世相を斬る あいば達也

民主主義、資本主義とグローバル経済や金融資本主義の異様な違いについて

●朝日が“死に体”ではないとアピールする官邸政治批判

2018年08月05日 | 日記


●朝日が“死に体”ではないとアピールする官邸政治批判

多忙のため、記事の掲載のみ。テレビ朝日が安倍官邸に白旗をあげた以上、本体の朝日新聞の帰趨が要観察になっている今日この頃だ。


≪「官邸官僚」が出した紙に驚く各省 首相も了承なのか…
 自民党総裁選では、「安倍政権と官僚」が問われる。政と官のいまをみる。

 安倍内閣が24日に承認した省庁人事で、内閣府政策統括官の新原(にいはら)浩朗(ひろあき)が経済産業省の経済産業政策局長に就いた。近い将来の事務次官候補が座る枢要ポストだ。
 1984年に入省した新原にとっては古巣への凱旋(がいせん)となった。首相の安倍晋三、その政務秘書官で先輩の今井尚哉(経産省、82年入省)が手腕を高く評価。働き方改革や幼児教育の無償化など、政権の目玉政策を進めてきた。政権5年半で大きく様変わりした霞が関で力を持つ「官邸官僚」の象徴的な一人だ。
 3カ月前。消費税を来年10月に10%に引き上げる際の対策を検討する省庁横断の特命チームが内閣府で初会合を開いた。顔合わせのつもりで集まった関係省庁の局長らは、配られた1枚の紙を見てのけぞった。
 「検討事項(案)」として、増税に伴う駆け込み需要や反動による消費の落ち込みについての対応策が13項目にわたって列挙。増税後の値引きセール推奨、自動車減税、合理的な購買行動の推奨――。それぞれに担当省庁の割り振りまで記してあった。まとめたのは新原だ。
 消費増税は幅広い業種や消費者に影響するため、関係する省庁は多いが、新原がまとめた紙は担当する財務省や経済産業省の知見を集約したものではない。対応策は「再調整」という扱いにはなったが、特命チーム関係者の間では、安倍と新原の間で「もう話がついているのでは」との臆測が広がった。
 安倍が政権に復帰して以降目立つのは、新原のように安倍に近い官僚らが主導して政策の方向性を決めていくスタイルだ。首相秘書官の今井や佐伯(さいき)耕三(経産省、98年入省)、内閣情報官の北村滋(警察庁、80年入庁)、官僚OBの首相補佐官である長谷川栄一(経産省、76年入省)、和泉洋人(旧建設省、76年入省)はこの5年半、変わらず安倍の周辺にいる。
 安倍と以心伝心の「官邸官僚」たちの指示は、省庁幹部から「首相の威光」と受け止められる。それは「最強官庁」と呼ばれた財務省も例外ではない。(岡本智、伊藤舞虹)

「官邸は防波堤の佐川氏を評価」
 3月10日未明、森友学園に関する決裁文書の改ざん前文書のコピーが大阪地検から財務省に届いた。朝日新聞が2日に書き換えの疑いを報じて以降、同省は関係職員の聞き取りを進めたが、全体像がつかめない。すでに、理財局の複数の職員が地検の捜査を受け、聴取内容を口止めされていた。財務省は地検に頼み込み、原本をコピーさせてもらうしかなかった。
 改ざんは14文書におよび、首相の安倍晋三の妻昭恵に関する記述や複数の政治家秘書との関わりなどが、ことごとく削除されていた。「少し手直ししたというレベルではなく、がくぜんとした」(理財局幹部)。2日後、財務省は初めて書き換えの事実を認めた。
 だが、改ざんを主導した当時の財務省理財局長、佐川宣寿(のぶひさ)(1982年入省)はその後の国会での証人喚問でも、刑事訴追の恐れを理由に答弁拒否を繰り返し、官邸の関与はきっぱりと否定。真相解明に後ろ向きな姿勢に世論は反発したが、「官邸は昨年の国会で防波堤になっている佐川を評価していた」(財務省幹部)。佐川は昨夏の人事で次官級の国税庁長官に昇格。対照的に、売却価格の算定について国会でしどろもどろの答弁を続けた当時の国土交通省航空局長、佐藤善信(82年入省)は退官となった。
 首相官邸の意向を反映させるため、各省庁の幹部約600人の人事は、14年に発足した内閣人事局が判断する。正副官房長官ら主要幹部の7割の賛同を得られなければ各省の人事案を受け入れないという「7割ルール」で運用されている。
 今夏の人事で退任が決まった金融庁長官の森信親(80年入省)は、官房長官の菅義偉の信任が厚く、3年の長期にわたり務めた。一方、前任の細溝清史(78年入省)は1年で交代した。農業改革が持論の菅の協力依頼を断ったためだ。
 人事権を握った官邸に、各省庁は従うしかなく、「官邸官僚」を除く官僚は萎縮と忖度を余儀なくされる。横行する「官邸人事」は、政権と沖縄県の対立が続く米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の辺野古への移設をめぐっても行われた。
 16年1月、国交省がこんな人事を発令した。「防衛省審議官 下司弘之▽同沖縄防衛局次長 遠藤仁彦」。両氏を含む港湾局出身の技官6人を防衛省に異動させる人事。「官邸官僚」の一人で、菅の側近とされる国交省OBの首相補佐官、和泉洋人が中心になって練られた。
 当時は県の抵抗で移設先の埋め立て工事が滞っていた。防衛省関係者は「官邸からいつまでやっているんだと怒られた。そこで、和泉さんらが埋め立てのプロを国交省から呼び寄せた」と解説する。これ以降、県は工事の手順などをめぐり、数十回の行政指導をしたが、国側は工事を加速。国交省幹部は「専門家だけに、県や住民との協議はなるべく少なく、法律すれすれの行動を取れる」と話す。
 今夏の国交省人事では、防衛省に部下を送り込んだ港湾局長の菊地身智雄(85年入省)が技術系最高ポストの技監に昇格。旧運輸省出身者の技監就任は初めてだ。後任の港湾局長には埋め立てを指揮した下司(同)が就く。「論功行賞」とささやかれた。  国交省幹部はいう。「以前は省内の力学にそった人事ができたが、安倍政権で完全に変わった。官邸の意を受けた政策を成し遂げた人こそが評価される」

 責任負わない「政治主導」
 官邸が官僚を従える力の源泉は人事だけではない。
 安倍政権は、重要案件ごとに内閣官房や内閣府に省庁横断の組織や会議を次々と設置。各省庁から政策立案の権限を奪い、一部の「官邸官僚」が政策を動かすことが常態化している。
 安倍が掲げた「人づくり革命」を具体化するため、昨年9月に立ち上げた「人生100年時代構想会議」は、その典型だ。内閣官房に置かれた「推進室」には各省庁から約30人が集められた。
 政策の骨格は内閣府政策統括官だった新原浩朗や首相秘書官の今井尚哉らが検討。財政悪化につながる3~5歳児の教育・保育の無償化や、消費税の使途拡大による財源確保を財務省にのませ、安倍の衆院解散表明にあわせて打ち出した。
 結論を急ぐあまり、担当省庁による十分な政策検証は置き去りにされた。無償化で待機児童が逆に増えるなどの批判が噴出しても、官邸は公約実現に向けて突き進んだ。
 昨年末、改革の大きな道筋がつくと、推進室の多くの職員が席を引き払った。寄り合い所帯で作業が終われば散っていく組織の責任はあいまいになりがちだ。政策決定を主導する首相秘書官や補佐官も、国会答弁に立つことはまずない。
 官邸主導は本来、二大政党間で政権交代があることを前提に、短期間で政治の結果を出せる仕組みをめざした姿だった。しかし、5年半を超える長期政権で政権交代の緊張感は薄れた。「政治主導」を掲げながら、財務省による公文書改ざんなど、大きな不祥事が起きても誰一人、政治責任を負わないいびつな構造ができあがった。
 組織防衛を本能とする官僚たちはいま、安倍に近い甘利明が自民党行政改革推進本部長として旗を振る「省庁再々編構想」におびえる。国家予算の3分の1を使う厚生労働省の解体などが現実味を帯びつつある。「それはそうだな」。巨大官庁の分割案に安倍も受け入れる姿勢だ。
(座小田英史、松浦祐子、福間大介)
 ≫(朝日新聞デジタル)

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●電話にしがみつき、鬼気迫る形相で票固めの安倍ちゃん

2018年08月02日 | 日記
権力と支配 (講談社学術文庫)
マックス・ウェーバー
講談社

 

主治医だけが知る権力者: 病、ストレス、薬物依存と権力の闇
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原書房

 

言論の飛礫(つぶて)不屈のコラム
クリエーター情報なし
同時代社


●電話にしがみつき、鬼気迫る形相で票固めの安倍ちゃん

安倍晋三は、盤石の一強多弱体制を、立法府・行政府・司法関係で確立し、いまや、ファシズム体制前夜に確実に近づいている。国会を閉幕した安倍総裁は、今頃のんびり軽井沢で、加計孝太郎とゴルフ三昧かと思いきや、色々動静情報を調べてみいると、それどころではない模様だ。なんと、鬼気迫る勢いで、三選を目指す自民党総裁選の票固めに奔走していると云う事実がわかった。

岸田を封じ込めたことで、気がつくと、アンチ安倍の票が石破に集中する恐怖にさいなまれ、どうも睡眠障害に陥っていると云う話だ。安倍の怖れは、自民党や国民から見ても、杞憂と思えるのだが、安倍本人は、石破と接戦にでもなったら、“盤石の一強多弱体制”にヒビが入ると云う恐怖を感じている模様だ。ファシズム体制を築こうとする人間にとって、“絶対的強さ”は必須のアイテムだ。

この必須のアイテムに傷がつくことは絶対に避けなければならない。その為には、他人は、麻生であろうが、岸田であろうが、二階であろうが、菅であろうが、諸手を上げて信用するわけにはいかない。しかし、“盤石の一強多弱”を官僚組織、司法組織、マスメディア、そして、国民に見せつけることで、“盤石の一強多弱”は成立する。つまり、石破を完膚なきまでに叩きのめして、はじめて、“盤石の一強多弱体制”は構築される。

最後の最後は、みずから、国会議員、地方議員に個人的に、支持の確認を取り、尚且つ票読みを確認し、更なる票固めを確認することで、その不安の解消に行動しているらしい。“幽霊の正体見たり枯れ尾花”という言葉があるが、安倍の一強も、自民党の一強も、実は枯れ尾花である可能性があると云うことだ。実際問題、冷静になれば、今後の地方選や国政選挙で、安倍の頂点、自民党の頂点は、自然的に衰弱していくわけで、より増強される可能性は低いのだから、裸の王様にとっては、睡眠障害に陥るのは当然でもある。

最近では、象徴的に、強権を持つ各業界や組織の「裸の王様」が血祭りにあげられ、その地位を追われ、或いは追われかけている。まぁ一種のトレンドなわけで、政界にも波及すると思うのは、安倍晋三でなくとも感じることだろう。最近騒がれている東京医科大を中心とする文科省集中攻撃も、どこか違和感がある。財務省の組織的な公文書改ざんなどに比べれば、屁のような疑惑で、大がかりな逮捕劇を起こし、NHKに大々的に報じさせている。無論、記者クラブ全体が右倣えだ。

おそらく、モリカケ問題の話題を逸らす目的と、国民から絶対的信頼を受ける“前川喜平”への恐怖が、このような国民の目から、不公平とも思える検察の動きを起こさせてしまったのだろうが、冷静さを失っていない国民には逆効果な行動のようだ。また、朝日新聞やテレビ朝日系列の報道が、安倍官邸に恭順に意を赤裸々に表す報道体制に変った点も、安倍一強の焦りを感じる。

まぁ、100年200年1000年の歴史を経て強化された“一強多弱体制”ではなく、歴史的に見れば、点のような“一強多弱体制”なのだから、何時なんどき、ひょんなことで壊れてしまうのも、当然の帰結だ。そう云う意味では、安倍晋三が、鬼気迫る形相で、電話にしがみつく気持も、笑いながらだが、理解出来る。また、石破の息の音を止めないと、不支持が上回る安倍内閣は砂上の楼閣と印象がぬぐえず、来年の参議院選の結果いかんでは、激しい安倍下ろしを招きかねない恐怖があるのだろう。その意味では、二階も菅も、信用は出来ない裸の王様である。

マスコミ偽善者列伝 建て前を言いつのる人々
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飛鳥新社

 

「新自由主義」の妖怪――資本主義史論の試み
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亜紀書房

 

言論の飛礫(つぶて)不屈のコラム
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同時代社
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●ファッショ体制 警察・検察・裁判所も乗っ取った安倍政権

2018年08月01日 | 日記
特権キャリア警察官 日本を支配する600人の野望
時任 兼作
講談社

 

日本の公安警察 (講談社現代新書)
青木 理
講談社

 

検察の正義 (ちくま新書)
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筑摩書房


●ファッショ体制 警察・検察・裁判所も乗っ取った安倍政権

そもそもが、政権寄りな傾向を見せる警察機構であり、法務省と同質の検察である以上、行政と同質で、行政の長・安倍晋三の威光に逆らうことは得策ではないと考える組織なのも確実だ。その上、法務省とタッグを組んで司法を動かす最高裁事務総局も、分離独立した司法権を建前上持っているが、行政機構上も、人事の掌握などを通じて、安倍政権への忖度判決を出すのは、予想がついている。

しかし、立法・行政・司法、この独立した三権が、機能的には、内閣総理大臣の強権度によっては、その垣根はみなし垣根であって、一瞬にして吹き飛ぶものだという事実を、我々は目撃している。司法に関わる、警察・検察・裁判所が、内閣、法務省と辻褄を合わせて、事情判決など通じて、政権寄りな判決を出すことは今までもあったが、抑制的だった。しかし、その抑制は、安倍政権下では統治と云う概念に置きかえられたと見られる出来後が多発している。

かなりランダムのなるが、思い出したものを書きだしてみよう。財務省による大がかりな公文書改ざん事件では、だれ一人、逮捕者も出さなかった。国民の目からみると、森友事件では安倍昭恵夫人の口利きは確実であったのだから、安倍昭恵夫人、維新の松井、官邸の今井、財務省佐川宣寿以下の何人かは、起訴相当である。しかし、法的解明は、事情聴取が僅かに行われただけで、何ごともない司法の動きだった。それに対して、上記連中の口車に乗った右翼夫婦は逮捕拘禁されたのである。

加計事件、これも安倍首相の刎頸の友である加計孝太郎の運営する種々雑多な学校法人に対し、多くの利益供与を行っていると云う図式は確実に存在しており、大がかりな犯罪が構成されていると見るのが国民世論だろう。しかし、偽証したと思われる秘書官を含め、だれ一人、逮捕されたと云う話は聞いていない。マネーロンダリング的贈収賄事件という印象が強い事件であるにもかかわらず、検察は完全に頬かむりした。

その他にも、警視庁は、準強姦事件として逮捕寸前にあった安倍首相と懇意なジャーナリスト山口何某を、逮捕執行寸前に上層部から中止が指令され、司法の裁きから逃れた。スパコンコンピュータ事件では、大疑獄事件に拡大するだけの補助金が不正な流れで、主犯・齊藤元章社長とは別に政治家ルートが存在している疑惑があったが、地検特捜がトカゲのシッポきり捜査で幕を閉じている。

それに引きかえ、今回の文部省潰しのような検察の行動には違和感が大いにある。無論、個人的に業者と癒着した事件や贈収賄紛いの事件も個別案件として、犯罪であり捜査するのは当然であるが、こんなチンケナ事件で、東京地検特捜部が存在するのであれば、まさに、存在意義のなさを自ら証明したのも同然だ。今回の文部省憎しな印象の捜査は、安倍政権への忠誠捜査であり、人事をヨロシクとメッセージ性さえ感じる。また、ハッキリはしないが、前川前事務次官の、反安倍行動への警鐘と云う意味合いも持っているようだ。

実は、あまりマスコミでは反応が鈍いが、様々な判決が出ている。≪諫早湾干拓事業(長崎県)の堤防排水門の開門を命じた確定判決をめぐり、開門を強制しないよう国が漁業者に求めた訴訟の控訴審判決が30日、福岡高裁であった。西井和徒裁判長は国の請求を退けた一審・佐賀地裁判決を取り消し、「確定判決の強制執行を許さない」として漁業者側の逆転敗訴の判決を言い渡した。(朝日新聞抜粋)≫。翁長沖縄県知事の命がけの辺野古移設反対運動への、政官司法による徹底的嫌がらせ。翁長氏は、心身ともに死に瀕して、死に物狂いの闘いを政府に行っているものの、司法は結論ありきでせせら笑っている。

法務省と言えば、世界広しと雖も、先進国で冤罪の問題も多い「死刑」が法務大臣は宴会の後で嬉しそうに?死刑執行にゴーサインを出し、極悪非道かどうか判らないが、地下鉄サリン事件等々の罪で、7人そして6人を片っ端から死刑執行する暴挙に出た。首謀者麻原彰晃の裁判はまともに行われた形跡がないのに、死刑判決だった。百歩譲って、彼が殺人を命じたのは事実だろうが、命じたものと、その洗脳により犯罪を実行した信者も、結果的に「死刑」と云う同一の判決で死刑が執行された点には、法の正義が見えてこない。何だか、魔女狩り裁判のようであり、魔女絞首刑と云う伝説の死刑執行物語になりそうだ。

最高裁判事には「最高裁判事は、単に法律家であるだけでは足りず、政治的な雅量も必要である」と過去の最高裁判事が後輩に教えていたようだが、この事情判決は、特別な場合に国民の総体的利益の中で行われる必要があるのだが、安倍官邸向けの「事情判決」「事情捜査」等々がまかり通り、我が国が法治国家を、安倍政権のために、ズタズタにされ、機構も、その構成員の精神状態も修復不可能になっているのが目に見える。

長期の権力は腐敗する。長期の権力は必ず滅びる。我々は、この言葉を信じ、誰にともなく祈念し続けるしか、正直手立てはなさそうだ。多忙な筆者にとっては、当該ブログで、安倍政治の問題点を、ダラダラと書きつづけるしか能がないのだが、これも自らの限界と悟るしかない。しかし、筆者が祈念しようがしまいが、上述のように、権力は必ず滅びる。滅びる前に、必ず腐敗する。今、我々は腐敗を目撃中であるので、いま暫くすれば、安倍政権は滅びの道に進むと確信する

ニッポンの裁判 (講談社現代新書)
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講談社

 

絶望の裁判所 (講談社現代新書)
クリエーター情報なし
講談社

 

裁判所の正体:法服を着た役人たち
瀬木 比呂志,清水 潔
新潮社
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●安倍対米従属 占領国と変わらない不平等条約に嬉々として

2018年07月30日 | 日記
NHKスペシャル 大江戸 大江戸 知らないことばかり―水と商と大火の都 (NHKスペシャル大江戸)
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NHK出版

 

元禄文化 遊芸・悪所・芝居 (講談社学術文庫)
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講談社

 

武士の日本史 (岩波新書)
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岩波書店


●安倍対米従属 占領国と変わらない不平等条約に嬉々として

以下、白井氏が発言しているように、南北会談、米朝会談の結果、米韓軍事演習が中止されたことに、日本政府が危機感を持ったかどうか、朝鮮戦争の終結に危機感を持ったか、その辺の事情はハッキリしないような気がする。さらにそのことで、日本の支配層が、日米の構造上の変化に危機感を持ったと云う話も、話半分に評価する。

つまり、現在の支配層が、“国のあり方”に自覚的に動いているようにようには思えないのだ。現在の安倍政権で考えても、戦後レジュームからの脱局と言いながら、安保法制に血道をあげ、米国追随を強化しているのだから、どこかちぐはぐだ。簡単に言うと、安倍政権の日常は、権力の維持が主たる目的の政権であって、とても、所謂「国体」と言った概念を意識して行動しているようには見えない。

その為かもしれないが、意識的に「日本会議」など右翼団体を表立てることで、国民に意図的に恐怖を植えつけている可能性もある。現実に、恐怖の主である、安倍官邸の外交を見る限り、親米、親イスラエルなわけで、大日本帝国に向かうイデオロギーな立ち位置にあるとは言い切れない。大日本帝国を夢見ているのであれば、反米の欠片くらいは見えそうだが、その形跡はない。

権力を握ることで、甘い汁の味を知った安倍政権には、大日本帝国に戻る気もないし、国体が云々も、実はどうでも良いことで、権力を握り続けることが政権の第一義になっている。ゆえに、安倍政権の方向性は、軍国的な割には、攻撃的ではなく、従属姿勢からの脱却行動は皆無だ。ただ、国内的な強権は握らせて欲しいが、対米従属はゆるぎないと云う、極めて自己矛盾した政策に終始している。

所謂、偽右翼思想に過ぎない疑惑がある。単に、国内における権力を我が物にしたいだけで、国際的にもファシズムを標榜する気はない。日本の政権が、ファシズム的行動を国際的にも行えば、対米従属とは矛盾が出るわけで、安倍政権の延命には寄与しない。ゆえに、そのような政治行動を本気で行うわけではなく、政権維持の固定層らに自己満足な形態を示しておきたい思惑のように思えてくる。丁度、ちぐはぐな勲章を胸につけて、靖国神社に詣でるネトウヨ集団と似ているのだろう。

簡単な言葉で表現すれば、“明治病”のようなもので、我が国の歴史を1500年と仮定しても、その1/10にも満たない明治を持って、日本文化と云うのは、あまりに滑稽ではないのか。この点だけでも、安倍政権の国家主義的な言動は、似非なわけである。仏教と日本文化の関係性を無視するなど、あきらかに歴史の改ざんだ。明治の人が、“明治は遠くなりにけり”と嘆いたのは、おそらく、作られた文化の目新しさに惑わされた結果であり、明治が江戸時代より良かった根拠には思えない。

欧米文化をまる丸“猿まね”した文化よりも、中国、朝鮮半島から渡来した文化を独自の工夫で、自分達の国に合うように、工夫し作り変えてきた文化の方が何倍もの価値があり、世界に誇るべきものであり、欧米文化を猿まねした文化が世界遺産に登録されるなど、あきらかに日本の恥である。明治以降の文化も、文化でないとは言い切れないが、日本独自の文化と云うのは、相当に無理がある。

ただ、現在の損得文化が、明治維新以降、急激に日本人の心を捉えてきたのは事実だろう。善悪文化が断絶的に途絶えたのも、この明治維新にあるのは事実なので、今の損得文化に慣れ親しんだ若い世代に、安倍政権の政策は判り安のかもしれない。この点に関して、自分の周りを見ても、損得文化が華やいでいるわけで、善悪文化を持ちだすと、どこか偏狭な人物に見られるほど、世論と云うか「空気」は変っている。


≪日本がいつまでたっても「アメリカの子分」をやめられない理由

この国を蝕み続ける病理とは

■再び注目する「国体」構造
 ――「国内で起きた米兵による犯罪を、日本の法律では裁けない」。 長らく問題視されながら改正されない日米地位協定を筆頭に、日本はなぜ不自然なまでの「対米従属」に甘んじ続けるのか。白井さんの著書である『国体論』は、この謎を「戦後の国体」という斬新なキーワードを用いて詳細に検証し、大きな議論を巻き起こしている一冊です。

世界的に見ても、「通商や防衛などの面で都合がいいからアメリカを親分にしておこう」と、対米従属の姿勢をとっている国は珍しくありません。 :しかし、そういう国々は自分たちがアメリカの従属下にある事実を直視し、少しでも対等にしようと懸命な交渉を重ねています。

ところが、日本の場合は「我々とアメリカは利害関係ではなく、真の友情で結ばれているのだ」と奇妙な理屈をたて、支配されていることを認めようとしない。「思いやり予算」や「トモダチ作戦」といった情緒的な言葉ばかりが多用されるのは、まさにその表れです。

――日本の政権や官僚機構がアメリカに依存しながら利用する状況は、戦前の天皇に対する権力者たちの態度と同じなのではないか。そう考えた白井さんが着目したキーワードが「国体」でした。

天皇を「主権者」と定め、国民はその天皇に身を委ねるという戦前の国家体制を指す「国体」は、日本を近代国家に変えていくための装置として強力に機能しました。天皇と臣民の関係を「家族」にたとえることで、権力による支配の事実を否認したのです。しかし、第二次世界大戦で日本が無残な敗北を喫したことで、国体という言葉もすっかり死語になったかのようにみなされてきました。

ところが、戦後にアメリカという新たな存在に身を委ねて急速な復興を遂げ、世界有数の経済大国となった日本のあり方は戦前と変わっていない。ピラミッドの頂点が「臣民を慈しむ天皇」から「日本を愛するアメリカ」になっただけで、国体の構造は形を変えて存在し続けているのではないかと思い至りました。

――日本の対米従属姿勢を考えるうえで欠かせない興味深い概念が、白井さんが前著で示した造語「永続敗戦」です。

第二次世界大戦で日本が大敗したことは、国民の誰もが知っています。ところが、ほとんどの日本人は、心のどこかで敗戦を認めていないのではないでしょうか。

たとえば、8月15日を「終戦の日」と呼ぶのがその典型です。「敗戦」ではなく「終戦」と言い換えて認めないことこそが、皮肉にも敗戦の結果としての対米従属関係から脱せられない「永続敗戦」の状況を作り出しているのです。

もうひとつ、「歪んだプライド」も日本が敗戦を直視できない原因のひとつでしょう。冷戦構造の中で「アメリカの一の子分」になったことで、「自分たちがアジアの中で唯一の先進国だ」という戦前からの優越意識を持ち越してしまった。

逆に言えば、他のアジアの国々を一段下に見てきた。「アメリカには従うけれど、中国に負けたことは認めない」。妙な自意識が生まれたのです。

こうして、だらしのない対米従属を続け、歪んだ自意識を抱えてきた日本は世界の国々からすれば、まぎれもない「アメリカの属国」と見られている。ここに、日本が経済力に見合った国際的な地位を得られない理由の一端があるのです。

 ■陛下「お言葉」の真意
――各国のメディアから「アメリカにへつらっている」と評される安倍政権の姿勢にも、苦言を呈されています。

今の日本は、ひたすらアメリカのご機嫌をとってすがり付く見苦しい状態に陥っています。

それがはっきり見えたのが、先日、トランプ大統領が「米韓合同軍事演習を停止する」と言いだしたときの小野寺五典防衛大臣の発言です。小野寺氏は「米韓合同演習は地域の平和と安定を確保していく上で重要な柱」と言い切りました。

朝鮮戦争が終わってしまえば在日米軍の駐留根拠の一つがなくなってしまう。これは同時に「アメリカの一の子分」という戦後日本のアイデンティティが崩れることも意味します。それだけは避けたいという日本政府の不安が露骨に表れたのがあの発言なのです。

――対米従属の現状を打開することは難しい。それでも、白井さんが本書の執筆を急ぐ理由となったのが、'16年8月8日に発表された天皇の異例のビデオメッセージ、いわゆる「お言葉」でした。

「お言葉」のなかで天皇は繰り返し、自身の「国民統合の象徴としての役割」を語りました。

国民の統合は、天皇自らが動き、祈ることよってもたらされる安寧と幸福を国民が集団的に感じることではじめて成り立つという考えです。即位以来、そのために絶えず動き続けた天皇は、ここにきて自身の体力の限界を認識し、天皇の位を去ることを決断しました。

逆に言えば、あの「お言葉」は、自分が退位した後の日本における「国民の統合」に対して、天皇が危機感を抱いていることの表れでした。私自身は、「アメリカを事実上の天皇と仰ぎ続けたままで国民の統合を保つことができるのか」という非常に烈しく、踏み込んだメッセージのように感じました。

失われた20年、あるいは30年と言われるように、日本が長い停滞から抜け出せないのは、「国体化」した対米従属の構造が社会を蝕んでいるからにほかなりません。この足踏み状態から抜け出すには、まず現実を直視することからはじめなくてはならないのです。(取材・文/伊藤和弘)

 ≫(現代ビジネス:『週刊現代』2018年8月4日号より)

「日米基軸」幻想 (詩想社新書)
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詩想社

 

永続敗戦論 戦後日本の核心 (講談社+α文庫)
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講談社

 

国体論 菊と星条旗 (集英社新書)
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集英社
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●日米安保、本質論なく進む国 虚しい防衛費増の議論

2018年07月28日 | 日記


●日米安保、本質論なく進む国 虚しい防衛費増の議論

国の安全保障と云うものは、防衛費に限らず、食糧安保、エネルギー安保、公共財安保等々、多岐にわたるものがある。本日は、GDPの1%が、日本の防衛費の枠組みだった時代が遠のき、2%時代に安倍政権の中で、進もうとしている。国会においても、選挙中にも、このような重大な議論が、国民の目や耳に触れることなく、国民的コンセンサスもないまま、なし崩しに行われる政治に民主主義は機能しない。

一般国民の、総体的感覚は、日本において、本格的戦争など起きる筈がないと云うのが、当たらずと雖も遠からずだ。「一帯一路」を標榜して経済大国を目指している中国・習近平体制が、日本という領土に侵攻すると云う事態は想定できない。北朝鮮が日本に侵攻するという事態も考えにくい。彼らが、日本に侵攻して、何を得ようとしているのか、合理的説明がつかない。韓国が侵攻する理由もない。ロシアが攻めてくる可能性はゼロではないが、現在のロシアに、それほどのエネルギーが残っているとは思えない。

防衛費の充実を云々する前に、食料やエネルギー安保の充実を考える方が、よほど建設的だ。遺伝子組み換え種苗、食品の解禁よりも、“地産地消”が可能な、小さなユニットの食糧需給を考えるべきだろう。日本の共同体を守っていこうと云うならば、その道しかない。中央政府のシステマチックな大がかりな市場原理主義で、日本を覆えば、多くの共同体が破壊され、国家的姥捨て山の惨状を見るだろう。

市場原理主義に身を委ねた、日本と云う国の食糧政策は、海外からの輸入で食料を調達しようという方向に、急激に舵を切っている。農家は、作物はつくるが、その作物に必要な種も化学肥料も、すべてが輸入品になる危機が迫っている。このような食糧政策は、平和が継続する前提で、外国に頼りきる安易な合理性に基づくものだが、食糧安保の基本は、自らの国で生産できる食物で、生き残ることであり、経済合理性が入り込む余地はないはずだ。

エネルギー安保にも、自主独立の精神はみられない。日本政府の、エネルギーの基軸は、石化燃料と原子力による発電だ。しかし、先進諸国では、原子力離れは顕著であり、原子力発電は、後進国のエネルギーという位置づけになっている。石化燃料も、輸入に頼っているわけだから、エネルギー安保とは逆向きの位置づけだ。このように考えれば、行き先は再生可能エネルギーであり、経済合理性よりも、安全保障上も、最終的経済合理性からも、進むべき道が間違っている。目先の利益に飛びつく政策は、ダボハゼそのものだ。

防衛と云う安全保障は、根本的に悩ましい。日米同盟で、同盟と云うよりは、属国扱いされているのは事実なのだから、自衛隊の防衛態勢も、米軍に組み込まれた、1部隊化しているのだろうから、独自の防衛態勢と言われても、米軍の補強の一部を担わされているだけ、と云う前提条件が変わらないので、本気で考える気にならない。米軍が、世界戦略の中で、日本の基地を考えているだけで、日本の防衛に気を配っている気配はみられない。

まぁ、米軍に基地を貸て、自衛隊が一部隊的な取り扱いを受けていることが、抑止力となる考えはあるだろうが、冒頭で述べたように、米国がいなければ、日本の安全保障に関するリスクの軽減を外交が担うと云う、合理的筋が通るが、米軍の下請けに自衛隊が組み込まれている限り、独自の防衛は考えにくい。イージスアショアにせよ戦闘機の購入にせよ、諸外国の300%、500%で購入される軍備装備品は、みかじめ料の一種だろうが、みかじめ料が敵を呼ぶこともあるわけだ。

無論、日本が日米安保体制からの脱却、乃至は弱体化を考えた日本の政治家がことごとく、短命な政治生命に陥ったことを考えれば、そのような決断を、日本自身が行うことは、不可能にさえ思えてくる。無論、日米同盟に対して、強力な世論が後押しした場合には、その方向転換も不可能ではないだろう。しかし、アメリカと戦争した歴史すら曖昧な世代交代は、アメリカイズム一色であり、日を追うごとに、世論が反米に動く気配はない。

無力感が漂うのは、安倍自民党政権が、一周遅れの市場原理主義に奔走するのを見るに等しいが、いずれは、一周遅れでも、市場原理主義、グローバリズム経済の終わりを知るだろう。そして、いつの日か、アメリカの力が、ユーラシア大陸の勢力に、相対的に敗れた時、米軍は、日本への魅力を失っていくに違いない。その日が、いつ来るのか判らない。おそらく、現在の、20代、30代なら、みることが出来るのかもしれない。つまり、5~60年後になるだろう。その意味では、朝日の社説は、正論だが、現時点では空理空論とあまり変わりがない。


≪防衛力整備 節目の年、徹底論議を
 通常国会が終わったが、大きな議論が残っている。日本の防衛力整備のあり方だ。  今年は節目の年である。
 政府はこの年末、向こう10年間の防衛力のあり方を示す防衛計画の大綱と、5年間で進める中期防衛力整備計画の改定を予定している。
 安全保障関連法の施行後、政府が防衛の全体像を組み立てる機会だ。米朝対話などで東アジアの安全保障環境が変化しつつあるなか、日本の平和と安全をどう守っていくのか、徹底的な議論が求められる。
 当面の焦点は、23年度の運用開始を目指す陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」だろう。
 政府は秋田、山口両県への配備を目指すが、地元は反発しており、地質調査などを行う業者の選定手続きが先送りされた。2基で計2千億円とされていた導入費が、5千億円超に跳ね上がるとの見方も出ている。費用対効果の面からも、導入の是非を再考すべきだ。
 最大の問題は、安倍政権が空母や長距離巡航ミサイルといった、専守防衛に反する兵器の導入を目指していることだ。
 離島防衛などを理由に挙げているが、自民党が求める敵基地攻撃能力につながる。本土から遠く離れた地域で軍事力を行使できる「戦力投射能力」の保有は、戦後日本の抑制的な防衛政策からの明らかな逸脱であり、看過できない。
 こうした転換は、防衛費を大幅に拡大させる。
 安倍政権になって防衛費は6年連続で増え続け、今年度予算は過去最大の5兆1911億円にのぼる。8月末に予定される来年度予算案の概算要求は一層膨らむ見通しだ。
 自民党が5月にまとめた提言でも、防衛費の拡大を抑えてきた対GDP(国内総生産)比1%の突破を求め、2%を目標とする北大西洋条約機構(NATO)の例を「参考」とした。10兆円規模に防衛費を倍増しようという考えである。
 財政の制約を無視し、軍拡が軍拡を招く負の影響への考慮もない。極めて無責任な姿勢と言わざるをえない。
 緊張緩和のための近隣外交に力を尽くす。国力の限界を踏まえ、幅広い国民の理解を得ながら、適切な防衛力の姿を描いていく。遠回りなようだが、それが現実的な道だろう。
 集団的自衛権の行使に道を開いた安倍政権が、防衛費の大幅拡大と専守防衛に反する兵器の導入で、平和国家のさらなる変質をはかることは許されない。
 ≫(朝日新聞:7月27日付社説)

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