転覆させ る行為であり、これを法学的には「革命」と呼ぶが、「革命」が成功するためには国民の支持が必要だ。しかし、日本国民は憲法96条の改正を支持しなかったため、「革命」は失敗に終わった。
 ところが安倍政権は今度は、国民を置き去りにしたまま、政府レベルで法秩序の連続性の破壊を図った。内閣法制局長官を集団的自衛権容認論者にすげ 替え、集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、政権与党のみで法案を国会を通してしまった。国民から支持を受ける「革命」に対し、国民を置き去りにした状態 で法秩序の連続性を破壊する行為を、法学的には「クーデター」と呼ぶのだと、石川氏は言う。
 石川氏は今回日本が失ったものの中で、最も大きかったものは「理屈が突破されたこと」だったという。参考人として呼ばれた3人の憲法学者にことご とく違憲の烙印を押され、憲法学者はもとより世のほとんど学者も、歴代の内閣法制局長官も、こぞってこの集団的自衛権を認めるこの法案は違憲であると主張していた。こうした主張に対する政府・与党側の反論は、集団的自衛権とは何の関係もない砂川事件の最高裁判決で集団的自衛権は禁止されていないという、およそ屁理屈にもならないようなお粗末なものだった。また、今回の法整備によって日本の抑止力が高まるという政府の主張も、根本的な部分に誤謬があることも明らかになった。
 理屈の上では安保法制をめぐる安倍政権の主張は完全に敗北していた。しかし、にもかかわらず論理的に破綻している法案が閣議決定され、7月16日の衆院通過で事実上の成立が決まってしまった。
 理が通らない政策が数の論理によって押し切られてしまったことで、日本が「法秩序」を失ったことの影響は大きい。今後、この法案がもたらすであろ う個別の問題を考えただけでも目眩がしそうだが、より高次元で日本の法秩序が破砕されたことの影響は恐らく安全保障分野だけにとどまらないだろう。われわ れの多くが、日本という国の政治の頂点で、「理」が「無理」によって押し切られるところを目撃してしまった。これによって戦後われわれが大切に育て、守ってきた「公共」空間が壊されてしまった。
 ここに至るまで安倍政権は、解釈改憲を実現するために内閣法制局長官をすげ替えたほか、アベノミクス実現のための日銀総裁人事にも介入した。ま た、メディアへの圧力を強める一方で、NHK会長人事にも介入してきた。こうした行為もまた、憲法96条改正の通底するところがある。最終的に法秩序を 壊するような行為を行う上で、まず邪魔になる障害を取り除くために首相の権限をフルに活用する。法律で委ねられた権限を行使しているだけとの見方もあろうが、そもそもそうした権限が内閣に委ねられているのは、そうした個々の機関の暴走を防ぐためであり、首相の権力を私物化するためではない。それを自身の権力や権限の拡大のために利用する行為は、権力の目的外利用であり、権力の濫用に他ならない。
 今回の安保法制の事実上の成立で日本が失ったものとは何なのか。今後その影響はどこで表面化してくるのか。われわれはそれにどう対抗していけばい いのか。知性主義も立憲主義も否定したまま自身の目的達成に向けて突っ走る安倍政権と、われわれはいかに向き合っていけばいいかを、ゲストの石川健治氏と ともにジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。  ≫(ビデオニュースドットコム:マル激トーク・オン・ディマンド 第745回――石川健治氏(東京大学法学部教授))

*石川健治 石川 健治(いしかわ けんじ、1962年 - )は、日本の法学者[1]。専門は憲法学。東京大学大学院法学政治学研究科・法学部教授。 「現代憲法学の鬼才」(西原博史)とも評され。学部時代、政治学者の篠原一のゼミに所属していた頃に憲法学者を目指すように薦められ、卒業後直ちに助手に就任し樋口陽一に師事する。 単著・『自由と特権の距離──カール・シュミット「制度体保障」論・再考』(日本評論社、1999年/増補版・2007年) 編著・『学問/政治/憲法──連環と緊張』(岩波書店、2014年)≫(Wikipedia抜粋)
注:最近、メディアで売り出し中の木村草太氏(憲法学者)は石川教授の教え子である。

個人と国家―今なぜ立憲主義か (集英社新書)
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学問/政治/憲法――連環と緊張
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●トカゲの尻尾切り シッポの積りで心臓摘出か!右巻きの末路

2015年07月29日 | 日記
ヴァイマル憲法とヒトラー――戦後民主主義からファシズムへ (岩波現代全書)
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●トカゲの尻尾切り シッポの積りで心臓摘出か!右巻きの末路

“好事魔多し”とは、安倍晋三の為に、有史以来用意されていた引用句の一つなのではないかとさえ思える現象が起きつつある。大変な国民的慶事である。いつの日か、安倍晋三の政治的命脈を断ち切った記念日となる予感がある。安倍政権が崩壊し、自民党が下野乃至は分党をした日を、「立憲建国記念日」となることを夢見ている(笑)。

日本会議を核とした明治維新、司馬史観に毒された連中の命脈を断つことは、謂わば、日本と云う国が、立憲主義に基づいて民主主義を始めますと云う、国民自らの意思決定で、民主主義を解禁した記念すべき日としても良いだろう。熱に魘されている暴力集団なので、最後のあがきは凄まじい阿鼻叫喚を見るかもしれないが、彼らが、昨年7月1日に閣議決定で、立憲主義を放棄した無血クーデターを、またまた、国民主権者の無血クーデターで権利を奪還するのだから、ある意味でクーデターのカウンターだ。ただ、外形的には、安保法制も通過したことなので、私の歴史的使命は終わったと格好つけて安倍が消える。乃至は安倍が立ち往生して、憤死するか、どちらかしか残されていない。

希望的観測を言えば、“立ち往生憤死糞垂れ流し”と云う構図が最も愉快ではある(笑)。それはさて置き、次官と局長と云うシッポを切って、我関せずはないだろう。自分の省の次官と局長の首が飛んだのだ、直接監督責任者である、下村が辞めない選択はないだろう。無論、首相には任命責任があるが、この安倍と云う男の責任の取り方は、居直り強盗になって行き恥を晒すのがカッコいいと信じているので、常人が尋常な手段、理を持って裁くのは不可能だ。大衆の「I am not Abe」の絶叫、糾弾、デモ、デモが一番の凶器である。狂気には、大衆の狂気が不可欠だ。愚劣で情緒的為政者に、幾分エキセントリックな感情のカウンターは効果的だ。

しかし、この内閣支持率向上作戦の1ページ目で、安倍内閣がズッコケたのお天道さまの天罰であることは間違いがない。野党は下村文科相辞任に向けて、徹底抗戦すべきだ。今延長国会会期末の9月末までに、第三者による検証委員会で中間報告を出すとしてきた。つまり、安保法制審議に傷がつかないように9月末に中間報告としてきた。しかし、こらえ性のない官邸は、その逃げ道の中間報告も待てずに、次官と局長の人事を発表した。つまり、この問題で足を引っ張られたくない一心なのだろうが、安倍は支持率稼ぎを狙って、白馬の王子よろしく、大々的に颯爽と計画の白紙と云う“鶴の一声”を発した。実は、これが好事魔多しの罠だった(笑)。

おそらく、舛添東京都知事の局長の責任くらいハッキリさせろ発言は、官邸との握りがあるとみて問題ない。つまり、安倍晋三に貸を作る按配の発言になっているのも面白い。同じ穴のムジナ同士、阿吽の呼吸と云うには、あまりにも下品なマッチポンプだ。安倍内閣の中で、一人まったく仕事をしない大臣が、実は下村博文だ。では何故、麻生、甘利、菅、岸田らの大臣のように方向性は悪くても汗を流している中で、一人醜聞だらけでもお咎めのない男なのだから、超目立つ。目立ちすぎる。

博友会のカネまみれで、今にも辞任しそうな雰囲気まで行った男に、安倍晋三は、奇妙なくらいに一心同体感で内閣を維持している。 国土交通相・太田昭宏は「公明党枠」だから、異を唱える人はいない。不可解なのは文部科学相・下村博文だ。下村は麻生、甘利、菅、岸田並みの仕事をし、内閣で重要な位置を占めていると言えるのだろうか?此処に顔を見せてくるのが、「日本会議」だ。「日本会議」本体に名を連ねるのは政治家は政教分離原則もあり、好ましくないと云うことで「日本会議国会議員懇談会」なる組織を作り、「日本会議」の精神を、陰に日向に為政に反映させる意図を見せている。麻生や平沼、谷垣、石破、菅、中谷等々顔を出すが、実質は幹事長の下村博文と字事務局長の萩生田光一が日本会議と国会議員のパイプとなっている。

つまり、安倍官邸にとって、下村博文と萩生田光一が、安倍晋三の精神安定剤となっている。萩生田光一を中心になる自民党若手議員の勉強会なるもので、百田を講師に迎え、言論封殺の“おだを上げていた”が、彼らは下痢止め効果を持つ、安倍の個人的側近中の側近だ。彼らとヒトラーばりの高邁な独演会を演ずることで、安倍の健康は保たれている。気がついたら、憲法が変えられていた。愚民どもは、最後の最後まで気づかずに、「動物農場」に連れていくんだよ、カッカッカッ!「1984年」の再現は「2020年」に簡潔だ!ワッハッハ!夜な夜な、安倍を囲んで、そういう話で盛り上がるから、安倍は健康が維持できる。その中心人物が下村なのは確か。“将を射んと欲せばまず馬を射よ”である。「下村は馬だ!」それも、実は駄馬だ。世が世であれば、草競馬場のゲートに入ることも出来ない程の駄馬だ。その馬に乗っているのが、誰あろう安倍晋三。あんまり、安倍の悪口ばかり書いていると、その首相にかき回されている国家の国民なのか…と涙は出ないが、グラスのピッチが上がる。随分悪口言ったので、今夜は安倍に首絞められる悪夢を見ることになるかもしれない(笑)。

いま、「靖国」を問う意味 (岩波ブックレット)
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●翁長知事、沖縄(琉球大統領兼外務大臣)として、世界に問へ!

2015年07月28日 | 日記
私の「戦後70年談話」
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●翁長知事、沖縄(琉球大統領兼外務大臣)として、世界に問へ!

琉球新報が24日付で、“知事国連演説へ 政府の非道、世界に訴えよ”と力の入った応援社説を書いていた。その社説を、先ずは読んで頂きたい。安保法案絶対反対デモは、本土の東京をはじめ都市部で、「反対70000人:賛成1000人デモ」に象徴されるように、安倍包囲網が着々と彼らの思惑を狭めている。今、反対を唱える識者たちの警告は、数年後には、日の目を見る。我が国固有の「不都合な“仕方ない”」と云う隷属の心地よさに包み込まれることになる。

無論、安倍がオバマと握り、アメリカ国務省、国防省と外務省防衛省が蜷局(とぐろ)を巻いて、18歳以上の派遣労働者やニートに、厚遇で国家公務員にしてやる、雇用政策がてら、偉そうに、主張するところまで、絵にかいたように見えてくる。下手をすると、TPP絡みで、移民手続きの緩和を画策、外人部隊も考えているかもしれない。それでも、狂ったアメリカの覇権維持の外交防衛上戦略に隷属することが、正しい。言い方を変えるなら「あの時は、ああするより他に選択肢がなかった。仕方ない」と云う、自国の誤りを検証できない、極めて不釣り合いな、欧米帝国主義、疑似民主主義に被れた結果だ(明治維新)。自分たち言動全体を検証する空気も能力もない国や国民が、帝国主義、疑似民主主義に被れた結果は、自ずと見えてくるという事だ。

万が一、安保法制が継続審議にでも持っていけたら、それはそれで国民側の勝利と言えるが、何せ、正常な人間が持つ感性とは異なる感性に牛耳られた「日本会議」のお仲間なのだから、自民党が下野してでも、この法案を強行突破する可能性が高いだろう。万が一起きる事は僥倖であるが、ある意味では、困ったことでもある。つまり、日本会議的風潮の息の根を止める事が中途半端になり、彼らが生きながらえる事にもなるからだ。個人的には、この歴史修正主義者、反省と云う言葉の代わりに、自己弁護と詭弁強弁の訓練だけを重ねた連中の化けも皮を剥ぎ取った事にならないと危惧している。

大きな声では言えないが、最小限の被害でいいわけだが、のっぴきならない現実の恐怖を、彼らに、そして隷属慣れと平和ボケの守銭奴風味の国民に目覚めてからの方が、より効果的に、このような勢力の芽生え、継続を根絶やし出来るのでは、と思うことも暫しだ。ただ、最近の勢いを増した「安倍やめろデモ」にも、不満がないではない。どうしても、安保法案、集団的自衛権に集約され、沖縄辺野古基地問題が、本土的ニュースバリューに欠けているきらいがあることだ。筆者は、生まれも育ちも本土の人間だが、ラテンの血を引くひねくれ者、今、安倍を叩くためにも、辺野古基地、米軍、軍産複合企業と云うシュプレヒコールを一人叫びたくなる。『裏声で歌え君が代を』(丸谷才一)ではないが、やはり、大声で辺野古反対の情報を流しつづけたい。以下の社説全文を読むのが面倒なら、赤太字の部分だけでも読むのが、徳に準ずることじゃないかと思う。


≪ <社説>知事国連演説へ 政府の非道、世界に訴えよ
  県民の人権を踏みにじる日本政府の非道を世界に訴える機会である。新基地建設の阻止に向け、国際世論を喚起することになろう。
 スイスのジュネーブで9月に開かれる国連人権理事会で、翁長雄志知事が新基地建設問題で演説する見通しとなった。国連NGOの協力で発言時間を確保する。
 翁長知事の国連演説は「沖縄建白書を実現し未来を拓(ひら)く島ぐるみ会議」が準備を進めてきた。国際社会から日米両政府に圧力をかけることで基地政策の変更を促すためだ。
 辺野古沖での過剰警備に象徴される政府の人権侵害に終止符を打つには、国際世論の力を得なければならない状況にある。
 安倍政権は新基地建設を拒否する民意をくみ取ることなく、力で踏みにじろうとしている。沖縄の人権を顧みない安倍政権の差別的な態度を私たちは厳しく直視しなければならない。
 歴代知事が沖縄の基地問題を打開するために米国に直接訴えてきたのも、日本政府が県民の訴えに耳を貸そうとしないからであった。地方自治と自己決定権の理念を踏まえた活動だったといえよう。
 沖縄の基地問題や人権問題の前進を図るために国連に訴える手法は、県内のNGO「琉球弧の先住民族会」が1999年から取り組みを始め、広がりを見せている。

 この過程で国連自由権規約委員会は2008年、「琉球・沖縄人を先住民族として明確に認め、彼らの土地の権利を認めるべきだ」と日本政府に勧告している。
 10年には国連人種差別撤廃委員会が「米軍基地の集中が住民の経済的、社会的、文化的権利の享受を妨げている」として、日本政府は適切な措置を取るよう勧告した。
 ことし5月に国連人権理事会が採択した普遍的定期審査の報告書も、米軍基地の存在が沖縄の人権を侵害しているとして、米国に改善を勧告している。
 日米両政府は、これらの勧告を無視し続ける不誠実を改めるべきだ。新基地建設を直ちに断念し、米軍基地による人権侵害を解消することが国連の意思なのである。
 沖縄の立法院は、国連の植民地独立付与宣言を引用した1962年の「2・1決議」で米国の植民地支配を批判し、沖縄の主権回復を国際社会に訴えた。翁長知事はその経緯を踏まえ、国連の場で沖縄の民意を示してほしい。

  ≫(琉球新報:7月24日付社説)


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●魚住昭が斬る「日本会議」、彼らは何がしたいのか? シリーズ3

2015年07月27日 | 日記
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●魚住昭が斬る「日本会議」、彼らは何がしたいのか? シリーズ3

今夜は魚住昭氏のコラムで、危機を乗り切らせていただく(笑)。安倍晋三や官邸が政治的に苦しい立場になると、ネトウヨが元気づく。自民サポーター集団が、大挙してネットランキング等々でも暗躍するが、その裏では「日本会議」という、明治・大正・昭和の亡霊に導かれた、鵺のような勢力が跋扈している。本当に、こんな主張をする人々がいるのかいな?と眉唾になるようなブログが跋扈する。まあ、一過性な歴史的過ち程度で済めばめっけものだが、そういう多寡を括るのも危険だろう。本当に、このような無知蒙昧で恥知らずな「戦争法案」で、あたら若い日本人を戦死させる現実が起きたら、まさに青天霹靂。単なる安倍晋三らの火遊びでは済まされない。もっと、本気で書き連ねたいところだが、本業の締め切りに追われる身、今夜も引用掲載で糊口を凌ぐ。お許しあれ。


 ≪ 「戦後50年決議」をめぐる右派団体「日本会議」の暗躍
そして戦後70年の今、彼らは何をしようとしているか?

 ■「侵略戦争と認めるなど断じてできない」
 かつて「参院の法王」と呼ばれた村上正邦さん(82歳)は面白い人である。幼いころから筑豊の炭鉱で苦労してきたせいか、人情味があって懐が深い。政治信条は筋金入りの右派なのだが、主義主張の違いを超えて人を惹きつける何かがある。
 前に少し触れたが、私は8年前、彼のライフヒストリーを1年がかりで聞き取り取材した。彼の人生は波乱とペーソスに満ちていて、話を聞くたび私は泣いたり笑ったりしたものだが、ここでは中でも一番驚かされたエピソードをご紹介したい。
 1995年、自社さ連立内閣時代のことである。村山首相は戦後50年決議の採択を目指していた。が、連立相手の自民党は決議推進派と慎重派に分かれていた。
 慎重派を後押ししたのが、椛島(かばしま)有三氏が率いる「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」('97年に両組織が合併して「日本会議」になる)である。
 「守る会」と「国民会議」は前年4月「終戦50周年国民委員会」を立ち上げ、戦争謝罪決議の反対署名をはじめていた。その年秋には「国民委員会」の呼びかけで各地の県議会などで戦没者追悼の決議が相次いで行われ、翌年3月、「国民委員会」が謝罪決議反対署名506万名分を集めて国会に請願した。
 そんな状況下で森喜朗幹事長や加藤紘一政調会長らが何とか与党間の合意を取りつけようと奔走した。
 村上さんの回想。
 「焦点となったのは、決議で先の戦争が侵略戦争だったことを認めるかどうか、そしてアジア諸国に対する植民地支配に言及するかどうかでした。自民党五役は、私を除いて皆決議をやるべしと主張していた。私は侵略戦争だと認めるなんて断じてできないと突っぱねていた」

 ■参院幹事長室を占拠した日本青年協議会が激怒
 交渉が大詰めを迎えたのは'95年6月6日夜だった。
 どんな内容なら慎重派が了承できるかと加藤政調会長らが文案作りを繰り返した。その文案を衆院役員室で「これならどうです」と村上さんに提示する。彼はそれを参院幹事長室に持ち帰る。
 幹事長室は、椛島氏をはじめ日本青年協議会(=後の日本会議の事務局)の関係者らに占拠されていた。彼らは文案を見て「いや、これじゃ駄目だ」「この文言はああだ、こうだ」と言う。村上さんは加藤政調会長のもとに引き返し「この文案じゃ受け入れられない」と伝える。その繰り返しで夜が更けていった。
 最終的に加藤政調会長らが提示してきた文案はこうだった。
〈(前略)世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行った【こうした】行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する(後略)〉
 村上さんが口頭で伝えられた文案には【こうした】が入っていなかった。
 であれば、日本が「植民地支配や侵略的行為」を認めたことにはならない。その辺が極めて曖昧になるから参院幹事長室を占拠する連中も納得できる。村上さんはそう思ってOKサインを出した。じゃ、これでいこうと、その場でシャンシャンシャンと話がついた。
 再び村上さんの回想。
 「散会後に決議を成文化したペーパーをもらいました。その場で中身を 確認しておけばよかったんですが、そうせず幹事長室に戻った。それで皆(日本青年協議会の面々)に『だいたいこっちの要望通りになったから、これで決めたよ』とペーパーを見せたら、皆が『何だ、これは!村上先生おかしいじゃないか』と言い出したんです」
 村上さんが改めてペーパーを見ると、加藤政調会長らから口頭で伝えられた文案と明らかに違う。【こうした】がいつのまにか挿入されていた。これだと日本が侵略戦争をしたことを認めてしまうことになる。
 しかし、村上さんはついさっき役員会で了承し、その役員会は「村上からOKが取れた」と言って散会してしまった。今さら取り返しがつかない。
 村上さんがつづけて当時を振り返る。 「椛島さんらはものすごい勢いで怒った。私が彼らをペテンにかけたと言うんです。なかには私のネクタイをひっつかまえて怒鳴る者もいて、参院幹事長室は大騒ぎになった。とにかく目の血走った連中が『絶対阻止』を叫んで大勢押しかけて来ているわけですからね」

■日本会議はいま何をしようとしているか
 村上さんにしてみればペテンにかけられたのはむしろ彼だった。役員会で聞いた文案には確かに【こうした】はなかった。
  進退窮まった村上さんはそこで決断した。「衆院が決議するのはもうやむを得ない。しかし参院では自分が責任をもって決議させない。だから了承してくれ」と椛島氏らに言った。それでどうにかその場は収まった。
 村上さんは約束通り、参院での戦後50年決議をさせなかった。参院の主導権は村上さんの手にあったから議院運営委員会の段階で封じ込めたのである。
 これは極めて異例の事態だった。決議は衆参両院の全会一致で行うのが国会の通例だ。言ってみればそれが日本青年協議会の介入で覆されたのである。
 日本青年協議会の母体だった「生長の家」は既に代替わりして政治と絶縁し、創始者・谷口雅春の「明治憲法復元論」を封印しリベラル路線へ舵を切っていた。
 本来なら谷口思想を奉じる日本青年協議会は解体されるところだろうが、椛島氏らは教団を離れた後も協議会をつづけ、「参院のドン」のネクタイを締めあげるまでの力を蓄えていた。そのバックになったのが、彼らが事務局をつとめる「守る会」と「国民会議」の組織力であることはいうまでもないだろう。
 いま日本会議(+日本青年協議会)は、来年夏の参院選後を見据えて憲法改正を求める地方議会決議(ことし4月時点で27府県議会・36市区町村議会にのぼる)や1000万人署名運動などを大々的に進めている。 私の見るところでは、彼らにとって憲法改正は戦前の大日本帝国の“栄光”を取り戻すための一里塚にすぎない。その先にどんな未来があるか。想像しただけで背筋が寒くなる。

*参考:ハーバー・ビジネス・オンライン連載『草の根保守の蠢動』(菅野完著)、週刊金曜日2015年4月3日号
 ≫(現代ビジネス:わき道をゆく~魚住昭の誌上デモ――『週刊現代』2015年8月1日号より)

NHKや日本のマスメディアで情報を得ている限り、参院幹事長室に暴力思想勢力の人間たちが、参議院議長を吊し上げ、議院内閣制、憲法、刑法無視の行いが、自由に行われていた事実に愕然とする。このような勢力が、戦後の日本でも生き残っていたことは、形骸化したとはいえ、天皇を温存できたことに由来するわけだが、今上天皇の言動を見る限り、彼ら勢力とは、明確に相いれない線引きが見られる。この矛盾を彼らはどのようにクリアするのか、ここを考えておくべきだろう。今上天皇から、現皇太子へのバトンタッチの機会が、かなりのキナ臭さを感じるわけだ。そして、皇太子に替わるべきターゲットを、彼らは既に見定めていると看破しておく器量は必要に思う。


こうして、世界は終わる――すべてわかっているのに止められないこれだけの理由
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●読んでみたい本パール・バックの『大地』 山際寿一氏推薦の本から

2015年07月26日 | 日記
文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
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●読んでみたい本パール・バックの『大地』 山際寿一氏推薦の本から

今夜も多忙なり。人さまの褌を借りるブログ記事で失礼する。京大総長の山際寿一氏の「我が人生最高の10冊」を読んでみての感想だが、読んでいない本もあった。読んだ中で、筆者も鮮明に記憶に残っている本がパール・バックの「大地」だ。かなりの長編で、昔は持ち歩きが大変だったが、現在は岩波から、1~4で文庫化されているので、読みやすそうだ。もう一度、読み直しておきたい本である。

それから、ジャン・コクトー『恐るべき子供たち』も身近なホラーのような心理描写で、姉と弟の恋を描いていた。俗に言う近親相姦とは異なるが、それは日常的に起き得る恐怖と云うのか、自然の成り行きのように感じたものだ。10位にジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』が入っているのが目についた。現役のアメリカの生物学者、生理学者、生物地理学者、ノンフィクション作家であるダイアモンドが推薦されている点は幾分驚きだが、山際氏の学問と重なる同時代的名著という理由は、判らないのでもない。『銃・病原菌・鉄』は時間を忘れて読みふけるノンフィクションである。


≪ 京都大学総長・山極寿一さんが選ぶ「わが人生最高の10冊」
冒険と背徳。複雑だからヒトは面白い

■昔から冒険談が好きだった
 うちは母親が本好きで、子供の頃は本をどんどん買ってくれましたし、近所に貸本屋があって、そこに行っては、『ガリバー旅行記』や『ロビンソン・クルーソー』など主に探検物を借りていました。
 当時から、冒険談とか動物物が好きでしたね。そして、本で学ぶだけでなく、そこで得た知識を実践していた(笑)。
 実家の近くに一橋大学の広いグラウンドがあって、草むらで秘密基地を作ったり、木の枝に縄をかけてターザンごっこに興じました。多摩川まで自転車で行って釣りをしたり、蛇や泥鰌を捕まえたりね。
 ここに挙げたのは「読んだ順ベスト10」ですが、それぞれの本からいろいろな影響を受けています。
 1位の『大地』は、小学校の高学年から中学生の頃に読みました。当時の僕は、将来、自分がどう生きていくかなど、まだ真剣に考えたこともなかった。
 そんなとき、近代化を迎えた中国を生きた主人公一族3世代の壮大なこの年代記に出会ったんです。
 登場人物が思わぬ出来事に遭遇したり、激動の時代に翻弄されているのを見て、「誰しも、人生は自分の思う通りにはならないんだな」ということを学びました。
 2位の『闇の奥』は、少年時代に無邪気に憧れていた冒険のイメージをバッサリと斬られるような衝撃を受けた作品です。
 緑の魔境を浮かび上がらせる自然描写は素晴らしいのだけれど、熱帯の森の持つ不気味さ、人の心を蝕む恐怖に初めて出会い、「これがアフリカなんだ」という、本物の怖さを見せつけられた気がした。
 それまで探検物を読んで、ただウキウキしていた私の幼心に水をかけられたというか、目を覚まさせてくれました。
 ちょうど思春期、「背徳」という言葉に、何となく惹かれるようになったときに読んだのが、3位の『恐るべき子供たち』。
 姉と弟の、一種の恋の話ですが、文章から醸し出される性の香りに震えました。子供たちが持つ、危うく脆い性の世界の雰囲気は、大人になりきると、もうわからないと思うのです。しかし、同じ子供だった僕には、非常に敏感に伝わってきた。それに、僕にも姉がいましたし(笑)。
 この小説をきっかけにランボーや萩原朔太郎、中原中也と、いろいろな詩を読むようになりました。ちょっと背徳の匂いのするような詩を選んでいましたね。
 大学時代はスキー部で、京大のヒュッテがある志賀高原へよく行っていたんですが、ある日、スキーの練習をしていたら、雪山でじっと猿を見ている人に出会ったんです。妙な人だなと思ったのだけれど、それが同じ理学部の大学院でサル学をやっている先輩だった。

 ■探検熱がよみがえった
 そこで初めてサルについて勉強してみようかと思ったんです。そんなとき読んだのが、伊 谷純一郎先生の『ゴリラとピグミーの森』。これがメチャメチャ面白かった。大学生になる頃には、子供時代の探検熱はすっかり冷めていたのですが、この本を 読んで、再び頭をもたげてきました。
 本の内容は、著者が'60年に、自身2度目のアフリカ行をした際の記録。ウガンダにゴリラを追跡しに行ったはずが、当時はアフリカ諸国が次々と独立した時期でもあり、いろんな人間の紛争に出遭うわけです。
 そうこうするうち、一緒に山を歩くようになったピグミー族の生活に憧れていく。探検の現地で、著者の気持ちが刻一刻と変化するのが、手に取るように伝わってくる。フィールドワーク、それも単独行の面白さというのは、こういうものかと胸が熱くなった。
 最近でこそチームでアフリカに渡りますが、この本の影響もあって、若い頃は単独行にこだわりました。
 サル学に心惹かれるようになったあとの、京大4回生の頃だったかな。ある研究会に参加したとき、諸先輩や先生方が、崇めるような恭しい態度で接している先生がいた。それが、生物学者であるだけでなく、ほとんど哲学者でもあった、今西錦司先生でした。
 5位の『生物の世界』を読んだときは驚きましたよ。なにせ、すべての生物には社会があるという。戦前に執筆された本ですが、人間中心的な世界観を完全にひっくり返して、社会というものを見つめ直している。そのコペルニクス的な発想の転換に圧倒されました。
 私は本を読みながら考えるタイプ。つまり、本に入り込んでしまう自分がいる一方で、同時に、冷静に別のことを考えている自分がいるんです。
 すると、読み進めるうちに、冷静なほうの頭に突如、いろんなアイディアが閃いたり、発想が湧いてきたりする。それが楽しくて、本を読むのがやめられないんですよ。 (構成/大西展子)

山際寿一さんのベストテン
1位 パール・バック「大地」1~4
2位 ジョセフ・コンラッド「闇の奥」
3位 ジャン・コクトー「恐るべき子供たち」
4位 伊谷純一郎「ゴリラとピグミーの森」
5位 今西錦司「生物の世界」
6位 檀一雄「檀流クッキング」
7位 V・S・ナイポール「暗い河」
8位 ジョン・スタインベック「キャナリー・ロウ缶詰横丁」
9位 ベネディクト・アンダーソン「定本 想像の共同体」
10位 ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」
 ≫(現代ビジネス:オトナの生活―賢者の知恵―「週刊現代」2015年7月25日・8月1日合併号より)

大地 (1) (岩波文庫)
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●NYT・米中関係論 尤もらしいが、米覇権永続が前提

2015年07月25日 | 日記
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●NYT・米中関係論 尤もらしいが、米国覇権永続が前提

以下は、一見尤もなレポートに思える、NYTに寄稿されたオーヴィル・シェルの米中論。ただ、彼がアメリカ国民であり、ロックフェラー系研究機関に在籍している事実を除けば、かなりフェアだ(笑)。あまり時間がない身なので、いちいちにケチはつけないが、一つだけ言えることは、オーヴィル・シェルも世界の“普遍的価値”を、欧米価値に置いている事だ。そして、永遠にアメリカが、世界に君臨する大国の地位が揺るがない前提になっている。

その辺が、非常に残念なレポートである。中国が今後、悪しき前例として、ウラジミール・プーチン露大統領のウクライナにおける顛末を、引き合いに出して警鐘を鳴らしているのは噴飯ものだ(笑)。そして、アンフェアだ。このような壮大なレトリックが基盤にある平和共存戦略などは、糞の役にも立たないだろう。世界の潮流として胎動しはじめたBRICSやユーラシア大陸勢力の動きを排除した言説には、かなり限界点が見えてきたようだ。中東イスラム国の国々の問題もネグっている。


≪ 中国を前にさまようアメリカ。双方歩み寄る道はある、ない、どっち?
現代ビジネスプレミアム倶楽部会員限定記事「New York Times Premium」から期間限定で特別に全文公開します!(公開期間:2015年7月31日) “アメリカと中国は上手くやっていけるか?” “必要なら「封じ込め戦略」再導入の用意すらあると公にせよ” (文/オーヴィル・シェル)

 ■顕在化した中国に対する不安
 中国を長い間ウォッチしてきた人にとって、この2年間は不安なことが多かった。中国共産党を習近平が率いるようになり、中国では、小平時代のスローガンであった「改革開放」への真剣な取り組みを望むことが以前にも増して難しくなった。それどころか中国政府は、好戦的ではないものの、独裁主義をミックスしたネオ毛沢東主義を蘇らせている。
 確かに習近平とオバマ大統領は会談を重ね、毎年、戦略および経済に関する対話を続けている。しかしそれにもかかわらず、特に中国専門家の間に見られる米中関係の将来に関する失望と悲観論の度合いは、1989年の流血事件以来の高水準となっている。
 台湾、チベット、人権、知的財産、通貨政策など従来からある一連の問題に加え、新たな 問題も生まれている。中国国内では、公民権や政治的権利の擁護者たちの逮捕、市民社会グループの迫害、学界やメディア、市民社会における言論の自由統制の強化、「普遍的な価値」への攻撃といったことが起こっている。国外においては、中国政府の新たな自己主張による東および南シナ海での紛争に火が付いている。
 一方で、ハッキングやその他のサイバー攻撃、政治的、社会的活動の迫害、ニュースメディア・ウェブサイトの妨害、中国での仕事を望むアメリカ人のジャーナリストやライター、学者などのビザ申請の懲罰的却下に関する新たな紛争も増大している。
 ピュー研究所(The Pew Research Center) によると、好意的に中国を見ているアメリカ人の割合は4年前の51%から、現在ではわずか38%だ。また米中関係強化の推進役である米国商工会議所が実施した最近のアンケート調査では、中国では以前よりも海外企業が歓迎されなくなっているという回答者の割合が、1年前の41%から60%に増加している。

 ■習近平が標榜する「中国の夢」の意味
 政治的歴史、制度、価値がこれほど異なる国でも協力関係をもてるという考えは、2つのサミット会談から生まれたものだ。ひとつは1972年にリチャード M. ニクソン大統領と彼の国家安全保障担当補佐官だったヘンリー A. キッシンジャーが毛沢東と周恩来を訪問した時(当時、両国ともソ連に危機感をもっていた)、もうひとつは1979年に小平がジミー・カーター大統領を訪問した時(両国は外交関係を全面的に再開した)だ。
 残念なことに、これら画期的な現状打破ののち、崩壊が起きた。1989年に天安門広場や中国全土の都市で起こった民主主義擁護デモの弾圧である。しかしそれにもかかわらず、その後数十年の間に関係は改善された。米中両国の多くの人々が、もう少し時間がたち、経済の自由化や教育的、社会的交流が進めば、中国社会がより開放され、グローバル情勢において責任ある「ステークスホルダー」に発展するのではないか、という共通の目標を持てるまでに改善された。
 この生まれたばかりの希望は、現在、習近平が標榜する「中国の夢」に阻まれている。「中国の夢」とは、さらなる解放と立憲主義の保証ではなく、富と力、さらに国の結束と世界に対する政治的影響力に向けて国民を駆り立てるよう仕組まれた中国独自の夢想だ。
 かつてビル・クリントン元大統領は、江沢民を「歴史の間違った側にいる」と非難した。習近平に関して言えば、現在、歴史は中国の側にいる。中国はいま、古代文明と最大の人口を保有する国としての立場にふさわしい、世界の中心的な役割をもつ国として返り咲いているからだ。

 ■アメリカは、この新たな挑戦にどうやって対応すべきなのか?
 中国の「興隆」は喜んで受け入れるが、理不尽な主張を世界中で繰り広げることには同意せず、そして必要となれば、冷戦時代に西欧の民主主義諸国が共産圏を制限するために使った「封じ込め」戦略の現代版を導入する用意もあることを、可能な限り公然と再確認する必要性が我々にはある。しかし同時に、この「封じ込め」よりも、協調的な道筋を通して前進する方がはるかに望ましいと思っていることを明確にしなければならない。そのような道筋には、ロードマップと大統領の個人としての真剣な取り組みが必要だ。

■持続性のある米中関係の改善の打開策
 まず初めに、そうした合図を送り、9月の会談に向けた環境づくりをするために、オバマ大統領は中国特使を任命し、習近平にも同様に行うようを求めるべきだ。(ジョージ W. ブッシュ政権時代に行われたヘンリー M. ポールソン Jr.財務長官と王岐山副首相の会談がモデルになる)
 第2にオバマ大統領は、米国政府の基本的中国戦略を検討するために、専門家による中国シンクタンクをホワイトハウス内に設立すべきだ。
 第3には、選挙シーズン中に公の議論を喚起するため、上院外交委員会は超党派による特別公聴会を開くべきだ。これは、1960年代にアーカンソー州出身の民主党上院議員であったJ.ウィリアム・フルブライトが、ベトナム戦争の処理について アメリカの専門家から広範な意見を引き出すために行ったようなものだ。
 逆説的ではあるが、気候変動の脅威は、偶然にもアメリカと中国の利害が一致した分野を提供する形となっている。これは、習近平が提唱する「新たな主要国関係」を実現する契機となる可能性がある。温室ガス排気量削減に向けた昨秋の共同協定は、状況を一変させることになるかもしれない。 しかし持続性のある中米関係の打開策の実現には、それがどのようなものであれ、双方が困難な譲歩をする心構えが必要となる。

アメリカ側は、以前には考えられないような以下のようなオプションを検討すべきだ。
 *カリブ地域におけるアメリカの立場と同様に、中国に対し、領土に関するすべての主張を完全に容認するのではなく、南シナ海である種の「影響領域」をもつ権利を与える。
*中国沿岸地域における米軍情報機の飛行に対し、新たな制約を加える。 *台湾に対する武器販売の廃止に向けた条件をオープンに話し合う。
*南北朝鮮が統合された場合、アメリカは北側に軍隊も核兵器も配備しないことを保証する。
*世界通貨基金を始めとするグローバルな統治機関において、中国により大きな統治力を与えるための新たな方法を模索する。
*国内消費促進を目的とする習近平の新たな経済改革を、アメリカが積極的に支援する方法を検討する。これらの政策の成功は、米国の利益にもなるからだ。

一方、中国側は次のようなオプションを検討してはどうだろう。
*沿海における論争を国際法に基づき解決することに合意する。
*北朝鮮政権に対する制裁を、より有効な方法で行うこに合意する。
*台湾海峡における軍事力行使否定に関する条件を話し合う
*香港における普通選挙権取得に向けたスケジュール設定に関し、香港により多くの自治権を与える。

 これらの問題解決は非常に困難なため、現状打破は容易ではない。しかし、それに代わる方法があるだろうか?中国にロシアのウラジーミル V.プーチンが歩んだ道を行かせるのか?今や、これは「リセット」のどの希望よりも可能性が高まっている。ロシアとアメリカの関係よりもはるかに重要な米中関係が、ロシアで見られるような軍事的袋小路状態になだれ込んでいくのを超人的努力で食い止めないのならば、それはあまりにも残念なことだ。

 ■中国はどんなことが起きて驚くことになるか分からない
 おそらく、悲観論が広まるのは当然と言える。しかしその結果は、封じ込めか、もしくは敵対ということにさえなりかねない。私が楽観的かと聞かれれば、そういうわけではない。中国には、国民に自信を吹き込むための、あまりにも多くのパラノイ ア(妄想症)がはびこっている。そして、中国が抱える諸問題の原因は「敵対的な海外の隠れた力」にあるとする説が横行している。
 しかし私が60年以上にわたる中国研究の結果で学んだことがあるとすれば、それは、中国というのは、外の世界と関わり合う際、直観に反した思いがけない行動をとる国だということだ。私は、どんなことが起きて驚くことになるか分からないと思っている。
 アメリカが中国の興隆に平和的に対応する道がまだあるとすれば、それは抵抗と妥協の両方を賢く組み入れたアプローチだろう。おそらく中国の株式市場が急落し、党が苛立っているいまは、2つの主要国の関わり方を改めるために、果敢かつ集中的な努力をなすべき時ではないだろうか。 (翻訳/オフィス松村)

オーヴィル・シェル
ハーヴァード大学で、フェアバンク、ライシャワー両教授のもと、東アジアの歴史、文化、政治を学ぶ。その後「ニューヨーカー」誌などの特派員やカリフォル ニア大学バークレー校ジャーナリズム専攻大学院長を務めた。現在アジアソサエティ米中関係センター所長。外交評議会(CFR)の会員。延世大学准教授ジョ ン・デルリーとの共著に『野望の中国近現代史 帝国は復活する』(ビジネス社、2014年)がある  ≫ (現代ビジネス:ニッポンと世界―「New York Times Premium」から)

新自由主義の自滅 日本・アメリカ・韓国 (文春新書)
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●衝撃、日経が“フィナンシャル・タイムズ”を買収 泡食う朝日

2015年07月24日 | 日記
靖国戦後秘史―A級戦犯を合祀した男
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●衝撃、日経が“フィナンシャル・タイムズ”を買収 泡食う朝日

以下は、日本経済新聞社が“フィナンシャル・タイムズ”を買収したことでショックを受けている朝日新聞の記事である。

≪ 日経新聞、世界相手にデジタル戦略加速か 英FT買収
 日本経済新聞社が英経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を買収するのは、国内の新聞市場が人口減少に伴い縮んでいるからだ。今後、アジアを中心に国際的なデジタル戦略を加速させるとみられる。日本語という壁が作り出す狭い市場の中でシェア争いをしてきた同業他社は、衝撃を受けている。
 FTは世界のビジネス界で強固な地位を築く。近年はデジタル発信に力を入れている。親会社の英ピアソンによると、過去5年で紙媒体と合わせた購読数は30%増の73万7千部。その7割がデジタルだという。
 FTのデジタル紙面は、世界のメディアの中でも数少ない成功モデルとされている。最大限の情報量を得ようとすると、デジタル版だけでも年間約5万 8千円と高額だ。それでも特ダネや出来事の背景説明、有力記者のブログ、コラムニストの解説などを通じて、内幕を描く記事が世界のビジネスリーダーや当局者に支持されている。
 日経は、FTの翻訳記事を電子版に毎日掲載したり、記者を派遣したりするなど、以前から関係が深い。
 FT親会社のピアソンとは、ビジネス英語と時事英語を学べるオンライン英語学習プログラムを共同開発もしている。企業が社員研修に導入する教材に日経やFTの記事をつかった教材を追加するなどビジネス面での連携を深めていた。
 FT買収をめぐっては米ブルームバーグやトムソン・ロイターなども買い手として取りざたされた。そんな中、日経が1600億円の巨費を投じた背景には、国内市場の縮小への危機感がある。
 日本新聞協会の資料によると、日本国内の日刊紙(朝 刊)の2014年度下半期の総発行部数は3970万部。13年間で15%減った。国内の経済紙では圧倒的な存在感を誇る日経の部数もこの間に11%減り、 15年6月時点では273万部だ。電子版の部数は43万人に達しているが、国内だけでは先細りは避けられない状況だった。
 日経はアジアの英語ニュースを強化している。FTは欧米だけでなくアジアにも拠点を構えており、英語で取材して記事を書ける人材を確保できる。日経の関係者によると、社内では数年前にチームを立ち上げ、海外紙の買収を検討していた。
 国内の同業社は衝撃を受けている。大手紙の広報幹部は「状況は厳しい。日経の動きも参考にしたい」。
 英メディアも大きく取り上げた。英BBCは、ピアソンの株価が2・4%上昇したと速報。約60年にわたってFTグループを傘下に置いていたピアソンが北米などでの教育事業を拡大する中で長年、売却の道を探っていると考えられてきたと解説した。 ≫(朝日新聞デジタル)


朝日新聞は解説記事では触れていないが、世界の“FT”の特長を、世界的英国経済紙と位置づけているが、筆者は最もフェアな報道を発信すると云う、哲学の存在する新聞社だと評価している。特に、国際軍事外交面における論調は、必ずしもアメリカ、日本などの、欧米価値観主義に準じていない点である。ロシア紙などが、こぞって西側の報道として引用されるのが“FT”の報道だ。時々、ロイターやドイツ南などの記事も引用する。間違っても、WSJやワシントン・ポストを引用することはないし、日本経済新聞など、生まれて一度も引用したことはないだろう(笑)。

少子高齢化と信頼度が低くなったメディアリテラシーが欠如した日本マスメディアの経営は。どの新聞社もヤバイ状況だ。日経の経済記事や解説の多くは、基本スタンスが金融資本主義の上に立ち、スポンサー企業の提灯記事や政権ベッタリの経済政策プロパガンダ報道に徹しているのだから、いずれにせよ、購読料で生きていこうとは思っていないのだろうと感じていた。日経が電子版に力を入れているのは判っていたが、1600億円の買収で、算盤が合うのかどうか、一概なことは言えない気がする。

筆者が最も心配するのは、“FT”の編集方針に日本経済新聞が影響を与えるかどうかという問題だ。“FT”が現在の日経新聞のような編集方針に変るような傾向があれば、一気に“FT”の暖簾の価値を毀損するだろう。また、フェアな報道姿勢を貫いてきた記者やコラムニストが次々の離れていくと云う現象を見ることになる。単に、経営上のマーケッティングとしての買収なら意味は通じるが、自力取材を旨とする“FT”と記者クラブ及び政府、スポンサー企業群の提灯記事で生きてきた日経では、あまりにも体質が違い過ぎる感じは否めない。

しかし、徐々に“FT”の”のれん価値”は減損するだろう。世界的リベラルな情報媒体が、昨日又ひとつ無くなった喪失感もある。ロイターが残っているのがせめてもの救いだが、朝日新聞は、本気で生き残りを模索しているのだろうか。現幹部は、自分たちは勝ち逃げできる、この一点張りで過ごしているようにも見える。あまりにも親米新聞になり過ぎて、リベラルや左翼からまで、見放されかねない中途半端な編集方針と思えてならない。いっそのこと、読売や産経、赤旗の路線の方が生き残れる気さえしてくる。全国一般紙の生き残り策は、相当いばらの道が待っていそうだ。

以下は日経新聞自信により“FT”買収に関する解説記事だ。正直な話、“FT”にはフェアネスが残っており、日経には存在していない。これを経済紙と云う括りで、簡単に論じるのは困難なような気がする。喜多恒雄・日経会長は「FTという世界で最も栄えある報道機関をパートナー に迎えることを誇りに思う。我々は報道の使命、価値観を共有しており、世界経済の発展に貢献したい」と語っているが、報道の姿勢、メディアリテラシーがある媒体とメディアコントロールされている媒体との異質な合体が、功を奏すと考えることは、筆者には出来ない。10年後、どうなっているかが愉しみだ。


 ≪日経、英FTを買収 ピアソンから1600億円で
  読者数で世界最大の経済メディアに
  日本経済新聞社は23日、英国の有力経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を発行するフィナンシャル・タイムズ・グループを買収することで同社の親会社である英ピアソンと合意した。8億4400万ポンド(約1600億円)でFTの全株式を取得する。メディアブランドとして世界屈指の価値を持つFTを日経グループに組み入れ、グローバル報道の充実をめざすとともに、デジタル事業など成長戦略を推進する。読者数で世界最大の経済メディアが誕生する。 ピアソンが23日開いた取締役会で了承した。買収価格はFTが保有する現金(1900万ポンド)を含む総額で、日経が支払う価格は8億2500万ポンド。日本のメディア企業による海外企業の買収案件としては、過去最大となる。年内の手続き完了を目指す。
  FTは世界有数の経済メディアとして影響力を誇り、ビジネス界におけるブランド力に定評がある。日経は英文媒体Nikkei Asian Review(NAR)を中核に、アジアを中心とするグローバル情報発信に力を入れている。両社は記者、編集者をはじめとする人的資源や報道機関としての 伝統、知見を生かし、世界に例のない強力な経済メディアとして社会的な責任に応えていく。
 FTはデジタル化の流れにもいち早く対応し、現在ではデジタル版の有料読者が約50万人と全体の約70%を占める。日経も電子版読者が43万人に達している。経済・ビジネス情報はデジタル時代に高い成長が見込める分野であり、両社の顧客基盤を活用してさまざまなデジタル事業に取り組む。
 ピアソンが50%出資する英経済誌のエコノミストは今回の買収対象には含まれない。
  日経とFTの組み合わせは、世界のビジネスメディアで大きな存在感を示すことにもなる。電子版の有料読者数(合計93万)は米ニューヨーク・タイムズ (NYT、91万)を抜いて世界トップになるほか、新聞発行部数はウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ、146万部)の2倍強になる。
 紙媒体を持つ世界のビジネスメディアは「日経・FT」とWSJを傘下に持つダウ・ジョーンズ(DJ)の2強体制に集約される。通信社では米ブルームバーグの存在も大きく、3つの勢力がグローバル市場でせめぎあう構図になる。
  ピアソンのジョン・ファロン最高経営責任者(CEO)は同日、「メディアの変革期において、FTの価値を最も高める道は世界的なデジタル企業と統合することであり、日経の下でFTはさらに繁栄すると信じている」との声明を発表した。喜多恒雄・日経会長は「FTという世界で最も栄えある報道機関をパートナー に迎えることを誇りに思う。我々は報道の使命、価値観を共有しており、世界経済の発展に貢献したい」と述べた。 ≫(日経新聞)

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●スティングリッツ『世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠』を読む前に…

2015年07月23日 | 日記
世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠
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●スティングリッツ『世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠』を読む前に…

安倍の独裁政権の話にのめり込むと、ことの本質を見失うリスクが生じる。この際だから、あの無知で無教養で絶対君主になったような振舞いをする首相なんてのは、日本の第二次大戦以上に未曽有なアクシデントであり、夢かうつつか幻か、そんなものだと思っておくしかないだろう。20~30年後には、日本史から抹消されても不思議ではないほど、醜悪な人物である。日本人にも、その反省の機運が芽生えてきているようだが、まだまだ日本は悪くなるだろう。とどのつまりは、東洋人でもなく、西洋人でもない、理解不能の国、ジャパンと言われるのだろう。まあ、名誉挽回までは、その誹り的な評価に耐えなければならない。

そんなわけで、暫し、まったくもってクダラナイ、トンデモナイ政治の話からは、一歩退く気になった。勿論、現在の政治カテゴリから逸脱する気はないが、幾分、現永田町、現霞が関、現マスコミ、現司法において権力を握る連中の無様さを論評しても、意味は殆どない。まあ、そう云うことで、こういう時期は、普段読む機会の少ない本を手にしてみるのも乙なものだと思うに至った。少々高かったが、目次を眺めて、この本は読んでも良さそうだと思った次第。まだ、未読のため論評には至らない。当該書物のコピーライトや帯文を紹介した後、目次などを書いておく。

 『世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠』
 “格差は冷徹な資本主義の結果ではない”1%の最上層が、自分たちの都合のいいように市場のルールを歪め、莫大な利益を手にし、その経済力で政治と政策に介入した結果なのだ。
 だが格差の拡大は、経済や社会の不安定と混乱をもたらし、やがてはすべての人々を危機へと導く―――。
 この負の連鎖を止めるために、我々はいったい何をすべきなのか?
 ノーベル賞経済学者スティングリッツが、すべての人によって繁栄が共有されるための道筋をしめす!


 ≪ ジョセフ・ユ-ジン・スティグリッツの主張 (Wikipediaによると)
・世界の指導者に対し、国内総生産(GDP)の検証で思い悩まず、繁栄を測るより広範な指標を重視するよう呼び掛けている。
・2010年10月現在の欧州中央銀行(ECB)やアメリカの連邦準備理事会(FRB)の超緩和政策は、景気回復を後押しするというより世界を「混乱状態」に陥れていると批判し、日本やブラジルなどの国々は輸出業者の防衛を余儀なくされていると指摘している。
・金融市場にシステムの機能を損なうような取引を控えさせ、世界的危機が貧しい国に与えた打撃に対して償う資金源とするために、金融市場に新しい税を導入するべきだとの見解を示している。また、銀行が私利を追求しても(=貪欲)、それは社会の幸福にはつながらないと指摘している。
・アジアの経済統合はアメリカが市場を支配することへの対抗勢力として非常に重要であることを強調し、南北の貿易格差や国際的な財務不均衡、およびその不安定さといった欠陥を是正することにもなるのではないかと期待している。
・単純な貨幣数量説に従ったマネタリズムには根拠となる理論がなく、一部の実証分析があるだけとして批判しており、コストプッシュ・インフレに対して利上げで対応するような機械的に行うインフレターゲティングには批判的な立場をとっている。

 ■日本について
 日本の海外援助について「日本は世界第二位の経済大国であり、グローバリゼーションを良くするために責任を負っている。日本は経済発展を実現した 国でもあり、世界の平和や貧困撲滅に前向きに取り組んできた国である。日本に対しては、今後も途上国援助に積極的に関与してもらいたい」と述べている。
 日本がバブル崩壊後から10年以上も名目GDPの成長不全やデフレーションに陥っていることを指摘し、その状態から経済を好転させるために財政赤字を紙幣増刷によってファイナンスするように提言している。新しく刷られたお金を人々が持てばそれらの人々のいくらかが財やサービスの消費にお金をまわそうとするだろうし、銀行など金融機関が貸し出しを増やし景気を刺激するからである。これはいわば政府が発行する紙幣、すなわち政府紙幣のことである。これは無利子国債を中央銀行が買い取ることと実質等しい。
 日本の経済を刺激する方法に、円高を食い止め製造業の輸出競争力を向上させる、サービス産業の強化、富裕層の資金を低所得の人たちに行き渡らせ格差の是正に取り組むこと等を挙げている。
 日本の円について「日本のデフレの原因は、為替の影響が大きかった。円安が続けば、その状況は変わる。現実問題として、アメリカが金融緩和を進めれば、円高になるので、対抗することが必要だ」と述べている。
 2013年3月21日、安倍晋三首相と会談した。翌22日、東京で記者団に対し、日本の金融政策を通じた円相場の押し下げは正しいことだとの認識を明らかにし、安倍首相の経済政策について楽観的な見通しを示した。
 安倍首相の経済政策「アベノミクス」の副作用が懸念されていることについて「実施しないほうが将来的なリスクになる」と述べている。
 アベノミクスについてこう述べている。「安倍総理が掲げる三本の矢のなかでもっとも難しい三本目の矢の成長戦略については、持続可能な成長を促す ためにいかにお金を使うか、これは非常に難しい問題である。イノベーションといえば、人が働くコストを省くことに焦点を合わせてきた。その結果、他方では 高い失業率に悩まされている。これはパズルみたいなもので、失業率が高いときに、さらに失業者を増加させることにつながる、労働力を省くイノベーションを 追求していていいのか。」
 日本についてこう述べた。「アベノミクスでは、拡張型の金融政策が必要だということを認識している。また強力な財政政策が必要であり、そして規制緩和な ど構造上の強力な政策が必要であるということを認識している。
 世界の中でも、包括的な枠組みを持っている数少ない国だ。日本は公共債務が多い。予算の状況 を改善しながら、同時に経済に対して刺激策を講じることができるかどうか。私はできると思っているが、それに成功するためには各々の政策を慎重に設計しなければならない。
 構造改革を考える際は、どのような大きな問題が日本の前に立ちはだかっているのか、またどんな構造改革によって効率を改善し、国民の幸せを改善できるのかを真剣に考えなければならない。そのため、人々は製造業からシフトしなければならない。だからこそイノベーションが必要になってくる。
 生産年齢人口の減少を調整した場合、日本は過去10年間、OECD諸国の中で最も成功している国の1つだ。ここで必要なことは三本の矢と呼ばれる包括的な経 済政策に関する行動計画だ。まず金融政策はターゲットを絞ることで成功している。これを拡張型の財政政策で補完すべきだ。
 そして規制をコントロールして、 経済に刺激を与えることができるか。私は、こうした構造上の改革を日本が成し遂げ、持続可能な繁栄を遂げることができ、そして世界に対して模範を示すことができると信じている。」    ≫(Wikipedia抜粋)


日本経済に関して、スティングリッツの意見が、すべて的を得ているとは言いがたいが、個別の国家経済に関しては、誰しも、当たることもあれば外れることもある。根本的に、経済学者の理論上と同様のことが起きる世界ではなくなったという問題が、21世紀グローバリゼーション世界の暗澹たる所以なのだろうが、ここから抜けだす勇気は、筆者のように世捨て人風な考えにならざるを得ない。それを多くに人々に共有させるのは不可能だ。ただ、一歩でも、グローバルからの脱出を考える人が増えてくれる為には、こちらも多くのカテゴリを学び、考える知恵と知識を身に着けることも必須なのだろう。


 ■『世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠』目次

Prelude―――亀裂の予兆
世界大不況と格差の深いつながり
ブッシュ氏の経済学の成績
資本家は欺く
ある殺人事件の考察――誰がアメリカ経済を殺したのか?
金融危機から脱出する方法

第一部 アメリカの“偽りの資本主義” えせ資本主義から抜け出だすために 1%の1%による1%のための政治 ……など等

第二部 成長の黄金期をふり返る わたしには夢があった ……など等

第三部 巨大格差社会の深い闇 底辺から浮かびあがれない暮らし ……など等

第四部 アメリカを最悪の不平等国にしたもの 税金を払わないのは誰なのか? ……など等

 第五部 信頼の失われた社会 フェアプレー精神は衰退した ……など等

第六部 繁栄を共有するための経済政策 誤ったグローバル化が人々を苦しめる ……など等

第七部 世界は変えられる 成長をする国々をめぐる旅 ……など等

第八部 成長のための構造変革 “雇用なきイノベーション経済”を改革する ……など等

余波―――すべての人に成功の基盤を
おわりに――新しい未来を手に入れるために
Q&A 上位1%革新をもたらしているという誤った認識と、レーガン政権がアメリカの不平等拡大の転機となった理由について、ジョセフ・スティングリッツが答える。
―――以上―――

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●笑いとまらぬ米軍・グアム基地縮小 安倍の肩代わり強行可決歓迎

2015年07月21日 | 日記
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●笑いとまらぬ米軍・グアム基地縮小 安倍の肩代わり強行可決歓迎

以下は、琉球新報が自前でワシントンに派遣している特派員の報告記事だが、おそらく、本土メディアはスルーなのだろう。しかし、この記事からも、米軍再編の一環に、沖縄辺野古基地問題や強行採決した「アベノ法制」、「TPP」等々、一連の安倍内閣による、日本領土売り、日本人売り、財産売りが、なぜ起きているか、淡々粛々と細切れに事実が表面化している。ただ、これらの事象を専門的に追いかける国民は滅多にいないので、どうしても、些細な出来事の一つとしてだけ記憶される。

もし、安倍に「誠実」と云うものの欠片程度でもあれば、この事実を、安倍晋三を全面バックアップしている讀賣新聞は解説記事として、ここ一連の首相の安保関連法の聞く耳持たずの姿勢は、苦渋の選択なのである、と報じてもいいのではないだろうか。戦後70年の中で、今ほど、日本人が日米関係を考えなければならない時期はないだろう。国民一人一人が、自分の目で、全体像を把握して、これから我々はどのような心構え(外交姿勢)で、国際社会と向き合う必要があるのか、真剣に考えられる絶好のチャンスだろう。日本のクオリティペーパーを朝日から奪還する、最上の機会ではないか。慰安婦や吉田証言の比ではない、国家の存亡を論じる紙面になるのだから。


 ≪ 在沖海兵隊移転先 グアム基地建設規模縮小
【ワシントン=問山栄恵本紙特派員】米国務省は17日、在沖米海兵隊のグアム移転に伴う環境影響評価(アセスメント)の補足文書の最終版を公表した。グア ムへ移転する海兵隊の規模を縮小することなどで合意した2012年の在日米軍再編見直しを受け、10年に作成したアセスと比べ、建設する基地の規模を縮小 している。地域のコミュニティーや自然、文化遺産、観光施設への影響を考慮して、新たな土地の取得を最低限とし、既存の米軍施設や基地周辺を使用すること が明記された。
 地元への配慮や意向が反映された同最終版から、辺野古移設を強行している姿勢との「二重基準」が鮮明となった。
 10年作成のアセスでは、米軍は1688エーカーのグアム政府や個人所有の土地の提供を求めていた。だが最終版では海兵隊の運用基地は既存の海軍の通信施設内に設置することになったほか、兵舎もアンダーセン空軍基地内とし、家族用の住宅も同基地付近に設置するとした。
 建設位置が論議になっていた射撃演習場の整備については、海軍が従来検討していた先住民族居住地の代わりに、アンダーセン空軍基地の北西部に設置する。
 野生生物など自然や環境保護にも配慮し、開発地域と海岸線との間に緩衝地域を維持することや、米軍が自生の野生生物生息地の回復や管理などを実施することに合意したと記されている。
 移転に要する期間も10年作成のアセスで示した「5年以上」から「12年以上」と記され、大幅に延長されることがあらためて浮き彫りになった。日米両政 府が13年に発表した嘉手納より南の基地の統合・返還計画は浦添市の牧港補給地区のうち、海側の142ヘクタールについて「24年度またはその後」の海兵 隊の国外移転後に返還するとしている。移転期間の延長で、返還に大幅な遅れが生じることが確実となった。
 地元紙によると、カルボ知事は「数年間に国防総省と知事側の間で作られた協定が尊重されている」との声明を発表した。 ≫(琉球新報:米軍再編)


≪ 米陸軍、兵士4万人削減へ 予算カットで  
[ワシントン 9日 ロイター] - 米陸軍は9日、予算削減に対応するために、2017会計年度末までに、兵士4万人と文官1万7000人を削減すると発表した。
 これにより、兵士の数は49万人から約45万人に減り、第2次世界大戦以降最低の水準になる。  2001年の同時多発攻撃前には約49万人だった兵士の数は、2012年には57万人にまで増えたが、その後削減されている。
 米国防総省は昨年、10年間で約1兆ドルの歳出を削減する計画を発表した時に、陸軍の兵力を縮小する方針を示していた。 ≫(朝日新聞デジタル)


上記以外の様々なメディア(日本のマスメディアより海外メディア)で、この米軍縮小の肩代わりを自衛隊が行うと云う事実関係は動かしがたい事実である。それが、良いか悪いか、それを論じるための土俵が用意されていない、ここが日本の民主主主義の重大にして致命的な欠陥なのだ。ポイントとなる背景をネグって、美辞麗句で為政の意図を隠ぺいする霞が関文学を紙面や画面に踊らせている限り、言論の自由そのものが、無いに等しい。つまり、事実を知らずに、妄想や捏造情報の中で、国民は、自分の意志を決定せざるを得ないのだから、丁半博打の世界に身を置いているのと変わりない。

アメリカは世界の警察官を実行するだけの力量がなくなってきたので、戦後70年間の恩に報いるために、わが日本は、米軍の及ばざる部分を補完するのは、正義である。国際社会(欧米勢力)も感謝するに違いない。特に、韓国における2016年以降の米軍撤退における穴、それを補完するのは、日本の自衛隊以外にない。マケインなどは、38度線防衛は日韓軍で専ら行うのがベストだ、と言っていた。要するに、米国の要請に応じるには、「理屈を凌駕する無理」が必要だった。それが、安倍内閣である。

日本会議はじめ、多くの右翼的思想の持ち主が口にする「「アメリカからの押しつけ憲法は破棄するぞ!解釈でも、改正でも、どっちでもいいが、独自憲法を作るのだ。そして、真の独立を勝ち取る」と威勢よく叫んでも、蓋を開ければ、ただ、アメリカの命令に応じるだけだ。ただ、折角だから、日本会議の目標の実現に一歩近づいた印象を与える演出を加えることで、如何にも、安倍晋三の心意気な振舞いにしようとしている。

以上のように考えてくると、安倍晋三、安倍内閣のやっている事は、日本の一般的国民を騙し、日本会議に賛同するような連中も騙し、岸信介を騙し、取り巻く跳ね上がり右翼も騙している。安倍の本音は、「いや、今はアメリカの言うことを聞いているフリだけど、こうやって一歩一歩、明治の大日本帝国の姿に変えていけるのだ。“アメリカを騙す”が私の最終目標だよ、ふふふ、単純な諸君には判らんだろうがね。そう云うのが、高度な政治的判断と云うものなんだ」安倍の頭には、馬鹿なりに、馬鹿な妄想が渦巻いているのだろう。

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●安倍強権のルーツ日本会議 隷米一辺倒、日本の恥は何処に行った?

2015年07月20日 | 日記
なぜ人類のIQは上がり続けているのか? --人種、性別、老化と知能指数
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●安倍強権のルーツ日本会議 隷米一辺倒、日本の恥は何処に行った?

以下は魚住昭氏による週刊現代掲載記事の現代ビジネスからの引用だ。同氏は前回同様に、戦後の日本の敗戦の恥を、意趣返しでもするが如く、天皇を神格化して、その天皇を操ることで(摂政政治、御前会議)で為政全体を牛耳ろうと云う考えの人々だが、どうも、筆者の考える真正保守とは相いれない、保守と云うか帝国主義的で、硬直の誹りは免れない存在なのだと思う。

色々、高村の如く、初めから最後まで、もっと言えば中途においても、誤謬誤謬の連鎖で、自己の意見を正当化させよってのだから、話にもならないし、議論の相手ではない。おそらく、保守政治の原点を、武士道精神に求めるか、明治維新で知った西欧文化キリスト教主義に求めるか、そういう大きな違いがあるのだと思う。前者に立てば、アメリカの70年以上に亘る占領的植民地政策に楯突くためのシンボル的行動を見せなければならない。「今は仮の姿。将来は核武装で日米安保破棄まであるのだよ」これが彼らの常とう句だが、あのビビりようでは、妄想に近い。

それが、靖国参拝ってのは、しょぼ過ぎるだろう(笑)。国教神道なんて概念が出たところで、神道はアウトだ。つまりは、明治政府の行った行為すべてが、原点からして間違っていたのだ。200数十年たって漸く分かったが、政治は肌感覚と、今上天皇のような慈悲と徳が備わっている個人である方が、まだ安全なのだ。今の日本で、民主主義や議会内閣制を信奉することは、結果的に、現安倍政権が見事なくらい、飛び抜けた悪例として、国民も少しは理解しただろう。西洋文化に毒された、金次第の普遍的価値だと云う似非価値そのものを、疑うことから始めないと、歩けば歩くほど、道に迷うことになる。


≪ 安倍政権の背後にいる右派団体「日本会議」のルーツ
  「参院のドン」が明かした日本会議結成の内幕

先週号で日本最大規模の右派団体・日本会議と安倍政権のただならぬ関係について触れた(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44029)のを覚えておいでだろうか。
 日本会議の中核メンバーが目指すのは、端的にいうと、戦前の皇国日本の“栄光”を取り戻すことだ。彼らは何十年も前から周到な計画を練り、着実に布石を打ってきた。もし、このまま事態が進むと、彼らの悲願は成就へと向かうかもしれない。
  なんて言うと、読者はそれは私の誇大妄想ではないかとおっしゃるだろう。無理もない。私だって最初はそんな大それた仕掛けがあるとは思いもしなかった。マスコミも彼らの動向をほとんど報じなかった。               
 でも、8年前のことだが、かつての「参院のドン」村上正邦さん(82歳・元労相)の聞き書きを1年つづけるうち、彼らが全国に巡らしたネットワークと、その戦略が見えてきた。
 村上さんが日本会議結成(1997年)にいたる内幕を明かしてくれたからだ。彼は日本会議の礎を作った当事者の一人である。そしてこれが重大なポイントなのだが、生長の家の創始者・谷口雅春('85年没)の信頼が最も厚い政治家だった。

 ■ラディカルな皇国思想を持つ宗教団体「生長の家」
 ここで生長の家について簡単に説明しておこう。
 教団の歴史は戦前、谷口が人生苦の解決法を説く個人誌『生長の家』を創刊した時から始まる。彼はキリスト教や仏教、神道などから種々の要素を取り入れて万教帰一、すべての教えは同じ、ただ登り口が違うだけだと説いた。
 また、彼は天皇を現人神として崇めた。「一切は天皇より出でて天皇に帰るなり」と説き、聖戦完遂を唱えて教団を大発展させた。敗戦後は一転して自由と平和を唱えたが、公職追放から復帰した後、右傾化・神道化を強めて教勢を拡大させた。
 紆余曲折はあったにせよ、谷口は戦後の宗教界で最もラディカルな皇国思想の持ち主となった。彼は「明治憲法復元」を掲げて1964年、生長の家政治連合(生政連)を作り、教団の政治進出を本格化させる。その生政連の国民運動本部長に任じられたのが村上さんである。
 それから10年後の'74年、愛国心高揚を目指す「日本を守る会」が誕生する。臨済宗円覚寺貫主・朝比奈宗源が谷口らに呼びかけて作ったものだった。
 そこに生長の家はもちろん神道、仏教などの宗教団体が集まり、作家の山岡荘八や思想家の安岡正篤らも加わった。事務局は明治神宮に置かれ、村上さんは谷口の意を受け、事務局の中心メンバーとして働いた。

 ■「背広を着た右翼」に変身
「守る会」はまず「天皇陛下御在位50年奉祝中央パレード」を成功させ、その余勢をかって元号法制化運動に乗り出していく。
 もともと元号は戦前の皇室典範に定められていた。その条文がGHQの意向で削られ、法的根拠を失った。それを再び法制化しようという右派の動きは戦後三十余年、社会党・共産党の抵抗にあって阻まれていた。
 結論を先に言わせてもらえば、この法制化運動の成功が、それまで少数精鋭主義だった右派の運動スタイルを広範な国民を巻き込む大衆運動に変え、日本会議を誕生させることになる。
 名著の誉れ高い『増補 戦後の右翼勢力』(勁草書房)の著者・堀幸雄氏の言葉を借りるなら「制服を着た右翼」から「背広を着た右翼」への変身である。
 その大衆運動の戦略を描いたのが、いまの日本会議を事務総長として取り仕切る椛島有三(かばしま・ゆうぞう)氏だ。
 彼は谷口思想の心酔者で天性のオルガナイザーだった。長崎大学在学中に全共闘や共産党系の民青に対抗して民族派学生運動を組織し、自治会の主導権奪還に成功した経歴を持っていた。村上さんの回想。
 「椛島さんは長大卒業後、上京して一途に日本青年協議会(生長の家の学生OB組織)で民族派の運動をやっていた。彼は名誉栄達や金を求めず、面倒見もよかったから学生たちから尊敬されていた。彼が一声かければ動く若い人が全国にたくさんいた。その彼が『守る会』事務局に入ってくれたので、彼と二人三脚で運動を進めたんです」
 ちなみに当時の日本青年協議会委員長は今の安倍首相側近の衛藤晟一参院議員。書記長が椛島氏、政策部長が今の日本政策研究センター代表で首相ブレーンの伊藤哲夫氏。3人とも日本会議の中核メンバーである。

 ■椛島氏の戦略
 村上さんの証言によると、椛島氏は大衆運動のいろんな戦略や戦術に長けていた。各地で人手が必要なときは日本青年協議会傘下の学生らを動員した。
 たとえば「守る会」は'77年秋から元号法制化を求める地方議会決議運動を始め、翌年10月までに全国1016市町村の議会決議を達成して政府に圧力を加えるのだが、この「地方から中央へ」という戦略を考え出したのも椛島氏だった。
 こうした地方の動きに呼応する形で'78年7月、「守る会」を中心に「元号法制化実現国民会議」が作られる。議長に石田和外・元最高裁長官が就き、 音楽家の黛敏郎が代表委員の一人になった。椛島氏は事務局長として戦略を考え、さらに世論を盛り上げるため全国47都道府県にキャラバン隊を派遣した。
 自民党や民社党、新自由クラブによる超党派の国会議員連盟も作られ、同年10月、日本武道館に2万人を集めて総決起国民大会が開かれた。動員の中心になったのは生長の家や佛所護念会、世界真光文明教団、明治神宮や神社本庁といった「守る会」に結集した宗教団体だった。
 翌'79年6月、全国的な気運の高まりのなかで元号法案は国会を通過する。右派三十余年の宿願が「守る会」(+日本青年協議会)によるわずか2年の運動で達成されたのである。椛島戦略の効果は絶大だった。
 以来、椛島氏をはじめとする日本青年協議会の面々、つまり谷口雅春の思想を核に育った人々が”隠れた主役”となって右派の運動をリードしていく。彼 らは政財界などへの影響力を急速に拡大させ、ついには憲法改正に王手をかける一歩手前にまで至るのだが、その過程については次号でご説明したい。

*参考:ハーバー・ビジネス・オンライン連載『草の根保守の蠢動』(菅野完著)、『増補 戦後の右翼勢力』(堀幸雄著・勁草書房刊)、『朝日人物事典』(朝日新聞社刊)
 ≫(現代ビジネス:魚住昭の誌上デモ「わき道をゆく」連載第134回—『週刊現代』7月18日号より)

参考URL:
* http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44029
* http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44128

「人間国家」への改革―参加保障型の福祉社会をつくる (NHKブックス No.1231)
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●安倍内閣不支持率51.6% 国立白紙撤回くらいで戻るかね?

2015年07月19日 | 日記
ヒトラーとナチ・ドイツ (講談社現代新書)
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●安倍内閣不支持率51.6% 国立白紙撤回くらいで戻るかね?

テレビも新聞も、台風だ!新国立競技場白紙撤回!以上の二つのニュースで、安保法案「強行採決」の“安倍内閣隠し”に全面協力しているが、もう今後、「社会の木鐸」等と云う偉そうな発言は一切させたくないものである。本来であれば、安倍が強行採決した「安保法制11法案」は内閣を構成する政治家と行政官僚による、まさに無血クーデターなのは明白だろう。何と云っても「日米安保」を「日米同盟」にすり替えた瞬間なのだから、憲法など関係なく、国家存立危機と政府が判断すれば、集団的自衛権を行使すると宣言したことになる。つまり、憲法9条は、国内的に無力化された。あきらかに、政治家と官僚による立憲主義の破壊だ。

正直、この安保法制11法を、まとめて審議していたのでは、1法案当り12時間も審議していない。つまり、国家の方向性を決めるような法案審議時間が、一日半程度と云う事実である。憲法学者でも、読み込むのに1週間以上を要し、その中身の解釈には3週間ほど必要と云うことは、結局、一般市民には、ほぼ解釈不能な法律だと言える。そうなると、何を持って、専制政治にカウンターを当てるかと云えば、もう、肌感覚に頼るしかない。高村の法理論など、単なる部分的つまみ食い論であり、砂川判決が出された時代には、そもそも、「集団的自衛権」と云う概念自体が既得観念にはなっていなかったのだから、詭弁なのは誰が聞いても詭弁である。

こうなると、“理屈”と“無理”がガチンコ対決して、“無理”が一時の勝利を挙げてしまったと云う事実は、日本の歴史に大きな副作用をもたらす可能性は大いにある。ただ、現時点を見る限り、日本国民は無知的ではあるが、肌感覚に、これはオカシイ?多分、危険に違いない!と云う、肌感覚、乃至は動物的勘が働いているようである。その点は、非常に頼もしい。東京新聞が共同発として、安倍内閣支持率調査を報じている。

≪ 安倍内閣支持急落37% 不支持過半数で逆転
  共同通信社が17、18両日に実施した全国電話世論調査によると、内閣支持率は37・7%で、前回6月の 47・4%から9・7ポイント急落した。不支持率は51・6%(前回43・0%)と過半数に達し、2012年12月発足の第2次安倍政権以降で初めて支持 と不支持が逆転した。
 与党が16日の衆院本会議で、多くの野党が退席や欠席する中、安全保障関連法案を採決し、可決したことに「よくなかった」との回答が73・3%を占めた。「よかった」は21・4%だった。
 安保法案の今国会成立に反対が68・2%で前回から5・1ポイント増えた。賛成は24・6%だった。 ≫(東京新聞・共同)

PS:毎日新聞調査では不支持51%、支持35%となっている。


この世論調査で、ポイントなのは支持率ではなく、不支持率だ。51.6%の人が不支持を表明しているのは中々の感覚だ。支持の37.7%はまだまだ多いので、そう云う日本人も多いのだなという感想はあるが、早々に30%を切って貰いたいものだ。ただ、もっと不思議なのは、51.6+37.7=89.3%の人が、支持か不支持を答えている事だ。どちらとも言えない、乃至はわからないが10.7%しかいなくなっている点だ。いつもの調子の意味不明な支持率調査なら、30%前後の留保率があったのに、20%が安倍内閣への評価を明示した。無論、不支持に向かってと云うことだ。

昨日、慌ただしく書いたコラムの見出しではないが、新国立競技場と70年談話と日中首脳会談、プーチン訪日など矢継ぎ早の支持率回復策が、功を奏するかどうか、見ものである。日中首脳会談の実現の方は暗雲が立ち込めているから、思い通りには実現するか微妙。何せ、同盟化された日米の仮想敵国が中国なのは確実なのだから。プーチンの訪日はあり得るが、中国接近中のロシア、北方問題の話題にまで行きつけるかどうか疑問。プーチンとオバマは象徴的対立関係にあるのだから、支持率アップに効果があるような訪日を演じられるだろうか。

憲法学者の“理屈”を安倍内閣・行政官僚の“無理”が通用するのは、あくまで国内向けに「抑止力が増えた」と言えるわけで、国際政治学や政治外防衛全体からみた、対外的な「抑止力」は必ずしも増加していない。つまり、同盟的な行動をすると宣言しても、国内に通用する範囲の同盟的集団的自衛権行使の宣言であって、国際的には、その集団的自衛権を日本国民全体が国民投票を通じて、堂々と「憲法改正」して、9条を変えない限り、対外的な「抑止力」として、効果を発揮しない。つまり、本来の抑止力は、まだ有効性を持たず、正当な手続きを経た、「憲法改正」があって、本当の「抑止力」になる。まあ、当面は内閣不支持率が60%を超えることを眺め、美味しい酒でも飲むとしよう。

奴隷のしつけ方
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●安保法案の違憲は大目に見てよ 競技場、日中関係、プーチン訪日頑張るから

2015年07月18日 | 日記
しんがりの思想 ―反リーダーシップ論― (角川新書)
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●安保法案の違憲は大目に見てよ 競技場、日中関係、プーチン訪日頑張るから

安倍晋三と云う下卑た男は、本日の見出しのような取引を、国民に持ちかけているのだろう。何という浅ましさだ。安倍悪代官が、飢餓に苦しむ農民の「米寄こせ一揆」を村長たちを言いくるめて、腐りかけた備蓄米で急場しのぎが出来ないか、こそこそ耳打ちしている姿が浮かぶ。「へへへっ、代官様もお知恵者でございまする。新国立競技場で世論の要求に応じ、秋には日中首脳会談で、融和を演出して、トドメはロシア・プーチン大統領の訪日、二島返還交渉ですか、中々なお考えかと存じます」

「そうじゃ、ワシとしては、アメリカと約束してしまった以上、評判が良かろうが悪かろうが、言うことを聞かないわけにはいかない。これを覆しでもした場合、横田幕府から刺客が送られるのは間違いないのだ。もう、実は糞詰まっているのだが、谷内と云う優れものの隠密が中露間を行ったり来たり、情勢挽回の絵図を書いているところなんじゃよ」 「なるほど。そうでもしないと、内閣支持率は間違いなく30%割台、いや、下手すりゃ20%割台ですからな。それにしても、その前に、70年談話ございますが、いかなる取り計らいで、お逃げになられるので?」

「うん、これが当面の課題なんじゃが、代々の談話を引き継げば、そりゃあ楽ちんだ。横田幕府も、そうしろと言って来ている。しかしだ、ワシのことを、国家主義で、コテコテの保守だと信じてついてきた、超右翼な政治家たちや下劣な友がいる。これが困った。本気で、ワシが日本を帝国時代に先祖返りしてくれるものと、思い込んでいる取り巻きが多すぎる。これが、困ったことに全員、ワシが毅然たる美しい国日本を取り戻すと思っている。挙句に、乱暴者だらけで、寝首を搔かれる危険が一杯なのじゃ」

*代官と村長(むらおさ)のやり取りか以下のように
「では、代々の談話を反故にして、反省もヘッタくれもあるか!と行きますか?」

「いや、これが簡単ではない。それを言ってしまえば、中国首脳との会談は流れる。プーチンだって来ないかもしれない」

「では、代々を引き継ぐ談話で当座を凌ぐわけです御座いますね」

「いや、それも取り巻きから総スカンを食う可能性がある。まあ、そろそろアイツの賞味期限も切れたことだし、寝首を掻かれる前に、次善の策を講じることは可能だ」

「代官、なんというご大胆な。彼らを消しておしまいになる?」

「まさか、我が藩は法治主義なのだ。そうそう乱暴は出来ない。霞が関村の知恵者どもも、これには頭を抱えておるわい。まあ、最後の最期には、奥の手があるから、それほど悩んではいないのだがな……」

「奥の手でござりますか?それで、その奥の手とは?代官様」

「ふふふ、機密事項じゃよ。トップシークレットと云うものじゃ、ファファファ…」

「代官様、もう一杯。さあさあ、もう一杯。で、代官様、その機密情報とは如何なもので?」

「それは、秘密のあっこちゃんじゃよ、ガッハッハ」

「まあ、そう仰らずにもう一杯。これ、綾子ちゃん、早うお床にご案内を…」

「厭々、今夜は遠慮いたしておこう。それに、綾子ではなフフフ」

「代官様、こんどの貢は、どの娘を思し召しでいらっしゃりますやら?」

「そうじゃな、考えておこう。ところで、村長。談話なんて、出さなくてもよい取決めなのは知っておるか?」

「はっ?談話を出さない?」

「そうじゃ、菅と云う役方がおってな、その悪知恵による、空っとぼけて談話なしと云う奥の手もあるのじゃ、カッカッカッ」

多忙な割には、馬鹿な話を書いてしまった。本当におバカな拙者である(笑)。いずれにしても、競技場白紙見直しで、失地挽回。それが駄目なら、中国首脳との会談セットだ。そうなると、談話は出せない。どちらを表現しても、針の筵だ。空っとぼけて出さず、習近平会談設定と、プーチン来日に血道を上げるのだろう。まあ、お好きなようにだ。今夜は、お口直しに、小田嶋隆氏のコラムを紹介しておく。大変に、興味深い分析だ。


 ≪ 「安保はまだ難しかったかい?」(小田嶋隆)
  安保関連法案が衆院平和安全法制特別委員会で可決された。
 採決の過程が、与党のみによる単独可決で、いわゆる「強行採決」だったことが批判の的になっている。
 新聞各社の社説でも、《戦後の歩み覆す暴挙》(朝日新聞)《「違憲」立法は許さない》(東京新聞)と、さんざんな言われようだ。
 まあ、問題だとは思う。
 とはいえ、政権与党が単独で議決可能な議席数を確保している以上、最後の手段として自分たちだけで法案を可決することは、言ってみれば彼らの権限でもある。
 おすすめできるやり方だとは思わないし、憲政の王道だとはなおのこと思わない。
 でも、最低限、違法ではない。
 強行採決は、多数決民主主義を支える建前になっている国会審議が膠着状態に陥った場合の最後の手段として、これまでにも度々用いられてきた手法だ。
 早い話、野党の側が審議拒否をすることと、与党が強行採決に持ち込むことは、通常の議論が決裂した場合のお約束の大団円だ。
 とすれば、事態がこういう形で落着することは、昨年末の総選挙で自民党と公明党が圧倒的な議席数を確保した時点で、半ば予見できた近未来だったわけで、いまさらびっくりしてみせる筋合いの話ではない。

 私は驚いていない。
 当然こうなると思っていた。
 こうなってしまった結末を歓迎しているわけではないし、当然の帰結だとも思っていないが、それでも、こうなるであろうことは、法案が提出された時 点で見通していた。いや、自らの慧眼を誇るためにこんなことを言っているのではない。普通に新聞を読んでいる普通の大人であれば、誰にだって見え見えの展開だったということを申し上げているだけだ。

 なので、私は、このたびの強行採決についていまさら金切り声をあげようとは思わない。
 政権与党に3分の2超の議席を与えた以上、いま進行していることは、当然起こるべくして起こっている既定の手続きに過ぎない。

 問題は、別のところにある。
 石破茂地方創生相は、件の法案が衆院特別委で可決される前日に当たる7月の14日の記者会見で、以下のように述べている。
「国民の理解が進んでいるかどうかは世論調査の通りであって、まだ進んでいるとは言えない。あの数字を見て、国民の理解が進んだと言い切る自信はない」(こちら)

 石破さんのこのセリフは、政府が単独採決をする方針を明らかにした当日のタイミングでの発言だっただけに、内外に少なからぬ波紋を広げた。
「閣内不一致じゃないのか?」
「というより党内鳴動だわな」
「まあ、世論調査でああいう数字が出ている以上、選挙区の声が気になる陣笠の先生方は少なくないのだろうね」
「ってことは、石破さんの発言は選挙区向けのアリバイってことか?」
「100パーセントそうだとは言わないけど、どっちにしてもチキンなご発言だよ」
 一見、世論に寄り添っているように見えた石破さんの言葉は、しかしながら、結果としては、冷笑を以て迎えられた。

自民党支持者には
「裏切り」
「寝返り」
「抜け駆け」
「風見鶏」
「石破氏を叩いてみれば愚痴ばかり」
「いい子ぶりっ子」
「キャンディー大臣」
と酷評され、かといって、自民党不支持層に歓迎されたわけでもない。 
 「党が大変な時に、月刊誌にキャンディーズ礼賛のお気楽な小論書いてる政治家がいまさら正論言ってもなあ」 「普通のおじさんに戻りたいんじゃないのか?」
 「本人の気持ちとしては、渾身の微笑返しなんだろうけど、肝心のそのスマイルが気持ち悪いという」

お気の毒と申し上げるほかにない。
 とはいえ、石破さんの発言はタイミングとしていかにも敵前逃亡に見えてしまった面や「お前が言うな」的なスジの悪さはあったものの、内容としては党内の懸念を正しく反映した言葉だった。
 その証拠に、翌日には、安倍晋三首相自身が、衆院平和安全法制特別委員会の審議の中で、安全保障関連法案について
「国民の理解が進んでいないのも事実だ。理解が進むように努力を重ねていきたい」
と述べている。
安倍さんご自身も、安保関連法案が国民に理解されていない現状を認めざるを得なかったわけだ。
ここでひとつ不思議に思うことがある。

 石破さんと安倍さんが、そろって「理解が進む」という言葉を使っている点だ。
これは、どういうことだろうか。
 この法案に関して、政府の関係者は、当初から、「理解」という言葉を連発している。
 思うに、「理解」という用語の前提には、
「法案についての理解が進めば法案への支持が高まるはずだ」
 という決め付けないしは思い込みが隠されている。
 法案を支持しない人々を「理解不足」と決めつける意図が介在していると言い直しても良い。

 いずれにせよ、ここで言っている「理解」には、「法案」を「聖典」視させる一種の詐術が含まれている。
 「法案は長大であり、なおかつ高度で複雑な内容を含んでいる。一般の国民が即座に理解できるようなものではない」
「しかしながら、きちんと読み込んでその内容を理解すれば、必ず納得できるものだ」
「われわれは、国民の皆さんの理解の助けになるべく、わかりやすい説明を心がけ、時間をかけて説得して行く所存だ」
 とまあ、政府の口吻には、おおまかに言って以上のようなストーリーがある。
彼らにしてみれば、 「法案が支持されていないのは、国民の理解不足だ」
という線は譲れないわけで、百歩譲っても 「法案が支持されていないのは、われわれの説明不足のせいだ」
という線は死守せねばならない。

 各社の世論調査を見ると、安保関連法案への賛否は既にある程度はっきりしている(こちら)。
これを見ると、産経新聞・FNNを除く各社の調査で法案への「反対」(または「必要ない」)が、「賛成」(「必要だ」)を上回っている。
 いずれの場合も、「わからない」という回答は、「賛成」「反対」よりも少ない。
とすると、安保関連法案については、「理解が進んでいない」というよりは、「支持されていない」と見る方が正しい。
 まあ、法案を推進している立場の人間が、あからさまに「支持されていない」と言うわけには行かないわけで、それで「理解が進んでいない」という言い回しを選んだだけだと言ってしまえばそれだけの話なのかもしれない。

 ただ、それでも私は、この「理解」という言葉に、イヤな圧力を感じる。
この言葉を多用するのは基本的に「異論」を認めない人間だ。
というのも、
「理解」
という言葉の前後には、自分の側がものを教える立場で、相手の側が教えを乞う立場だという暗黙の前提が横たわっているからだ。

 要するに、この言葉を使う人間は、「自分が理解している事柄を相手が理解していない」「自分が教えることを相手は勉強しなければならない」という前提で何かを語ろうとしているわけなのだ。
 他人に向かって「理解」を促す人間の態度が、最近の言葉で言う「上から目線」のマナーであることは、以上の点から明らかだが、問題は、それだけではない。

 この言葉を使う人間は、「理解」を促す相手を見下しているのみならず、理解しない人間をあらかじめ軽蔑する準備を整えている。
自分の言葉が理解されなかった時、彼は、自分の主張する言説が間違っていたからだとは考えない。ただただ、相手の知的能力が、自分の言葉を理解するに足る水準に到達していなかったからだと考える。
「国民の理解が進んでいない」
というのは、そういう言い方だ。
「うーん、分数の掛け算はまだ君たちにはむずかしかったかなぁ」
と言う時の、塾教師のあの半笑いの言い方である。

 この「理解」という言葉の使い方は、政治の世界以外でも、ずいぶん前からおかしくなってきている。
私の抱いている印象では、21世紀に入ってからぐらいのタイミングだと思うのだが、われわれが使う「理解」という言葉には、英語で言う「アンダースタンディング」とは別の意味が混入してきている。

「犯人の動機は到底理解できない」
「この度の件に関しましては、当方の誠意をぜひご理解いただきたく、なにとぞ」
「あなたの発言は理解不能です」
「まあ、課長っていうヒトは、一般人の理解を超えたところで動いてるわけだから」
 と、
こういうふうにこの言葉を使う時、「理解」には、「共感」「支持」「同意」ぐらいのニュアンスが同梱されている。

 だから、ある種のアンケートでは、「◯◯を理解しますか?」という設問は、事実上「◯◯を支持しますか?」と同じ意味で使われていたりする。
 別の場面では、「支持/不支持」「同意/不同意」「共感/違和感」というより明確な結果が出ることを避けるために「理解/不理解」という設問が使われていたりする。

なかなか油断できない言葉なのだ。
理解していれば、賛成するとも限らない。

 本来なら、たとえば、安保関連法案についても、「内容は理解しているが(あるいは理解しているからこそ)支持しない」という態度は選択可能なはずで、事実、この法案に反対している人々の多くは、「わからないから反対」しているわけではないはずだ。「法案の危険性なりその背景にあるものの不気味さを理解し ているからこそ」彼らは、法案の可決に反対している。

 もうひとつ興味深かったのは、今回、法案についての「理解」という同じ言葉をめぐって、石破さんと安倍さんという二人の政治家のスタンスがわりとはっきりと分かれたことだ。
 石破さんは、国民の理解が進んでいない(っていうか、支持されていない)法案を強行採決することについて、逡巡する態度を見せている。
 一方、安倍さんは、自分たちが単独採決せんとしている法案に国民の理解が進んでいない(まあ、支持されていないわけです)ことを認めながらも、信念を持って前に進む決意を語っている。

 石破さんは、迷い、躊躇し、逡巡し、ブレていて、様子見をし、空気を読み、つまるところ迷っている。
対照的に、安倍さんは、信念を持って自分の思うところを語り、自己の政策と信条を確信し、迷うことなく、ブレることなく、まっすぐに目標に向かって進む意思を示している。 ・政治家として望ましいのはどちらだろうか。

 あくまでも個人的な見解だが、私はどちらかと言えば石破さんを買う。
 自分が逡巡するタイプだからということもあるが、政治家たるもの、自己の信念に忠実であるよりは、世論の動向に敏感であってほしいからだ。

 安倍さんは、おそらく、次の選挙を恐れていない。
どう転んだところで落選の心配はあり得ないし、そもそも首相を引退した後に議員を続けるかどうかもわからない。

 安倍さん以外の、自民党の多くの政治家は、次の選挙を恐れている。
世論の反発を恐れてもいれば、評判の悪い法案を強行採決したことの反作用におびえてもいる。
だから彼らはブレるかもしれない。
ビビったり、ブレたり、迷ったり、立ち止まったりすることは、普通に考えればみっともないことだ。

 が、ビビり、ブレ、迷い、立ち止まるからこそ、政治家は民意を反映することができる。そういう面もあるということを忘れてはならない。
ビビらずブレず迷わず立ち止まらない政治家を、私は信用することができない。
というよりも、そういう政治家ははっきりいってこわい。

そんなわけなので、自民党の普通の政治家の皆さんには、なるべくならビビってブレて迷って立ち止まってほしいと思っています。
とりあえず、この夏休みには、選挙区に帰って、地元の人の声に耳を傾けてみてください。
それでビビらないようだったら、まあ、そこはそれです。頑張ってください。
≫(日経BP> ライフサプリ > 小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明 )

場末の文体論
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●安倍さん “俺が総理”に自信があるのなら、総選挙でしょう!

2015年07月17日 | 日記
仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書)
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●安倍さん “俺が総理”に自信があるのなら、総選挙でしょう!

山崎拓氏が、正論を語っている。“この際、自分の権力を確認する意味においても、総選挙をやるべきではないか”。きっと安倍は答えるだろう、“長期政権を考えているので、危ない橋は渡らんよ。アメリカも手放しで歓んでくれている。もう暫く、いい気分でいたいんだよ”。まあ、アメリカにしてみれば、米軍に被害者を出さずに、南シナ海問題で、自衛隊が血を流してくれるのは、大変にありがたい。こっちが腰を抜かすほど前向きに、憲法9条を破棄してくれる内閣総理大臣が現れるとは、想像にだにしなかった。安倍さま様だ。人間的に愚劣なことは百も承知。「徳」など糞喰らえ、「利」を選ぶのは当然だ。

NHKってのは、本当に酷い公共放送だ。「強行採決」を国民の視線から外すことばかり腐心している。ニュースウォッチ9は冒頭から30分近く、台風、台風、台風。「強行採決」は序でのニュース扱い。NHKが此処まで劣化するとは、世間の識者は自明のように、近代民主主義国家と評しているが、とても、そう云う自明性は感じられない。立憲主義も議院内閣制も理解できていない男を総理にしてしまうのだから、愚民には運営できない「民主主義」を標榜するのは、恥じらいを感じる。その点でドイツ人は、相当マシなのかと思っていたが、ギリシャ問題の強者の論理にはウンザリだ。

過去において、自分たちが、強欲なユダヤ資本によって、金融を支配され、ヒトラーを生んだ歴史の教訓を、完璧に忘れている。驚くことに、戦後70年、金持ちドイツ人は、ナチス誕生の歴史的経緯を忘却して、自らが「金貸しの強欲」を隠すことなく露呈している。こちらのお国も、愚民が多数を占めているお寒い真実である。アメリカも、ドイツも、日本も愚民だらけ(笑)。考え過ぎだろうが、人間の歴史には、苦節、悲哀、挫折と云った人類的経験が必要なのだろうか?そういう感覚にも陥る。

≪ 「この際、総選挙やるべきだ」 山崎拓・元自民党幹事長
■山崎拓・元自民党幹事長
 安倍総理が「俺が総理大臣だ」「総理大臣が言っているんだから間違いない」と自らの権力をいつも誇示しているが、浅慮な言い方だと感じている。彼が総理大臣になっているのは議会制民主主義の手続きによるもの。選挙で自分の所属する自由民主党が過半数を得て、総裁たる自分が衆院本会議において投票で選ばれた。あの地位にあるという「わきまえ」が、ちょっと足らないんじゃないかと思うわけです。
 安保法制についても自民党の政策集の中で書いてあるので、選挙に勝ったのだから推進することを国民から負託されていると言うが、これはあまりにも 実際的ではない。国民がその部分について自民党に期待して投票したのではないと思う。この際、自分の権力を確認する意味においても、総選挙をやるべきではないか。(安全保障関連法案に反対する記者会見で) ≫(朝日新聞デジタル)


以下に、対比する形で、山田敦史氏と田中均氏のギリシャ問題に関するコラムを掲載しておく。この両者の目線の違いを味わいながら読み進むと、世界全体の流れが、否応なく判る面が多い。本業多忙につき、またまた、他人様の褌で、コラムを締めくくる(笑)。

 ≪ 歴史を忘れたドイツ人にギリシャを追い詰める資格はあるか
 「合意」と呼ぶには際どい決着だった。EU首脳会議は、条件付きでギリシャへの融資を認めた。ギリシャが「緊縮財政を受け入れる」と妥協した時点 で、合意は見えていた。「融資打ち切り」はユーロから放逐するに等しい。国民投票で勝った首相が、命乞いに等しい譲歩をしているのに、冷酷な決断を下せばどうなるか。貸したカネは戻らず、ユーロ体制に亀裂が走る。その責任はEU強硬派向けられユーロの傷は修復不能になる。
 ギリシャは追い出さず、厳しい条件で縛る。ドイツはそんな筋書きを書き、その通りの結果になった。「ユーロは当面の危機を脱した」と市場は評価したが、そうだろうか。
 ギリシャ問題は首脳など政治家のレベルを超え、今や民衆の対立になった。「怠け者を救うことに税金を使うな」と叫ぶドイツ国民がメルケル首相に強硬姿勢を強いている。「処方箋は債務減免」という債務問題のイロハさえ論外とする雰囲気だ。
 ・ギリシャの民衆は反ドイツに傾き「メルケルは更なる苦難を強いるのか」と怨嗟の声が上がる。債務問題の解決は「譲り合い」しかないが、負担を嫌う民衆の声が政治家に妥協の道を与えない。
 二つの世界大戦を経て欧州の知性がたどり着いた「統合の夢」は、不寛容な民意に翻弄され、分裂の危機を孕んでいる。

 ■ドイツとギリシャは民衆対立へ
 わずか2日で法案成立を要求
 15日までに緊縮財政を実行する法律を立法化せよ。合意の陰でドイツの強引な要求がギリシャを攻め立てた。合意を即刻法案化し、国会で審議し、可 決させる。国論が割れる決定を2日で済ませとは、法治国家の常識を無視した要求だ。条件とは名ばかり、「命令」である。ギリシャ議会を軽視し、言った通りの法律を作れ、有無を言わさず呑ませろ、と言っているようなものだ。成熟した民主主義を標榜する欧州とは思えない乱暴な振る舞いである。
 EUは各国対等、互いに尊重し合うことを原則としていたはずだ。だがドイツなどにはギリシャに対する抜きがたい不信がある。もはや仲間と思っていない。
 債務交渉の途中で国民投票に訴えるなど言語道断という。だがティプラス政権は「緊縮財政反対」を掲げて政権を取った。過酷な要求を突き付けられ、ハイそうですか、と呑めない。国民に意思を問うのは筋の通ったやり方である。
  政権に就いて5ヵ月間、金融交渉という慣れないゲームでティプラスはすでに「詰め」られていた。「ユーロに留まる」という選択をするなら、融資を引き出すしかなく、そのためには財政緊縮策を受け入れるしか選択肢はなかった。
 ユーロを離脱し、借金は返さない。その道を選べば、命綱である欧州中央銀行からのユーロの供給を断たれ、銀行は倒産、国民は預金を下ろせず、暮ら しは大混乱になる。その選択があるならば、交渉離脱という大芝居も可能だが、危機を軟着陸させるのには「喧嘩別れ」の選択はなかった。

 ■ギリギリの妥協点を探る政治家たち、
 我慢ならないドイツの民衆
 メルケルにも「ギリシャ追い出し」の選択は無かった。
 ドイツでの世論調査では90%の国民が「ギリシャはユーロから離脱」を支持した。ギリシャは財政を粉飾してユーロに加盟した。そんないい加減な国を仲間にできない、と多くのドイツ人は考える。つまり「ギリシャを追い出せ」である。
 ユーロを運営する資金はGDPを基準に分担する。突出した経済大国であるドイツの負担が多い。問題国を抱えればユーロの機能が損なわれ、負担をドイツが被る。そんなことは御免だ、というわけである。一見、合理的に見えるが、物事の半分しか見ていない。
 メルケルはそれでもギリシャをユーロに留めるしか道はない、と考えた。
 ドイツの通貨がユーロでなくマルクだったらどうだろう。強いドイツ経済を反映してマルクの為替相場はどんどん上がり、輸出の稼ぎは頭打ちになる。ユーロという共通通貨があればこそ強いドイツ製品が他国の市場を席巻しドイツ企業は利益を得られる。
 域内だけではない。ギリシャなど弱い経済を合体しているからユーロの対ドル・対円相場は比較的安く保たれてきた。ドイツが貿易黒字を稼ぎ欧州でダントツの経済を誇れるのはユーロ体制のおかげだ。 
  応分の負担を抱えたユーロ体制はドイツの国益なのだ。ギリシャを追い出し、ユーロ体制を壊して、ドイツに得なことはない。賢明なメルケルは分かっている。だが国民は納得しない。「安易な妥協」をしたと見られると内閣支持率に影響し政権基盤を損ないかねない。
  ギリシャを追い出さない」メルケルと、「ユーロに留まる」ことを望むティプラス。結論は「融資再開」しかない。その条件を巡り会議は17時間に及んだ。
 妥協の道を探りながら首脳たちは「国内世論が納得するか」に思いをめぐらせたのだろう。ドイツのショイブレ財務相が「ギリシャを5年間、ユーロ体制の外に置く」と提案をしたのも、半分は国内向け発言(残り半分はギリシャへの威嚇)である。
 交渉はひとまず合意した。これでギリシャはユーロに留まるのか。それは分からない。  ・ドイツの突き付けた要求は厳しすぎる。2日以内に法律ができなければ合意は消える、というのは無条件降伏を求めるに等しい。
  「国民投票で退けた緊縮策を押し付け、直ちに法律にして成果を監視する、というのは占領に等しい」という反発がティプラス政権の足元から上がって いる。首相の人気に水を差し、政権の弱体化を狙っているように思える。「ユーロ残留、緊縮財政受け入れ」を表明しているティプラスの足場をなぜ弱くするのか。
 メルケル政権は「ギリシャを追い出せ」という世論を無視できない。
  「最適通貨圏」という理論がある。経済力に大きな差がなければ共通通貨は利点が多いが、飛び離れて弱い通貨があると重荷でしかない、という考えだ。しかもギリシャは左翼政権。自分の主張を言い募る。かわいくない。
  「追い出した」と見られるようなやり方は、ドイツの威信とユーロの結束を傷つける。だがギリシャが自分から離脱したのであれば、責任はギリシャにある。
 合意しながら、厳しい条件で締め上げる。呑むならそれもよし、耐えられず出てゆくなら、それはギリシャに辛抱が足らなかったということになる。そんなシナリオもドイツは用意しているようだ。

 ■過去の救済策は単なる「おまとめ融資」
 債務減免こそが常識的な処方箋
 その象徴が債務減免に断固反対していることである。合意書でも「元本の削減はしない」と釘を刺した。
  「借りたカネは返せ」という金融の論理でドイツは押しまくるが、国際通貨基金(IMF)は「ギリシャの経済を委縮させ再生の障害になる」と警告を発している。
  返せないほどの借金は、貸した側にも責任がある。金融とは返せる相手にカネを貸すのが仕事で、返せないカネを貸した銀行はそれなりの責任を負う。「貸し手責任」は国際的なルールである。
 もとはといえばギリシャへの融資はドイツやフランスなどの銀行が中心だった。これらの銀行が貸し手責任を問われるのが筋だったが、EUは「公的資 金による肩代わり」を決断した。リーマンショックで銀行の経営不安が問題となっていたからだ。ギリシャでさらに多額の焦げ付きが出ることに耐えられなかった。そこでEU、ECB、IMFの三者(トロイカと呼ばれる)がギリシャに緊急融資をして、民間銀行からの借金を返済させたのである。
 ギリシャにとってトロイカの融資は「おまとめ融資」でしかなかった。あちこちの銀行からの借金をトロイカにまとめただけで、ギリシャ国内の窮状を救うニューマネーではなかった。借金返済のために借金をさせられる条件が緊縮財政だったのである。
 トロイカの目算では緊縮財政を取ることで無駄な経費を節減し、ギリシャ経済は成長軌道に乗るというものだったが、産業に乏しいギリシャで財政の収 縮は経済停滞を招き、若者の二人に一人が失業という惨状を巻き起こす。IMFも「緊縮財政に重点を置いた対応に問題があった」と自己批判し「債務の減免を検討すべきだ」としている。
 身近な例で考えれば分かりやすい。日本航空が過剰債務で経営破綻した時、政府は「JALは潰せない」と救済に乗り出し、5200億円もの債権カットを行った。借金帳消しでJALは借金地獄から離陸した。
 企業再生に限らず、過剰な債務を減らすことは国家の救済に必要というのは国際金融の常識だが、今の刺々しい雰囲気では、他国の救済に自国の税金を使うことに抵抗は大きい。

 ■賠償放棄で救われた戦後のドイツ
 寛容な政策が平和と安定をもたらす
 第二次大戦がなぜ起きたのか、歴史を振り返ればギリシャの言い分に耳を傾ける余地はある。第一次大戦で敗れたドイツは莫大な賠償金を英仏など戦勝 国に課された。国民は窮乏生活を強いられ、現状に対する不満が過激な主張をするナチスを政権に就けた。戦勝国に対する復讐心が再び戦火を交える導火線になった、とされている。
 その反省から第二次大戦ではドイツに賠償を求めなかった。相手を追い詰めることは次の紛争の火種になることに気づいたからである。そうした新しい発想から経済を融合するEUが生まれ、共通通貨ユーロに結実した。 賠償放棄という近隣の寛大な政策がドイツ繁栄の原点でもある。戦後70年が経ち、かつて武力で第三帝国を目指したドイツは、いまや経済力で欧州を席巻するほどの勢いだ。
 勤勉なドイツ人から見れば「ギリシャは財政に依存する怠け者の集まり」に見えるかもしれない。だがギリシャには、戦後の不幸な歴史がある。冷戦の 狭間で、腐敗した政権が長く放置され、汚職や脱税がはびこり、貧富の差が際立つ国家となった。しわ寄せを受けるのは貧しい人々で、ギリシャ危機でも一握りの金持ちは、とっくに財産を外国に避難させている。
 財政の粉飾も手引きしたのは先進国の投資銀行といわれ、返せないほどの債務を背負わせたのは欧州の銀行である。ドイツの国民はそのギリシャを上から目線で見る。地域統合の理想とかけ離れた現実ではないか。
 経済弱者は汗をかき涙を流し、身を削って借金を返せばいいというのだろうか。それはドイツ自身が経験したことである。
 殺伐とした「北風政策」を転換することが「太陽政策」の恩恵にあずかったドイツのなすべきことではないだろうか。
 厳しい国内世論に押されて強硬策を続ければギリシャはどこかでキレるだろう。左翼過激派といわれたティプラスが、ここまで柔軟化した現実を好機と 見るべきだろう。ユーロ離脱へ追い込めば、より過激な政権を生み、欧州は更なる不安定要因を抱え込むことになる。ドイツ人は、自らの歴史を振り返り、ギリシャを他人事にすべきではないだろう。 ≫(ダイアモンドONLINE:山田厚司の「世界かわら版」)


 ≪ ギリシャ問題で浮かび上がった
 EU分断と中露台頭のリスク

■欧州統合の歪みが露呈 根底に統治体制や国民性の違い
 グローバリゼーションの世界において現在進行形で生じている諸問題は、日本にとっても対岸の火事ではない。今日、新聞の一面を飾る国際問題はギリシャ問題である。ユーロ圏首脳会議において、ギリシャの財政改革の履行を条件に支援に向けて合意を見たが、この問題は、欧州の大きな地政学的リスクを浮かび上がらせた。
 ギリシャ問題の本質は、欧州統合の歪みである。欧州統合は多くの面で素晴らしい成果を生んできた。欧州大陸は二度の世界大戦の舞台となり、平和構 築のためにドイツとフランスの和解が何より重要と考えた欧州の賢人達は、まず機能統合から歩を進めた。石炭鉄鋼共同体、原子力共同体は、障壁を取り除き域外に対して共通関税を張る単一市場に発展した。そして単一通貨ユーロの導入・欧州中央銀行の創設に繋がっていった。
 統合と同時に拡大も進め、今や28ヵ国が欧州連合を構成している。経済面だけではなく、外交安保政策や司法内務政策の協力でも進展は目覚ましい。一時は衰退する先進国の象徴でもあったヨーロッパは、欧州統合を進めることにより、政治経済的によみがえった。
  しかしこのような輝かしい成果を上げた欧州統合も、幾つかの深刻な課題を抱える。ギリシャ債務危機の直接の要因は放漫財政であった。GDPの170%超という債務の累積は、公務員人件費、年金支出などの増大が積もり積もったものである。
 ユーロの導入に際して金融政策の統合は図られたが、財政政策までは統合できなかった結果、単一通貨の下でも各国の財政事情は大きく異なるという結 果を生んだ。しかし財政の規律に対する考え方の相違という問題の根底にあるのは多分、各国の統治体制や国民性の違いといったことなのだろう。単純化はできないが、堅実で物事を徹底的に追及するドイツ的規律に特徴的な欧州北部と、ラテン的な体質を持つ南部の差は大きい。
  緊縮財政の結果、GDPは2割縮小し、若年失業率は50%を超えるような経済危機にあるギリシャで、反緊縮を掲げる極左連合が総選挙で勝利を収め た。また、国民投票でもEUの財政改革案に6割を超える反対があった以上、EUからの支援を実現する交渉は極めて困難が予想された。しかし結果的には、ギリシャのユーロ離脱をギリシャも他のユーロ諸国も望まなかったのだろう。信頼を欠いたギリシャ政府に財政改革実行の条件を課したうえで支援が合意された。
 短期的には収拾されたかに見えるギリシャ問題は、二つの根源的な問題を浮かび上がらせた。

 ■高まるEUの分断リスク
 先進民主主義国体制に揺らぎ
 第一に、EUは分断されていくリスクが大きくなっている点である。
 南欧を中心に、EUのより貧しい国は、“統合により実態的に大きな利益を受けているのはドイツをはじめとするより豊かな国ではないか、そのような 国々がユーロを維持するために負担を増やすのは当然ではないか”と主張する。これに対しドイツなどは、“財政規律の欠如を放置すればユーロの危機を迎える のは明らかである”として、厳格な財政改革を求める。
 財政政策の統一が可能でない状況ではこのような対立は今後も続く。合意はできたとはいえ、今後ギリシャにおいては国民生活の一層の窮乏がユーロ離脱をも辞さない動きに繋がっていくかもしれない。
 また、ドイツやフランス、英国などの大国の国内では、欧州のより貧しい国々からの移民が治安を悪化させるとともに職を奪っているとして、移民排斥 の動きが強くなってきている。それぞれの国々で右派、国によっては極右の党派が勢いを得だしているのである。とりわけ英国では2017年末までにEUにとどまるか否かの国民投票が予定されている。
 EUを構成する国々の間の南北対立や大国国内の保守化が、EUの統合を以前よりはるかに困難なものとしていくのだろう。もし英国が離脱するという ことになれば、先進民主主義国の体制を支えてきた一極であるEUの力は衰える。EUの軸はドイツを中核として東に移行していくのだろう。国際政治経済的なバランスも崩れ、ユーロの価値は低下していくのだろう。これは先進民主主義諸国の一角にある日本にも大きなマイナスである。

 ■ロシアや中国の影響力が拡大
 AIIBなどで急接近する両国
 第二に、このようなEU分断リスクと表裏一体と言えるかもしれないが、ウクライナ問題で孤立してきたロシアや、西に向かって歩を進めている中国の 影響力拡大に繋がっていく可能性がある。ロシアにはギリシャに大きな金融支援を行う余力はないと思われるが、中国、あるいは新興国で構成するBRICS銀行には、ギリシャを支援する十分な資金と戦略的理由があるのかもしれない。
 仮にギリシャが中国などから金融支援を受けたにしても、NATO(北大西洋条約機構)を離れていくとは考え難いが、安全保障上の要衝にあるギリ シャに対して中国やロシアの影響力が一層増していくことのインプリケーションは大きい。またウクライナ問題においても、欧州の中で対ロシア経済制裁について濃淡の差があり、ギリシャをはじめ欧州南部の国々には制裁の早期解除を唱える国もある。
 また、ロシアは欧州で活路を開くのは難しいと考え、東に向かっている。ロシアは急速に中国に接近しだしている。AIIBに第3位の出資国として参 加し、BRICS銀行についても年内の運営開始に向けて精力的に動いている。中露間では数々のプロジェクトの実施が合意されている。
 7月8日にロシア中部ウファで行われた中露首脳会合でも、中国が提唱する「一帯一路」(海と陸のシルクロード構想)とロシアが主導する「ユーラシ ア経済同盟」が連携することが合意されている。上海協力機構での安全保障面での協力も強化されようとしている。ロシアはウクライナ問題もあり中央アジアから東アジアに向けての戦略的展開を進めているようである。
 ロシアの東方への進出は、本来であるならば中国と利害が衝突すると考えられてもおかしくなかった。ところが欧米から孤立したロシアにとっては中国の経済力は必要であるし、中国の戦略上もロシアとの連携は米国に対する重要な梃子と考えられているのだろう。
 中国は米国との「新しい大国関係」を標榜し、米国との間断なき対話を実現しつつも、南シナ海問題やサイバーセキュリティの問題では対立している。 中国にしてみれば、米国との関係が完全な友好関係に収まるとは考えてはいないのだろうし、摩擦を前提として一定のところで維持していくことに利益を見出しているのだろう。その上で西に向かうということだろう。

 ■イラン核問題も無関係ではない
 同国と中露が関係緊密化の可能性も
 このようにギリシャ問題は、国際社会の秩序をどう保っていくかという観点からも注視しなければならない。ウクライナ問題で欧州、米国と対峙するロ シアは一見孤立しているように見えるが、プーチン大統領は色々な戦略的可能性を探っているように思われる。ロシアは欧州が分断されていくことに利益を見出すであろう。
  さらにギリシャ問題と同時並行的に進み、何度も期限を延長してきたイラン核問題も国際秩序の維持という観点から大きな意味を持つ。シーア派の大国イランはイラクの安定の確保やイスラム国を駆逐するうえでの役割は大きい。
 イラン核問題の最終合意は、イランと欧米の関係にとっても好ましい結果をもたらすだろう。同時に今後、イランに対して中国やロシアが関係緊密化に 走る可能性もある。イランは上海協力機構のオブザーバーであり、中央アジアをめぐる中露の連携の輪にイランも入っていくのだろう。
 もしEUが分断され、中露がさらなる連携を進め、ある意味新興国グループが先進諸国との対立軸となっていくようなことがあれば、国際政治構造は急 速に変わっていくのかもしれない。もはや、一国で西側と対立する第二の冷戦をもたらす力はロシアにはないが、イデオロギーではなく共通利益を軸に、中露の連携にBRICSの国々を加え、一種のブロック化し、先進民主主義国との政治的対立が厳しくなっていくことはありうるかもしれない。

 ■世界の構造変化が加速
 日本は展開見極めた総合的戦略を
 冷戦時代と決定的に違うのは世界が相互依存関係で成り立っていることであり、新興国も先進民主主義国との深い相互依存関係にある。しかし相互依存関係も万能の薬ではなく、地政学的要因によって対立が深まることは想定しなければならない。
 そのようなことを考えると、EUが分断されず、強い欧州であることが日本にとっても大きな利益である。このように世界の大きな構造変化が起こりつつあるときには、各地域で起こっている事が相互に連関し、変化を加速させていく。  日本はこのような展開を慎重に見極めた総合的戦略を構築していくのが重要であることを認識するべきであろう。  ≫(ダイアモンドONLINE:田中均の「世界を見る眼」)

「居場所」のない男、「時間」がない女
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●強行採決!強行採決! 議員のリトマス紙、内閣不信任案を出せ

2015年07月16日 | 日記
戦争をしない国 明仁天皇メッセージ
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●強行採決!強行採決! 議員のリトマス紙、内閣不信任案を出せ

新聞がトップニュース見出しに、「強行採決」と云う言葉を使っていなかった。朝日でさえ、「採決を強行」と一報を打った。どう考えても、「強行採決」なる言葉をトップ記事にするような事は控えようと申し合わせがあったと疑わざるを得ない。官邸は、民意を汲みとっている姿勢を出す工夫を施し、新国立競技場検建設を設計を含め“見直す”と言い出した。「強行採決」の語句が、新聞テレビ、ネット上に溢れないような、カウンター・プロパガンダ情報を流す魂胆のようだが、2600億円程度で、国民の命とバーター取引等出来るわけもない。本当に糞な政権だ。

忘れるところだったが、NHKってのが、これまた酷い。国民の知るべき権利に蓋をした。“臭いものには蓋をしろ”を体現化した公共放送だが、臭い情報、政府に醜態を隠ぺいする(蓋をする)公共放送とは、国営放送なのである。この似非公共放送に受信料を支払う義務が、どうして主権者国民に強制されるのだろう?安保法制の強行採決の模様を実況中継しないと云うことは、“安保法制”が「臭いもの」だと云う証左である。実は戦争好きのオバマに脅されたのかどうか知らないが、2600億円程度の金で、お茶を濁せると思ったら大間違いだ。

衆議院TVに繋ごうとしていた友人から、ビジーで全然繋がらないと嘆きのメールが入っていたが、衆議院事務局め!専用回線狭めたな!汚ねぇ野郎だよ、どいつもこいつも。Twitterを読んでいたら笑ったが、たしかにザハとかいう女性に恨みはないが、まさに古墳そのものだ。サメの頭に似ているという呟きもあった。あそこは銀杏並木のある神宮外苑でっせ。どうして、神宮にサメの脳味噌みたいな宇宙船が降臨するんだよ。安藤忠雄は海外では評判の良い建築家と云うか、意匠設計や哲学志向が強いデザイナー系の建築家だ。それが、国際的だと森や竹田や猪瀬が思ったのだろうが、ミスキャストだったと言わざるを得ない。安藤に任せたら、トンデモナイものになるのは自明だったろう。世界の祭典と云うイメージから短絡に考えたのだろう。

ここまで、メディアコントロールされるのであれば、安倍の意図に関わらず、我が国は軍国化してゆく。次の次辺りには、徴兵制問題も間違いなく浮上するだろう。しかし、この醜悪な政治的事態を緊急避難的に退避させる方法はあるのだろうか?来年の衆参同時選挙まで待っていたら、国民の怒りも、生活困窮に追いまくられ、国家がどうのと考える余裕さえなくなる。自民党の烏合議員をあぶり出し、創価学会の教義なるものを世に問いかける時が来たようだ。あぶり出しには、野党の連携なんて、もう無理筋、考えるだけ馬鹿げている。安倍内閣に対する不信任案提出する覚悟がなければ、ズルズルと我が国は泥沼に沈むのだろう。岡田に、内閣不信任案出す勇気があるかね?まあ、無理な要求かな?(笑)。

そう言えば、筆者は忙しいのであった。本業の多忙さを忘れさせてくれるのはあり難いが、長々と劣化した政府や霞が関に、劣化した言葉を投げつけるのも、結構愉しいものである。幾分、憂さ晴らしは出来た。ところで、「神宮外苑」って意味を少しだけ調べてみた。Wikipediaを覗いただけなのだが(笑)。明治神宮が神社建築、神宮外苑公園が洋風の意図らしい。洋風までは、日本人的折衷思想で理解出来ないこともないが、宇宙船や古墳は拙いだろう(笑)。そろそろ、本業をはじめることに。


 ■明治神宮外苑
 明治神宮外苑(めいじじんぐうがいえん)は、東京都新宿区・港区(一部)にある洋風庭園である。

*特徴
「明治天皇の業績を後世までに残そう」という趣旨で建設された洋風庭園で、内苑(代々木にある明治神宮)に対して、外苑と呼ぶ。明治神宮による管轄の関係から、神社の敷地の一画と見なされている。内苑である明治神宮は神社建築を基調としているのに対して、外苑は「洋風」を基調としているのが特徴である。通常は、略して神宮外苑と呼ばれることが多い。異称として神宮の杜とも呼ばれる。広大な敷地の中に、よく知られている銀杏並木などの多くの樹木がある園地や明治神宮野球場(神宮球場)がある。なお国立霞ヶ丘競技場は、戦前は外苑競技場として外苑の施設であったが、戦後は国有地に戻って神宮外苑の用地でも施設でもなくなった。

*歴史
明治天皇崩御後に建設が計画され、全国からの寄付金とボランティアにより、明治天皇大喪儀に際し葬場殿の儀が行われた青山練兵場跡地に1926年に完成した。明治神宮造営局主任技師の折下吉延により銀杏並木が設計され、聖徳記念絵画館を中心として、明治記念館、運動場、野球場などの施設が整備された。 戦後、銀杏並木の道路用地は東京都に移管され、競技場はアジアオリンピック開催に備えて国立競技場として文部科学省に移管・改築された。これを除け ば、明治神宮外苑の全体は明治神宮が管理しており、広く国民に開放され、都心における大規模で貴重な緑とオープンスペースになっている。特に、銀杏並木は東京を代表する並木道として知られている。

*主な施設
・聖徳記念絵画館 - 単に絵画館とも略されることも多い。明治天皇大喪儀の際に建てられた葬場殿の跡地に、1926年竣工。中央部にドームをあしらった神宮外苑のシンボル的な建物である。内部には、明治天皇にまつわる幕末・明治期の政局を描いた絵画を中心に展示されている(入館は有料)。
・明治記念館 - 明治神宮による結婚式場として有名。敷地内には、大日本帝国憲法の草案を作った建物も残っている。
・明治神宮野球場 - 東京ヤクルトスワローズの本拠地であり、また全日本大学野球選手権大会の舞台となるなど大学野球の“聖地”として広く認知されている硬式野球場。同選手権のほかに早慶戦に代表される東京六大学野球連盟と東都大学野球連盟のリーグ戦も開催されている。詳しくは、当該項目参照。なお、隣接して神宮第二球場もある。
・国立霞ヶ丘陸上競技場(神宮外苑の施設ではない) - 1926年に明治神宮外苑競技場としてこの地に建設されたが、戦後になり神宮外苑の国有地の帰属を定めた1956年に、競技場用地は国有地(その他は時価の半額で明治神宮の用地)ととして文部省の所管になった。
一般に国立競技場とも呼ばれるこの陸上競技場は、1964年東京オリンピック及び1991年の世界陸上競技選手権開催時のメイン会場として著名の他、国内外問わずプロサッカーの試合会場としても非常に有名である。他にテニスやトレーニング施設なども完備し、普段は国民に対するトレーニング施設として開放されている。詳しくは、当該項目参照。
・秩父宮ラグビー場(神宮外苑の施設ではない) - 上記、国立霞ヶ丘競技場とおなじく、国営の競技施設である。国際試合からジュニアまで幅広い大会が開催されるラグビー場のメッカ。(*ほか省略)

*有名な出来事
学徒出陣壮行会…1943年。明治神宮外苑競技場(現在の国立競技場)で雨の降りしきる中、執り行われた。  ≫(Wikipedia抜粋)

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