世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

現役官僚の原発の危険を告発した小説「原発ホワイトアウト」 泉田知事は大丈夫か?

2013年09月30日 | 日記
福島原発事故 県民健康管理調査の闇 (岩波新書)
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●現役官僚の原発の危険を告発した小説「原発ホワイトアウト」 泉田知事は大丈夫か?

 東京電力の新潟県柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働をめぐり、泉田新潟県知事は県民の生命の安全と財産を守るのが県政の役目であると云う立場から、東京電力の再稼働申請に前向きではなかった。東電広瀬社長との面会後のぶら下がり会見でも、容認する姿勢は見えなかった。しかし、急遽26日になって、東電の原子力規制委員会に、同原発の再稼働申請を容認する事を明らかにした。ベントフィルターの設置位置問題や避難計画の安全確保など、泉田知事が再稼働容認しない問題点が解決したとも思えない段階で、唐突な知事の再稼働への姿勢の変更は、様々な憶測を呼ぶことになっている。

 第二の佐藤栄佐久氏(前福島県知事)になる恐れはないのか?と云う質問に、知事は「ありますね」と答えた事などから、特捜部のターゲットにされる恐れが生じた為ではないかとか、各種週刊誌があることない事繋ぎあわせ、松田賢弥風味の記事を飛ばされる恐れが出たからなのか、大金を受け取り寝返ったとか、もう目茶苦茶な憶測が飛び交っている。事実関係はある程度知ると、泉田知事が、やんやの催促から身を交す便法として、住民の安全に配慮しようとしない規制委員会に、意図的な挑戦状を突きつけた可能性もある。泉田知事が出した容認の条件を、東京電力の新潟県柏崎刈羽原発が満たせる可能性はゼロに近い事実だ。

 10月6日号の「サンデー毎日」には、検察庁が泉田知事をターゲットにした、と云う記事が掲載されている。記事の事実確認は難しいが、地検特捜部関係者のコメントとして、泉田知事の周辺調査は行っている。立件できれば御の字だけど、出来なくても圧力を感じさせることで、原発に対する姿勢を、軌道修正させる助けにはなるだろう、と答えたとされている。検察機構の腐れ度は、今や国民の常識になりつつあるが、公権力と云うものが、既存勢力の保持の為だけに作用しているのだとすれば、体制批判な人々は、力があればある程、存在感が目立てば目立つほど、公権の濫用で踏みつけられる事になる。

 大坪元大阪地検特捜部長の大阪高裁判決(有罪)も、検察のトカゲのしっぽ切りであり、裁判所も同様に、既存勢力の保持の為だけに作用している。何もかにも、日本と云う国は、統治権力やシステムの改革を否定する、歪んだ見せかけの民主主義が根づいた国家になれ果てたようである。ところで、面白い小説が講談社から発売されている。この9月11日に発売された本なのだが、3週間足らずで、多くの書店やネット販売で「品切れ」、予約販売状態になっている。

 小説は若杉冽氏が著したもので「原発ホワイトアウト」(講談社)だ。帯タイトルには【現役キャリア官僚のリアル告発ノベル:原発はまた必ず爆発する】と衝撃的文章が目立っている。
 本の内容紹介には【キャリア官僚による、リアル告発ノベル! 『三本の矢』を超える問題作、現る!!再稼働が着々と進む原発……
 しかし日本の原発には、国民が知らされていない致命的な欠陥があった!この事実を知らせようと動き始めた著者に迫り来る、尾行、嫌がらせ、脅迫……
 包囲網をかいくぐって国民に原発の危険性を知らせるには、ノンフィクション・ノベルを書くしかなかった!】となっており、平和ボケした日本の病巣が露わにされているようだ。

 目次に目を移すと、第1章 選挙の深奥部、第2章 幹事長の予行演習、第3章 フクシマの死、第4章 落選議員回り、第5章 官僚と大衆、第6章 ハニー・トラップ、第7章 嵌められた知事、第8章 商工族のドン、第9章 盗聴、第10章 謎の新聞記事、第11章 総理と検事総長、第12章 スクープの裏側、第13章 日本電力連盟広報部、第14章 エネルギー基本計画の罠、第15章 デモ崩し、第16章 知事逮捕、第17章 再稼働、第18章 国家公務員法違反、終章 爆弾低気圧となっており、リアルタイム陰謀小説としても、大いに関心を抱くものになっている。作品の文章等の筆力については判らないが、テーマだけでも買いたくなる小説である。

 まさか、講談社に何らかの圧力が掛かり、増刷を中止するとは思えないのだが、AMAZONや幾つかのネット販売では品切れ、予約受付になっている。初版で何冊印刷したか知らないが、このような小説が、ここまで売れるとは、著者も講談社も嬉しい誤算だったに違いない。出来るだけ早い増刷が実現するのを待ちたいものだ。しかし、現在の安倍ファシズム政権にしてみれば、許し難い小説であり、検察、原発マフィア、経産省、文部省、総務省にとっても、不愉快な小説なのは間違いない。出来る事なら「発禁宣言」してしまいたいだろうから、今後も講談社の踏ん張りに期待したい。以下に、田中龍作氏のこの小説に関するブログがあったので、紹介引用しておく。

≪ 「新○県知事、逮捕」 現職官僚・告発小説のリアル
 現役キャリア官僚が書いたとされる『原発ホワイトアウト』(著・若杉冽=講談社)が話題を呼んでいる。サブタイトルは「原発はまた必ず爆発する」。  原発という甘い蜜に群がる経産省、電力業界、政界の内情が赤裸だ。さすが「権力の現場」に詳しいキャリア官僚が書いたと思わせる場面が随所に登場する。いま永田町や霞が関では“犯人捜し”が行われているそうだ。
  あらすじ―
 電力業界全体が外部(関連会社)に発注する金額の合計は5兆円にものぼる。関連会社は電力会社の指示にしたがって政治家のパーティー券をさばくだけで相場より15%も高い価格で事業を受注し続けることができる。割高の事業コストを支えるのは「総括原価方式」だ。
 政治家を資金面で支えてきた電力業界だが、フクシマの事故をうけ全ての原発は停止したままだ。このままだと電力会社の赤字は膨らみ政治家の活動資金も細る。
 政と官はあの手この手で原発を再稼働できるような体制に漕ぎ着けた。ところが再稼働に待ったをかける人物がいた。新崎県知事の伊豆田清彦だ。新崎県は関東電力の新崎原発を抱える。
 何としてでも新崎原発を再稼働させたい保守党商工族のドンとエネ庁次官は、伊豆田の失脚を画策する。総理と検事総長の宴席を設け、総理に「エネルギーの安定供給は国の根本ですから」と言わせるのだった。
 「小泉内閣時代は小泉首相の政敵6人が葬られている…」作者(若杉冽)は元参院議員平野貞夫氏の著作『小沢一郎完全無罪―』をひもとく。そして「政権と検察は一心同体なのである」とする。
 検察が動き伊豆田知事は嵌(は)められる。新崎県が経理システムを発注した「藤ソフト」が見返りとして、伊豆田知事の義父が経営するソフト会社「ライフ」にシステム開発を割高な金額で発注した、というのだ。
 システム開発の金額などあってなきに等しい。そこを「割高」として付け込むところがいかにも検察庁らしい。「逮捕ありき」なのだ。
 知事就任前「ライフ」の取締役をしていた伊豆田は収賄の疑いで逮捕される。 この小説にも佐藤栄佐久・前福島県知事の逮捕劇が出てくる。実弟の不正土地取引に絡んだとされ、栄佐久氏は収賄の疑いで検察庁に逮捕される。収賄額はゼロ円という摩訶不思議な汚職事件だった。
 福島原発のプルサーマル計画に反対していた栄佐久知事は、東電の事故隠しにも敢然とした態度で臨んだ。それゆえ小説では関東電力(東電がモデル)が実弟の不正土地取引を仕込んでいる。
 伊豆田清彦知事も佐藤栄佐久知事も、踏んではならない東電という虎の尾を踏んだのである。
   ~原発をテロリストが襲った~
 権限を引き継いだ副知事は新崎原発の再稼働を認める。だが大雪の日、テロリストが高圧送電線を吊った鉄塔をダイナマイトで破壊する。新崎原発は電源を喪失した。
 外部電源車が置かれている高台には大雪のため近づけない。新規制基準では「外部電源車を各原発に配置すること」とした以上、ヘリで電源車を運ぶ方策を別途講じているはずもなかった。海から運ぼうにも大シケで岸壁に近づけない。
 原発は あれよあれよ という間にメルトダウンした。格納容器の圧力は高まる。格納容器の爆発を避けるにはベントする他ない。ベントが始まり住民は逃げ惑う…

  発電所内は そこそこ の警備体制が敷かれているが、送電鉄塔がある場所は無防備だ。新規制基準はテロリストの襲撃を想定していない。全電源を喪失した場合、復水器で冷やせるのはわずか数時間である。メルトダウンは簡単に起こりうる。住民の被曝は避けられないのだ。
 「(新)規制基準は安全基準ではない」。新潟県の泉田裕彦知事は繰り返し説く。だが政府も東電も泉田知事の警告に耳を貸そうとしない。 ≫(田中龍作ジャーナル)

石原慎太郎の『狂った果実』 (貧困なる精神25集)
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安倍首相の発言は広義のインサイダー情報? アベノミクスは買いシグナル?

2013年09月29日 | 日記
イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか (新潮新書)
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●安倍首相の発言は広義のインサイダー情報? アベノミクスは買いシグナル?

 最近の安倍晋三を観察していると、麻薬でも打ったようなハイテンションが10カ月近く続いている。グローバリズムと国家主義が混在した矛盾だらけの政策を実行しようとしているのだから、この先日本が何処に向かっていくのか見当もつかない有様だ。一つ一つ例示する気にもなれない。要するに、国境なき経済体制シフトと国境や国家観念の打ちだす姿勢も鮮明なのだから、開くことと、閉じる行為が同時並行で行われようとしている。そんな論理矛盾を抱えた安倍政権のハンドリングだが、一つだけ共通の認識がある点は重要だ。

 論理矛盾の中にありながら、共通項があることは奇跡だが、これが存在することで、安倍政権の正体を理解する上での糸口になるだろう。この一つだけの共通点と云うのは、国境なきグローバリズム金融世界経済に突き進もうと、国家主義でプチ帝国主義に走ろうと、そのプレィヤーは「国家と企業」であることだ。そのような認識で国家が運営された時、現憲法で明確にしている「主権者は国民」と云う基本概念は、実質的に放棄されることを意味している。

 安倍晋三はアメリカに渡り、一層口は滑らかになり、「Buy my Abenomics」だとウォール街で金融関係者を前に大口を叩いて悦に入っている。動向記者団には、消費税増税に合わせ、復興法人税の前倒し廃止や法人実行税の引き下げを、既成事実のように高らかに宣言している。「法人対個人ということではなく、国民全体の収入を上げていくためにはどうすれば良いか、冷静に議論する必要がある」と使い古されたトリクルダウン論を披露するのだが、株主優位の資本主義が定着し、世界中が危うい金融緩和政策競争に明け暮れているのだから、明日にも第二、第三の「リーマンショック」が起きるわけで、その防衛資金として「企業内部留保」に手をつける経営者はいない。

 「減税が賃金上昇につながる保証はない」と、トリクルダウンの効果への疑問が提示されても、「必ず賃金に反映されるようにしていく」と、日本中の企業のオーナーである気分に浸ったままである。安倍の頭の中は、完全に国家主義者になっている。企業は国家の手足であり、国民は企業の駒である。企業の利益の一部を、駒である国民の一部に還元する支持は、容易に達成できると思い込んでいる。安倍晋三にとって、「アベノミクス」への好評価が強き一点張りになれる原動力なのだが、おそらく、その経緯において、市場を動かす為には、市場を喚起するリップサービスを絶え間なく流しつづけるものだと認識したようだ。筆者はここまで書いて、「インサイダー取引」と云う言葉が浮かんだ。

≪インサイダー取引
  投資判断に影響を及ぼすような、会社の未公開の情報を、ある一定の立場ゆえに知るに至った者が、その情報に基づいて、その情報を知り得ない者と、その会社の発行する株式等の証券の取引を行なうこと。 証券取引法第166条で、会社関係者は、上場会社等の業務等に関する重要事実を知った場合は、その重要事実が公表された後でなければ、当該上場会社等の特定有価証券等の売買その他の有償の譲渡または譲受をしてはならないとしている。
  これに違反した場合は、懲役もしくは罰金に処し、又はこれを併科されます。会社関係者には、当該上場会社等の役職員、帳簿閲覧権を有する株主、法令に基づく権限を有する者、上場会社等との契約締結者などが含まれる。
  なお、会社関係者から業務等に関する重要事実の伝達を受けた者、すなわち第1次情報受領者も、その業務等に関する重要事実が公表された後でなければ、その上場会社等の株式、CBなど特定有価証券等の売買をしてはならないことになっています。
 重要事実には、新株発行など会社が決定する事実、災害による損害など会社に発生する事実、売上高の変化など決算に係る事実が含まれる。
 公表とは、一般紙、通信社、放送局など2以上のマスコミに対して情報を公開後12時間以上経過したことをいう意味します。 ≫(出典:イーコンサルタント)

 インサイダー取引に関しては、企業や私人を取り締まる観点から定められた規則だが、国家ぐるみのインサイダー情報を、国を代表する人間が、これから行う、自国に国策的経済政策の具体的情報を披露し、我が国への投資は有利だと公言し、勧誘することは、奇妙だろう。特に安倍晋三が描く国家像は、“天皇が元首として存在し、その下に国家が存在し、その下に大企業や地方自治体が存在する。そして、その何処かに所属する国民が存在する”と云う図式があるのだから、現在の安倍晋三の発言は、今後、如何にして日本の企業は利益を生み出すかの、未知の情報(カラクリ)を披露していることになる。そして、その情報の下、投資家が日本企業に投資した場合、この一連の日本企業への国策的政策の流布は、厳密ではないが、広い意味の“インサイダー情報の開陳と投資の勧誘”にあたるのではないかとさえ思う。

 この“未だ知りうべきもない未公開情報”を自国企業への投資が非常に有利な状況に変化すると首相が公言し、同じ時期に国内では、財政再建に向け、福祉の緊縮・切り捨て法案の成立が着々と進んでいるのだか、首相の日本企業売り込み発言の脇を固める手際のよさだ。到底、安倍晋三やその取巻きが考え出した「壮大なトリック」とは考えられない。企業はデカ過ぎれば潰せない、嘘はデカければバレない、そんなものだろうか?

縄文の思考 (ちくま新書)
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清々しい秋の空 民主党のみ濃密な靄の中、ぶんどり合戦で金を分け分党せよ

2013年09月28日 | 日記
民主党政権 失敗の検証 - 日本政治は何を活かすか (中公新書)
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●清々しい秋の空 民主党のみ濃密な靄の中、ぶんどり合戦で金を分け分党せよ

 レームダックした「民主党」と云う政党に生き残る術は、今や残っていないだろう。これは“国民の総意”に近い“空気”である。世間の“空気”にも色々種類がある。「民主党」を包む、振り払っても振り払っても、自分達の周りから消えることのないその靄は、粘着力があり、腐臭まで漂っている。なぜ、この“靄”が消えないのか、理由は簡単だ。現在の民主党議員たちの吐く息が、その体温が、にじみ出るガマの油のような粘着性の汗等々が、自らの体内から発せられているのだから、“靄”は払っても、除去装置をつけようと、消えることはない。

 その“靄”の原因が何かと、「なぜ私たちが嫌いなのですか」と云う世論調査をしようかと考えているようだが、あまりにも多くの“嫌われる材料”が提示されるだろう。現在生き残っている国会議員の数以上の、“嫌われる理由”が示されるに違いない。筆者も、その理由を羅列してみようと思ったが、100以上の要因(すべて現実に起こした事実)があり、コラムに書くレベルを逸脱してしまった。

 09年に吹き荒れた“空気”で、なんら政権党としての心構えもないままに、政権党に就いてしまった烏合の衆の、あっという間の花火のような“宴”であった。もう二度と、このような奇跡的風は吹かない。鳩山由紀夫と小沢一郎が抜けた「民主党」には、その全体をまとめ得る人材はゼロだ。全員が、或る政党の一構成員の水準である。各議員は、彼らなりに直近の選挙で当選した、選挙事情があるだろうから、その領分に応じて、死に体となった政党の金庫から、人頭割で金を仲良く分けて、二つでも、三つでも、それ以上でも構いはしない、分党することが、日本政治刷新の“お役には立つ”。そのことを忘れないことだ。

≪ なぜ嫌いですか
 
「なぜ私たちが嫌いなのですか」。民主党がこんな質問を盛り込んだ世論調査の実施を検討している。まとまりのない党内、2009年衆院選政権公約の未達成――。ちまたで言われる嫌われる理由は本当か。「報道各社の世論調査ではすくい取れない民意を党再生に生かそう」と大畠章宏幹事長が発案した。
 昨年末の野党転落後、党改革創生本部(本部長・海江田万里代表)などで立て直し策を議論してきたが、主要な選挙では敗北が続く。大畠氏は26日の記者会見で「民主党はどん底に近い状況だが、どう踏ん張るのかが非常に大事だ」と強調した。
 7月の就任以来、積極的に地方行脚を重ね、地方議員や若手議員と懇談しながら党再生の契機を探る大畠氏。異例の調査はわらをもつかみたい気持ちの表れといえそうだ。まずは「こんな調査は自虐的すぎる」(幹部)という党内の消極論を抑えられるかが問われる。 ≫(日経新聞:如)

PS:民主党崩壊の原因を官僚組織によるクーデターと捉えた面白い本もある。

政権崩壊 民主党政権とはなんだったのか (単行本)
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政権交代 - 民主党政権とは何であったのか (中公新書)
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オバマにすげなくされても、米国ネオコンに縋りつく安倍首相 深慮遠望な胸の内は何か?

2013年09月27日 | 日記
日本最悪のシナリオ 9つの死角
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●オバマにすげなくされても、米国ネオコンに縋りつく安倍首相 深慮遠望な胸の内は何か?

 国連総会で「国連総会の演説を通じて、国際社会における日本の存在感をしっかりとアピールしていきたい」とキリリと語りニューヨーク・マンハッタンにある国連本部ビルに意気揚々と出かけた我が国の安倍総理大臣様は、今回も肝心のバラク・オバマ殿の謁見は叶わなかったようである。隠密でフォーシーズンズ・ホテルの一室で密会したと云う噂も聞こえてこない(笑)。国民の目から見る限り、これほど米国大統領からすげなくされた同盟国日本の総理大臣は皆無だろう。

 しかし、我が国の総理大臣は、米国大統領とは既に充分に信頼関係が築かれているので、無理に時間を調整する必要はないとでも言いたい風情で、兎に角風の便りに聞く、オバマ政権からのミッションを死に物狂いで、実現しようと、国内の世論を二分する重大事を、さも軽々と実行しようと意気込んでいる。筆者は何度となく、安倍晋三の情緒的ナショナリズム嗜好と世界金融勢力が強くプッシュするグローバリズム経済を日本国内に持ち込もうとしている。この論理的矛盾は、真っ赤に白を混ぜピンクな国になろうとしているようなものだ。

 集団的自衛権の実行可能に向け、政権は確実に動いている。我が国の自衛隊が米軍の傭兵となり、必要とあらば、世界の果てまでも米軍傭兵として存在感を示すなどと、世迷言染みた話を本気でしている。少なくともオバマ政権は、日本の自衛隊に、そのような行動を要求している事実はない。仮に忖度外交だとしても、あまりにも急激な方向転換である。何処かで、何かを、重大な誤謬付きでミスジャッジしている可能性さえある。

 ただ、ミステリー小説のようなストーリーを展開させると、“深慮遠望な野心”が見えないわけでもない。“風が吹けば桶屋が儲かる”ように、次々と日本を取巻く世界情勢が変化し、米国も日本の核武装の必要性を容認する、と云う奇想天外な仮想のシナリオに準じた目的を持っているかも?と云う問題は、現実存在する。今年の3月に、米上院の外交委員会で「日本の核武装」が主要な論題となった点を注意深くみておく必要がある。この話題が出たのは、北朝鮮政策の延長線上の話なのだが、仮説の上に仮説を重ねるような議論でもあった。

 北朝鮮が長距離弾道ミサイルを装備した暁の心配をしているのだが、それを非軍事的に阻止できるのは中国だ。しかし、中国は見て見ぬふりをしている。その中国に日本核武装と云う威嚇情報を提示すれば、躍起になって、北朝鮮核問題解決の為に動くに違いない、と云う話の流れで、日本核武装論がオマケのように展開されたようだ。この米国議会の話は別にして、朝鮮半島全体の流動的情勢を鑑み、多くの識者が、「日本核武装」について、論を展開している。今日は、その一端を下記に紹介するにとどめる。なにせ長文なので、読む方も大変に違いない(笑)。筆者の考えは、当面保留しておく。先ずは、船橋洋一氏と田中宇氏のコラムを読んでいただき、夫々に解釈して貰おうと考えている。


≪ 核保有の統一韓国に日本も核武装で対抗を…「日本最悪のシナリオ」提示
 「北朝鮮で内戦が発生する。この機会を生かして統一に成功した韓国は核保有国となる。 日本も核で対抗する」。

日本のシンクタンク「財団法人日本再建イニシアティブ」(理事長、船橋洋一元朝日新聞主筆)が提示した「日本最悪のシナリオ9つ」の一つ、北朝鮮崩壊シナリオだ。

財団は日本が直面した危機を▽北朝鮮の崩壊▽尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐる衝突▽国債金利の暴騰▽首都直下地震▽サイバーテロ ▽伝染病の大流行▽ホルムズ海峡封鎖によるエネルギー危機▽核テロ▽人口減少--の9つで整理した。各テーマ別に「発生する可能性が高い」シナリオではなく、日本の立場で「最悪のシナリオ」に焦点を合わせた。

日本が想定した最悪の北朝鮮崩壊シナリオは、20XX年2月17日の金正恩(キム・ジョンウン)の平壌(ピョンヤン)脱出と弾道ミサイル発射から始まる。弾道ミサイルが落ちたのはなんと平壌。保守派と軍部勢力が金正恩を追放し、平壌を抜け出した金正恩は、直轄の弾道ミサイル部隊を動かし、「平壌勢力」に対する反撃に出る。

内戦に入った北朝鮮は無政府状態となる。韓国大統領は極秘計画「復興」を米国に密かに発動する。「復興」の核心は「平壌での臨時行政府樹立」。南北統一計画だ。混乱の中、一部の北朝鮮部隊がソウルに向けてミサイルを発射し、韓米政府は軍事行動を開始する。北進した韓国軍が平壌に「統一韓国、平壌総督府」を設置し、米中は直ちに国連安全保障理事会を招集する。米中の内部で「非難決議案」採択の動きも出たが、事態の収集が優先という判断で結局は留保される。

中国は北朝鮮進軍を検討するが、中国を牽制するには統一韓国が望ましいと判断したロシアが真っ先に「統一韓国」を承認する。結局、米国・日本・中国も後に続くことになる。統一韓国は日本に「1965年の韓日国交正常化当時、5億ドルを支援したのは韓国を対象にしたものであり、半分の経済援助金を追加で出すべき」と主張し、現在価値換算額100億ドルを要求する。これに対し日本ではナショナリズムが最高潮に達する。

一方、金正恩は韓国側に慈江道にある秘密地下核濃縮施設の存在を打ち明ける。こうした中、米中は統一韓国政府樹立前に「北朝鮮の有事の際、米国と中国が韓半島を共同管理する」と密約した事実が暴露され、韓国のナショナリズムも強まる。続いて統一韓国の第2期大統領は核保有宣言と核拡散防止条約(NPT)脱退、韓米安全保障条約の破棄に動く。これに日本も核武装で対抗し、米国も北東アジア勢力均衡のためにこれを容認する。結局、最悪のシナリオは統一韓国と日本の核保有に帰結される。

財団は昨年5月から9カ月間、日本国内の主要専門家と熟考を繰り返した。政府省庁の元・現官僚の意見も聴いた。こうして作成されたシナリオを根拠に、現行法・制度、官民協力、対外戦略、首相官邸体制、コミュニケーションの面で補完すべき点を提言の形で整理した。

財団はこうした内容を冊子にして来週から市販する予定だ。安倍晋三首相には12日に伝えられた。船橋氏は「リスクを認知して正しい対 策を立てるためには、『こういう話は空想にすぎず、起きる可能性は低い』として無視してはならないと判断した」と述べた。 ≫(中央日報日本語版:「財団法人日本再建イニシアティブ」船橋洋一)


≪ 日本の核武装と世界の多極化 2013年5月15日   田中 宇

 原発で排出される使用済み核燃料からプルトニウムなどを取り出す、日本原燃の青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場は、2006年から試運転中だが、トラブル続きで正式操業が何度も延期されている。日本政府が最近、この工場を今年10月から正式操業することを計画し、米国政府が懸念を表明した。「プルトニウ ムを燃料として使う原子炉が国内で動いていないのに、なぜ再処理を進めるのか。日本は核兵器を作るつもりでないか」という懸念だ。米政府が懸念しているとの報道は、権威ある右派有力紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が5月1日に行った。反原発メディアが発したのでなく、右派有力紙の指摘だけに、日本で増殖した右派の人々も事実として受け止めざるを得ない。 (Japan's Nuclear Plan Unsettles U.S.)

 日本政府の原子力規制委員会は、今年中に原発や核燃料に関する新たな安全基準を策定する予定で、新基準は従来の基準より厳しくなる。新基準ができる前に再処理工場の正式稼働を認められないと、同委員会は反対している。 (U.S. Opposes Japan's Nuclear Plan)

 プルトニウムを主たる燃料に使う高速増殖炉は、一般の軽水炉より危険度が高く、日本に一機だけある高速増殖炉「もんじゅ」は、事故や故障が続いて運転を停止したまま、再稼働のめどが立っていない。プルトニウムは、ウラン燃料と混ぜて軽水炉の燃料(MOX)にできるが、国内原発50機のうち動いているのは2機だけだ。急いで新たな燃料を作る必要はない。MOXを軽水炉の燃料として使うことの安全性も確立していない。日本には、フランスで再処理してもらったプルトニウムもある。

 日本は現在、新たなプルトニウムを核燃料として必要としていない。米政府が「日本は核兵器を作るつもりか」と勘ぐるのは当然だ。六ヶ所村の再処理工場がフル稼働すると年間9トンのプルトニウムを抽出できる。核兵器2千発分だ。安倍政権の周辺からは、日本が核武装すべきとの世論を盛り上げようとする動きがある。日本外務省は、06年9月に、日本が核兵器を作るとしたら3-5年の時間と3000億-5000億円の経費がかかると試算した核武装 議論のたたき台となる報告書を作っている(報告書を、防衛省でなく外務省が作った点に注目)。日本は核兵器を作る方向を模索していると考えられる。 (Is Japan Developing a Nuclear Weapons Program?)

 現実を見ると、六ヶ所再処理工場の正式稼働は困難だ。政府内で六ヶ所を正式稼働させたい勢力がいることに対抗し、原子力規制委員会は5月 15日、プルトニウムを燃やす「もんじゅ」について、1万個の機器に点検漏れ(保安規定違反)があったことを理由に、再稼働に向けた準備をやめるよう命令した。もんじゅが動くめどがなければ、六ヶ所の正式稼働を急ぐ必要も減る。この決定は、六ヶ所正式稼働を急ぐ政府内勢力に対する原子力規制委員会からの反撃だ。日本政府の中枢で、核武装したい勢力としたくない勢力がいて暗闘している感じだ。

 最近、もんじゅだけでなく、一般の軽水炉の再稼働を困難にする決定がいくつも出されている。原子力規制委員会は5月14日、福井県の敦賀 原発2号機の直下に活断層があると判断する決定を下し、敦賀2号機は廃炉の可能性がぐんと高まった。青森県の東通原発の敷地内でも活断層が見つかり、建設中や完成後数年しか経っていないのに廃炉の可能性が高まっている。今夏は電力各社が電気を安定供給できそうだとの見通し記事も出た。電力を安定供給できるなら、国民の不安を押しのけて原発を再稼働する必要がない。以前の記事で予測したとおり、国内原発の再稼働は拡大しそうもない。稼働中の福井県の大飯3、 4号機も、次回の定期点検で運転停止した後、再稼働できるかわからない。 (日本の原発は再稼働しない)

 安倍政権の肝いりで、日本企業がトルコで原発新設を受注しそうだという報道が出る半面、米国では原発の新規建設が次々と頓挫し、原発の新設が全くできない状況になっている。シェールガスブームなどによる石油ガス相場の低下もあり、原発新設が相次ぐと予測され「原子力ルネサンス」と喧伝された数年前に比べ、米国の状況は激変した。 (Nuclear Power Falters, Engulfed by 'Cauldron' of Bad Luck)

 先進諸国では原発がすたれていきそうな半面、中国と韓国は、日本が核燃料の再処理を稼働したがるのを横目で見ながら、日本に負けない核燃料再処理をやりたがっている。これまで再処理を自国内でやっていなかった中国は、フランスの政府系原子力産業アレバに再処理工場の建設を発注した。日本の六ヶ所と同規模の再処理工場だ。韓国は、米国と締結している原子力協定を改定し、これまで同協定で許されず米国に委託してきた核燃料再処理を自国内でやり たいと言い出している。日本がプルトニウムを増産するなら、うちも負けられないというわけだが、米国は韓国の要請を断っている。日本の核燃料再処理の拡大は、中国や韓国が対抗して再処理を拡大する動きを呼んでいる。米国はこの点も懸念している。日本が再処理拡大を通じて核武装し、対抗して韓国も核兵器を持ち、中国は保有核兵器を増やすかもしれないからだ。 (China approaches reprocessing commitment)

 米国の懸念が当たっているなら、日本は急いで核兵器を開発しようとしている。日本が急いでいないなら、先にもんじゅや軽水炉群を再稼働していき、プルトニウムを核燃料として使う必要があることを世界に示し、世界に納得してもらってから再処理工場を正式稼働すればよい。そうした気の長い話をすっ飛ばし、国内原発がほとんど稼働していないのにプルトニウムだけ作りたがる日本は、急いで核武装したがっていることがバレバレだ。

 日本が急いで核武装したがる理由は何か。北朝鮮の核武装か。中国の脅威か。私が見るところ、本質はいずれでもない。日本政府、特に、核武装の計画書を書いたことがある外務省が考える至上の国是は対米従属だ。北朝鮮や中国の脅威拡大は、日本が米国の核の傘にしっかり入る好機であり、むしろ日本が核を持たず丸腰であり続けた方が、日米同盟の強化に好都合だ。 (尖閣問題と日中米の利害)

 それなのに日本外務省は、逆に日本が核武装したがっていると世界に思わせてしまう核武装計画書を作った。外務省がこんなことをするのは、日本が米国の核の傘の下に居続けられない可能性が高まっているからだろう。そうでなければ、いくら秘密裏でも、報告書など作らない(外務省は日本が機密性の低い国であることを熟知している。政治家が官僚を外してこっそり独自策をやろうとするたびに、それをマスコミにリークして潰すのは外務省自身だ)。外務省は、米国側の認知を得つつ、核武装計画書を作った可能性が高い。米国はすべて把握した上で懸念を表明して見せている。

 昨年あたりから、日本政府の高官が「米国には、日本の防衛を米軍に頼らず自前でやれと言われており、わが国もそのつもりだ」と表明する頻度が増している。日本で防衛庁が防衛省に昇格した07年には、すでにこの傾向が始まっていた。米国は、イラク占領が泥沼化した05年ごろから財政の浪費がひどくなり、08年のリーマンショック後の金融救済で浪費が激増し、外国を守るために金をかけられなくなった、 (日本の孤立戦略のゆくえ)

 オバマ政権は一昨年から「アジア重視(中国包囲網)」の戦略を掲げているが、これは日本などアジアの同盟諸国から金や市場アクセスの利権を巻き上げるための政策にすぎない。中国は米国の大企業にとって金のなる木だ。米国は、大企業と金融界が最大の権力を持つ国だ。米国は、中国と本気で対立する気などない。オバマ政権は2期目に入り、財政赤字削減を本格化し、外国への軍事駐留費用をさらに削ろうとしている。 (米国の「アジア重視」なぜ今?)

 米国は財政面だけでなく、国際政治の影響力(覇権)の分野でも、自国の力の低下を容認している。中東では、シリアやイランやパレスチナの政治問題が、米国主導から中露などBRICS主導による解決態勢へと切り替わり始めている。 (◆大戦争と和平の岐路に立つ中東)

 日本が得意とするはずの貿易の分野でも、WTOの事務局長がブラジル人のアゼベドに代わり、WTOの主導権が米欧からBRICSに移る流れが加速することになった。アゼベドは貿易交渉の専門家だが、米国主導で築こうとして頓挫しているドーハラウンドをBRICSが潰したときの張本人だと、 権威あるWSJが指摘している。WSJの記事の題名は「(アゼベド就任による)WTOの衰退」だが、この「衰退」は欧米日から見た視点であり「WTOは BRICに乗っ取られ、米欧にとって損な機関になる」という意味だ。日本がWTOにそっぽを向いてTPPにうつつを抜かしている間に、WTOは非米・反米 的なBRICSに乗っ取られている。 (The Decline of the WTO)

 BRICSの台頭、つまり世界が米国の単独覇権体制から多極型の覇権体制へと展開する流れが確定的になっている。トルコはNATO加盟国だが、その一方で、NATOのライバルである中露主導の上海協力機構に入ることにした。NATOの主導国である米国は、トルコの動きを黙認している。 (Turkey Sees Future in Asia With Joining SCO)

 それどころかオバマはイスラエル訪問時、トルコのエルドアン首相に電話して、ネタニヤフを電話口に出して謝罪させ、イスラエルとトルコの 和解を仲介した。米国では右派のWSJが、今後のシリア内戦終結に向けた交渉で、米国とトルコが協調して主導役をすべきだと書いている。 (Needed: A Turkish-American Plan for Syria)

 米国の覇権が縮小して中露の台頭が加速している。米国主導のNATOがアフガニスタン撤退とともに有名無実化(EUは軍事統合でNATO不要になる)する一方で、中露主導の上海協力機構が中東などユーラシア西部の管理者になりそうだ。トルコが上海機構に接近するのは当然といえる。米国は、NATOに居続けながら上海機構に入るトルコの動きを黙認するのだから、日本が日米同盟を堅持しつつ中露と仲良くしても黙認する可能性が高い。 (アフガンで潰れゆくNATO)

 米国の覇権を支えてきたドルは不安定さを増している。金融危機が再発したら、覇権の多極化が決定的に進む。米国の覇権が蘇生する可能性は減りつつある。日本政府が、国民の将来を考えるなら、日米同盟を維持しつつ中露との協調を深める「トルコ式」をやるのがまっとうだ。いまさらだが、鳩山元首相は「宇宙人」などでなく、実は良い日本人だったことになる。長期の国益を考えるなら、尖閣問題で中国と対立し続けるのは愚策だ。 (多極化に対応し始めた日本) (尖閣で中国と対立するのは愚策)

 国民の大多数が中国を嫌いなら、好きなように中国と対立すれば良い。安倍政権は選挙で圧勝して民主的に選ばれたのだから、好きなようにやって良い。ただし、アベノミクスは日本の財政破綻を招く可能性が高いし、中国との長期対立は日本を国際的に孤立させる。日本はおそらく子孫の代に、国民の生活水準として、中国より貧しい国になる。日本人は民主的に自滅の道を選択した。清貧は日本人の気質に合っている。 (財政破綻したがる日本)

 すでに書いたように、外務省が核武装計画書を書いたのは、米国の覇権衰退と多極化が進み、日本が対米従属できなくなる可能性が高いと知っていたからだ。多極化への対応策なら、静かに軸足を多極側に移していくトルコ式や鳩山式(小沢式)の方が良いのだが、外務省をはじめとする日本の官僚機構 (とその宣伝機関であるマスコミ)は鳩山小沢を潰すことに全力を傾け、安倍を担ぎ出し、中国との敵対を意図的に強めつつ、対米従属一本槍を続け、その一方で対米従属できなくなった時への備えとして核武装を模索している。

 日本は戦後、戦争反対と核廃絶を掲げて「平和を愛する」国だった。戦争放棄の憲法は過激だった。今の日本は、反戦反核の過激さから、核武装や好戦性の過激さへと、極端から極端に転向している。日本人が好きだったはずの「中庸」は吹き飛んでいる。戦略性に富むなら極端から極端でも良いが、今の日本の動きからは戦略性が感じ取れない。

 日本の上層部(官僚)は「米国が覇権を失って中露などが台頭するなら、その前に核武装しよう。いったん核武装してしまえば、誰も廃絶を強要できまい」と思っているのかもしれない。しかし、この考えは甘い。日本は貿易立国だ。核武装を世界から非難され、経済制裁されたら半年も持たない。日本が核武装するとしたら数年後だが、そのころには国連の主導権は中露など非米反米諸国に移り、米国は日本を支持しても国連を動かせなくなっている。 (国連を乗っ取る反米諸国)

 核武装するなら、日本はNPTから脱退せねばならない。それは、国際社会での日本の孤立を象徴する事件になるだろう。日本は戦前に国際連盟から脱退して独伊と組んで戦争にのぞみ惨敗した。今またその愚行を繰り返そうとしている。戦後の日本は、二度と「負け組」に入らなくてすむよう、安保や外交の権限を放棄して米国に預け、事実上の米国の植民地となる道を選んだ。だが、日本はその後の60年間に世界のことを何も学ばず、考えず、結局のところ、米国覇権が崩れそうな今、戦前と同じ失策を繰り返そうとしている。

 日本が、北朝鮮のように飢餓に直面しても国家や社会を維持していく根性や貧困甘受性、もしくはイスラエルのように世界を動かす謀略や恫喝の力があるなら、世界から制裁されてもやっていけるかもしれない。しかし今の日本には、そのどちらもない。日本には、核兵器を持つために必要な心構えや洞察力(世界の動きを見抜く目)がない。

 そもそも日本は、1列島1民族1国家の「天然の国」であり、深い実体がある。北朝鮮やイスラエルのような、頭でっかちで人工的で、はかない「歴史のあや」とも言うべき浅い実体の国々と根本的に違う。(アシュケナジと呼ばれる今のイスラエル人の多くは、古代のダビデの子孫でなく、スラブ系民族の東欧の農奴の末裔だ) 日本は無理して核武装する必要などなく、島国で、世界のことに無知で、のほほんとしていてかまわない国のはずだ。

覇権の起源(2)ユダヤ・ネットワーク http://tanakanews.com/080829hegemon.htm

 イスラエルと並んで米国の覇権戦略を牛耳ってきた英国は、早々と核兵器を放棄したがっている。英国も従来、日本と同様に、米国との同盟関係を何よりも大事にしてきた。米国の覇権が崩れている今、英国は自衛力を高めるため、手持ちの核兵器を大事にしたり、新たな核兵器を開発したりすべきかもしれない。しかし現実の英国は、自国から分離独立しようとするスコットランドに核兵器を押しつけるかたちで核兵器を手放そうとしている(英国の核兵器はスコットランドの基地にある)。 (`Nukes may delay Scottish independence') (Trident risk by Scot independence warned)

 この英国の行動は何を意味するか。英国ほど、国際政治を熟知し、世界の先行きに敏感な国はない。今の国際政治の体制を200年前に作ったのは英国だ。その英国が、これからは核兵器を持たない方が有利だと考え、安上がりな方法で核兵器を手放したがっている。今後の世界は、核兵器の抑止力が大幅に低下するということだ。どのようなシナリオで、核兵器の抑止力が無効になるのか、私はまだ納得できる分析や情報を得ていない。だが、この15年あまり 国際情勢の精読を試みてきた私には、世界の先行きが英国が予見するとおりになるという確信がある。

 英国は中国にすり寄り、ロンドンを世界最大の人民元のオフショア市場に仕立てようとしている。最近英国のキャメロン首相とフランスのオラ ンド大統領が相次いで中国訪問し、中国政府は左派のオランドを大歓迎した半面、右派のキャメロンを冷遇した。キャメロンは、それでもめげずに中国にすり寄っている。英国は、多極化が進んで中国が経済成長し続けると予測している。 (Chinese roll out red carpet for Hollande)

 英国が予見するとおり、今後の世界で核兵器の抑止力が低下するとしたら、それは、多極型に転換した後の世界が、今より外交重視、戦争回避の傾向になることを意味する。中国やロシア、イランなど、多極型世界で台頭しそうな国々は、好戦的で独裁的な国というイメージだが、実のところ中露イランよりも、覇権末期のこの10年あまりの米国の方がずっと好戦的だ。多極型世界が今より外交重視になるなら、多極型に転換した国連が主導する、核廃絶を拒む国に対する経済制裁が効果を持ち、核の抑止力より外交の抑止力が強くなるだろう。このシナリオだと、英国のめざす核廃絶が納得できる。また、以前から書いている「オバマの核廃絶」の構想とも合致する。 (オバマの核軍縮)

 英国による先読みが正しいとしたら、日本の核武装は全くの愚策だ。日本人がいくら否定しようが「やっぱり日本は戦前と同じ好戦的な国で、靖国神社や南京虐殺や慰安婦の問題もすべて日本が悪い」という見方が世界的な「真実」になってしまう。日本は簡単に「極悪非道」に突き落とされる。今後の世界で軍事より外交が主導になるなら、外交官の能力が問われる時代になる。日本外務省にとっても本領発揮のチャンスだ。しかし現実のところ日本外務省は、核兵器開発の計画書を作ったりして、英国外務省と対照的に世界の先読みができず、自ら外交能力が低いことを露呈している。

 北朝鮮の核武装は、いずれ核廃棄する見返りに米韓中からいろいろな恩恵をせびりとるための政治の道具に使われそうだ。日本政府の特使として飯島参与が訪朝したことから考えて、近いうちに6カ国協議が再開されるのでないか。北は、核廃絶するときに恩恵を被る。しかし、対照的に日本の核武装は、日本に、経済制裁による貧困、日本の国際的な評判と地位の劇的な低下、日本人が世界から尊敬されてきた状況の喪失、最終的に極悪非道のレッテルを貼られつつ核廃棄させられた上、中国人や朝鮮人から恒久的に中傷罵倒されて黙っていなければならない屈辱感など、自滅的に悪いことばかりを引き起こす。

 今の日本人は、マスコミや官僚が作り出す雰囲気に簡単に流され、自国の自滅につながる策に賛成している。まったく情けない。私を「そんなに中国や北朝鮮を勝たせたいのか売国奴」と罵倒する前に、よく考えた方が良い(考える際の基礎になる情報が日本語マスコミの中に皆無なので絶望的だが)。  ≫ (田中宇の国際ニュース解説)

核大国化する日本 平和利用と核武装論 (平凡社新書)
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財政赤字で長期金利が低位安定のカラクリ 0.5~1.0~0.67%に落ち着くまで

2013年09月26日 | 日記
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●財政赤字で長期金利が低位安定のカラクリ 0.5~1.0~0.67%に落ち着くまで

 いつもの珈琲ショップで、昨日の朝日新聞朝刊に目を通していたら、「国債暴落のトラウマ」と云う見出しで、黒田日銀は当初、異次元金融緩和で、長期金利を低め誘導しようとする明確な目標を持っていた。ところが、いざ金融緩和が始まると、長期金利は0.5%から1.0%に、アレヨアレヨと言う間に跳ね上がった。日銀内部は大混乱の極みだったそうである。黒田総裁は平気な顔を装ったが、まさに青天の霹靂だったに違いない。1.0%の長期金利では、国債の利払いでアウトだ。財政のひっ迫は最終段階を迎え、「はい、デフォルト!」と宣言されるからである。

 朝日の記事によると、慌てふためいた黒田日銀は、債券市場に参入している大手金融機関に「これ以上、国債を売るな!」と恫喝したと云うのだそうである。マスメディアが報じなくても、それ以外に長期金利1.0%高騰が0.67程度で安定している理由の説明がつかないからだ。アベノミクスとチヤホヤされる自民党の奇想天外な金融経済政策が的を射る可能性は数%の確率なのは、概ね気の毒な事実と考えている。それにしても、未曾有の財政赤字を抱えた日本国債の金利が1.0%以下で抑えられているか、そもそものカラクリをおさらいする必要があるだろう。以下に、古い記事だが基本の基を判りやすく書いてあるコラムがあったので、掲載しておく。ただし、このコラムを全面的に支持しているわけではない。

 ≪ 日本国債、なぜ低金利?
 ユーロ圏で起こった債務危機。政府の債務残高の増加がデフォルト(債務不履行)を引き起こすのではと懸念され、ギリシャ国債の長期金利(新発10年物国債の流通利回り)は30%以上に上昇(既発国債価格は下落)した。一方、GDP(国内総生産)比200%を超え世界でも飛び抜けた債務残高水準にある“借金大国”日本。しかし、日本国債の長期金利は1%前後で低位安定している。なぜなのか。千葉商科大学大学院教授の伊藤宏一さんに聞いた。

 「国の借金、増え続けると危険」
 注目されているギリシャの財政。償還期限を迎えたギリシャ政府発行の国債が償還できない(デフォルト)となれば、イタリアなどほかのユーロ経済圏の国債にも影響を及ぼすことは必至だ。それが、きっかけとなって日本を含む世界主要国の長期金利が上昇して、すでに発行されている国債価格が下落すると懸念されている。
 このギリシャの債務はGDP比160%の水準、これに対して日本は200%を超える。この数字だけをみると、日本がギリシャより金利が高くてもおかしくはない。なぜ、日本は低位安定しているのか。
 「それは、日本の銀行が国債を買っているからです」と伊藤さんは話す。銀行はわれわれ国民の預金を企業に貸し出そうとするが、デフレ下で企業の設備投資意欲が低いため借り手が少ない。そのため銀行は運用を図るために国債を購入し、間接的に国民が国債を購入しているという構図になっている。

 巨額の対外純資産
 銀行が国債を購入している資金は国民の預金だけではない。企業が銀行に預けた余剰資金も間接的に国債を買い支えている。さらに巨額の海外資産もある。
 「日本の対外純資産は250兆円以上あるといわれています。そこから生み出される利子や配当収入が月1兆円、年間では12兆円にもなるのです」と伊藤さん。
 一方でギリシャは発行する国債のほとんどを外国が買っている。そのため政情不安や財政危機ということがほかの国に伝わると新発国債の金利を上げないと売れないため、金利が高くなる(既発国債の価格は下落)というわけだ。
 そもそも、こうしたユーロ危機が起こったのは2008年のリーマン・ショックが原因だ、と伊藤さんは言う。「この時、金融危機を食い止めるために各国が財政出動をしたんです」。国債を大量に発行して得た資金で内需拡大や雇用対策などを行い、危機は収まったかにみえた。しかし、今度は各国政府の債務が大き な問題になってしまったのである。

 ローン負担増も
 金利が上昇するとわれわれの生活に及ぼす影響は大きい。特に住宅ローンを変動金利で組んでいる場合、金利が上昇して返済負担が重くなったりする。
 日本では、今のところ国債を新規に発行しても銀行などが購入しているため、ギリシャのような状況になるのは予想しにくい。しかし、「5年、10年先となると話は別。このまま借金が増え続けるのは危険」と伊藤さんは警鐘を鳴らす。「1400兆円といわれる個人金融資産がだんだんと目減りしていき、今後3 年〜5年で新発国債を購入しきれなくなるという見方がある」と話す。そうなると海外からの購入に頼らざるを得なくなったギリシャの二の舞いだ。
 それまでにやらなくてはいけないのが財政再建。国の予算は年間支出が90兆円を超えているのに収入は大幅に下回っており、およそ半分を国債という借金で賄っている状況。ファイナンシャルプランナー(FP)でもある伊藤さんは、「収入の4割が借金返済になると家計は破綻する」と話す。そうならないための支出削減策として、国会議員の定数減や公務員給与引き下げ、国の無駄な資産売却などを挙げている。 ≫(「定年時代」:お茶の間けいざい・千葉商科大大学院教授・伊藤宏一さんに聞く)

 敢えて、国債価格や長期金利に疎い読者のために引用したので、「ふざけるな!こんなことは常識だ」と云う方々は飛ばして頂いても結構である(笑)。しかし、いくら持ちつ持たれつの関係にある、日銀と金融機関だからと云って、準公的権力を持つ日銀が、その政策の誤謬の発覚を糊塗する為に、自由であるべき市場に介入することは、傷を深くすることに繋がるのではないのだろうか。地雷をより深く埋めたとしても、その危険性が除去されるわけではないので、危険が一気に噴出した時は、軌道修正が出来なくなる恐れもある。

 本日、日銀は2兆円以上の金融機関の長期国債やCPを買い入れるため、金融機関が日銀に預け入れている当座預金が100兆円に達するそうである。しかし、極論すれば、債券市場に流しこんだ中央銀行の異次元金融緩和のマネーが中央銀行と金融機関を繋ぐクローズドなパイプラインの中で循環するばかり、本来の目的である、マネタリーベースを増やすことで、民間の経済活動の活性化には貢献していない事実が、如実に現れている。

 これでは、見せかけ“張り子の虎”のような異次元金融緩和に過ぎないだろう。市中に一切金は出て行かないではないか。僅かな設備投資の統計数字が改善したと、藁をも掴むような話に飛びついているが、論理的に国内の設備投資が上向く基盤はどこにも見当たらない。日銀黒田は、守備範囲でもない政府の税制に言及、「消費税を予定通り増税しなければ、日本国債の信用低下に繋がる」と語り、腹いっぱいに抱え込んだ日本国債の暴落に戦々恐々だ。

 しかし、形式だけ整えても、金融機関の日銀預け入れ当座預金が増えるだけのクローズなサイクル・パイプラインを循環するに過ぎない金融緩和であれば、汚染水は漏れないことが肝心だが、閉鎖循環装置の中に入れておいて、市中にマネーが漏えいしないことには、まったく意味がない。いっそ、国民一人当たり3万円ほど、有り余ったマネーの分け前を配分した方が効果的でさえある。霞が関の金食いフィルターを通過しない分、経済活性化には有効かもしれない。

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“笛吹けど踊らぬ”景気 金融政策にしがみつく世界経済、グローバル経済の終焉

2013年09月25日 | 日記
移行期的混乱: 経済成長神話の終わり (ちくま文庫)
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●“笛吹けど踊らぬ”景気 金融政策にしがみつく世界経済、グローバル経済の終焉

 最近筆者は、つくづく、人類の進化の限界が近づいたのではないか、と考えることが多くなった。特に厭世思考が強い人間でもないが、特に先進諸国の文明が、これ以上を発展することを地球は望んでないのではないか、と感じる出来事ばかりが起きている。世界の景気も、米国・EU・日本の中央銀行の金融政策と、それに連動する政府の政策がセットのように一体化し、景気の下支えをしている。しかし、その手法も、ほぼ限界であることが各国のマーケットに現れている。

 安倍晋三は“アホのミックス”が、“息するように嘘を吐く日本の総理”と云う言説を覆そうと、必死のアピールに余念がない。筆者としては、彼の経済政策にせよ、外交防衛姿勢にせよ、何ひとつ評価するものはないのだが、バカの割には、必死で“辻褄の合わない雑多な考え”を実現可能だと証明しようと必死な姿勢は、幾分“武士の情け”のような気分で同情する瞬間がある。しかし、“いやいや、情に流されてはイカン!”と自らの情緒を戒め今日に至るのだが、せめて経済界の日陰の妾のような卑屈な態度を見るにつけ、雇用と賃金くらい、経済界も安倍首相の顔を立ててやっても罰は当たるまいと思う時がある(笑)。虚しく聞こえるばかりの、安倍晋三多々ある主催会議の一つ「政労使会議」が20日に地味に開かれた。以下は朝日の報じる記事である。

≪ 首相、賃上げ・雇用拡大求める 政労使会議
 安倍晋三首相は20日、政府、労働界、経済界の代表による「政労使会議」の初会合を首相官邸で開いた。首相は「経済がプラスに反転する動きが出ている。企業収益、賃金、雇用の拡大を伴う好循環につなげられるかどうか勝負どころだ」と述べ、賃上げや雇用拡大への協力を求めた。
 首相は会合で「成長の好循環実現のための課題について、共通認識を醸成する。政府としても思い切った対応を検討していく」と語り、早期の法人実効税率引き下げを含めた環境作りを進める考えを表明した。
 これに対し、経団連の米倉弘昌会長は「企業が力をフルに発揮できる環境が整備できれば、雇用も上がるし賃金も上がっていく」と主張し、法人実効税率引き下げに期待感を示した。連合の古賀伸明会長は「デフレを脱却して持続的な経済成長をするためには、国民所得の向上、将来に対する不安の解消が大前提だ」と訴えた。
 首相は来春に消費税率を8%に引き上げた場合の家計への影響を懸念。経済界、労働界に対し、賃上げや雇用拡大といった労働環境の改善に向けた取り組みの強化を促すため、この日の会合を呼びかけた。 ≫(朝日新聞)

 安倍首相は、少なくとも民主党の野田佳彦に比べれば、自分が自然体で物事を判断すれば、必ず間違いを惹き起すと云う自覚がある点は評価できる。ただ、安倍晋三ファンのバックボーンと、官邸の政策は必ずしも言行一致の整合性はない。おそらく、フェチのように安倍晋三の心情右翼思想を好んでいる支持層(2チャンネラ)と現実政治のブレーンとの乖離に心を砕いている部分も多々ある。しかし、既得権益勢力は、永遠の存在であり続けようとするわけで、一時の政権の顔を立て、自らの地位を危うくしようと云う輩は皆無なのが、市場原理の運命である。

 特に、連合などと云う労働界を代表するような顔をしているが、いまや「表見代理」の様相を呈し、到底労働者の立場で、物事を考える思考経路など、毛ほども持たない労働代表なのである。官公労や日教組中心の、単なる政治圧力団体の一つに過ぎなくなっているのだから、この連合の古賀伸明会長と、裏も表も“銭ゲバ”の、経団連の米倉弘昌会長がどんな考えを持っているか、推して知るべしなのだ。職を滅多な事では失いことのない小役人らの労働団体と、モンサントの銭ゲバが話し合いなどすれば、民間、特に民間一般勤労者に光のあたる話し合いなどするわけがない。

 今後、日本の社会が、グローバル世界から、一歩退くイデオロギーの大転換を起こさない限り、衰退する先進諸国経済に呑みこまれるのは必定で、大企業が業績をアップさせたからと言って、賃金に反映させることはあり得ない。労賃は、限りなく低い方向に流されるのは、グローバル経済の宿命であり、企業が分配しない、と怒っても合理性は認められない。共産党が、内部留保が10倍、20倍になったと息まいているが、グローバル経済下では回避できない宿命であることを語らなければ、共産党の志位の話も冗談になる。小沢一郎も、その辺の意志表示は曖昧なので、彼の日本のありようには、幾分違和感を憶える。おそらく、そのことを説明にするには、日本人の民度が、あまりに貧弱な為だろう。

天佑なり 上 高橋是清・百年前の日本国債
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野田の犯した罪 一つは民主を崩壊させたこと、もう一つが原発事故「収束宣言」だ

2013年09月24日 | 日記
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●野田の犯した罪 一つは民主を崩壊させたこと、もう一つが原発事故「収束宣言」だ

 今さらだが、野田佳彦などと云う“季節外れのオバケ”を引きあいに出すのは恐縮だが、原発汚染水のコントロールが儘ならない段階で、安倍が「汚染水は政府のコントロール下にある」とIOC総会で招致演説をしたのには腰を抜かしたわけだが、そもそも論で言うならば、野田の壮大な嘘「原発事故収束宣言」が唐突に出されたことにすべての責任がある。野田が民主党を大敗北させ、易々と下野させた罪も、断罪に値する罪だが、民主党と云う糞政党の憂き目であり、民主党政治家の総ざんげ、と受けとめることも可能なだけ救いがある(笑)。

 いま「世界」の10月号を読んでいる。無論、今でも“フクイチ事故(福島第一原子力発電所)”の現場では、日夜休みなく現場作業員の放射能との闘いが演じられている、到底冗談でも“収束”等と云う言葉を使ってはいけない状況だ。「福島第一原発作業員」と云うルポタージュ(片山夏子)があるのだが、現在の原発作業員の悲惨な実態がルポされている。その中で、ひと際筆者が興味を持ったのは、野田の「収束宣言」以降、劇的に作業員の労働条件が悪化したと云う部分だ。

 2011年12月、野田政権は唐突に放射性物質の外部流出抑える「冷温停止状態」と発表し、事故そのものは収束に至った、としたのである。なんだか、嫌に遠い昔の出来事のようだ。しかし、たしかにそのように野田は言った。霞が関用語に包まれているとしても、国民の多くが懐疑的耳を疑ったわけだが、公式には「収束」の言葉が一人歩きをしてしまい、あちこちに悪さをして歩き、事故対応のあらゆる面に、悪影響を及ぼしているようだ。この収束と云う考え違いが、その後の、原発再稼働や原発輸出と云う暴挙に繋がっている。

 単に、原発労働者の苦労話に共感するとか、そう云う問題ではなく、原発作業員が日本から居なくなるような事態まで想定できるのだから、忌々しき潜在的原発放射能汚染の危機なのである。何故、原発作業員がいなくなるかと云うと、早い話が原発作業員の被ばく線量は、上限は5年間で100ミリシーベルトとし、1年間20ミリシーベルト以下で管理することが建前になっている。しかし、放射線量の高い場所では、毎時30ミリ~100ミリシーベルトと云う現実があるので、一人5分~10分の人海戦術が取られている。それが今のフクイチの現場の実情なのだ。そうなると、被曝線量の高い区域の作業要員が不足する事態になる。既に2年半が経過し、原発作業から引退したベテランの作業員はおびただしい人数に達している。つまり、7次下請けとか色んなことが言われるが、最終的には原発作業員の枯渇問題に突き当たると云うことになる。

 枯渇する以前の現在でも、問題は限りなくある。原発の作業員の放射能被曝問題は現在でも多くの問題を抱えている。上述のように、年間被ばく線量や5年間の被ばく線量が定められているので、作業員は、その許容量を超えると「解雇」と云う道が待っている。そうなると、「被ばく隠し」をしないと職を失う。或いはひ孫請けの企業自体が原発作業の要員を準備できず倒産の憂き目を見る。こうなると、作業員も請負企業も「被ばく隠し」をするべくしているジレンマに襲われることになる。

 本来であれば、政府か東電が、原発作業員の被ばく線量が過大にならないよう労務管理に気を配るべきだが、まったくそんな問題は自己責任、と言わんばかりになっている。東電の一次下請けの作業員の場合、高線量作業と低線量作業の組み合わせで、リスクを回避しているようだが、二次、三次以下のことは、誰ひとり考えもしない。しかし、毎時100ミリシーベルトを超えるような現場作業は、ひ孫請けの下請け企業の作業員が行うことが多いのだ。

 この野田佳彦の、根拠なき「事故収束」という文言が独り歩きし、“死に物狂い”で事故に立ち向かう姿勢を、あらゆる方面の関係者に与えた。特に東電に事故収束の後始末をさせることにした政治家や官僚は、事故前と変わらない無責任要塞の祠に籠ってしまった。現場では、放射能が目に見えて減少しているわけでもないのに、全面マスク重装備は大袈裟だとして、装備の緩和が進んだ。また、この緊急体制を解くことによって、収束作業への契約方式が、コスト重視に切り替わった。コスト優先が続けば、請負企業側も経費削減に血道をあげることになる。

 その結果、日当の切り下げや危険手当の打ち切りを企業側は堂々と言えるようになったのだから、労働条件は悪化の一途だ。このコスト削減で競争入札は激化し、従前から原発作業を請け負っていたベテラン技術者を抱える企業が落札できない事態が起きている。被曝線量が基準値を超えると云う問題とは別に、ベテランの被術者が次々と、フクイチの現場から姿を消すことになる。従来であれば、殿さま商売に徹している「東電」の仕事は、美味しかった。しかし、東電の殿さまと云う地位は遠の昔に失われ、社外取締役らが東電の公共事業性を無視して、資本原理を要求するに至っている。つまり、原発の収束作業をする事に、利益重視の概念を持ち込む本末転倒が展開されている。

 現在フクイチで原発作業をしている作業員の給料は、年収に換算すると300万程度にしかならないそうである。民間企業の経営原理を持ち込んだ東電フクイチの仕事は、今では美味しさのなくなった仕事になっている。これは、東電の元請けの下に何重もの下請け企業が連なることで起きる、給与のピン撥ね現象でもある。上位下請けの作業員の日当は危険手当等を含み数万円だと云うのに、最下層の請負企業から派遣された作業員の日当は、6千から8千円だと云うのだから、命と食いぶちの交換のような地獄が現実にあるようだ。事故発生当時は、日当10万円以上等と云う話もあったが、今や夢物語だそうである。

 原発の収束作業においては、「収束」とか「コントロール下」とか、永遠に口にしてはイケナイ言葉なのだろう。核燃料が空中に浮き、地下に潜っている状況で、引用は不謹慎だと云う誹りは免れない。効果があるのかないのか、イタチごっこのような除染作業では、確実に危険手当1万円はゲット出来るそうなのだから、作業員の嘆きも理解できる。今後、汚染水対策にせよ、使用済み核燃料の取り出しにせよ、まして、溶融した地下に埋まっているであろう核燃料の取り出しまであるわけだから、作業員の安全を守ると同時に、危険手当のコントロールを、何らかのかたちで管理しないと、本当に作業員が枯渇する危機が迫るだろう。

 チェルノブイリ事故に動員された作業員の数は定かではないが、20万人から60万人と言われている。フクイチと事故の形態は異なるだろうが、フクイチはなんといっても、メルトダウンした原子炉が3基あり、基礎も危うげな使用済み燃料プール4号機が1基分あるわけで、数10年単位で作業員を必要としていることを疑う人はいないだろう。現在のような環境下で作業員を放射能被ばく作業に従事させておいては、人海戦術が取れなくなるのは必定だ。旧ソ連時代のように、囚人や軍人を強制的に?などと云うことは出来ないわけで、政府が考えるべき重大な喫緊の課題である。原発を他国に売り込む前に、するべきことをしたらどうなんだ、安倍官邸よ!

 年間被ばく線量や5年間の累積被ばく線量の見直し、下駄を履かせるなどと云う暴挙はないだろうが、人材を国外に求める可能性は充分にある。まさか、そのことも考慮に、TPP批准、外国単純労働者の解禁など考えているのではないだろうが、原発マフィアや霞が関なら、考えないと断言は出来ない。既に太平洋を放射能汚染させて、国内のみならず世界各国に迷惑をかけているわけで、そこで原発事故現場の作業員を、貧困にあえぐ海外の人々に求めるのは、あまりの恥知らずだ。しかし、霞が関であれば、何らかの搦め手を打ちながら、名目ボランティア制度のようなものを創設する可能性は大いにある。そのようなことが、万が一にも起きない為にも、被ばく線量の調整作業を行う労務管理を政府が法律の下、行うべきだ。また、被ばく線量が超過し、何年か働けない間の生活保障も考慮すべきだろう。原発事故は、政策上の事故であり、人災であると同時に、「国災」なわけで、敗戦の責任と同様だ。勿論、”総懺悔”など願い下げだ!原発を導入した責任者出てこい!

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どうしようもないファッショ首相の21世紀復古暴走 暴走車を誰がとめるのか

2013年09月22日 | 日記
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●どうしようもないファッショ首相の21世紀復古暴走 暴走車を誰がとめるのか

 集団的自衛権の行使・改憲を放り投げて憲法解釈してしまえと、ナチのワイマール憲法なし崩し手法を真似、姑息なことを考えたり、特定秘密保護法案で、行政官僚の利権を増やし、政治家をいつでも貶められる自縄自縛法案を成立させようとか、TPPで守るべきものを捨ておこうとしたり、あきらかにファッショな政権が暴走している。特定秘密保護法案は日本版NSC(国家安全保障会議)創設関連法案と抱き合わせで提出予定らしいが、どちらも行政官僚による暴走に加担している政権である。おそらく、特高警察機構さながらの投網を張ろうと云うのが官僚達の狙いであること自体、自民党政治家は明確には判っておらず、国家主義的法の網が、政治力を衰退させると云う事実を知らないようだ。

 あり得ない安心安全が強調され、さもそれが事実であるように語る首相がいて、それをトップニュースで伝えるマスメディアがある。原発汚染水のどこがコントロールされているのだ!冗談も休み休み言うべきだ。オリンピックが開催されることを不愉快に思う人間はKYなひねくれ者にされてしまう。オリンピック目的に、インフラ整備に国費が投入されるのは確実だ。しかし、たかが2週間のお祭りの結果残されたコンクリートは、本当に役に立つのか。近隣住民が多少便利になる以外、東京の住民が好んで下町に通うと云う可能性は少ないだろう。

 復興税による被災住民支援もいい加減、まともに復旧さえ満足な状態ではない。その人々にも、消費税を増税しても何食わぬ顔で、外資投資会社主催の講演会で「今の日本は買いだ」等と新興宗教の教祖のようなご託宣をのたまう。しかも、消費増税による景気の腰折れを案じて、国民生活に目を向けるかと思いきや、法人様の復興負担税を前倒しで免除する、と言い出す。何処からどう眺めても、この政権の行おうとしているすべてが異様である。この異様な政治思考が国会が開かれた後、次々と成立してしまうのかと思うとゾッとする。

 まるでハリウッドの未来映画のシチュエーションを観ているような錯覚に陥る。ところが、日本人を取巻く空気は、その一つ一つにどんな問題があるか、考えようともしていない。深く考える必要はないとしても、それらの法案や政権の行動が、どんな矛盾を抱えているか、何となくでも、感じようともしていない。中韓に敵対し、米国に依存さえしていれば、何もかもが一緒くたに解決できるものだと、宗教のように信じてしまう集団狂気集団と化している。なんとも支配の甲斐もない腑抜けな国民である。

 村社会の雑多な構成から生まれた自然国家だけに、空気に縛られて生きることは、ある意味で避けられない日本民族の習わしかもしれない。しかし、このような付和雷同に陥りやすい国民性は、善悪の区別なく生きているので、国民意識を操作することは容易になるのだろう。今現在、その短絡的国民を悪に向かって付和雷同な集団を形成して、自らの首を絞める政権を歓喜の声を持って迎え入れさせようとしている。政治の理屈上から行くと、今後3年間も、この無意識の狂気民族は、自分達が何処に向かっているかも知らず、歓声を上げることになる。

 幸か不幸か、この安倍政権に歓喜を持って民衆が応えた一番の要因は株価の上昇である。異次元の金融緩和と云うキャッチフレーズも効いただろう。論理的な整合性を考えれば、見せかけのバブルを生み出すだけなのは明白だが、それで世の中が変わるのなら良いことだ、と民衆は感じてしまったのだ。皮肉にも、世界で見た目だけでも景気の好さをアピールできる材料を持っていたのは、米国と日本だったので、海外の資金は、この二カ国に流れ込んだ。今年夏以降は、米国の金融縮小問題が強く意識され、消去法で日本市場に資金が流れやすい構造が倍加されている。

 国家トータルでみる経済統計の数字は、常に良い方向に向いているのに、一人一人の国民の生活勘定は勘定が合わない状態になるのは自明だ。企業や国家が利益をあげ、その収益の分け前を懐に合法的に入れることは出来るが、国民にその分け前が行く保証はない。おそらく行かないだろう。なぜなら、その見せかけの利益は、この葉のお札のようなものだから、いつ消えるか判らないものだからだ。勿論、そのようなこの葉のお札を生んだメカニズムは、何処かで破綻する。

 それが理解できる企業は、それを内部留保の形で温存するのは理論的に正しい。つまり、企業の論理的行動を支援した政権であっても、その結果生みだしたものを強制的に剥奪は出来ない。いずれにせよ、見せかけのバブルを演出するだけの要素を日本経済は有していたわけで、FRBの金融緩和縮小が明確になれば、日本市場のバブル状態に一層の油を注ぐ可能性さえ見えてくる。国債の利回りも、どう云う訳か0.7%前後で安定してきたし、為替も対ドル100円前後で安定している。株価も15000円台が見込める方向を示している。まだまだ、安倍晋三には追い風が吹いているようだ。

 好事が続けば続くほど、悪事は深みに嵌り、のっぴきならなくなるわけだが、今現在、安倍がどれほど異様な行動を取ろうとも、好事魔多しと云う段階に至る様相を呈していない。日本にとっては、一日でも早く、この好事魔多しが到来することが、国民生活回帰の、人にやさしい政治に戻れるのだが、その為の乾坤一擲な処方箋を描くことの出来ない筆者だ。おそらく、安倍政権のやっていることが多いなる間違いと気づいていても、それを総合的に指摘することは出来ない。追い風が吹き過ぎて、抗う力が反安倍政権陣営になさ過ぎる。自民党内さえも、抗う気力を失っているのだから……。

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金融資本の復権 伝統的資本主義の復権は、真の奈落を見ることなのか?

2013年09月21日 | 日記
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●金融資本の復権 伝統的資本主義の復権は、真の奈落を見ることなのか?

 以下の日経の記事は、米国金融業界の急回復ぶりを強調している。覇権国アメリカに世界の資金が流れるトレンドは、リーマン・ショックの経験を経ても、何ら変わることなく継続されていることを示している。現実を容認すれば、それが世界経済の安定に寄与するのであれば、それはそれで致し方ない部分はある。しかし、そもそも論の観点に立てば、金融がデモクラシー政治体制における資本主義のメイン・プレィヤーであると云う事実は、伝統的資本主義の時代が終焉を迎えていることを示唆する。

 しかし、伝統的資本主義が持つ、“ひと・もの・金”を一体的にダイナミックに連動させる人類の発展に貢献するメカニズムが成立し難い時代が来たことを予言している。伝統的資本主義が生みだした“労働者”の概念も様変わりし、資本家対労働者と云う概念を忘れさせる勢いだ。概ね、金融業界に職を得た人々は年収が最低でも1千万以上になり、思考経路は経営者的になるので、労使対立が顕在化することはない。

 金融資本主義は、極論すれば伝統的資本主義の“人・もの・金”のダイナミックな連動から、“人・もの”を排除しているのが特徴だ。金融資本主義では、投資家の金と、それを運営する僅かな人々で成立する。“もの”は一切動かない。再び、IT産業と金融産業が米国経済を牽引する構図が現れているが、そこには“人・もの”が介在する余地は極めて低い。ITと金融は相互に補完する、金融資本主義の主たるプレィヤーであり、そこには資本家と対立する労働者は不在と云うことになる。

 これでは、貧富の格差が最大化する傾向を止める事は、ほぼ不可能に近い時代が到来したことを予見させる。≪米国では金融規制改革法(ドッド・フランク法)の細目を決める作業が大詰めを迎え、厳しい規制には反対してきたウォール街の旗色は悪い。≫と言われる、「金融規制改革法(ドッド・フランク法)」だが、本当に成立するか、筆者などは懐疑的に見ている。金融産業の手足を縛って、米国の世界の資金を利用して生き残るメカニズムを、自ら放棄する方向を示すもので、伝統的資本主義への回帰の道は遠そうだ。

 バラク・オバマが鬼の形相で、米国製造業の復権を恫喝的に実行しようとする流れは、本来の資本主義の復活により、“人・もの・金”のダイナミックな連動による経済の活性化が狙いなのだろうが、現時点で復活とは裏腹な結果を生んでいる。方向は間違っていないのだろうが、金融業界の意向を無視して、「金融規制改革法(ドッド・フランク法)」を骨抜きではない形で実行することは、一旦米国経済が奈落を見なければならないわけで、そう簡単な事ではなさそうだ。

≪ 米金融株、存在感再び 時価総額IT並みに
 【ニューヨーク=川上穣】リーマン・ショックから5年が経過し、米株式市場で金融株の存在感が高まっている。業種別の時価総額は最大のIT(情報技術)に再び接近。住宅など米景気の回復に伴う収益の改善がマネーを呼ぶ構図だ。自己資金による高リスクの投資から、債券の引き受けといった伝統的な業務への回帰も進む。金融規制への懸念はくすぶるが、危機を脱した米金融の「正常化」が株高を下支えしている。

 ■業績面で安心感
 米主要500社で構成するS&P500種株価指数の業種別をみると、「金融」の時価総額は18日時点で約2兆5千億ドル。今年に入って約27%増え、同13%増の「IT」(約2兆7千億ドル)に接近している。米住宅バブルの崩壊への懸念が強まった2008年5月に金融はITに首位の座を譲った。その後もIT業界が全体をけん引してきたが、このところは金融の巻き返しが目立つ。
 背景にあるのは業績面での安心感だ。住宅を軸にした米景気の緩やかな回復を映し、各行の不良債権の処理コストが大幅に減少。JPモルガン・チェースやゴールドマン・サックスといった金融大手は4~6月期の純利益が2ケタ以上の伸びになった。
 資本市場も活性化しつつある。米通信大手ベライゾン・コミュニケーションズは11日、米企業で過去最大となる総額490億ドルの社債を発行した。米企業がM&A(合併・買収)に前向きになり、ウォール街では投資助言や株式・債券の引き受けといった投資銀行業務が息を吹き返す。
 過剰な負債を抱えていた金融危機の反省もあり、各行の自己資本の積み増しも進む。「危機前と比べずっと強固な経営体質になった」。モルガン・スタンレーのジェームズ・ゴーマン最高経営責任者(CEO)はこう語る。
 ダウ工業株30種平均が金融危機後の安値を付けた09年3月を起点にすると、ウェルズ・ファーゴやバンク・オブ・アメリカの株価は4倍前後の水準まで上昇。2倍強のダウ平均をしのぐ。
 ITも時価総額は拡大しているが、昨年前半までの勢いはみられない。スマートフォン(スマホ)やタブレット(多機能携帯端末)を主戦場とした競争が激化。勝ち組の代表格だったアップルもiPhone(アイフォーン)販売の伸びが鈍り、過去最高値を付けた約1年前に比べて株価は3割以上安い水準にある。
 ヘッジファンドにはIT大手の株式を手放し、保険大手AIGなど金融株に乗り換える動きも加速。嗅覚の鋭い投資家ほど金融を新たな収益源にしようとする動きがある。

■新規制には懸念
 もっとも、金融復活も盤石とは言い切れない。米国では金融規制改革法(ドッド・フランク法)の細目を決める作業が大詰めを迎え、厳しい規制には反対してきたウォール街の旗色は悪い。
 安定経営の象徴だったJPモルガンが昨年、デリバティブ取引で巨額損失を出し、このほど米英金融当局との間で9億2千万ドルの罰金支払いで合意するなど経営のリスクも表面化。ワシントンでは自己資本の積み増しなど規制の一段の強化を求める動きもあり、先行きに不透明感が漂う。
 金融危機を経て、米金融大手は六大グループに集約された。負債に過度に依存した経営からは脱却したものの、総資産の拡大など図体が大きくなっているのは否めない。「銀行の『大きすぎてつぶせない』という問題は解決していない」(ポールソン元米財務長官)とリスクに警鐘を鳴らす向きもある。 ≫ (日経新聞)

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消費増税と法人税減税の論理矛盾 グローバリズムとナショナリズムの矛盾に通ず

2013年09月20日 | 日記
一橋ビジネスレビュー 2013年AUT.61巻2号: 地域から未来を創造するマネジメント
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●消費増税と法人税減税の論理矛盾 グローバリズムとナショナリズムの矛盾に通ず

 余りに無茶苦茶な安倍晋三の政策を一々批判することさえ疲れてきた。“コントロール下に置かれている汚染水”にしても、グローバリズムとナショナリズム根性にせよ、今回の消費税増税と法人税減税や低所得者への現金給付と言い、余りに使い古された“飴と鞭”の連鎖政策だ。声なき国民の声を伝えると長谷川幸洋は言うが、このコラムを語る前提自体マヤカシがある。

 消費税増税法の趣旨は、肝は「社会保障制度改革」が前提であり、同時に行政改革を同時進行させると言っている。また、社会保障の安定財源とすることも明記している。その上で、所得、消費 及び資産にわたる税体系全体の再分配機能を回復させると云う「一体改革」なので、一括実施は法律の趣旨として当然のことだ。社会保障制度改革の議論は、会議は踊る状態。論議の中では“福祉の切り捨て”だけが論じられている。バカバカしく、考えるのも無駄骨だ。

 そもそも「増税する前にやることがある!」のすべてが置き去りになっているわけで、中央集権再配分構造の転換にメスを入れない限り、それ以外の政策が功を奏するわけはない。社民党と生活の党が参議院での統一会派結成の動きは歓迎できるが、衆議院置き去りは中途半端な連携を思わせる。仮に「オリーブの木」を目指すなら、民主党リベラル勢力を抱き込めるくらいのダイナミックを望みたい。早晩コケル安倍自民の出鱈目バラマキ政治に終止符が打たれる前に、オリーブの木が実ることを望みたい。

≪ 消費増税+経済対策という財政政策の矛盾を、「声なき国民」はどう評価するか

  消費税引き上げ問題の決着が迫ってきた。来年4月に予定通り8%に引き上げて、同時に景気の落ち込みを防ぐために5兆円規模の経済対策を講じる方向だ。そんな増税と景気政策ミックスをどう評価するか。

 ■消費税を増税するなら、別項目で減税すべき

 私はいまでも「増税を先送りすべきだ」という意見に変わりはない。9月6日公開のコラムで書いたように、増税の必要があるなら、景気が過熱したときに実行するほうが望ましい。今回のように、右手で増税しながら、左手で景気が心配だから経済対策というのは、そもそも財政政策の方向として矛盾している。 景気が心配なら、単純に増税を先送りして、増税しても絶対に大丈夫というまで景気が改善するのを待てばいいだけだ。「経済対策が必要だ」というのは一見、もっともらしいが、実は「景気が完全に回復していない」ことを認めている証拠である。
 そういう基本の話を前提に考えると、経済対策のあるべき姿もおのずとあきらかになる。消費税を増税するなら、別の税目で減税するのだ。
 たとえば、消費税を3%引き上げるなら、1%が2.7兆円に相当するので、3%なら8.1兆円の税負担増になる。その8兆円分をそっくり、法人税や所得税 などで減税すれば、国民経済全体として税負担は変わらない。実質的に増税先送りと同じになる。あとは、税配分の問題が残るだけだ。
 消費税は家計を直撃する。だから、その分は所得税減税や低所得者への現金給付で、という考え方もできるし、景気の落ち込みを防ぐのが先決だから、法 人税減税とか投資減税で、という考え方もある。ただし先のコラムで書いたように、消費増税による冷や水効果を法人税減税や投資減税、あるいは賃上げの見返 りに実施する減税で補うのは、実際にはかなり難しいだろう。

■5兆円の使途をめぐる官邸と財務省の攻防

  各紙報道によれば、政府は「経済対策は補正予算と減税の組み合わせ」を検討しているという。減税ならまだしも、補正予算でばらまきとなると、話はまったく違う。
 まず、増税による増収効果はずっと続く一方、予算でばらまくのは1回限りという事情がある。加えて増税分を公共事業などに使ってしまっては、そもそ も増税の趣旨が異なる。カネに色はついていないから、増税してしまえばどこにカネが流れるかを議論しても意味はないが、国民向けの建前でも「社会保障の充 実」だったはずではないか。財政再建という大義名分もあった。
 ところが補正で公共事業のばらまきとなると、これは単に政府のサイズを大きくするだけで、とどのつまり、道路や橋に予算を箇所付けする際に国会議員の出番 を増やすだけだ。財務省にとっては議員に恩を着せつつ、自分たちの予算配分権=権力の源泉を拡大する話になる。だから、財務省は経済対策の策定が避けられ ないなら、落としどころとして減税よりも1回限りの補正を目指している。
 現状は5兆円に届くかどうかという対策の規模、そして中身をめぐる安倍晋三首相+菅義偉官房長官の官邸ライン(ここに甘利明経済財政担当相も加えていいだろう)と財務省+麻生太郎財務相の攻防である。
 まず、5兆円をどう考えるか。先に書いたように、増税が約8兆円であるのに対して、5兆円をすべて減税に回せば、実質増税分は差し引き3兆円にな る。これは消費税の約1%分だ。イェール大学名誉教授の浜田宏一や本田悦郎・両内閣官房参与は引き上げる場合でも1%ずつの小刻みにとどめるよう提言して きたので、実質的に浜田・本田案に近くなる。
 安倍・菅ラインは5兆円をすべて減税に回す案を念頭に置いている。補正によるばらまき案には与していない。これに対して財務省は実質的に8%増税をフイにするような減税案には、まったく後ろ向きだ。減税案だと予算編成でばらまいて、霞が関の各省や国会議員に恩を売るうまみがないので、財務省は絶対に認めたくないのだ。

 ■安倍首相が財務省・田中局長を一喝した理由

 関係者によれば、財務省の田中一穂主税局長はこれまでの調整で、官邸に対して減税に実質ゼロ回答を提示した。これに対して、安倍首相が「ふざけるな! 顔を洗って、もう一度出直せ」と一喝した場面もあった。官邸と財務省の攻防は、それほど激しくなっている。
 安倍が怒ったのには、わけがある。実は、財務省が手にする新たな財源は消費税引き上げによる8兆円だけではないのだ。昨年11月以来の円安株高効果 があって、ことしの税収が前年実績より、もう4兆円も増えている。景気が良くなると、赤字企業が黒字に転換したりして、法人税などはすぐ増えるからだ。い わゆる自然増収である。
 つまり、いま現在で計12兆円もの増収効果を計算できるのだ。年度末になったら、もっと増えるのは確実である。この増収分を財務省はまったく手放そうとしない。
 安倍からみれば「4兆円の自然増収はいったい、だれのおかげか。アベノミクス効果だろう。財務省は増税を言うだけで、自分たちが自然増収を目指す政 策を考えたことがあるのか」という思いであるに違いない。5兆円の減税論には、増税抜きでも4兆円の増収という根拠があるのだ。
  私のような先送り論の立場からすると、あまりに財務省がケチならば、財務省が提示する減税に見合った分だけ増税すればいい、と言いたくなる。5兆円減税も認めないなら、この際、増税も5兆円だ。それなら2%引き上げて税率は7%になる。
 9月19日付の産経新聞によれば、2%引き上げ案もあったが、安倍が「大勢を押し返せなかった」という。だが、財務省案の提示を見届けたうえで、最後の瞬間に数字を決めるのは安倍である。
 新聞紙面には増税を前提に数字ばかりが躍っているが、肝心の国民はと言えば、しらけた気分になっているのではないか。共同通信による最新の世論調査によれば、いまだに国民の半数が来年4月の増税に反対している。
 政策に対して最終的に審判を下すのは国民である。選挙は当分、先になるだろうが、その前に各種経済指標が政策について実績を示して、金融市場が評価を下す。それらは内閣支持率に跳ね返る。
 国民は世論調査と新聞への投書、あるいはツィッターやフェイスブックくらいでしかモノを言えない。ジャーナリストは政府を取材して書くだけが仕事ではない。今回は「声なき国民」に取材して書いたつもりだ。 ≫(現代ビジネス:ニュースの深層・長谷川幸洋)

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“アメリカはスペシャルな国” おバカな国民は唯我独尊、日本もだいぶ似てきた

2013年09月19日 | 日記
鎖国シンドローム 「内向き」日本だから生きのびる
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●“アメリカはスペシャルな国” おバカな国民は唯我独尊、日本もだいぶ似てきた

 朝日の記事を読んでいて驚いたのだが、国民の80%が、米国合衆国は特別(エクセプショナル)な国家であり、他国と比較は出来ない意識を持っているそうだ。なんと云う不遜な国民なのだろうか。このような国民の後押しがないと大統領になれない、米国のプレジデントとは、まさにそのポピュリズムに迎合しなければならないのだから、“普通の国”の感覚で、米国をみてはいけないと云うことになる。筆者から観ると、たしかに“特別な国・アメリカ”だが、その冠は「ならず者国家」である。いかに、米国民が不遜の中で生きているか考えると、こりゃ21世紀は破滅にしか向かわない、と云う身の毛のよだつ感覚が頭をもたげる。

≪ 米国は「特別な国」? シリア情勢きっかけ、議論高まる
  【ニューヨーク=中井大助】アメリカは「特別」なのか――。シリア情勢が混沌(こんとん)とする中、こんな議論が米ロの対立を際立たせた。議論の背景を探ってみた。
 きっかけはオバマ米大統領の10日夜の演説。シリアでの化学兵器使用に対し行動を呼びかけ「それが米国と他が異なるところだ。それが我々を特別(exceptional、エクセプショナル)にする」と語った。ロシアのプーチン大統領が反発し、ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿で「自分たちが特別だと人々に考えさせるのは、極めて危険だ」と批判した。
 今度は米国で猛反発が起きた。ベイナー下院議長は「侮辱された」、メンデネス上院議員は「吐きたい気分になった」と発言。カーニー大統領報道官も「米国がなぜ特別なのか、ロシアは好対照を示す」とした。
 「本当に特別か」は意見が分かれるが、米国内では自国を指して「エクセプショナル」という表現がしばしば使われる。「例外的」という意味もあるが、「抜きんでていて特別」という文脈が多い。
 米誌アトランティックによると、最初に「米国の例外主義(エクセプショナリズム)」という表現を使ったのは皮肉にも旧ソ連の最高指導者だったスターリン。1929年に米国で共産革命が起きる可能性は低いと聞き、「米国の例外主義という異端を終わりにしろ」と怒ったという。
 「特別」の意味合いを強めて国内で使われるようになったのはもっと最近。レーガン元大統領は米国を「丘の上の輝く都市」にたとえた。ここ数年は米国の存在感の低下と反比例するかのようにさらに目立つ。
 オバマ氏も就任直後のインタビューで「米国が特別だと信じている」と発言。ところが「他の国もそうだと思う」という趣旨の発言をしたこともあり、共和党からの批判は絶えない。昨年の大統領選で共和党候補になったロムニー前マサチューセッツ州知事は「オバマ氏は米国を普通の国だと思っている」と繰り返し発言。党大会ではマケイン上院議員ら登壇者が次々と 「米国がいかに特別か」を強調し、ルビオ上院議員は「スペシャル」という言葉を使って「他の場所では不可能な夢が実現する」と述べた。
 10年の世論調査でも国民の80%が「米国は特別だ」と考える一方、37%は「オバマ氏はそう思っていない」と答えた。昨年はオバマ氏も対抗するかのように「特別さ」を強調していて、シリアを巡る今回の発言もその延長線とみられる。 ≫(朝日新聞)

 日本で言えば、“アジアNO1は日本だ!何が何でも日本だ!”と叫んでいる人々のようだが、普通の国に一度もならずに、NO1を目指す人々の脳内はどうなっているのだろう。中国海軍の力量など毛ほどでもない。「あっという間に捻りつぶせる」等と云う知ったかぶりもいるようだが、人民解放軍は負けそうになったら、最後の武器を使うだろう。つまり、現在の自衛隊と戦力分析しても、無駄なことなのだ。シリア政府の化学兵器使用疑惑を米英仏高官やメディアは吹聴するが、使われた場所がシリア国内と云うだけで、サリンを含む神経ガスだから、シリア政府だと云う理屈は、ダマシ絵のようなものだろう。折角、プーチンが、オバマの孤立無援の窮地を救ったと云うのに、今にも“ちゃぶ台返し”をしようとする輩がいる。東京新聞は社説で、以下のように語っている。

≪ シリア条約加盟 内戦停止へつなげたい
 シリアの化学兵器禁止条約への加盟は、外交の成果であり、シリア政府は約束通り、毒ガス廃棄を誠実に履行せねばならない。国際社会は、これを機に内戦の停止へとさらに圧力をかけるべきだ。
 今月初旬、ロシアのラブロフ外相が「シリア政府に保有化学兵器を国際管理下に置くように提案した」と発表した時、それがうまくゆくと考えた人はたぶんいなかっただろう。
 だが直後の国連事務総長の賛意、さらに米国の、こぶしを振り上げつつの同意によって事態は急進展した。  米ロのつくった合意は、こうだ。両国は化学兵器禁止機関(OPCW)に対し、シリアの化学兵器の速やかな廃棄と厳密な検証に向けた原案を提出。その執行を進める国連安保理決議を経て、十一月までに現地査察を終え、毒ガスと生産設備の廃棄を来年半ばまでに完了する。
 理想に過ぎるかもしれないが、やらねばなるまい。
 そのためには、米ロ合意にもあるように、シリアが化学兵器の名称、種類、量、保管場所・状況、また製造機関の所在など一切を出さねばならない。
 それができなければ、アサド政権は武力行使逃れのために時間稼ぎをしたと非難されるのはもちろん、これまで以上の国際不信にさらされるに違いない。そうなれば保証人たるロシアはメンツを失うし、米国は再びこぶしを振り上げよう。
 綱渡りのような過程には、やはり米ロなどの圧力が必要だ。
 シリアの内戦とは、政府側が生き残るか、それとも反政府勢力が生き残るか、というまさに死闘である。
 しかも政府側にも反政府側にも武器弾薬は外部から供給されている。米ロも絡む、いわば代理戦争である。しかし、もし代理戦争であるならば、外から戦争を終わらせることも可能なはずである。
 二年を超す内戦ではそれぞれの支配地域がはっきりしてきた。遅すぎただろうが、それは休戦、停戦の時期が近づいたことを意味してもいる。
 シリア情勢は国内、国外とも複雑である。根深い宗派の対立や、またアルカイダ系の武装組織が入り込んでもいる。  だが、今もっとも必要なのは市民の犠牲を増やさないことだ。国際的な停戦協議が必要なことは言うまでもないし、今こそ国際的圧力を有効に働かせるべきである。 ≫(東京新聞)

 正直、いま必要なことは「米ロ合意」をシリアに遵守させることであり、アサド政権を倒せばいい、と云う問題ではない。国際的に多くの思惑が跋扈するだろうが、ロシアと云う後ろ盾を梃子に、拳を振りあげるアメリカ等西側諸国対峙するのが、アサド生き残りの、最大のテーマだろう。現実には、アサド政権の崩壊は、中東及び北アフリカの更なる混乱を助長するのは自明だ。イラク戦争における、ブッシュ・ジュニアの大失政が未だに尾を引いている。多国籍軍のイラク大量破壊兵器は影も形もなかった記憶を、世界の人々は忘れていない。

 このアメリカの特別(エクセプショナル)な国家意識を、その属国政府が真似をしようと躍起になっている。勿論、安倍政権のことである。見出しに書いたように「おバカな国家は常にカラ威張」なのだが、金魚の糞に真似られるようでは、アメリカ国民も恥じらいを感じるだろう。安倍晋三曰く「僕は米国ネオコンに追随しているのだから、汚染水も拉致問題も中国軍も“任せなさい”大船に乗ったつもりで……」なんともはや、おバカの連鎖と云うものは怖いものである(笑)。

PS:
≪ 反体制派使用の証拠渡す ロシア高官にアサド大統領
 シリアのアサド大統領は18日、ロシアのリャプコフ外務次官らと会談した。国営シリア・アラブ通信(SANA)が報じた。AP通信などによると、シリア側は先月21日の化学兵器使用は反体制派によることを示す資料をロシア側に渡したという。
 ロシア主要メディアによると、ラブロフ同国外相は18日、記者団に、この資料は「シリア反体制派が(欧米による)攻撃を誘発するため、定期的に化学兵器を使っていた事実を示している」と指摘、「国連安全保障理事会に提出する」と述べた。
 SANAによると、アサド氏はシリアの化学兵器を国際管理下に置くロシアの提案により米国などによるシリア攻撃の可能性が当面は低くなったことを念頭に、ロシアに謝意を表明した。リャプコフ氏はシリア問題はロシアにとって重要だと指摘した。 ≫(産経新聞:共同)

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政府が推薦する世界文化遺産 脱亜入欧の権化、明治の猿まねが文化遺産?

2013年09月18日 | 日記
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●政府が推薦する世界文化遺産 脱亜入欧の権化、明治の猿まねが文化遺産?

 日本政府がどんな思いつきから、世界文化遺産の推薦候補に、よりによって「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」を選んだことには、筆者は非常に違和感を憶えた。以下の時事通信が伝える、お隣韓国の意図的反日感情とは、まったく次元違いで、モノ申す気分だ。まぁその前に、不快感と菅官房長官が言いそうな記事を紹介しておく。

≪ 産業革命遺産推薦に抗議=「徴用の痛み残る」-韓国
 【ソウル時事】韓国の聯合ニュースは17日、日本政府が今年度の世界文化遺産の推薦候補に「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」を選んだことに関連し、決定以前に韓国政府から日本側に対し「朝鮮人が徴用された施設が含まれている」と抗議されていたと報じた。
 菅義偉官房長官は17日、同地域の候補決定を正式発表しており、今後、両国間の新たな火種となる可能性も出てきた。
 聯合ニュースによると、韓国外務省の文化外交局長が最近、日本大使館の高官を庁舎に呼び、「隣国の痛みが残る施設は、世界文化遺産の趣旨に合わない」と韓国側の考えを伝えていた。韓国政府当局者は「今後も状況を見て、必要時に適切な対応を取る」と話している。
 今回決定した候補には、第2次大戦中に徴用された朝鮮人が働いた炭坑がある長崎県の端島(通称・軍艦島)などが含まれている。 ≫(時事通信)

 上記のひねくれた韓国がどう思うかなどと云うことは、筆者の不快感と何ら関係はない。勝手に怒れば良いことだ。問題は、なぜ安倍政権が、異様に“明治時代回帰”に執着するかと云う問題だ。明治が日本文化を捨て去った歴史の分岐点であることは事実であり、それ以降の日本の歴史は、縄文の心を失った、コウモリのような国家に成り下がったのである。政府が、己の国家が“猿まね”をして、白人社会に頭を垂れた恥ずべき行状を文化遺産にするなど、気が狂っているとしか思えない。明治以降の遺産など、文化遺産とは言わない。単なる“猿まね文化”であり、恥ずべき文化でさえある。

 脱亜入欧、明治維新、文明開化の真似事で経済的に豊かになったのは結構な話だが、明治維新以降の日本政府は、欧米に肩を並べようと云う意志の下、多くの戦争を試み、最後には第二次世界大戦で大大敗を喫し、一敗地に塗れたわけである。その結果、アメリカと云う戦勝覇権国家の属国となったわけで、脱亜入欧を通じて、日本国家にも、日本人にも、日本文化にも、恥をかかせたのが明治維新の最大の功績なのだ。その際の文化を、日本の文化遺産にするなど、右翼の風上にも置けない所業だ。

 今までは文化庁の管轄で、年間一つの文化遺産を推薦してきたのであり、唐突に、泣く子も黙る“有識者”なる代物が現れ、文化庁の推薦権限を逸脱したわけである。色々と官僚のことだから屁理屈はつけるだろうが、民間企業の施設、しかも稼働中も含まれるわけで、世界的にも異例中の異例の施設の文化遺産登録推薦になる。政府は「明治維新から続く日本固有のものづくり文化を世界にアピールする意義がある」とし、福岡県の八幡製鐵所や長崎県の長崎造船所など、九州や山口県を中心とした8つの県の28の資産で構成される「明治日本の産業革命遺産」を世界文化遺産に推薦するらしい。

 ここでチョイと待ってくれ、と云う気分が盛り上がる。なに!九州と山口だと……。まるで「薩長同盟」賛美の意志が強く働いているではないか。たかだか120年前の施設や設備が、縄文の歴史までふり返るならば、今から約1万6,500年前の歴史を有する国家である。500年の歴史しかないアメリカ合衆国なら約200年前に設立されたバージニア大学が文化遺産に登録される意味合いもあるが、1万6千年の歴史のある国の文化遺産に、120年前と云うのは無理矢理過ぎるではないか。ユネスコの文化遺産基準からも、該当するのか頭を捻る。

≪ 文化遺産基準
(1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
(5) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。 ≫(ウィキペディア抜粋)

 現在、日本が文化遺産として登録したものは、法隆寺地域の仏教建造物、姫路城、古都京都の文化財、白川郷・五箇山の合掌造り集落、原爆ドーム、厳島神社、古都奈良の文化財、日光の社寺、琉球王国のグスク及び関連遺産群、紀伊山地の霊場と参詣道、石見銀山遺跡とその文化的景観、平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群、富士山―信仰の対象と芸術の源泉となっている。この中で、歴史的な浅さで問題があれば、“原爆ドーム”だが、世界で唯一核爆弾を落とされたシンボルとして、後世に世界平和と米国の本音を記録する意味でも、敢えて納得出来るのだが、八幡製鉄とはこれ如何に?長州(現在の山口県・萩市周辺)の自慢は松下村塾だけであり、明治維新の猿まね産業革命に混ぜこぜにするのは、吉田松陰に対し、無礼千万ではないのか。

 我が国の暫定文化遺跡リストを見ると、「古都鎌倉の寺院・神社ほか」、「彦根城」、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」、「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」、「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」、「百舌鳥・古市古墳群」等々、日本の文化遺産にふさわしいものが置き去りになっている。 *まぁそんなこんなの疑念があると云うことだ。どうも安倍晋三の主導によるのか、側近らのオベンチャラの所為か判然としないが、一々不可思議な政権である。フクチの放射の汚染水漏れも「俺に任せろ」、北朝鮮拉致問題の解決も「俺に任せろ」、東京の7年後の安全も「俺に任せろ」。安倍晋三の「俺に任せろ」とは、「後のことは知らない」と同義語になっているようだ。どうなっているンだ、ニッポンは?

経済成長なき社会発展は可能か?――〈脱成長〉と〈ポスト開発〉の経済学
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所詮“島国”、身の丈の国家を目指そう 数年後に世界は失われた20年に突入する

2013年09月17日 | 日記
国家の成熟 (新潮新書 535)
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●所詮“島国”、身の丈の国家を目指そう 数年後に世界は失われた20年に突入する

 本日は多忙の為、筆者が一番納得しているエコノミスト、経済学者水野和夫氏の、最初に金融資本主義経済の頂点に至り、世界各国が日本追いつく関係だと云う事実を、的確に解説しているコラムがあったので、引用しておく。浜矩子、榊原英資なども日本経済の成熟をテーマに、色々と書いている。或る意味で、国家の責任を放棄して、マネーに身を委ねると云うアベノミクス(マネタリズム)の手法が取られたと云うこと自体が、成熟した国家経済を白状したようなものでもある。

 つまるところ、そこそこの現在の生活レベルをプラスマイナス10%程度に抑え込めれば、鎖国をしても日本はやっていけることを示している。勿論、完璧な鎖国などはあり得ないわけで、必要があれば、他国からものを買い、他国に売ることが出来ないと云う教条的ものではない。榊原英資なども「鎖国シンドローム『内向き』日本だから生きのびる」などと、筆者張りの本を出している。少なくとも、安倍自民の目茶苦茶な経済政策は、他国とのかかわりが強くなるばかりで、折角のシコシコ貯めこんだ、日本の国民や企業の金が、“おあし”が生えて、早々に失う悪魔の道である。


≪ 「金融抑圧」で説明できるか 日本の超低金利(水野和夫)
日本大学国際関係学部教授
 日本の10年国債利回りが2.0%を下回って、この9月で17年目に入る。『金利の歴史』(原題 A History of Interest Rates 著者 Sidney Homer and Richard Sylla)によると、これまで国債利回りが複数年にわたって2.0%を下回ったのは、1611~21年のイタリア・ジェノバと現在の日本の2カ国しかない。
 17世紀初頭のイタリア・ジェノバの最低利回りは1.125%、日本のそれは0.315%(2013年4月5日)と、当時のイタリアを大幅に下回る超低金利である。2.0%割れの期間はイタリアが11年、日本の場合は17年目に突入した。
 イタリアの経済学者カルロ・チポラは17 世紀初頭のイタリアの超低金利時代を「利子率革命」と名付けた。21世紀の日本で起きている超低金利は、利回り水準と期間において17世紀のイタリアをはるかに凌(しの)ぐのだから、「利子率革命」ということができる。なぜ歴史的な超低金利が起きているのかが問題であり、それいかんで超低金利時代がいつまで続くのかを予想することが可能となる。
  マーケットで有力なのが米経済学者カーメン・ラインハートらの唱えた「金融抑圧」説だ。ブレトンウッズ体制下の金融規制によって実質金利がマイナスに抑制されていたことと同じことが、金融自由化を押し占めた21世紀のバブル多発時代において、リスク管理強化などに原因を変えて起きているという。
 しかし、米国発の「金融抑圧」説が日本における「利子率革命」を説明できるかどうかは疑問だ。

■日本の長期金利低下の要因は「実物抑圧」
 日本では異次元金融緩和が黒田東彦日銀総裁の下で実施されている。その目玉はマネタリーベースと日銀の長期国債保有残高を2年で2倍にするという点にある。しかし、これまでのところ日銀の国債保有残高が増えるにつれて、銀行の日銀預け金が増えただけだ。
 中央銀行と民間銀行の連結バランスシートをつくれば、中央銀行の借り方(資産)に国債が、民間銀行の貸し方(負債)には預金が残り、日銀預け金が中央銀行と民間金融機関の間で相殺される。国債の保有者が民間金融機関から中央銀行へ移転しただけで、実体経済は何も変わっていない。
 長期自然利子率は潜在成長率におおむね等しくなるのだから(「自然利子率について:理論整理と計測」日本銀行、2003年10月)、10年国債利回りが17 年にわたって2.0%以下で推移し、現在0.7%の利回りで推移しているというのは、1997年以降、日本の実体経済において「潜在成長率≒長期自然利子率」が成立しているからにほかならない(1997年以降、日本の潜在成長率は0.7%)。
 日本の利子率革命は「金融抑圧」によってではなく、いわば「実物抑圧」で生じているのである。「実物抑圧」は実物経済の成熟化で起きているのであって、この傾向は今後も変わらない可能性が大きい。すでに日本では資本ストックが過剰になっているからだ。

■景気回復でも1人当たり賃金は減少
 日本の資本係数(民間資本ストック/実質GDP)は世界で最も高く、10年国債利回りが2.0%を下回って以降、使用総資本利益率(ROA)は平均4.0%で推移している(±1倍の標準偏差でみれば3.2~4.8%の範囲内)。実物投資のリターンが低下してきているので、実物投資金額はキャッシュフロー(内部留保利益と減価償却費の合計)の範囲内で十分賄うことができる。
 その結果、企業の内部留保利益はバランスシートの資産サイドに現金・預金として積み上がって、銀行は預金が増加し国債を購入するか、日銀預け金に回すことになる。日銀預け金の利息0.1%は、期間の短い2年ないし3年国債などの利回り1.0%台前半と大して変わらないので、民間銀行のポートフォリオからみれば、銀行のバランスシートは変化していないことになる。企業の内部留保利益は人件費を削減した上で増加しているので、勤労者世帯の預金は基本的 には増えない。勤労者の持ち分であるはずの預金が企業預金に化けている。21世紀になって2回の景気回復において、1人当たり賃金は減少しているのであ る。
 一方、年金の支払いなどで高齢者世帯は預金を増やしている。日銀の「資金循環勘定」によると家計の預金は2012年度に14.9兆円増加した。結局、家計の預金増の源泉は国の国債発行であるため、マクロベースでみれば、「日本国株式会社」の資産サイドで預金(法人、個人)が積み上がり、負債サイドで中央政府の負債である国債が累増している。
 日本銀行が「異次元金融緩和」と称して国債購入を今後2年で2倍に増やすことで需給が逼迫し、「金融抑圧」によって一見、国債利回りの超低金利が実現しているかのようにみえる。だが、国が発行した国債の資金が実物経済に消費支出や 設備投資増などの形で環流しないので、国債という負債と預金という資産が両建てで積み上がっているにすぎない。誰が国債を購入するのかは国債の価格(利回り)に関係ない。

■近代の到達点に先に着いた日本  ただし、銀行預金はいつまでも増え続けるわけではない。モノはあふれていても、高齢化社会において今後サービス需要が高まることで、地銀の預金は2018年度に減少に転じると日銀は警告する(日本経済新聞13年4月24日)。その意味で消費税率の引き上げ(5%から14年4月に8%へ、そして15年1月に10%へ)を実施することで、日本国債の発行残高に占める外国人投資家の保有比率が一段と上昇することを防ぐことができる。日本に居住していない外国人投資家は事実上ゼロ金利に近い日本国債を長期保有してくれないので、日本は預金が減少に転じる前に年間の国債発行額を抑制する必要がある。
 企業が実物投資に、家計が個人消費支出に慎重なのは、すでに近代社会が成熟して、日本ではあらゆるモノが「過剰・飽満・過多」になっているからだ。この「過剰・飽満・過多」は米知識人スーザン・ソンタグによれば西欧文明が行く先の到達点だ。
 預金の減少以前に消費税を引き上げていけば、日本の超低金利時代は米量的緩和第3弾(QE3)の縮小や日本の量的緩和政策に関係なく続くことになるだろう。近代の成熟化した日本での金融政策は実態に追随し、国債市場を反乱させないことが重要な任務となる。日本が先に近代の到達点にたどり着いたのだから、米国で起きている「金融抑圧」を日本に当てはめても意味がない。今の日本の姿は10年後の米国なのである。 ≫(日経新聞:マネーブログ カリスマの直言)

 水野和夫(みずの・かずお) 日本大学国際関係学部教授。1953年愛知県生まれ。77年早稲田大学政治経済学部卒業。80年早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。2012年埼玉大学大学院経済科学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。   1980年八千代証券(国際証券、三菱証券などを経て現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)入社。2000年国際証券執行役員、02年三菱証券チーフエ コノミスト、05年三菱UFJ証券チーフエコノミスト、10年三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト、同年退社。同年内閣府大臣官房審議 官、11年内閣官房内閣審議官。13年より現職。  主な著書に「100年デフレ」(日本経済新聞出版社、2003年)「人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」(日本経済新聞出版社、2007年)「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」(日本経済新聞出版社、2011年)など。

NHK さかのぼり日本史 外交篇 [5]江戸 外交としての“鎖国
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なんと醜きことか 敬老を逆手に取り、ふんぞり返る老人、恥の文化は遥かかなた

2013年09月16日 | 日記
〈男文化〉よ、さらば――植民地、戦争、原発を語る (岩波ブックレット)
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●なんと醜きことか 敬老を逆手に取り、ふんぞり返る老人、恥の文化は遥かかなた

 今日は「敬老の日」である。この祝日は昭和23年に出来た法律により、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨なのだそうである。フ~ン?と云う気分だが、敢えてケチはつけないでおこう(笑)。現在は65歳になると高齢者らしいのだが、正直彼らを“老人”と呼ぶのがふさわしい言葉なのか、すんなり受け入れる気持にはなれない。何も、筆者は老人が嫌いなわけでもないし、敬う精神が欠如しているわけとも思えないが、どうにもストンと胸におさまらないのである。先ずは、敬老の日にちなんだ「シニアコム」の世論調査を時事が伝えているので引用する。

≪「敬老の日」対象、自認は1割=65歳以上、特典は積極利用-民間調査
 「敬老の日」の対象に自分が該当すると思う65歳以上はわずか1割-。市場調査会社「シニアコム」(東京都港区)が行ったアンケート調査で、そんな高齢者の意識が浮かび上がった。同社担当者は「65歳以上でも、自分を高齢者だと思わない人が多いようだ」としている。
 調査は9月、65歳以上の男女を対象にインターネットで実施。528人から有効回答を得た。
 その結果、「敬老の日」が自分たち向けの祝日だと思うか尋ねたところ、「そう思う」は3.2%、「ややそう思う」は8.9%だった。「どちらともいえない」は19.3%で、否定的な回答が7割近くを占めた。
 気持ちの上で感じる自分の年齢について、78%が「実年齢より若い」と回答。電車やバスの優先席を利用したことのない人は、65~74歳で43.8%に上った。
 一方、65歳以上が対象の「シニア割引」などのサービスを利用する高齢者は73.8%で、特典はしっかり活用する傾向も。最も利用されているのは、コンサートや映画の割引だった。≫(時事通信)

 この調査でも理解可能なように、最近の高齢者と云うもの、相当にいかがわしいのである。何故筆者がこんなことを書くかというと、65歳から75歳くらいの高齢者と呼ばれる人々の間に、上記のような恥を知らない、その癖、権益や利便は享受すると云う“あさましさ”が垣間見えるからに他ならない。身障者の駐車禁止除外ステッカーの不正利用でも見られる事だが、日本文化の最も最たる誉は「恥の文化」ではなかったのか。今や、東京などという街の高齢者は“旅の恥はかき捨て”こそが生甲斐のような人種が溢れている。

 若い世代の見本になるどころか、若い世代以上に傍若無人なのである。自転車で街中を疾走し、相手を傷つけるような行為はしないが、道路の右も左も関係なく、時にはど真ん中をウロウロと徘徊するように動き回る“老人ふらふら自転車”ほど迷惑至極なものはない。中高年登山も度々世間に迷惑をかけ続けている。クリニックは高齢者とガキの巣窟だ。まぁそれが生甲斐ならそれも良いだろう。しかし、ドクターを一人占めして、延々と井戸端談義をされたのでは、世間の害毒でさえある。

 75歳くらいまでは、平均寿命の関係からみて、然したる老化はしていないに違いない。しかし、社会が彼らを老人として、現役世代から追い出すのである。気力も体力も資金も豊富な彼らが、世の為人の為に尽くすかと言えば、そう云うことは望む薄だ。彼らの多くは戦後の大混乱で苦しんだわけでもなく、長きに亘る耐乏生活を強いられる事もなく、高度経済成長の中で、ぬくぬくと育ち、生き抜いた世代なのである。筆者からみれば、彼らはよく言われる「逃げ切り世代」なのである。しかも、戦後日本の“上澄み”のようなイイ所だけを喰い尽した世代だとも言えるのだ。

 筆者の知っている彼ら高齢者は、バイアグラ等々の支援を受け、性的にも枯れることを知らない。彼らの半分近くが、性的に現役で、古女房ではないパートナーとの愉しみに耽っている。週刊ポストでは、中高年のセックス特集を毎週のように組み、大好評で売り上げを確実に伸ばしているそうである。この世代が、日本中の世代の中で最もブランド志向が強く、ビトンのバッグや“いつかクラウン”の虜になっている。海外旅行なども行ってみても、若い連中に見た貰いたい場所に、中高年者がたむろしている(笑)。

 勿論、そうではない人々も沢山いるだろうが、この筆者の指摘はまったく的外れな話だとは思わない。2020年東京オリンピック決定で、一番歓んでいるのもこの世代だろう。拘束されることがなく、時間を持て余し、体力も維持されているのだから、オリンピック観戦世代としては余りにも最適だ。15日総務省発表の高齢者推計人口によると、同日現在の65歳以上の高齢者は総人口の25%に達している。年金や医療費の増加は歯止めがかからず、公的債務が年60兆円と云うのだから、財政が破綻しても不思議ではない。せめて、医療費負担が1割から2割になったことは、自民党の蛮勇だが、現役世代並みに出来ないのが政治の限界かもしれない。

 この医療費も、70歳以上の医療費が全体の医療費の44%を占めると云うのだから、健康志向も程々にしたらどうか、と毒づきたくもなる(笑)。仮に、現在の高齢者の受益負担が、現役世代並みに公平なら、それも悪くはない。しかし、彼らは少ない負担で、多くの受益だけを享受している。これで、孫子の代に借金は残せないと言いながら、何処か変なところはないか?と体調管理に余念がないのには参ってしまう。消費増税も、受益を享受する為には致し方あるまいと云う考えのようだが、そもそも過大受益者である事実にはソッポを向いている。それに、消費増税と云うものは、筆者は何度も言っているが、70歳の高齢者よりも、10歳の子供の方が長く、その消費税率を負担するのであり、到底、孫子の代に借金は残せないわけではない。やはりツケ回しの擬態に過ぎない。

NHK さかのぼり日本史 外交篇 [5]江戸 外交としての“鎖国
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監視社会・管理社会をこよなく愛す日本人 ”自由”と”安心”のトレードオフ

2013年09月15日 | 日記

 

安心のファシズム―支配されたがる人びと (岩波新書)
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●監視社会・管理社会をこよなく愛す日本人 ”自由”と”安心”のトレードオフ

 「安心・安全・便利・快適」を意味なく望む人々(国民)が増えれば増えるほど、権力は彼らの望みを適えてやると言いながら、非常に巧妙に彼らを監視する社会を構築する。監視社会をテーマとしたジョージ・オーエルの小説「1984年」が近づいてきたような感じだ。小説のような環境設定はないのだが、自由を一定の範囲で切り売りしてでも監視社会を望む国民がいるわけだから、飛んで火にいる夏の虫のような按配だ。「1984年」を買って読めとは言わないが、“あらすじ”をパクリで紹介しておく。

 「1984年」ジョージ・オーエル著のあらすじ
≪1950年代に発生した核戦争を経て、1984年現在、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの3つの超大国によって分割統治されている。さらに、間にある紛争地域をめぐって絶えず戦争が繰り返されている。作品の舞台となるオセアニアでは、思想・言語・結婚などあらゆる市民生活に統制が加えられ、物資は欠乏し、市民は常に「テレスクリーン」と呼ばれる双方向テレビジョンによって屋内・屋外を問わず、ほぼすべての行動が当局によって監視されている。
 ロンドンに 住む主人公ウィンストン・スミスは、真理省の役人として日々歴史記録の改竄作業を行っていた。物心ついたころに見た旧体制やオセアニア成立当時の記憶は、記録が絶えず改竄されるため、存在したかどうかすら定かではない。スミスは古道具屋で買ったノートに自分の考えを書いて整理するという、禁止された行為に手を染める。
 ある日の仕事中、抹殺されたはずの3人の人物が載った過去の新聞記事を偶然に見つけたことで体制への疑いは確信へと変わる。「憎悪週間」の時間に遭遇した同僚の若い女性、ジューリアから手紙による告白を受け、出会いを重ねて愛し合うようになる。
 また、古い物の残るチャリントンという老人の店を見つけ、隠れ家としてジューリアと共に過ごした。さらにウインストンが話をしたがっていた党内局の高級官僚の1人、オブライエンと出会い、現体制に疑問を持っていることを告白した。
 エマニュエル・ゴールドスタインが書いたとされる禁書をオブライエンより渡されて読み、体制の裏側を知るようになる。
 ところが、こうした行為が思わぬ人物の密告から明るみに出て、ジューリアと一緒にウィンストンは思想警察に捕らえられ、愛情省で尋問と拷問を受けることになる。彼は「愛情省」の101号室で自分の信念を徹底的に打ち砕かれ、党の思想を受け入れ、処刑(銃殺)される日を想いながら"心から"党を愛すようになるのであった。
 本編の後に『ニュースピークの諸原理』と題された作者不詳の解説文が附されており、これが標準的英語の過去形で記されていることが、スミスの時代より遠い未来においてこの支配体制が破られることを暗示している。 ≫(ウィキペディア抜粋)

 この小説は1949年に刊行されているので、インターネットの概念が生まれたのが1960年で、1969年にUCLAとスタンフォード研究所間で接続され、同年12月UCサンタバーバラ、ユタ大学が接続され4つのノードとなったのが現実の姿であり、1995年の、MS社Windows95の登場で一般個人でのインターネットの利用が加速度的に普及した。つまり、オーエルがこの小説を執筆した時点では、ITは萌芽の兆しさえなかったのである。オーエルの小説にインターネットの目覚ましい進化などを加え、FBやTwitterにアルゴリズム等云う数学的分散処理機能が加われば、トンデモナイ小説が生まれていたに違いない。国家権力の監視だけにとどまらず、国民相互監視社会が誕生する方向性が見えてくる。直接監視社会に警鐘を鳴らしているわけではないが、面白いコラムがあった。

≪ネットで炎上…監視社会に「喜んで」飛び込む若者  編集委員 田中陽  監視社会――。
 この言葉を聞いて、大半の人たちはいいイメージを持たないはずだ。監視社会を題材にしたジョージ・オーウェルの小説「1984年」。国家権力が各所に設置した監視カメラ「テレスクリーン」によって市民の行動と音声が把握され、プライバシーの全くない息苦しい、暗黒の社会を描いた。

 ところがである。そんな監視社会に「喜んで」飛び込む若者たちがこの夏、相次いだ。例えばコンビニエンスストアのアルバイトが店内にあるアイスケースの中に入っている写真をフェイスブックにアップ。また飲食店では客がテーブルにあったソースなどの容器を鼻に突っ込んだ写真をツイッターに投稿した。最近も 飲食店で全裸となっている姿をフェイスブックで公開したケースもあった。こうした悪ふざけはネットの世界でたちまち拡散し、社会問題に発展した。仲のいい友達だけに見てもらおうと思った「内輪受けネタ」「軽い気持ち」のはずが、その写真を見た友達が面白がって拡散させたことなどで白日の下にさらされて炎上 してしまう。

 本人たちは意識はしてないだろうが、ネット社会に築かれた監視社会に自ら飛び込んでしまっているのだ。
 かつてネット社会は匿名性の高いメディアと言われていたが、もはやそんな時代ではない。「足跡」は至る所に付き、そこに写真があろうものなら、「誰がやったのか」という特定もすぐされてしまう。スマートフォンなどにある全地球測位システム(GPS)が働けば「どこ」という現場も捕捉される。やっかいなのは社会的な制裁を受け、猛省してもネット上では半永久的に悪ふざけが残る。「時効」はない。

 筆者は2年半前にこの「ニュースこう読む」で、「ネットに縛られる若者たち」と題して、SNS社会は「ソフトな監視社会だ」と書いたことがある。互いに 「いいね!」をポチッと押して、居場所や行動を知る。ポチッと押さないと仲間はずれになることを恐れるから、「いいね!」合戦を繰り返す。互いが行動をモニタリングする社会を「ソフトな監視社会」とした。

 今回はあまりにも悪質だからネット社会の監視機能が働き、騒動に発展したが、何気ない投稿であっても自らが監視社会に飛び込んでいることに他ならない。そして、面識のない人から「いいね!」をポチッと押されて、驚くこともある。繋(つな)がっている安心感なのか縛られているような違和感なのかわからない。

 リアルな世界であっても建物の内外には監視カメラが至る所に設置されている。そこでは日常的に私たちの姿を捉えている。東日本旅客鉄道 (JR東日本)がICカード乗車券「Suica」の乗降履歴などのデータを販売していたのも監視社会の一コマかもしれない。おそらく今や誰にも足跡を知られることなく自宅から学校や職場、バイト先までたどり着くことはできないだろう。

 結果的に監視されている世界にはSuicaのようなビッグデータが生まれ、使い方によっては企業や生活者に大きなメリットを生む可能性は大いにある。一方、監視社会の不気味さを描いた「1984年」で独裁者として登場するのはビッグ・ブラザーだ。

 悪ふざけの顛末(てんまつ)のニュースを気にかけながら、どうやって「2つのビッグ」とこれから付き合っていくのかを考えてしまった。 ≫(日経新聞)

 安倍政権で成立を試みるであろう「特定秘密保護法案」にせよ、既に法案化乃至は条例などを通して、監視社会は確実に我々の生活の中に忍び寄っている。 安心のファシズムと云う言葉があるが、秘密保護法案、共通番号制度、住基ネット、生活安全条例、監視カメラ、Nシステム、暴力団排除条例、暴排法、児童ポルノ改正案等など、思い出すだけでも、相当に暑苦しい世の中になっている。安倍政権は日本版NSCの創設を当初の予定よりも繰り上げる方針を決定しているし、2020年オリンピック開催の決定により、東京の安全と確実さは、極めて強く作用するだろう。たった2週間程度のスポーツの祭典によって、日本、特に東京周辺は、監視社会のサンプルになるかもしれない。その後も、おそらく監視システムは作動し、それからの東京の街を監視し続ける。

 つまるところ、「安心・安全・便利・快適」と「自由・個人情報」のトレードオフの関係である。悪いことさえしなければ、監視など怖くないと思うのは勝手だが、想像以上に息苦しい社会が生まれるような気がする。警視庁は、噂によると、あのイカガワシイ街として名高い“アキバ”の浄化を狙っているとも言われている。孫の水浴びの写真をPCに取り込んだだけで、児童ポルノ云々と言われる日は近そうだ。オーエルの小説の上を行く世界をこの目で見られるかもしれない。イヤハヤである(笑)。さしずめ、筆者も極悪人にされるかもしれない。10年後、どこぞに移住しなけれならないのかも?

PS:米国では、政府によるプリズム等々の覗き盗聴行為が一般市民にも及んでいる事を感じたのか、オーエルの小説「1984年」が米アマゾンの売り上げで、7000%増を記録したそうである。日本でも現実には監視社会の体制は強化の方向だが、それを怖れる人々は、まだ少数のようだ。

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)
クリエーター情報なし
早川書房


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