世相を斬る あいば達也

民主主義、資本主義とグローバル経済や金融資本主義の異様な違いについて

●安倍政権の醜悪につき合う中で 世界は確実に変貌している

2018年10月18日 | 日記


●安倍政権の醜悪につき合う中で 世界は確実に変貌している

つい先日、第4次アーミテージ・ナイレポート(CSIS戦略国際問題研究所)が報告されたと、朝日新聞等々が報道していた。提言の内容は、安倍政権の外交安全保障姿勢と似通った傾向を持ち、もしかすると、安倍官邸が下書きをしたためて駐日米大使館に送付、返送されてきた書類のような内容で、一顧だも出来ない内容の代物だった。

昔から、ホワイトハウスは二つあると言われてきたが、最近では三つ四つになっているらしい。前述のCSISレポートなどは、その他提言に類するもので、直近の世界情勢から考えてみて、荒唐無稽な情勢分析をもとに、持論を正当化しようと、メディアリテラシーのない、後進国の住民へのプロパガンダにもなっていないもので、お笑としかいいようがないが、日本のメディアは、それなりの待遇で報じている。

この報告書全体に流れている前提は、日米安保マフィア連中の戯言だが、この戯言に準じて、安倍政権の利権的日米同盟の方向性が決定される可能性は強いので、戯言だと馬鹿にしているわけにもいかない。この提言においては、ありもしない危機が創造され、その創造的危機に対応するために、日本は準備しなければならないと云う構図を示し、日米の軍産複合企業の飯の種を提供するように仕掛けられている。如何にも、神の啓示によく似ている。しかし、最近の世界情勢全般に目を向ければ、この創造的危機が荒唐無稽なものであることは歴然としている。

それだけに、今回のアーミテージ・ナイレポートがまがい物であることが歴然としたことは、タイムリーに悪いことではない。筆者の想像だが、ジョセフ・ナイは名義貸しに過ぎないようにさえ思える。もしかすると、アーミテージまでが、その類かもしれない。ドナルド・トランプ政権とも違うし、NYT紙が報じたホワイトハウス官僚らとも異なる、日米安保マフィア政権による、捏造レポートである可能性は非常に高い。ただ、不運なことに、安倍政権においては、同調的論説なので、このCSIS的創造的危機に対応すべく国家予算が浪費される可能性は高い。

しかし、アメリカ大統領にドナルド・トランプが選ばれた現実は直視すべき現象だ。彼の個性的言動が注視されるあまり、米国民の原罪的問題点が軽視されている嫌いがあると云うことだ。米国が自由の国であると云う、或る意味で間違った言説を、我々は信じ切るとか、勘違いしている面が多々あると云う事実を考えるべきかもしれないと云う点だ。端的に言うと、国境のある自由主義と、国境がない自由主義は、まったく異なるものと云うことだ。

つまり、ケインズ的ものと、フリードマン的ものの違いについてだ。結果的な結論だが、明確に国境をもって経済発展を目指すのか、国境の垣根を超えて自由に経済発展すべきか、と云う問題だ。その意味で、トランプの進めている方向はケインズ的である。かなりの試行錯誤はみられるが、フリードマン的なグローバル経済時代の副作用を治そうと云う意志は伝わる。大航海時代から大陸時代への転換点が垣間見えることから目を背けてはならない。

トランプ大統領のキャラクターに目を奪われていると、彼の背後にあるアメリカ人の意志を見逃す危険が大いにあると云うことだ。たしかに、トランプ大統領の言動すべてを非難や揶揄する報道がメインストリームを歩いているが、それは、現在までが、フリードマン的グローバル経済が、スタンダードに成立しているに過ぎないことを前提とすべきである。つまり、現時点でのトランプ大統領は異端だが、ケインズ時代には、ハイエクやフリードマン的思想は異端だった。

英国のEU離脱に象徴されるように、ギリシャ危機的問題が、今では第三位の経済国イタリアを襲っている。このままでは、EUをドイツ一国で抱えることになるわけだが、ドイツ・メルケル首相の影響力にも陰りが見られ、漸く政権を維持しているのが現実だ。ロシアの経済は、そもそもが小さいので、経済低迷は目立たないが、中国の経済成長が鈍化し、米中経済制裁の攻防が体力を奪うのは確実だろう。トランプの北朝鮮融和路線とイラン敵視政策は矛盾な面も見られるが、世界経済に大きな影を落としている。

米・イスラエルの中東の代理人であるサウジアラビアの経済は行き詰まりを見せ、オカルト的王子の政権は、世界に挑戦的だ。駐トルコ大使館内で、反政権ジャーナリストを、生きたまま切断したなどと云う血みどろのオカルト的行為が世界を揺るがしている。あきらかに、現在進行形の出来事は、時代の転換を予感させる。後にして思えば、あの時、トランプの出現こそが、グローバリズムの終焉であったと、歴史に刻まれるのかもしれない。そして、世界は第二ケインズ経済世界に戻っていくのかもしれない。

こんな時代に転換点に、わが国では、安倍晋三というグローバル経済主義者で歴史修正主義者な愚か者が現れたのも、最終的には時代のあだ花と言えるような気がする。国家神道を標榜する日本会議なるものが跋扈する現象も、フリードマン的ものの終焉と、ケインズ的ものの再生が起きる過渡期に生まれた良性の癌くらいに考えるのも、いまの日本を考える時、必要かもしれない。このあだ花の洗礼なくしては、次なる日本のフェーズには進めないと思えば、良性癌のひと暴れは過ぎ去るのを待つのも選択だ。そう云う意味で、コラムの更新もモチベーション不足になっている。

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●安倍外交は50点、敗戦国外交の宿痾と個別の失策が混在

2018年10月04日 | 日記
「日米合同委員会」の研究:謎の権力構造の正体に迫る (「戦後再発見」双書5)
吉田 敏浩
創元社

 

新・日米安保論 (集英社新書)
柳澤協二,伊勢崎賢治,加藤朗
集英社

 

「日米指揮権密約」の研究:自衛隊はなぜ、海外へ派兵されるのか (「戦後再発見」双書6)
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創元社


●安倍外交は50点、敗戦国外交の宿痾と個別の失策が混在

外交の安倍というフレーズは、外務省の主流であるアメリカンスクール育ちの外交のプロパガンダなのはたしかだが、安倍が首相であっても、誰が首相であっても、たいして変わりのない結果に至っているだろう、と思われる外交の結論はある。そもそも、最後の世界大戦で敗れた国家であり、国連の敵国条項が削除されていない状況であり、且つ、米軍や国連軍に基地を提供しているのだから、独自外交は、常に限定的である。

上述のように、我が国の立ち位置を理解すれば、自虐的とネトウヨから騒がれても、日本の独自外交は成り立たないと考えるのが妥当だ。つまり、日本の首相が、外交で独自路線を選択することは不可能であり、その為に、多くの経済的支出を実行することは、会計検査院の見地から行けば、無用な費用の支出と云うことだ。筆者の感覚からすると、外務省などの規模は、現在の半分以下で充分だ。大使館は数え切れないほどあるが,主要国以外は総領事館で充分だ。米軍が撤退して、独立が鮮明になり、独自外交が可能になった時、総領事館を大使館に格上げすれば良い。

如何にも、独自に外交をしているような仕草をしているのが、外務省であり、その機能を利用することで、国民の目を内政に向かわせない隠れ蓑に使われるようでは、百害あって一利なしである。ようするに、どれほど有能な政治家でも、日米安保基軸と口にする政治が実存している限り、独自の外交路線は存在しないので、外交を力説する政治家は信用できない。本気の外交を行い、日露、日中、日欧の独自外交に舵を切りたい政治家は、日米同盟を緩めない限り不可能と断言してもいい。

なぜ、このような極論を言うかと言えば、安倍政権が、外交の安倍と言い募るからだ。外務省のレクチャーを記者クラブが垂れ流す所為なのか、極めて歪んだ事実が、安倍外交史に刻まれている。米国含む世界のメディアが日米のFTAと表現しているのに、日本のメディアだけがTAG等と云う意味不明な語彙を振り回している。中間選挙が終わったら、アメリカの譲歩が見込めるなどと、谷内が安倍にレクチャーしているのだろう、まったく!

ロシア外交では、あるとあらゆる手を使って、プーチンの訪日を確保するのが精一杯で、島の一個も、岩礁ひとつ返っても来てはいない。グタグタ言っている間に、択捉島と国後島に最新鋭地対艦ミサイルを配備し、且つ海軍基地空軍基地整備を着々と行っている。挙句の果ては、先日のロシア・ウラジオストックで行われた東方経済フォーラムで、プーチンに、「おま思いついたが、年末までに前提条件なしで平和条約を結ぼう」と突如話しかけられ、虚を突かれた安倍は、苦笑いを浮かべるのがやっとだった。そりゃ、外務省の筋書き以外知らぬ安倍のことだ、意味不明にイワンの馬鹿を決めこむ以外選択はなかった。

トランプに手玉に取られるのは既定路線だから、日本外交とはそう云うものなので、構わないが、対露となると、安倍の勇み足は確定的だ。イスラエル外交も勇み足の一つだろう。ISと闘う姿勢を殊更イスラムの敵国イスラエルで語る必要など皆無なのだから、対露、イスラエル外交は失策である。このことがキッカケで、ジャーナリスト後藤健児氏がISに殺害された記憶は今でも生々しい記憶だ。北朝鮮拉致問題も安倍外交の汚点に含まれる。拉致問題を解決できるのは安倍政権だけとアドバルーンを上げておきながら、殊更に北朝鮮との距離を拡大する、無分別な言動を繰り返し、世界からの信用を失った事実も大きい。今や、ロケットマンから異分子扱いされる始末である。

まあ、日本の外交は100点満点の平均点が60点とした場合、安倍外交はせいぜい40点くらいの落第点だったと言える。ひとつだけ、将来的希望を述べておけば(来年の参議院選まで持つかどうか判らない政権なので限定的だが…)、コロッと寝返った“ごまめの歯ぎしり”こと河野太郎を外務大臣にしたことだ。無論、河野太郎は完璧に無価値だが、父・河野洋平の命を救った息子と云う肩書に意味がある。唐突に河野太郎を外務大臣に抜擢した意図が、対中、対韓で好感を持たれている洋平の息子を指名していることで、外交の路線変更を遠回しに知らせていることは、10点くらい加点してやっても良い。それでも平均点以下だがね。

ロシアと中国 反米の戦略 (ちくま新書)
廣瀬 陽子
筑摩書房

 

二〇二五年、日中企業格差 (PHP新書)
近藤 大介
PHP研究所

 

誰も書かなかった 日韓併合の真実
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彩図社
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●安倍の終わり 本土に根づかず、沖縄に根づいた民主主義

2018年10月02日 | 日記
日本が壊れていく (ちくま新書)
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筑摩書房

 

国権と民権: 人物で読み解く 平成「自民党」30年史 (集英社新書)
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集英社

 

世界 2018年 10 月号 [雑誌]
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岩波書店


●安倍の終わり 本土に根づかず、沖縄に根づいた民主主義

台風24号直撃の影響で、投票率の低下、玉城候補不利?と云う本土的な予測は、見事に覆された。前回が64.13%にたいして、63.24%だったのだから、見事な投票率だ。先ずは、今回の翁長沖縄県知事の急逝により実施された、沖縄県知事選挙の結果は、接戦が報じられていたが、翁長氏同様に、辺野古に基地はつくらせないと訴える玉城デニー氏が大差を持って圧勝した。

安倍政権は、一地方戦の結果に一喜一憂しないと、顔を引き攣らせて語る、安倍、麻生、菅の言葉は、まさに引かれ者の小唄に聞こえた。安倍政権は何を隠そう、嘘の公約、虚偽情報、バラマキ政策等々何でもありの総力戦で敗れたのだ。たしかに、政権与党の候補者・佐喜真氏の知名度や「日本会議系政治家」であったことなど、不利な面もあったが、翁長氏の病状等々を睨みながら、着々と知事選の準備をしていた割には脆かった。

自民党総裁選で、威圧的支配で、国会議員を恫喝し、3選を果たした安倍首相だが、一つ目のハードルに脚をひっかけたのは、先行きの多難を予感させるに充分な選挙結果だ。前回・前々回のコラムで「胃の痛みが消えた 安倍政権は参議院選後に終わる」「むくんだ顔、ねっとりした声がテレビから消える日」で書いた予測が、さらに確度を増したことを裏づける。安倍首相にとって、一つ目のハードルが一番低いと見ていただけに、正直、沖縄での惨敗は尾を引きそうだ。

ニューヨークタイムズ、ロイター、ガーディアン等々海外メディアでは、“米軍基地に反対している米海兵隊の息子が沖縄県知事になった”と云う趣旨の報道を“U.S. Marine’s Son Wins Okinawa Election on Promise to Oppose Military Base.”の見出しでセンセーショナルに報道している。間違いなく、玉城デニー沖縄県知事が、ニューヨークやワシントン、ロスアンジェルスで、沖縄の現状を訴えれば、翁長氏以上のインパクトを持つ可能性に期待できる。

しかし、ここでザワワザワワと歓んでもいられないのが、米国ケツ舐めに日本と云う国が別にあることを忘れてはならない。沖縄には琉球人の誇りがあり、民族的なアイデンティティも備わり、日本軍による最後の戦場にされた歴史的悲劇の歴史を持ち、且つ、米国に差し出され、日本と米国による“銃剣とブルドーザー”歴史を持ち、日本のほとんどの米軍基地を引き受けているような現実がある。そして、ボロボロの普天間を返還する代わりに、100年は活用可能な辺野古新基地を差し出せと強制されるのだから、怒りだすのも当然である。

ゆえに、与党(自民・公明・維新)の知事候補が敗れたからと言って、日本に民主主義が残っていたとは言えない事情がある。当然のことだが、共産・社民・立憲などが勝利したわけではなく、あくまで、沖縄(琉球)のアイデンティティが勝利したと言うべきである。本土における国政選挙において、「あなたの重視する政策は?」と尋ねた場合、60%が経済景気雇用、50%が社会保障制度、外交安保や地球温暖化、難民問題、司法制度など一桁台で、金カネ金とあいかわらずのゼニニスト状態なのだ。

つまり、本土の日本人の多くは、守銭奴状態の人間が多いと云うことで、すべてが銭に繋がる民主主義しか判らなくなった人間の群れなのだ。こういう国民達を支配するのは簡単だ。安倍政権のような手法を、あらゆる面で適用していけば、官僚のトップに事務次官でも、検察組織の検事らも、最高裁判所を牛耳る法務省の役人たちをも、裁判官も、すべて意のままに操れるのだ。善悪、公正公平の観念を失うことは“凡庸の悪”にすぐに染まることであり、損得勘定で生きると云うことは、最終的には虚しさだけを残すに過ぎない。

筆者は、安倍晋三が飛びぬけて酷い人間だと決めつけるつもりはない。安倍のような薄汚いクズ男の自民党を勝たせ続けている本土の国民に(俺を含めて)罪があると云うのが、現実だろう。俺はそんなことはないと言い放つ人々も多少はいるのは知っている。しかし、概ねは、安倍晋三と哲学的には同等に薄汚い国民だと言わざるを得ないのが現実だ。筆者の言葉が不愉快であるのなら、自民党を下野させて見せて欲しいものだ。最近では、立憲民主党よりも、日本共産党の方が、理念的で、政治的情熱が真正直に思えてきた。国民が飽きないうちに、立憲も野党統一の狼煙を上げるべきだろう。

日本本土の国民は、無意識の中の同調圧力に、とても弱い。かなり堅固に見える社会の支配システムが存在しているように思わせられているきらいがあり、嫌われたらどうしよう、面倒だから長いものには巻かれていようか、つまりは山本七平の「空気」が存在していると云うエクスキューズもあるのだが、事実は銭に汚いだけで、何も理念らしきものを持たないことが、いかにも美徳のように思われている。しかし、現実は、理念やイデオロギーを持ちうるだけの学びすら実行していないのが本土の日本人だ。

テレビの画面からは、馬鹿タレントの馬鹿笑いと、雑学のようなクイズ番組と、ネットショッピングや健康長寿番組が、日がな一日茶の間を占領している。報道ニュースと云うのは恥ずかしくなるようなゴシップや、そもそも愚鈍の輩であるスポーツ団体の幹部や相撲取りに道徳を求めたり、アホ臭くてみるに堪えない。こんな国の中で、民主主義が成立する可能性は、ゼロに等しい。その意味で、日本をどん底に落とそうとしている、安倍や日本会議の改憲の企みは、日本が通過しなければならない、民主主義の通過儀礼なのかもしれない。今夜は、幾分辛口だった。

魂の政治家 翁長雄志発言録
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高文研

 

追跡 日米地位協定と基地公害――「太平洋のゴミ捨て場」と呼ばれて
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岩波書店

 

徹底検証 神社本庁: その起源から内紛、保守運動まで (ちくま新書 (1361))
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筑摩書房
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●安倍のむくんだ顔、ねっとり声がテレビから消える日(2)

2018年09月27日 | 日記
帝国化する日本――明治の教育スキャンダル (ちくま新書)
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筑摩書房

 

「明治礼賛」の正体 (岩波ブックレット)
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岩波書店

 

国権と民権: 人物で読み解く 平成「自民党」30年史 (集英社新書)
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集英社


●むくんだ顔、ねっとりした声がテレビから消える日(2)

(前編最終節)ここまでみて来ると、お先真っ暗になるのだが、ここはひとつ、腰を据えて考えてみるべき段階だ。今回は、自民党の総裁選びではあったが、党員票に、みるべきものがあっというのは衆目の一致するところだろう。議員票は、利益損得が優先される投票行動になるわけで、到底安倍政治の評価には縁遠いものである。この党員票も、安倍を支持した各派閥の領袖の地元では、徹底的な締めつけがあったわけで、牢獄から投票したようなもので、参考にはならない。つまり、その選挙区を除けば、石破茂候補が断然勝っているというのが事実だ。このことが、今後の政局において、重大な意味を持つ。

さて、自民党総裁選では、圧勝が当然視されていた安倍晋三首相に対して、石破茂・元幹事長が、思いもよらぬ大善戦をした。ここでは、今回の総裁選をどう総括したらよいものか。また、今後の政権運営はどうなるのか。考えてみることにする。当然、筆者の願望も入りこむので、必ずしも、同等の事態が、来年、現実化しているかは、神のみぞ知ることになるが、理論上は間違いないと考えている。仮に、この理論が覆ることがあるとすれば、トランプ米国のイランへの宣戦布告とか、偶発的な尖閣攻防戦などの火ぶたが開かれた時くらいだろう。

あきらかに二つの、安倍晋三にとって、不都合な真実がある。安倍一強は虚構の象徴のようなものだったと云うことだ。麻生太郎などは、「どこが石破の善戦に見えるのか」と、例によって例の如き強がりを口を尖らせて言っていたが、麻生はこれでキングメーカーの座から転げ落ちた。岸田を抱き込み、岸田―河野ラインで大宏池会の結成を目指していた動きがあったが、安倍政権への貢献姿勢から、安倍同様の政治姿勢であることは歴然となり、彼の野望は消えたと見るべきだろう。

次に、菅官房長官だが、やはり、安倍政権の官房長官としての色が濃すぎて、本来の自民党政治にとって、忌避すべき存在と見られるだろう。どっちつかずの無派閥議員が唯一の頼みなのだから、麻生以上に、目がないと見るべきだ。まぁ、沖縄県知事選に勝利した場合は、首の皮一枚残るが、一度たりとも、総理総裁になりたいと意志表示していない点から考えても、権力の座につくことはないだろう。二階幹事長は、残念ながら、年齢的に不可能な域に達している。

幾つかの、リベラル系の識者やブログ等では、来夏の参議院選での、野党側の躍進と政権交代の目を占うものも散見しているが、そこまでの熱気が、国民の間にあるようには見えない。そのおもなる要因は、安倍政権の経済・社会保障・防衛等々の舵取りが、上手くいっているか否かの判断をする、充分な証拠が見える状況ではないと云うことだ。なぜなら、我が国の富も経済活動も社会保障も、行政機関も、過去の推進力の余力として、前進していると云う悩ましい現実があるからだ。

国民世論が、動きだす為には、この余力が失われ、富の底がみえ、経済活動の疲弊が明確になり、年金や保険料や医療の窓口負担などのボディーブローによって、多くの年金生活者や低賃金労働者が、貧民が味わう塗炭の苦しみに出遭うまで、待たなければならないだろう。今の日本人の多くには、一を聞いて十を知る能力や予見的想像力はは皆無なのだから、致し方のない事態だ。

しかし、茹で蛙になるよりは、状況は好ましい。安倍政権の本末転倒な自己矛盾に満ちた「偽新自由主義」のお蔭で、日本人はショック療法で、危機から逃れるチャンスを与えられるのだから、まだ幸運である。無論、このショック療法でも、自国の状況を国民が理解出来ないのであれば、中国や韓国資本の配下に置かれ、準奴隷化した国に住む、ファーイーストの島として、中国の属領になる可能性は否定できない。まぁ、現時点で、アメリカの属国に近いのだから、庶民にとって大きな変わりがあるわけでもないのだが……。

かなり横路に逸れた。直近の話題になるが、安倍政権は、安倍一強に“?”印がつけられて、三選目を迎えるわけだが、前途は多難である。それでなくても、最終任期の政権はレームダックする。しかも、あれだけ、あらゆる権力を投じた結果が、あの総裁選の数字だったのだから、直近の沖縄県知事選あたりまでは、戦う姿勢を維持できるだろうが、来年の統一地方選が始まる時点まで、通常国会を含め、綻びなく政権を運営できる保証は何ひとつない。官邸から遠くなればなるほど締めつけは影響力を失う。更に、これから3年で権力の座から落ちることが確実な安倍晋三の影響力は、日ごと低下するのは当然なのである。

当然、そのような状況下では、官邸内の権力闘争も激化し、互いの足を引っ張り合う行動も目立ってくるので、モリカケ疑惑の他にも、リニア疑惑、防衛省関連疑惑、文科省関連疑惑、オリンピック関連疑惑等々、安倍政権を揺るがす問題は波状的に起きる可能性は大いにある。苦しくなればなるほど安倍チルドレンの事件簿は膨れ上がり、政権は維持の瀬戸際に立たされる可能性が高い。筆者の予測では、夏の参議院選まで安倍政権が持つ可能性は50%程度と推測する。

統一地方選によって、一定程度、野党が選挙態勢を確立した場合には、参議院選前に、自民党公明党の与党側の敗北は決するかもしれない。無論、夏の参議院選に自民党が敗れたからといっても、自民党が下野するわけではないのだが、改憲論は再び奥の院に幽閉される。安倍の原動力が「改憲」である以上、参議院選後は、安倍晋三のレゾンデートルは完膚なきまでに散り散りになるわけで、権力を維持している意味がなくなる。しかし、それでも、安倍晋三は、意味なき権力の維持に執拗になる可能性はある。その時の、安倍晋三の目的は、己ら夫婦の刑事訴追を逃れることにのみ権力は行使されることになる。筆者の個人的妄想だが、数年後、安倍前首相が、法廷の被告席に立っている姿だ。


劣化するオッサン社会の処方箋 なぜ一流は三流に牛耳られるのか (光文社新書)
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政治の哲学 (ちくま新書)
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崩れる政治を立て直す 21世紀の日本行政改革論 (講談社現代新書)
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●胃の痛みが消えた 安倍政権は参議院選後に終わる(1)

2018年09月24日 | 日記
異端の時代――正統のかたちを求めて (岩波新書)
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岩波書店

 

ルポ 漂流する民主主義 (集英社新書)
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集英社

 

江戸東京の明治維新 (岩波新書)
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岩波書店


●胃の痛みが消えた 安倍政権は参議院選後に終わる(1)

かなり長期にわたって、ブログの更新を怠ってきた。特に理由はないが、安倍の悪口を言うのに飽きてきた、という感じがないでもない。まぁその辺が、安倍政権の狙いであり、国民が政治に飽きる(ニヒリズム)ことは、彼らの望みを適えてやることにも繋がるのを承知でも、飽きてきた。

正直、ここまで、恥知らずで民主主義に馴染まない政治システム、政治家や官僚が、当該国家に、これだけもいたのかと云う事実は驚がくものだ。筆者の記憶が正しければ、昭和35年、浅沼稲次郎日本社会党委員長が日比谷公会堂で登壇演説の最中に、右翼思想を持つ 山口二矢(17歳)*後に自殺 に殺傷されると云うテロルが起こり、大日本愛国党・赤尾敏総裁などが逮捕される事件があった。この時以来、日本社会においては、右翼思想を危険視する「空気」が支配的になり、国民的コンセンサスが成立したという風潮があったように思われる。

しかし現実は、相当に違うものだったようだ。イデオロギーに疎い生活をしていた所為もあるだろうが、どうも彼らは、経済成長に紛れて成長したかに見える、日本の上澄みのような民主主義の下辺の澱みの中で、ジッとチャンスを窺って生きながらえていたようだ。安倍晋三という、ノータリンが政権の座に就いて以降、ジワジワと正体を現し、「日本会議」、「日本青年会議所」、「自民党ネットサポータ」などのかく乱と、それに乗じた一部の奇妙な社会現象とも言える「ネット右翼」な人種によって、日本に右翼思想が再生された。これに、誰かが発信するフェイクニュースにも、世間は充分にかく乱されている。

この社会現象とも言える右翼イデオロギーの再生は、一部の人間たちによる、跳ね返りな恣意行為なのだが、声が大きく明瞭で、内容は別にして、恥や外聞を投げ捨てて、捨て身で、執拗に、その陳腐な右翼主義を拡散する。我が国のネット上には、彼らしかいないような錯覚を覚えさせる頻度で、安倍マンセーをガナリ、書きなぐり、大声で嘘を言い、明瞭な言葉で、内容のない日本語を繰り返す。世間では、彼らの偏執狂的言辞を、馬鹿々々しく眺めているのだが、この行為が、驚くほどノータリンの脳に共感を与えるらしく、雨後の筍と増殖しているのが、いまの日本だ。

このような社会現象と、安倍政権が時を同じくしたのが、幸運と云うか、不運と云うか、立場によって、大きく変わる。いずれにせよ、このような社会現象的政治マターは、長期にわたると、定着してしまう。本来であれば、民主的人々に、これらの現象を押し退けるパワーがあれば良いのだが、上澄み民主主義国家に、このパワーがあると云うのは、幻想と判断せざるを得ない。一定の民主主義的正論を語る人々や、行動する人々もいるにはいるが、ネット社会での対応力には限界があると見るべき状況だ。

また今後、戦争中の悲惨さや、戦後直ぐの日本と云う国を知っている世代が老いてゆき、国家の構成員から消えて行くわけなのだから、末恐ろしいと言わざるを得ない。根本的に、民主主義を勝ち得た国の人々と、棚からぼた餅で手に入れた国々の人々との間には、大きな乖離があると云う事実を、安倍政権を通じて知ることにもなっている。このような民主主義と云う政治制度で、当面、日本が存続する以上、重大な社会国家の命題になったことが露わになった。

敗戦によって得られた民主主義は、どこかに借り物の臭いがしていた。正義不正義、善悪、公正不公正、公平不公平。そのような価値観よりも、日本の戦後復興は、儲けるだけ儲けようとするエコノミックアニマルだったわけだが、この経済的損得勘定が、社会の公正公平と云うルールに勝っていたのだから、その人々の、子供や孫が、同じような価値観、或いはそれ以上に、下劣な価値観を政治に押しつけてきたのが、ここ30年の日本ではないのだろうか。

安倍晋三が言うところのアベノミクスなるものも、この日本人が最も好む、景気の好さを演出することで、その成果を誇った。しかし、安倍政権が公表する各種数値は、公文書改ざんと同様に、作文された形跡が見られ、GDPなどは組み込み変更で、下駄を履かせるズルをするものになっている。また、輸出企業が、戦後最大の利益を計上できたのも、為替利益と米国の無分別な消費に支えられたものである。そして、その企業の利益は、歴史的取締報酬に反映し、また内部留保として、企業内で処理されている。つまり、幻想のトリクルダウンは、やはり幻想そのものだったということだ。

また、安倍の権力のバックボーンに存在する右翼団体「日本会議」「日本青年会議所」「神社本庁」など。そして、当然のように利益相反な経済界の応援を受けているのが現状だ。これらの勢力は、総じて、国家は個人に優先するという国家意識を持っているので、極めて、民主主義と相いれない性癖を持っている。為に、安倍政権は、国家主義的方向を指向することとなり、ファシズム化する。そこで、何を模範とすべきか考える時、あまりにも身近に“大日本帝国憲法”があると云うのが現況だろう。安倍は、石破との戦いに勝利し、就任会見で、憲法改正を真っ先に口にした。

ここまでみて来ると、お先真っ暗になるのだが、ここはひとつ、腰を据えて考えてみるべき段階だ。今回は、自民党の総裁選びではあったが、党員票に、みるべきものがあっというのは衆目の一致するところだろう。議員票は、利益損得が優先される投票行動になるわけで、到底安倍政治の評価には縁遠いものである。この党員票も、安倍を支持した各派閥の領袖の地元では、徹底的な締めつけがあったわけで、牢獄から投票したようなもので、参考にはならない。つまり、その選挙区を除けば、石破茂候補が断然勝っているというのが事実だ。このことが、今後の政局において、重大な意味を持つ。

後編に続く(安倍政権が、来年、どのように崩壊するかを考える)

神社崩壊 (新潮新書)
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新潮社

 

日本型組織の病を考える (角川新書)
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KADOKAWA

 

〈平成〉の正体 なぜこの社会は機能不全に陥ったのか (イースト新書)
クリエーター情報なし
イースト・プレス
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