世相を斬る あいば達也

民主主義、資本主義とグローバル経済や金融資本主義の異様な違いについて

●経済界のオネダリ “入管法改正”は改憲以上の影響力

2018年11月17日 | 日記
戦後日韓関係史 (有斐閣アルマ)
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有斐閣

 

対米自立
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花伝社

 

国家戦略特区の正体 外資に売られる日本 (集英社新書)
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集英社


●経済界のオネダリ “入管法改正”は改憲以上の影響力

最近の日韓関係には、関東大震災時には朝鮮人大虐殺の歴史や第二次大戦時の慰安婦問題、徴用工問題が横たわる。その前には日韓併合の歴史がある。これら歴史における恩讐は、様々な取り決めがなされても、韓国から日本は攻撃され続ける。おそらく、この恩讐の歴史は永遠に継続されるもので、終止符はないと思われる。或る日本人は「毟られるだけだ」、「あいつらはゆすりタカリが得意だから」と苦虫を噛み潰す。しかし、ある日本人は「現に酷いことをしたのだから、謝り続けなければならない」と思う者もいる。

個人的には、韓国の世論は、かなり執拗な資質なのだろうな、と云う印象はある。世界標準と比較して、韓国への戦後賠償が不足だったのではないかと云う疑念もある。それこそ、どこよりも多額の賠償費を支払っておけば、国際世論的にも優位に展開するのだろうが、どうも、ケチった傾向が明らかなので、国際比較でも、充分な賠償額だったと、胸を張ることは難しいようである。ネトウヨのフェィク情報では、ドイツは戦後賠償をしていないなどと、FOXニュース並みの情報を平然と報じている。日独の賠償額の差は、地続きと海を隔てた侵略の差があることで、侵略地の面積や数の違いとユダヤ人虐殺が重なるため、日独の賠償額比較論は意味がないのが結論だ。

日独比較論を待つまでもなく、日韓の賠償交渉時の韓国は、当時、朝鮮戦争後でもあり、発展途上国であった。つまり、今の韓国では考えられないほど貧しい国であった。朝鮮特需の日本とは経済的に大差があったわけで、当然、当時の交渉は、日本優位で展開された。問題は、公正公平の立場で、日韓は交渉したのかどうかと云う疑念だ。また、ドイツは戦争責任をナチスに負わせたが、日本は皇軍の頂点である天皇制が残されたことで、責任を転嫁する道が閉ざされていた。しかし、ドイツも東西分裂と云う重荷を背負わされた歴史がある。ただここで言えることは、韓国が日本を侵略して、国土を蹂躙でもしない限り負の歴史として受けとめ続けるのは、日本人としては仕方のないことで、特別逃げる必要はない。個々人なりに歴史認識をするだけのことであり、“べき論”にする問題ではない。

ただ、今回の徴用工問題は、日韓関係のネックになる危険性は充分にある。仮に、朝鮮戦争の終結、韓国・北朝鮮の融和、統合がなされた時、“日本vs朝鮮半島”の対立は先鋭化してくる危険は大いにある。在韓米軍、在日米軍が重しになるので、戦争などは起きないと云うのが主論だが、現在とトランプ大統領の傾向から類推した場合、両国からの米軍撤退の可能性は充分にある。各論においては、米軍撤退は、まことに結構なことだが、総論において、戦争で日本も朝鮮半島も焼け野原になったのでは、各論賛成でも、笑うに笑えない。

本日は、安倍政権が“泥縄式”な経済界の需要に応じて外国人労働者を受け入れる入管法改正は今までの移民政策の方向性を180度変更すると云う話題である。このような国のあり方を大きく変えてしまうような法案を、ろくすっぽ議論もせずに、来年4月には施行を目指すというのは、あまりにも拙速だろう。“人手が足りないから、景気が良いから”と足元だけを見て、政府に強請る(ねだる)のが守銭奴経済界なのだ。バブル期の反省などどこ吹く風で良い気になるのが日本の経済界の特性だ。

今にして思えば、バブル期には、景気は青天井で好くなる筈だから、大卒なら誰でも良いから入社させたのが、日本企業だ。そして、その結果、今になって50代前半の正社員のリストラや出向などの人減らしに躍起になっているのが日本企業だ。おそらく、ここ数年、“人手が足りないから、景気が良いから”と云う理由で雇用された人々も、2,30年後には、無用の長物扱いされるのは目に見えている。日本企業には、経営哲学の乏しい企業が多く、何度でも、労働政策に関して、同様の過ちを繰り返している歴史がある。

企業にとって、人材に世代の断層があることは、成長の継続において重大な瑕疵になるわけで、必要な人材は、世代において万遍なく平均的に雇用すべきで、“人手が足りないから、景気が良いから”が雇用のコア係数にすべきではない。それ程日本企業の経営哲学は欠落している。このような日本企業の、人材や労働者に対する思考に哲学がないことで、徴用工なども生まれたのだと考える。日本人よりも低賃金で奴隷のように働かせることが出来ると考えた結果、短絡的雇用政策が、何の躊躇いもなく行われたのだろう。

徴用工と同様に、今日の日本で、怪しげな「技能実習制度」を悪用した悪質な外国人雇用がまかり通っている。まともな雇用者もいるだろうが、悪用を知りながら、見てみぬ振りする日本政府の態度は、徴用工や慰安婦と相似の問題点が同根に存在する。人手不足の深刻な業種で、即戦力となる労働者を期限をつけて受け入れると政府は言うが、間違いなく、外国人の労働者数が急増するのは確実だ。その数はマックス60万人とされ、受け入れ先は農業、建設、介護、外食などの人手であり、どう考えても「稀有な人材」と呼べる労働力とは言えない。また、彼らの立場を守る、社会保障制度は手つかずで、医療や年金、失業手当など何も決まっていない。これでは、外国人労働者の使い捨てに過ぎず、まさに徴用工を彷彿させる。そもそも、政府が考えるほど、外国人労働者が応募してくるかどうか怪しい面もある。

筆者は、殊更に「移民」に否定的ではない。しかし、今回のような経済界の“人手が足りないから、景気が良いから”と云う足元の理由で、簡単に「移民」を導入する政策は拙速であり、禍根を残すのは確実と考える。この事実は、安倍首相が騒ぎ立てている「改憲案」よりも、日本社会への影響力が大きい政策転換と捉えるべきである。慰安婦問題や徴用工問題には、一概に韓国政府や同国国民の考えには首を傾げるが、日本企業は日本政府の、労働哲学の欠如がもたらした結果と云う意味では、どうも我が国は反省しているようには思えない。

たしかに、韓国ネット社会の“坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”と云う劣情の発露には、いささか辟易するわけだが、これらの諸問題に、日本企業や日本政府の労働哲学の、いや、国際社会における公平公正の感覚が、悪しきアメリカと云う覇権国とつき合う中で、欠落したような気にもなる。“虎の威を借る狐”なのだ。しかし、明治期以降、日本は、一番強そうな国、英国、ドイツ、アメリカと、親分を代え代えして、金魚の糞の如く生きてきた国なのかもしれない。この理屈から見えてくる「次なる金魚」がチャイナになのは当然だ。歴史が一回りしたようなもので、隋や唐から始まり、ポルトガル、スペイン、オランダ、英国、ドイツ、米国。そして、チャイナに戻ると云うことなのだろう。正直、“武士は食わねど高楊枝”の精神文化は、どこに行ったのだろう?


なぜ日本は没落するか (岩波現代文庫)
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経済学は悲しみを分かち合うために――私の原点
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三つの革命 ドゥルーズ=ガタリの政治哲学 (講談社選書メチエ)
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●偽装された普遍的価値 アメリカン・ドリームの崩壊

2018年11月12日 | 日記
異端の時代――正統のかたちを求めて (岩波新書)
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トランプのアメリカに住む (岩波新書)
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アメリカとヨーロッパ-揺れる同盟の80年 (中公新書)
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●偽装された普遍的価値 アメリカン・ドリームの崩壊

欧米が創りあげた民主主義と資本主義が、いま悲鳴を上げてのたうち回っている。マネーの奴隷と目される市場原理主義経済は、本来の資質通り、善悪や正義不正義、人道的見地‥等、公式な民主主義の定義に含まれている本質論には目もくれず、地球上を剥き出しの欲望のまま闊歩している。この自由な闊歩がグローバリズム経済により極大化されたと云うのが、最近の現状だろう。マネーの奴隷として象徴的に見られるのが企業であるとすれば、民主主義を持たない企業群に自由な活動環境を提供する国家と云うものは、結果的に、自発的なマネーへの従属を意味する。

昔の社会科の教科書には、企業には社会的使命が実存するかのように教えていたが、最近の企業を見る限り、この言説は嘘くさい。マネーの悪癖に振り回された市場原理主義な世界にある企業群には、社会的使命を果たす余力は奪われてしまったと考えるべき時代になった。国境なき経済活動を推進するグローバリズム経済と云うものは、国境のある経済活動の限界から生まれた鬼子のようなもので、マネーの欲望を極大した姿なのだ。しかし、このグローバリズム経済もフロンティア地域(今までは中国)で行き止まりを迎えている。

なぜ行き止まりなのかと言えば、グローバル経済(マネー)のご馳走であったフロンティア地域(中国)が、或る時点から共産党独裁の国家資本主義の担い手として成長した。フロンティア地域だと思い込んでいた中国が、いまや、市場を提供するばかりではなく、生産拠点となり、グローバル経済の良いとこ取りに成功した。尚且つ、その国家主義的経済の推進力を利用して、近隣諸国までも呑み込む経済活動区域(一帯一路)を拡大させるに至った。グローバル経済で良い思いをしていた国際金融(マネー)は虚を突かれたと云うべき状況になった。これが現状だ。

たしかに、一党独裁国家主義体制の下で、意思決定と責任が各企業に任されている自由主義企業群の経済活動と勝負するのだから、同じ土俵に乗っているとは言えない。ましてや、その国家資本主義が、実力に裏打ちされている場合、その勝負は自ずと知れる。国家資本主義国の勝利だ。中国と云う国家の実力がホンモノだと周辺国が思い込めば思い込むほど、その活動は波に乗る。おそらく、習近平の一帯一路構想にEU、ロシア、ASEANが乗り気になる気持ちも判る。安倍首相率いる日本でさえ、一帯一路への参加を表明するに至っている。現実、筆者は、諸手を上げて、中国の実力を信じていいものかどうか判断はつかない。

それよりも、中国の実力を推し測る代りと言ってはなんだが、日米欧などのグローバル企業群の動きに注目した方が賢明だろう。つまり、彼らの多くは、米国の市場を失ってでも、中国の市場を欲している動きが強く見られる。或る意味で、一帯一路の市場を、中国と共に分け合いたいと手もみしているようにさえ見える。しかし、これら企業群のマネーの多くは、米国ウォール街や英国シティー派生のものである。この点が、話を複雑にするのだが、マネーが自国に相当する英米の市場から遠ざかろうとしているのだ。マネーが、巣食う肉体を変えようとしている。

事実問題として、肉体の主である米国では、トランプ大統領による孤立主義が鮮明化しているのだ。格差や差別を美辞麗句で覆い隠す、偽善的民主主義を捨て、現存する醜悪な差別や格差を鮮明化すること、事実を事実として映像化してしまう、欲望剥き出しの民主主義と米国一国主義の米国を作ろうとしている。かなりの点で、グローバル経済からの撤退である。そして、個別的な利権を主張する傾向を鮮明にしている。おそらく、この状況が続けば、日欧等の企業による、米国市場へのアクセスは限定的にならざるを得なくなる。

このような状況は、米国経済の収縮を意味するわけで、限定的だが覇権の揺らぎにも繋がることになる。米国の揺らぎの分だけ、覇権の流れは中国に向かうわけだ。もし仮に、米国が同様の政策を取り続ければ、米中と云う、新たな東西冷戦構造を、意図的に再構築することになる。意図的にと言ったが、レーガン政権以降の米国経済は、紆余曲折はあったものの、中間層を失いながら、格差を拡大させ、辛うじて世界NO1の経済力を維持してきたが、経済活動の無理が、重大な格差を抱え、国民を分断するに至っているようだ。

つまりは、レーガン時代のプラザ合意以降、結局、米国の経済的ヘゲモニーは終焉に向かっていたことになる。トランプ大統領が、経済的ヘゲモニーを投げ捨てた大統領のように言われるのは少々気の毒で、格差と云うおもりを課された大統領と解釈する方が、公平なジャッジではないのだろうか。ただ彼は、その格差の鮮明化によって、大統領の岩盤支持層を纏めきると云う手法を使っていることが悪徳保安官のように見えるだけで、米国の弱点を晒して、世界に吠えているわけだが、単に悪者を一手に引き受けただけで、トランプ大統領のみの責任ではなく、レーガン以来のツケを、いま世界に晒しているに過ぎないと云うことだ。

このようなに、米国トランプ大統領や米国の格差状況をみた後で、先進国の「普遍的価値」等と云う言葉が、如何に空疎な言葉であったか、安倍晋三に聞いてみたいところだが、安倍は、今の米国も「普遍的価値」を共有している国だと思い込んでいるかもしれない。いや、「普遍的価値」なんて言葉は、カッコ良いから使っただけで、普遍的の意味すら知らない可能性がある。まぁ、いずれにせよ、米国が経済的ヘゲモニー競争から脱落することは時間の問題になってきた。ただ、軍事的ヘゲモニーは離さない点が気がかりだ。

経済における失地回復に、優位に立つ軍事を使わない保証がないことだ。米国と云う国は、CIAを通じて、世界の多くの国家の政府に干渉し、時には裏技で、政府転覆を得意技にしてきた国なのだ。ゆえに、何をするか判らないと云う裏の顔で、世界に睨みを利かせてきた覇権国だけに、どこに火をつけるか判ったものではない。シリア(IS誕生)、イランに限らず、香港、台湾、中国・新疆ウイグル自治区等々、CIA工作からは目を離せない。日米同盟の見直しを考えていた日本の政治家が早期に潰された姿も印象的だ。しかし、トランプ政権下だからこそ、日米同盟を見直す好機のように筆者には見えてくる。

いまだに、北朝鮮への米軍攻撃も可能性を残しているわけなので、現時点で言い出すわけにはいかないが、朝鮮戦争の終結が宣言された時がチャンスに思える。米軍への経済的支援を増額してでも、沖縄の基地負担軽減を計るべきで、玉城デニーが知事である間に、間隙をついて、トランプ大統領に直談判をして、日本政府の尻を突いて貰えれば、トランプ大統領の独裁も悪いものとばかりは言えないだろう。いずれにせよ、状況判断が難しい世界に突入した。まさに「Gゼロの世界」だ。


自由市場の終焉―国家資本主義とどう闘うか
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知ってはいけない2 日本の主権はこうして失われた (講談社現代新書)
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FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実
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●「Gゼロ」の混乱 G20、唯一の民主国家・日本?

2018年11月09日 | 日記
対立の世紀 グローバリズムの破綻
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ルポ 漂流する民主主義 (集英社新書)
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異端の時代――正統のかたちを求めて (岩波新書)
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●「Gゼロ」の混乱 G20、唯一の民主国家・日本?

以下は『Gゼロ時代』を論じたイアン・ブレマー氏への朝日新聞のインタビューだ。筆者の知るかぎり、同氏の世界観が特に優れたものとは思わないが、朝日新聞が、彼にインタビューしたことに、何らかの意味があるのかと深読みしてみたが、意図は曖昧なままだった。

ブレマー氏は論の中で、≪日本は「先進国のなかで例外的にポピュリズムの台頭から免れている。きちんと機能している世界最大の民主主義国だ」と評価した≫、この発言を読んだ筆者は、背中に虫が入ってしまったように、如何ともしがたい思いを抱いた。この発言に、朝日新聞は特別な論評を加えず、ありのままに掲載していることには、違和感をおぼえた。
先ずは、以下のインタビュー記事2本を読んでいただこう。


≪ イアン・ブレマー氏インタビュー
 ■「Gゼロの混乱、想像よりひどい」米政治学者ブレマー氏
 米政治学者のイアン・ブレマー氏(ユーラシアグループ社長)は朝日新聞などの取材に応じた。米国が保護主義的な行動で国際社会での役割を低下させている現状について「日本にとって非常に悪い状況だ」と分析。日米関係も悪化に向かうと予測した。
 ブレマー氏は「世界がリーダー不在の『Gゼロ時代』に入った」と以前から主張してきた。トランプ米大統領が、Gゼロに向かう世界の潮流を加速させたと分析し、「Gゼロのもたらす混乱は想像よりはるかにひどかった」と述べた。
 通商問題をめぐる米国の孤立ぶりが際だった6月上旬の主要7カ国首脳会議(G7サミット)については「過去最悪のG7だった」と振り返った。「日本は米国が主導する多国間の制度から利益を得てきたが、その米国が弱まる一方、中国が強力になりつつある」と、日本を取り巻く環境は悪くなりつつあると指摘した。
 トランプ氏が「二国間の貿易協定」を求める姿勢を崩さず、日本からの輸入車への高関税措置もちらつかせていることに触れ、日米関係は「今後悪化する」と分析した。
 一方で、日本については「先進国のなかで例外的にポピュリズムの台頭から免れている。きちんと機能している世界最大の民主主義国だ」と評価した。中国との軍事的な競争は得策ではないと述べ、ソフトパワーの強化や、インドや東南アジアとの連携が重要だと訴えた。(ワシントン=青山直篤)

■リーダー不在のGゼロ時代「日本こそ指導役に」 米学者
 米中の対立が激化し、各地で戦後国際秩序の基盤となってきた民主主義が揺らぐなか、世界の秩序は大きく変わりつつある。米国際政治学者のイアン・ブレマーさんは、リーダーとなる国が存在しない「Gゼロ」を予測した。10月に来日したブレマーさんに世界の現状と日本の役割を聞いた。 ――世界の現状をどう見ますか。
 「今は『地政学的不況』下にある。第2次世界大戦以来、経済不況は7年おきくらいに訪れ、我々は経済不況から脱するのにどういう手段があるか、ある程度理解している。2018年も世界が一堂に会し、『我々に違いもあるが、不況は望まない。景気刺激の救済策で連携する必要がある』と声をあげた。だが、地政学的秩序はゆっくり変化し、より危険だ」
 「米国が主導した世界秩序が終わり、世界から飛び込んでくるニュースを見れば、米国は同盟国の反対にもかかわらずイラン核合意から離脱し、サウジアラビアはトルコでジャーナリストを殺害。ロシアはあらゆる国にサイバー攻撃し、選挙の妨害を試みる。中国は国際刑事警察機構トップを拘束する。明らかに秩序が崩壊していることを示している。国際機関やリベラル民主主義が弱体化しているのに、リーダーが集まってもそれをどう修復するか議論もしていない」

 ――トランプ米大統領をはじめ、反グローバリズムをアピールする指導者が増えてきました。

 「四つの理由がある。第一は、先進工業民主主義国で中産階級が置いてきぼりにされている。第二は、特に欧州でそうだが、移民の流入を好まず人口構成が変わるのに反感を持つ。第三は、米国が牽引(けんいん)した戦争にかり出される貧しい人々の反発。最後はソーシャルメディアの発達。自分好みや同意できることのみを提供するアルゴリズムによってニュースや政治情報を得る人々が多くなったことだ。最後の技術やソーシャルメディアはこの5年間で起きたもので、最も影響が大きい。二極化に拍車をかけ、ポピュリズムや過激主義の台頭を生んでいる」

 ――日本の政治情勢をどう見ていますか。

 「Gゼロの唯一の例外は日本。人口減少で1人当たりの所得は悪くない。日本は移民をさほど受け入れず、反移民感情も低い。日本は戦争に反対し、軍を戦地に送らず問題を抱えていない。ソーシャルメディアについても、日本の利用者は人口の39%に過ぎず、大人はあまりそれを好まない。世論調査によれば、日本人はまだ新聞や雑誌を信用しており、ソーシャルメディアを信用していない」
 「欧米がリベラル民主主義の危機に直面しているなかで、日本はリベラル民主主義が機能している事例となっている。多様性は共に協力し、相互交流して何かを構築する時には強みになるが、互いに交わらず、別々の場所から情報を得る時、多様性は弱みになる」
 「日本は自分たちのモデルを宣伝していないが、危険な状態に突入する可能性がある世界で、それは日本にとっても好機であるばかりか、責任がある。リベラル民主主義が崩壊するなか、日本が国際的に発信しなければ、それは非難に値する。日本がすべきことは多く、IMF(国際通貨基金)やWTO(世界貿易機関)のような国際機関を守るため、さらに活発な指導的役割を果たさなければならない。これまではあまり好まなかったのかもしれないが、日本の外交力で声高に主張すべきだ」

 ――米中関係をどうみますか。

 「米中では二つのことが起きている。これまで米国民が中国を気に留めていなかったような様々な問題で、中国がさらに強力になってきていることと、両国がウィンウィンの関係からゼロサムの競合に軸足を移している。これらが組み合わされると非常に危険だ」

 ――国際社会で日本はどう振る舞うべきですか。

 「安倍晋三首相はトランプ氏に好意を持っているように随分と振る舞っているが、2人の関係はうまくいっていない。日本人は礼儀正しく、争いを避けるのがうまいが、それは実際の友情とかけ離れている。トランプ氏は他国の指導者のことなど気にもかけず、米国の長期的方向性も気にしない。ほとんどの政治家は、ある程度自己陶酔的になるが、彼のレベルは過去の大統領と比べものにならない」
 「安倍首相が憲法改正や日本の軍事力構築を推し進めるのは、よい考えではない。日本が不必要に脅威とみられる。多くの米国の外交専門家は来日すると『日本には強力な軍事力が必要だ』と発言するが、それは日本に聞こえのよいことを言っているからで真実ではない。もし日本が賢いのなら、大きなシンガポールのような国になるべきだ。脅威とも見られず、米中双方とうまくやることだ」
 「サービスやインフラ、高齢者の健康管理など、日本には中国が必要とする優れた物がたくさんある。米中関係が窮地に陥れば、日本は米国に付かざるを得ず、軍事や技術協力、経済貿易の側面から、その選択の余地はない。(中国に)敵対姿勢を示したいと思わないのなら、米中関係が悪化しないよう望むべきだ」(聞き手・佐藤武嗣、清宮涼)
 ≫(朝日新聞デジタル)


安倍官邸にも出入りしている同氏の論を、ここまであけすけに朝日が報じるのは何なのだろう?どうしても、考えたくなる。敢えて、ブレマー氏や朝日が、何を言わんとしているのか、彼らの罠に嵌ることで、考えを巡らしてみたいものである(笑)。筆者が気にかかる点は、同氏が好んで使う『リベラル民主主義』と云う言葉だ。世界で起きている社会・政治現象を、個別に見ていけば、その一つひとつから、民主主義の崩壊を読み解くことが出来るのは事実だ。

しかし、そもそも民主主義と資本主義、敢えて言えば“企業論理(マネー・利潤追求)”は相いれない関係性を持っていることだ。企業の活躍しやすい社会を目指せば目指すほど、その国の政治は民主主義から遠ざかる。それは当然のことだ。マネー・利潤追求、つまり企業には民主的互助的原理は存在しないと云うことだ。日本社会の共通の興味は、ここ何十年も、“景気・雇用・社会保障”に集約されている。前者の二つは企業の活性化を求めたものである。後者の社会保障の充実等々は財源が必要なのだから、歳入の是非にかかっているので、やはり、企業の活性化だ。

つまり、リベラル民主主義体制においても、その大衆が求めているものは、企業活動で得た利益の再配分を期待していることになる。大衆は、民主主義と云う観念のない企業に、リベラル民主主義的行為又は観念を求めていることになる。無論、このような大衆の望みは、ない物ねだりなのだから、実現することは、毛ほどもない。民主主義を維持することと、その大衆が求める諸課題を解決するプロセスには、自己矛盾があるのだから、実現することは、ほぼ皆無なのだ。

企業経営者は、1年ごと或いは四半期ごとの経営成績に一喜一憂する地位であり、少ない資本で、いかに最大限の利潤を出すかが死活問題なのだから、法人税などの社会還元は、限界点まで少なくしようとするわけで、大衆が求めるトリクルダウンとは真逆の行為に始終している。だからと言って、企業経営者が悪だとは言えない。彼らは役割を果たしているに過ぎないのだから。個々の経営者は、自分の行動が民主主義の原理に反しているかどうかなど考えている暇はない。常に、利益の最大化を目指す存在なのだ。そして、リベラル民主主義の論理とは真逆な行動で評価されることさえある存在だと云うことを大衆は忘れている、或いは気づいていないと云うことだろう。

リベラル民主主義と企業活動は、ある点で合意形成可能だが、最終的には破綻の道に突入せざるを得ない関係性を持っている。その調整弁に、政治や行政が存在する理由があるわけだが、最近の安倍政権の動きなどを観察すると、企業(マネー)の性格と、大衆の要望のミスマッチを調整する気はさらさらない姿を露わにしている。アメリカ市場の拡大は望めないので、現状維持に努めるが、低下は確定的だ。それなら、行くべき市場は中国やASEAN市場だ。安倍政権も経団連も、パンツ一枚まとわずに、中国に詣でた。

このような国、日本であるにも関わらず、ブレマー氏が、≪日本は「先進国のなかで例外的にポピュリズムの台頭から免れている。きちんと機能している世界最大の民主主義国だ」と評価した≫と評した理由はわからないが、米国・EUのポピュリズムが最悪なので、相関的にマシだと評したのか、リップサービスなのか、単に無知なのかは判らない。いずれにせよ、企業(マネー)は市場を彷徨うのだが、最終的には行きづまるしかないわけで、こんなチキンレースを、いつまで続けていくのか誰も判っていないのだ。

いや、次なる処方箋が見えないので、このままでは駄目だと思いながらも、惰性でものごとを判断しているのかもしれない。こうして考えていくと、民主主義と資本主義が、経済の成長期には成り立つペアーであったが、低成長時代においては、離婚の危機にあると云う事実を知ることになる。しかし、長年連れ添ったペアーだけに、多くのしがらみがあり、容易にペアー解消には至らない。おそらく、日本も世界も、“普遍的価値観”をチェンジする難題に直面している。筆者は以前から、定常経済における国家観を考える時期が来ていると主張しているが、安倍政権は、まだまだ市場原理主義に則って、世界の市場を彷徨おうとしている。困った政治家だ。

最後になったが、朝日新聞はブレマー氏のインタビューで語られた≪世論調査によれば、日本人はまだ新聞や雑誌を信用しており、ソーシャルメディアを信用していない≫。ここの部分だけ言いたかったのかもしれない(笑)。次回は、新たな“普遍的価値観”否、“固有の価値観”と云うものを考えてみようと思う。


ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来
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未来を読む AIと格差は世界を滅ぼすか (PHP新書)
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●安倍訪中が意味するもの 日米安保脱却の扉をひらく?

2018年11月01日 | 日記
トランプのアメリカに住む (岩波新書)
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「新自由主義」の妖怪――資本主義史論の試み
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自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体 (講談社現代新書)
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安倍訪中が意味するもの 日米安保脱却の扉をひらく?


自称、良識的日本人を自負するあいば達也は考えた。安倍晋三をコケにすることにも飽きたので、安倍を名宰相にするためには、どのようにすればいいのか、様々に吟味してみた。無論、どれほど理論上の名宰相有資格者であっても、国民から、「あいつは嘘つき」「あいつの人格は許せねえ」と評価された場合、有資格者であっても、二次面接で落とされることは言うまでもない。

最初にオチを言ってしまっているので、これからシタタメル様々な吟味は徒労に終わることは承知だが、3期も自民党総裁を歴任する政治家なのだから、吟味くらいはしてやらないのは礼を失すると考えている。安倍政権の個別案件においては、収賄や強要、恐喝、隠蔽など、何らかの刑法に抵触するような振舞いをしているわけだが、その個別の罪はさておくと、世界の大きな流れの中で、ウッカリ正しい方向に走りだした傾向が観察できる。

歴史の悪戯と云うものは不思議だ。最も愚劣な政治権力者が、右顧左眄する内に、自国を最も正しい方向に導いてしまう出来事があるものだ。無論、安倍政権が論理的に正しい方向性を出したわけではなく、時代の流れの勢いに流され“意地汚い浮き草”のように振る舞った結果、正しい道を歩みだしたということだ。いや、歩みだしているように見えているだけで、逆戻りするかもしれないので、既成事実として評価は出来ないが、現在進行形の範囲で、評価出来る。

無論、その心得の中には、不遜や裏切りの臭いも残っているわけだが、一歩だけでも、正しい日本の方向に足を踏み入れた事実は評価しよう。第一に、対中国政策を最重要に考え出したフシがあることだ。より近い大陸に覇権が移行する臭いの誘惑に負けたと言って良いだろう。近い将来の米国、中国のマーケットの市場規模の差は歴然としているわけで、意地汚い経団連が、中国マーケット重視を、経産省を通じて官邸に強く働きかけたことは容易に想像がつく。そして、その選択は、概ね間違っていないのは事実だ。

今までであれば、外務省が主体になって、官邸を対米従属の強い政権に方向づけていたが、安倍官邸の内閣人事局と云う強権が、官僚独裁政治を打破し、政治主導を実現した。結果、財務省、外務省の力を骨抜きにしたので、フリーハンドの外交が可能になった。政治主導と官僚主導の、どちらが適正な政治を行うかは、その時代の要請によって適性の判断はかわるので、どちらとも言えない。ただ、現時点だけで判断すれば、政治主導だったから、あれほど不用意に安倍は外交が出来たと言える。

そして、その無目的だった外交をしていたわけだが、最後の最後になって行きついた訪中外交で、的を射た。このようなフリーハンドな外交が出来たのは、超強権安倍官邸だから出来たことだが、オバマ時代には絶対に不可能な外交だった。また、トランプと云う米大統領の誕生で、流石の安倍官邸も我に返ったに違いない。こんなアメリカとつき合うくらいなら、中国と朝貢外交した方が得策だと。前門の虎より後門の狼に方がつき合い易そうだと踏んだのだろう。トランプのお蔭で、貿易上は対米輸出で酷い目に遭うが、その分だけ、米国からの政治介入は回避出来るわけで、痛み分けである。であるなら、対中国への接近は当然の結論だ。

親オバマだった独メルケル首相も、やる気をなくした。米国一流の、民主化と云う内政干渉イデオロギーの衰退は確実なもので、この流れが急に止まることはない按配だ。トランプ大統領は名実ともに、世界の警察はやめる、名誉職のような覇権国家でなくても構わない。軍事同盟している国は、米軍駐留経費を全額持つべきとまで言っている。つまり、払わないのなら、米軍を撤退させると言っているの。つまり、話の持っていきようでは、日米同盟が緩やかに氷解する可能性さえあるのだ。

米国が同盟を結んでいる主だった国は、英・EU(NATO)・日豪韓・サウジ・イスラエル・トルコなどだ。その一つひとつを吟味してみれば判ることだが、英はEU離脱で浮足立っているし、EUの盟主ドイツ。メリケル首相はトランプ大統領とは水と油でやる気を失った。ドイツが混乱すれば、EUのスポンサーが消えるわけだから、EU本体の命運にも疑問符がつく。韓国は、北朝鮮と朝鮮戦争終結に向けてステップを踏んでおり、韓国駐留米軍の撤退は、現実的に視野に入った。サウジは王子の乱行で、当てに出来ない国になっているし、トルコも露中への接近が露わだ。つまり、世界で、クソ真面目に米軍とつき合っている国は、日本と豪州だけである。

余談になるが、このような状況下で、辺野古新基地建設に猛進する安倍官邸の姿勢には、どこかで矛盾が露呈している。玉城知事が本気でトランプと話をすれば、「米軍には不必要だが、自衛隊には必要なのだろう」と云う言質を得るだけで、防衛省へのカウンターパンチになるし、官邸の強硬策のイカサマぶりが露呈するだろう。まぁ言いようによっては、自主独立の国家として、辺野古基地は重要だ。普天間、嘉手納より、辺野古が公共事業としても重要と云うのが、経産省政権の言い分になるだろう。

いずれにせよ、安倍官邸は環太平洋よりも、一帯一路への参加を選択すことになるだろう。それがハイエナ経団連の切なる願いなのだから。しかし、下卑た市場原理主義的イデオロギーの名の下、到底無限とは思えない市場を拡大する考えには無理がある。民主主義と云う欺瞞のイデオロギーに裏打ちされたように見えるグローバリズム経済が、持つ者と持たざる者の差を拡大し、最終的には民主主義を破壊する方向に動きだすとは、誰が考えただろう。市場原理主義には無理があった。彼らの考えが正しいと証明するためには、魚や昆虫までを顧客にしなければならなくなる。或いは、地球を2つ3つ用意しなければならない。

安倍首相は、意味が分かっていないだろうが、自由貿易を守ると言っても、グローバリズム経済は金融経済とタッグを組むことで、国境を亡くし、マネーに勢いを与え、人間がマネーに傅く結果を招く。マネーがいくら生き物だと例えられても、マネーに従属する人間たちと云う世界は、想像を絶する醜く空々しい世界になるに違いない。その意味で、トランプ大統領自身は理解してないだろうが、彼の保護貿易主義がグローバル金融資本主義世界に警鐘を鳴らす結果になるかもしれない。

或いは一定期間、残された市場を食い荒らすまで、グローバル企業群が宴を愉しむだろうが、期間限定であり、市場が細ればジ・エンドなのだ。この現在の流れは、自主独立を目指す日本にとって、日米安保体制からの脱却のチャンスだが、米国の重しを失った日本と云う国も、想像してみれば、相当に怖い気もする。米国の従属からの脱却は望むところだが、重しを失った日本と云う国に、本当の意思があるのかどうか、かなり不安である。渋谷のハロウィーン騒ぎを観ながら書いているが、更に不安になる日本の現状だ。

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●安倍の朝貢外交 改憲めど立たず“ウヨ豚”と別れの歌

2018年10月29日 | 日記
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●安倍の朝貢外交 改憲めど立たず“ウヨ豚”と別れの歌

安倍政権がレームダックすることは、時間の問題なのは、誰もが知っている。最長でも3年以上はあり得ないのだから、居眠りでもしていれば、いずれ“コロリ転げた木の根っこ”と云う按配だ。無論、安倍政権下で破壊された日本の根源的システムの修復に、多くの時間と労力と費用が求められるが、それは、国民全体の自業自得から生まれたことなので、「俺は反対した」と主張しても、詮ないことである。

安倍は、自衛隊観閲式で「(改憲は)これは今を生きる政治家の責任。その責任をしっかり果たしていく決意だ」と、憲法改正に向けての決意表明をした。常識的には公明党の協力を得る可能性を含め、日程的に厳しいと見るべきだろう。しかし、公明党が駄目なら、国民民主を抱き込んで、自民・維新・国民の3党で発議に持って行こうと云う強硬路線もないわけではないが無理筋な気がする。そうなると、衆参2/3議席の、国民投票発議のアドバンテージを失う可能性が濃厚になる。

来年夏の参議院選は、勝ち過ぎの自民党参議院議員の改選だけに、現在の発議に必要なアドバンテージを失うことは織り込み済みと言えそうだ。そうなると、安倍政権の功績と、強く国民が認識出来るような政治的出来事でもない限り、衆参同日選を打っても、現在より永田町での勢力図を良くする可能性はゼロに等しい。仮に、習近平の計らいで拉致問題を一気に解決しても(現実は悲惨な事実の確認だろうが)、夏の参議院選で衆参2/3議席喪失と云う情勢を逆転するのは困難に思える。ここで最も肝心なことは、安倍政権が国民に飽きられていることだ。政権が、どのような功績を上げても、国民の中に、ここから先我が国の展望は判らないが、安倍が首相を続けていけないようにしたい、そういう願望の空気が流れている点が重大だ。

その証左ではないが、沖縄県知事選、豊見城市長選、君津市長選、那覇市長選、川西市長選と、立て続けに与党側の候補が敗れている。個別に勝利者側に勝因があるだろうが、無党派の票が反安倍で統一されている点はたしかだ。仮に起死回生の得点を挙げても、“人格への疑問”は払拭しようがないわけであり、また、多くの悪政と悪行の数々を帳消しにすることは不可能だ。妄想的に願望していた北朝鮮と偶発的衝突もトランプの手の平返しで泡と消え、一強多弱体制であるにも関わらず、宿痾的憲法改正意欲の表明は、日本会議へのリップサービスだけで終焉と云う流れのようだ。

トランプに手の平返しを喰らい、プーチンからは馬鹿にされて、アベノミクスと云う言葉はメディアから消えた。安倍政権は、一強多弱の体制作りに邁進することが目的で、何をするかと云う目的を持たない、馬鹿げた政治集団だったことになり、前代未聞の政権だったと政治史に名を刻むことになりそうだ。安倍政治はピンボールの球のように、あっちに弾かれこっちに転がり、場外に弾き飛ばされそうになっている。

ついには、国会会期中だというのに北京に500人もの経済人を引き連れて馳せ参じ、朝貢外交に舵を切ると云う“ウルトラ出鱈目”な政治姿勢に転換した。このような外交姿勢は、日本会議勢力にとって、或いは“ネトウヨ連中”にとって、万死に値するような行為なのである。結局、アベノミクスの失政を経済界から責め立てられ、日米安保外交をしていたら、世界の潮流に乗り遅れ、数年後の日本経済はのっぴきならないことになる、と泣きつかれ、やむなく朝貢外交に舵を切ったと云うのが事実関係だろう。

結局、だいぶ前に水野和夫氏が唱えていた“ユーラシア大陸覇権回帰”が現実味を帯びてきたと云うことだろう。筆者も、水野氏と同様の考えを持っていたが、日本の右派勢力やネトウヨが地団駄踏んでも、中国が世界一の経済大国になることを止めることは、アメリカでも出来ないのが現状だ。アメリカの大企業自体、中国と対立するどころか、中国市場に、自らの企業の進出や製品を購入して貰いたいわけで、トランプ政権の外交姿勢と関わりなく、各企業は、独自の裁量で、中国マーケットへの参入を試みている。

おそらく、2030年前後に中国経済は、名目GDPにおいて米国を抜き去るのは確定的になっている。既に2014年に購買力平価ベースでは世界一になっているので、どこから見ても、中国が世界一の経済大国になることは避けようのない事実である。ゆえに、今回の安倍の訪中は正しい選択なのだが、プーチン、トランプの両首脳に翻弄された挙句の外交姿勢転換に映る意味では、相当に国際的評価は貶められる結果になるだろう。

世界の誰もが疑いようもない事実であるにも関わらず、この中国の世界一の経済大国と云う事実を認めたくない国民が多く住む日本と云う国の教養度はどうなっているのかと疑いたくなるが、戦前戦後と、中国を見下してきた日本人にとって、容認したくない感情があるのは理解出来るが、その感情を煽るようなかたちで、中国人を馬鹿にするテレビ番組が放映され、まだまだ中国は酷い国イメージの映像を垂れ流し、一般庶民に誤った事実誤認をメディアがフェイク的に囲い込んだ罪も大きいだろう。アメリカが覇権に固執する時は「米中戦争」だが、今のアメリカに中国と戦争したいと思う人間はアーミテージを含み、誰もいないだろう。

流石に「改憲」に黄色信号が灯った安倍にしてみれば、もう、“右翼・安倍晋三”という看板を下ろしても好い時期が来たと判断したのだろう。つまり、もう右翼の後ろ盾で政権を維持する魅力はなくなった、そう判断したきらいがある。おそらく、株価は2万4千円がピークで、1万6千円近辺で落ち着くことになりそうだが、日銀の異次元緩和、円安誘導も限界点が見えてきたようだ。いずれ、日銀黒田も店仕舞方向を模索することになるだろうが、ソフトランディングは、ほぼ不可能なわけで、小さな日本独自の恐慌くらいは覚悟した方が良さそうだ。

無論、今後も安倍一強が続くことはなく、来年の統一地方選、参議院選終了後、2/3議席のアドバンテージを失い、改憲右翼・安倍晋三は終わるわけで、後は野となれ山となれの心境だから、参議院選敗退で退陣と云う線が濃厚だ。そうすれば、選挙に敗れて2/3議席確保できず、改憲もままならず傷心に退陣する安倍首相を演じて、安倍一強作りに貢献した日本会議やネトウヨへの言い訳もでき、目出度く退陣するのだろう。まぁ、ここまで考えると、安倍以降の“自民党”と云う政党が面白い。

希望的観測も含むが、安倍退陣後、自民党が分裂傾向を見せるのではないかと考えている。菅が自民党分裂の台風の目と見ている。無論、菅が自民党を割るかどうか別にして、彼が総裁になろうとした瞬間から、自民党は分裂の様相を示すに違いない。菅がなるくらいなら、麻生も、二階も、岸田も。河野も、俺にも総裁の資格あるよね、そういう気分になる。勿論、石破は言うに及ばずだ。最大派閥細田派には、総裁候補になりそうな玉が居ないので、大混乱必至だ。小沢一郎も健在だけに、自民党に手を突っ込み、火に油を注ぐ可能性もおおありだ。

最後の方は、下世話な話になってしまったが、安倍一強なども、“幽霊の正体見たり枯れ尾花”という話に過ぎなかったとあきれ果てることになりそうだ。それにしても、日本人の中国見下し意識は、そろそろ卒業しなければならない時代が到来しているように思われる。そもそも、古代の歴史上の史実に基づけば、遣隋使、遣唐使の朝貢外交により、当時の先進文化を学んだわけであり、世界の歴史がぐるっと一回りして、中国大陸に覇権が戻ってきたことになるわけで、そう嘆き悲しむこととは思えないのだが、皆様はどのようにお考えだろう。


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●安倍政権の醜悪につき合う中で 世界は確実に変貌している

2018年10月18日 | 日記


●安倍政権の醜悪につき合う中で 世界は確実に変貌している

つい先日、第4次アーミテージ・ナイレポート(CSIS戦略国際問題研究所)が報告されたと、朝日新聞等々が報道していた。提言の内容は、安倍政権の外交安全保障姿勢と似通った傾向を持ち、もしかすると、安倍官邸が下書きをしたためて駐日米大使館に送付、返送されてきた書類のような内容で、一顧だも出来ない内容の代物だった。

昔から、ホワイトハウスは二つあると言われてきたが、最近では三つ四つになっているらしい。前述のCSISレポートなどは、その他提言に類するもので、直近の世界情勢から考えてみて、荒唐無稽な情勢分析をもとに、持論を正当化しようと、メディアリテラシーのない、後進国の住民へのプロパガンダにもなっていないもので、お笑としかいいようがないが、日本のメディアは、それなりの待遇で報じている。

この報告書全体に流れている前提は、日米安保マフィア連中の戯言だが、この戯言に準じて、安倍政権の利権的日米同盟の方向性が決定される可能性は強いので、戯言だと馬鹿にしているわけにもいかない。この提言においては、ありもしない危機が創造され、その創造的危機に対応するために、日本は準備しなければならないと云う構図を示し、日米の軍産複合企業の飯の種を提供するように仕掛けられている。如何にも、神の啓示によく似ている。しかし、最近の世界情勢全般に目を向ければ、この創造的危機が荒唐無稽なものであることは歴然としている。

それだけに、今回のアーミテージ・ナイレポートがまがい物であることが歴然としたことは、タイムリーに悪いことではない。筆者の想像だが、ジョセフ・ナイは名義貸しに過ぎないようにさえ思える。もしかすると、アーミテージまでが、その類かもしれない。ドナルド・トランプ政権とも違うし、NYT紙が報じたホワイトハウス官僚らとも異なる、日米安保マフィア政権による、捏造レポートである可能性は非常に高い。ただ、不運なことに、安倍政権においては、同調的論説なので、このCSIS的創造的危機に対応すべく国家予算が浪費される可能性は高い。

しかし、アメリカ大統領にドナルド・トランプが選ばれた現実は直視すべき現象だ。彼の個性的言動が注視されるあまり、米国民の原罪的問題点が軽視されている嫌いがあると云うことだ。米国が自由の国であると云う、或る意味で間違った言説を、我々は信じ切るとか、勘違いしている面が多々あると云う事実を考えるべきかもしれないと云う点だ。端的に言うと、国境のある自由主義と、国境がない自由主義は、まったく異なるものと云うことだ。

つまり、ケインズ的ものと、フリードマン的ものの違いについてだ。結果的な結論だが、明確に国境をもって経済発展を目指すのか、国境の垣根を超えて自由に経済発展すべきか、と云う問題だ。その意味で、トランプの進めている方向はケインズ的である。かなりの試行錯誤はみられるが、フリードマン的なグローバル経済時代の副作用を治そうと云う意志は伝わる。大航海時代から大陸時代への転換点が垣間見えることから目を背けてはならない。

トランプ大統領のキャラクターに目を奪われていると、彼の背後にあるアメリカ人の意志を見逃す危険が大いにあると云うことだ。たしかに、トランプ大統領の言動すべてを非難や揶揄する報道がメインストリームを歩いているが、それは、現在までが、フリードマン的グローバル経済が、スタンダードに成立しているに過ぎないことを前提とすべきである。つまり、現時点でのトランプ大統領は異端だが、ケインズ時代には、ハイエクやフリードマン的思想は異端だった。

英国のEU離脱に象徴されるように、ギリシャ危機的問題が、今では第三位の経済国イタリアを襲っている。このままでは、EUをドイツ一国で抱えることになるわけだが、ドイツ・メルケル首相の影響力にも陰りが見られ、漸く政権を維持しているのが現実だ。ロシアの経済は、そもそもが小さいので、経済低迷は目立たないが、中国の経済成長が鈍化し、米中経済制裁の攻防が体力を奪うのは確実だろう。トランプの北朝鮮融和路線とイラン敵視政策は矛盾な面も見られるが、世界経済に大きな影を落としている。

米・イスラエルの中東の代理人であるサウジアラビアの経済は行き詰まりを見せ、オカルト的王子の政権は、世界に挑戦的だ。駐トルコ大使館内で、反政権ジャーナリストを、生きたまま切断したなどと云う血みどろのオカルト的行為が世界を揺るがしている。あきらかに、現在進行形の出来事は、時代の転換を予感させる。後にして思えば、あの時、トランプの出現こそが、グローバリズムの終焉であったと、歴史に刻まれるのかもしれない。そして、世界は第二ケインズ経済世界に戻っていくのかもしれない。

こんな時代に転換点に、わが国では、安倍晋三というグローバル経済主義者で歴史修正主義者な愚か者が現れたのも、最終的には時代のあだ花と言えるような気がする。国家神道を標榜する日本会議なるものが跋扈する現象も、フリードマン的ものの終焉と、ケインズ的ものの再生が起きる過渡期に生まれた良性の癌くらいに考えるのも、いまの日本を考える時、必要かもしれない。このあだ花の洗礼なくしては、次なる日本のフェーズには進めないと思えば、良性癌のひと暴れは過ぎ去るのを待つのも選択だ。そう云う意味で、コラムの更新もモチベーション不足になっている。

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●安倍外交は50点、敗戦国外交の宿痾と個別の失策が混在

2018年10月04日 | 日記
「日米合同委員会」の研究:謎の権力構造の正体に迫る (「戦後再発見」双書5)
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新・日米安保論 (集英社新書)
柳澤協二,伊勢崎賢治,加藤朗
集英社

 

「日米指揮権密約」の研究:自衛隊はなぜ、海外へ派兵されるのか (「戦後再発見」双書6)
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創元社


●安倍外交は50点、敗戦国外交の宿痾と個別の失策が混在

外交の安倍というフレーズは、外務省の主流であるアメリカンスクール育ちの外交のプロパガンダなのはたしかだが、安倍が首相であっても、誰が首相であっても、たいして変わりのない結果に至っているだろう、と思われる外交の結論はある。そもそも、最後の世界大戦で敗れた国家であり、国連の敵国条項が削除されていない状況であり、且つ、米軍や国連軍に基地を提供しているのだから、独自外交は、常に限定的である。

上述のように、我が国の立ち位置を理解すれば、自虐的とネトウヨから騒がれても、日本の独自外交は成り立たないと考えるのが妥当だ。つまり、日本の首相が、外交で独自路線を選択することは不可能であり、その為に、多くの経済的支出を実行することは、会計検査院の見地から行けば、無用な費用の支出と云うことだ。筆者の感覚からすると、外務省などの規模は、現在の半分以下で充分だ。大使館は数え切れないほどあるが,主要国以外は総領事館で充分だ。米軍が撤退して、独立が鮮明になり、独自外交が可能になった時、総領事館を大使館に格上げすれば良い。

如何にも、独自に外交をしているような仕草をしているのが、外務省であり、その機能を利用することで、国民の目を内政に向かわせない隠れ蓑に使われるようでは、百害あって一利なしである。ようするに、どれほど有能な政治家でも、日米安保基軸と口にする政治が実存している限り、独自の外交路線は存在しないので、外交を力説する政治家は信用できない。本気の外交を行い、日露、日中、日欧の独自外交に舵を切りたい政治家は、日米同盟を緩めない限り不可能と断言してもいい。

なぜ、このような極論を言うかと言えば、安倍政権が、外交の安倍と言い募るからだ。外務省のレクチャーを記者クラブが垂れ流す所為なのか、極めて歪んだ事実が、安倍外交史に刻まれている。米国含む世界のメディアが日米のFTAと表現しているのに、日本のメディアだけがTAG等と云う意味不明な語彙を振り回している。中間選挙が終わったら、アメリカの譲歩が見込めるなどと、谷内が安倍にレクチャーしているのだろう、まったく!

ロシア外交では、あるとあらゆる手を使って、プーチンの訪日を確保するのが精一杯で、島の一個も、岩礁ひとつ返っても来てはいない。グタグタ言っている間に、択捉島と国後島に最新鋭地対艦ミサイルを配備し、且つ海軍基地空軍基地整備を着々と行っている。挙句の果ては、先日のロシア・ウラジオストックで行われた東方経済フォーラムで、プーチンに、「おま思いついたが、年末までに前提条件なしで平和条約を結ぼう」と突如話しかけられ、虚を突かれた安倍は、苦笑いを浮かべるのがやっとだった。そりゃ、外務省の筋書き以外知らぬ安倍のことだ、意味不明にイワンの馬鹿を決めこむ以外選択はなかった。

トランプに手玉に取られるのは既定路線だから、日本外交とはそう云うものなので、構わないが、対露となると、安倍の勇み足は確定的だ。イスラエル外交も勇み足の一つだろう。ISと闘う姿勢を殊更イスラムの敵国イスラエルで語る必要など皆無なのだから、対露、イスラエル外交は失策である。このことがキッカケで、ジャーナリスト後藤健児氏がISに殺害された記憶は今でも生々しい記憶だ。北朝鮮拉致問題も安倍外交の汚点に含まれる。拉致問題を解決できるのは安倍政権だけとアドバルーンを上げておきながら、殊更に北朝鮮との距離を拡大する、無分別な言動を繰り返し、世界からの信用を失った事実も大きい。今や、ロケットマンから異分子扱いされる始末である。

まあ、日本の外交は100点満点の平均点が60点とした場合、安倍外交はせいぜい40点くらいの落第点だったと言える。ひとつだけ、将来的希望を述べておけば(来年の参議院選まで持つかどうか判らない政権なので限定的だが…)、コロッと寝返った“ごまめの歯ぎしり”こと河野太郎を外務大臣にしたことだ。無論、河野太郎は完璧に無価値だが、父・河野洋平の命を救った息子と云う肩書に意味がある。唐突に河野太郎を外務大臣に抜擢した意図が、対中、対韓で好感を持たれている洋平の息子を指名していることで、外交の路線変更を遠回しに知らせていることは、10点くらい加点してやっても良い。それでも平均点以下だがね。

ロシアと中国 反米の戦略 (ちくま新書)
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二〇二五年、日中企業格差 (PHP新書)
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誰も書かなかった 日韓併合の真実
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●安倍の終わり 本土に根づかず、沖縄に根づいた民主主義

2018年10月02日 | 日記
日本が壊れていく (ちくま新書)
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国権と民権: 人物で読み解く 平成「自民党」30年史 (集英社新書)
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世界 2018年 10 月号 [雑誌]
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●安倍の終わり 本土に根づかず、沖縄に根づいた民主主義

台風24号直撃の影響で、投票率の低下、玉城候補不利?と云う本土的な予測は、見事に覆された。前回が64.13%にたいして、63.24%だったのだから、見事な投票率だ。先ずは、今回の翁長沖縄県知事の急逝により実施された、沖縄県知事選挙の結果は、接戦が報じられていたが、翁長氏同様に、辺野古に基地はつくらせないと訴える玉城デニー氏が大差を持って圧勝した。

安倍政権は、一地方戦の結果に一喜一憂しないと、顔を引き攣らせて語る、安倍、麻生、菅の言葉は、まさに引かれ者の小唄に聞こえた。安倍政権は何を隠そう、嘘の公約、虚偽情報、バラマキ政策等々何でもありの総力戦で敗れたのだ。たしかに、政権与党の候補者・佐喜真氏の知名度や「日本会議系政治家」であったことなど、不利な面もあったが、翁長氏の病状等々を睨みながら、着々と知事選の準備をしていた割には脆かった。

自民党総裁選で、威圧的支配で、国会議員を恫喝し、3選を果たした安倍首相だが、一つ目のハードルに脚をひっかけたのは、先行きの多難を予感させるに充分な選挙結果だ。前回・前々回のコラムで「胃の痛みが消えた 安倍政権は参議院選後に終わる」「むくんだ顔、ねっとりした声がテレビから消える日」で書いた予測が、さらに確度を増したことを裏づける。安倍首相にとって、一つ目のハードルが一番低いと見ていただけに、正直、沖縄での惨敗は尾を引きそうだ。

ニューヨークタイムズ、ロイター、ガーディアン等々海外メディアでは、“米軍基地に反対している米海兵隊の息子が沖縄県知事になった”と云う趣旨の報道を“U.S. Marine’s Son Wins Okinawa Election on Promise to Oppose Military Base.”の見出しでセンセーショナルに報道している。間違いなく、玉城デニー沖縄県知事が、ニューヨークやワシントン、ロスアンジェルスで、沖縄の現状を訴えれば、翁長氏以上のインパクトを持つ可能性に期待できる。

しかし、ここでザワワザワワと歓んでもいられないのが、米国ケツ舐めに日本と云う国が別にあることを忘れてはならない。沖縄には琉球人の誇りがあり、民族的なアイデンティティも備わり、日本軍による最後の戦場にされた歴史的悲劇の歴史を持ち、且つ、米国に差し出され、日本と米国による“銃剣とブルドーザー”歴史を持ち、日本のほとんどの米軍基地を引き受けているような現実がある。そして、ボロボロの普天間を返還する代わりに、100年は活用可能な辺野古新基地を差し出せと強制されるのだから、怒りだすのも当然である。

ゆえに、与党(自民・公明・維新)の知事候補が敗れたからと言って、日本に民主主義が残っていたとは言えない事情がある。当然のことだが、共産・社民・立憲などが勝利したわけではなく、あくまで、沖縄(琉球)のアイデンティティが勝利したと言うべきである。本土における国政選挙において、「あなたの重視する政策は?」と尋ねた場合、60%が経済景気雇用、50%が社会保障制度、外交安保や地球温暖化、難民問題、司法制度など一桁台で、金カネ金とあいかわらずのゼニニスト状態なのだ。

つまり、本土の日本人の多くは、守銭奴状態の人間が多いと云うことで、すべてが銭に繋がる民主主義しか判らなくなった人間の群れなのだ。こういう国民達を支配するのは簡単だ。安倍政権のような手法を、あらゆる面で適用していけば、官僚のトップに事務次官でも、検察組織の検事らも、最高裁判所を牛耳る法務省の役人たちをも、裁判官も、すべて意のままに操れるのだ。善悪、公正公平の観念を失うことは“凡庸の悪”にすぐに染まることであり、損得勘定で生きると云うことは、最終的には虚しさだけを残すに過ぎない。

筆者は、安倍晋三が飛びぬけて酷い人間だと決めつけるつもりはない。安倍のような薄汚いクズ男の自民党を勝たせ続けている本土の国民に(俺を含めて)罪があると云うのが、現実だろう。俺はそんなことはないと言い放つ人々も多少はいるのは知っている。しかし、概ねは、安倍晋三と哲学的には同等に薄汚い国民だと言わざるを得ないのが現実だ。筆者の言葉が不愉快であるのなら、自民党を下野させて見せて欲しいものだ。最近では、立憲民主党よりも、日本共産党の方が、理念的で、政治的情熱が真正直に思えてきた。国民が飽きないうちに、立憲も野党統一の狼煙を上げるべきだろう。

日本本土の国民は、無意識の中の同調圧力に、とても弱い。かなり堅固に見える社会の支配システムが存在しているように思わせられているきらいがあり、嫌われたらどうしよう、面倒だから長いものには巻かれていようか、つまりは山本七平の「空気」が存在していると云うエクスキューズもあるのだが、事実は銭に汚いだけで、何も理念らしきものを持たないことが、いかにも美徳のように思われている。しかし、現実は、理念やイデオロギーを持ちうるだけの学びすら実行していないのが本土の日本人だ。

テレビの画面からは、馬鹿タレントの馬鹿笑いと、雑学のようなクイズ番組と、ネットショッピングや健康長寿番組が、日がな一日茶の間を占領している。報道ニュースと云うのは恥ずかしくなるようなゴシップや、そもそも愚鈍の輩であるスポーツ団体の幹部や相撲取りに道徳を求めたり、アホ臭くてみるに堪えない。こんな国の中で、民主主義が成立する可能性は、ゼロに等しい。その意味で、日本をどん底に落とそうとしている、安倍や日本会議の改憲の企みは、日本が通過しなければならない、民主主義の通過儀礼なのかもしれない。今夜は、幾分辛口だった。

魂の政治家 翁長雄志発言録
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追跡 日米地位協定と基地公害――「太平洋のゴミ捨て場」と呼ばれて
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徹底検証 神社本庁: その起源から内紛、保守運動まで (ちくま新書 (1361))
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●安倍のむくんだ顔、ねっとり声がテレビから消える日(2)

2018年09月27日 | 日記
帝国化する日本――明治の教育スキャンダル (ちくま新書)
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国権と民権: 人物で読み解く 平成「自民党」30年史 (集英社新書)
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集英社


●むくんだ顔、ねっとりした声がテレビから消える日(2)

(前編最終節)ここまでみて来ると、お先真っ暗になるのだが、ここはひとつ、腰を据えて考えてみるべき段階だ。今回は、自民党の総裁選びではあったが、党員票に、みるべきものがあっというのは衆目の一致するところだろう。議員票は、利益損得が優先される投票行動になるわけで、到底安倍政治の評価には縁遠いものである。この党員票も、安倍を支持した各派閥の領袖の地元では、徹底的な締めつけがあったわけで、牢獄から投票したようなもので、参考にはならない。つまり、その選挙区を除けば、石破茂候補が断然勝っているというのが事実だ。このことが、今後の政局において、重大な意味を持つ。

さて、自民党総裁選では、圧勝が当然視されていた安倍晋三首相に対して、石破茂・元幹事長が、思いもよらぬ大善戦をした。ここでは、今回の総裁選をどう総括したらよいものか。また、今後の政権運営はどうなるのか。考えてみることにする。当然、筆者の願望も入りこむので、必ずしも、同等の事態が、来年、現実化しているかは、神のみぞ知ることになるが、理論上は間違いないと考えている。仮に、この理論が覆ることがあるとすれば、トランプ米国のイランへの宣戦布告とか、偶発的な尖閣攻防戦などの火ぶたが開かれた時くらいだろう。

あきらかに二つの、安倍晋三にとって、不都合な真実がある。安倍一強は虚構の象徴のようなものだったと云うことだ。麻生太郎などは、「どこが石破の善戦に見えるのか」と、例によって例の如き強がりを口を尖らせて言っていたが、麻生はこれでキングメーカーの座から転げ落ちた。岸田を抱き込み、岸田―河野ラインで大宏池会の結成を目指していた動きがあったが、安倍政権への貢献姿勢から、安倍同様の政治姿勢であることは歴然となり、彼の野望は消えたと見るべきだろう。

次に、菅官房長官だが、やはり、安倍政権の官房長官としての色が濃すぎて、本来の自民党政治にとって、忌避すべき存在と見られるだろう。どっちつかずの無派閥議員が唯一の頼みなのだから、麻生以上に、目がないと見るべきだ。まぁ、沖縄県知事選に勝利した場合は、首の皮一枚残るが、一度たりとも、総理総裁になりたいと意志表示していない点から考えても、権力の座につくことはないだろう。二階幹事長は、残念ながら、年齢的に不可能な域に達している。

幾つかの、リベラル系の識者やブログ等では、来夏の参議院選での、野党側の躍進と政権交代の目を占うものも散見しているが、そこまでの熱気が、国民の間にあるようには見えない。そのおもなる要因は、安倍政権の経済・社会保障・防衛等々の舵取りが、上手くいっているか否かの判断をする、充分な証拠が見える状況ではないと云うことだ。なぜなら、我が国の富も経済活動も社会保障も、行政機関も、過去の推進力の余力として、前進していると云う悩ましい現実があるからだ。

国民世論が、動きだす為には、この余力が失われ、富の底がみえ、経済活動の疲弊が明確になり、年金や保険料や医療の窓口負担などのボディーブローによって、多くの年金生活者や低賃金労働者が、貧民が味わう塗炭の苦しみに出遭うまで、待たなければならないだろう。今の日本人の多くには、一を聞いて十を知る能力や予見的想像力はは皆無なのだから、致し方のない事態だ。

しかし、茹で蛙になるよりは、状況は好ましい。安倍政権の本末転倒な自己矛盾に満ちた「偽新自由主義」のお蔭で、日本人はショック療法で、危機から逃れるチャンスを与えられるのだから、まだ幸運である。無論、このショック療法でも、自国の状況を国民が理解出来ないのであれば、中国や韓国資本の配下に置かれ、準奴隷化した国に住む、ファーイーストの島として、中国の属領になる可能性は否定できない。まぁ、現時点で、アメリカの属国に近いのだから、庶民にとって大きな変わりがあるわけでもないのだが……。

かなり横路に逸れた。直近の話題になるが、安倍政権は、安倍一強に“?”印がつけられて、三選目を迎えるわけだが、前途は多難である。それでなくても、最終任期の政権はレームダックする。しかも、あれだけ、あらゆる権力を投じた結果が、あの総裁選の数字だったのだから、直近の沖縄県知事選あたりまでは、戦う姿勢を維持できるだろうが、来年の統一地方選が始まる時点まで、通常国会を含め、綻びなく政権を運営できる保証は何ひとつない。官邸から遠くなればなるほど締めつけは影響力を失う。更に、これから3年で権力の座から落ちることが確実な安倍晋三の影響力は、日ごと低下するのは当然なのである。

当然、そのような状況下では、官邸内の権力闘争も激化し、互いの足を引っ張り合う行動も目立ってくるので、モリカケ疑惑の他にも、リニア疑惑、防衛省関連疑惑、文科省関連疑惑、オリンピック関連疑惑等々、安倍政権を揺るがす問題は波状的に起きる可能性は大いにある。苦しくなればなるほど安倍チルドレンの事件簿は膨れ上がり、政権は維持の瀬戸際に立たされる可能性が高い。筆者の予測では、夏の参議院選まで安倍政権が持つ可能性は50%程度と推測する。

統一地方選によって、一定程度、野党が選挙態勢を確立した場合には、参議院選前に、自民党公明党の与党側の敗北は決するかもしれない。無論、夏の参議院選に自民党が敗れたからといっても、自民党が下野するわけではないのだが、改憲論は再び奥の院に幽閉される。安倍の原動力が「改憲」である以上、参議院選後は、安倍晋三のレゾンデートルは完膚なきまでに散り散りになるわけで、権力を維持している意味がなくなる。しかし、それでも、安倍晋三は、意味なき権力の維持に執拗になる可能性はある。その時の、安倍晋三の目的は、己ら夫婦の刑事訴追を逃れることにのみ権力は行使されることになる。筆者の個人的妄想だが、数年後、安倍前首相が、法廷の被告席に立っている姿だ。


劣化するオッサン社会の処方箋 なぜ一流は三流に牛耳られるのか (光文社新書)
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光文社

 

政治の哲学 (ちくま新書)
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崩れる政治を立て直す 21世紀の日本行政改革論 (講談社現代新書)
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●胃の痛みが消えた 安倍政権は参議院選後に終わる(1)

2018年09月24日 | 日記
異端の時代――正統のかたちを求めて (岩波新書)
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ルポ 漂流する民主主義 (集英社新書)
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江戸東京の明治維新 (岩波新書)
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岩波書店


●胃の痛みが消えた 安倍政権は参議院選後に終わる(1)

かなり長期にわたって、ブログの更新を怠ってきた。特に理由はないが、安倍の悪口を言うのに飽きてきた、という感じがないでもない。まぁその辺が、安倍政権の狙いであり、国民が政治に飽きる(ニヒリズム)ことは、彼らの望みを適えてやることにも繋がるのを承知でも、飽きてきた。

正直、ここまで、恥知らずで民主主義に馴染まない政治システム、政治家や官僚が、当該国家に、これだけもいたのかと云う事実は驚がくものだ。筆者の記憶が正しければ、昭和35年、浅沼稲次郎日本社会党委員長が日比谷公会堂で登壇演説の最中に、右翼思想を持つ 山口二矢(17歳)*後に自殺 に殺傷されると云うテロルが起こり、大日本愛国党・赤尾敏総裁などが逮捕される事件があった。この時以来、日本社会においては、右翼思想を危険視する「空気」が支配的になり、国民的コンセンサスが成立したという風潮があったように思われる。

しかし現実は、相当に違うものだったようだ。イデオロギーに疎い生活をしていた所為もあるだろうが、どうも彼らは、経済成長に紛れて成長したかに見える、日本の上澄みのような民主主義の下辺の澱みの中で、ジッとチャンスを窺って生きながらえていたようだ。安倍晋三という、ノータリンが政権の座に就いて以降、ジワジワと正体を現し、「日本会議」、「日本青年会議所」、「自民党ネットサポータ」などのかく乱と、それに乗じた一部の奇妙な社会現象とも言える「ネット右翼」な人種によって、日本に右翼思想が再生された。これに、誰かが発信するフェイクニュースにも、世間は充分にかく乱されている。

この社会現象とも言える右翼イデオロギーの再生は、一部の人間たちによる、跳ね返りな恣意行為なのだが、声が大きく明瞭で、内容は別にして、恥や外聞を投げ捨てて、捨て身で、執拗に、その陳腐な右翼主義を拡散する。我が国のネット上には、彼らしかいないような錯覚を覚えさせる頻度で、安倍マンセーをガナリ、書きなぐり、大声で嘘を言い、明瞭な言葉で、内容のない日本語を繰り返す。世間では、彼らの偏執狂的言辞を、馬鹿々々しく眺めているのだが、この行為が、驚くほどノータリンの脳に共感を与えるらしく、雨後の筍と増殖しているのが、いまの日本だ。

このような社会現象と、安倍政権が時を同じくしたのが、幸運と云うか、不運と云うか、立場によって、大きく変わる。いずれにせよ、このような社会現象的政治マターは、長期にわたると、定着してしまう。本来であれば、民主的人々に、これらの現象を押し退けるパワーがあれば良いのだが、上澄み民主主義国家に、このパワーがあると云うのは、幻想と判断せざるを得ない。一定の民主主義的正論を語る人々や、行動する人々もいるにはいるが、ネット社会での対応力には限界があると見るべき状況だ。

また今後、戦争中の悲惨さや、戦後直ぐの日本と云う国を知っている世代が老いてゆき、国家の構成員から消えて行くわけなのだから、末恐ろしいと言わざるを得ない。根本的に、民主主義を勝ち得た国の人々と、棚からぼた餅で手に入れた国々の人々との間には、大きな乖離があると云う事実を、安倍政権を通じて知ることにもなっている。このような民主主義と云う政治制度で、当面、日本が存続する以上、重大な社会国家の命題になったことが露わになった。

敗戦によって得られた民主主義は、どこかに借り物の臭いがしていた。正義不正義、善悪、公正不公正、公平不公平。そのような価値観よりも、日本の戦後復興は、儲けるだけ儲けようとするエコノミックアニマルだったわけだが、この経済的損得勘定が、社会の公正公平と云うルールに勝っていたのだから、その人々の、子供や孫が、同じような価値観、或いはそれ以上に、下劣な価値観を政治に押しつけてきたのが、ここ30年の日本ではないのだろうか。

安倍晋三が言うところのアベノミクスなるものも、この日本人が最も好む、景気の好さを演出することで、その成果を誇った。しかし、安倍政権が公表する各種数値は、公文書改ざんと同様に、作文された形跡が見られ、GDPなどは組み込み変更で、下駄を履かせるズルをするものになっている。また、輸出企業が、戦後最大の利益を計上できたのも、為替利益と米国の無分別な消費に支えられたものである。そして、その企業の利益は、歴史的取締報酬に反映し、また内部留保として、企業内で処理されている。つまり、幻想のトリクルダウンは、やはり幻想そのものだったということだ。

また、安倍の権力のバックボーンに存在する右翼団体「日本会議」「日本青年会議所」「神社本庁」など。そして、当然のように利益相反な経済界の応援を受けているのが現状だ。これらの勢力は、総じて、国家は個人に優先するという国家意識を持っているので、極めて、民主主義と相いれない性癖を持っている。為に、安倍政権は、国家主義的方向を指向することとなり、ファシズム化する。そこで、何を模範とすべきか考える時、あまりにも身近に“大日本帝国憲法”があると云うのが現況だろう。安倍は、石破との戦いに勝利し、就任会見で、憲法改正を真っ先に口にした。

ここまでみて来ると、お先真っ暗になるのだが、ここはひとつ、腰を据えて考えてみるべき段階だ。今回は、自民党の総裁選びではあったが、党員票に、みるべきものがあっというのは衆目の一致するところだろう。議員票は、利益損得が優先される投票行動になるわけで、到底安倍政治の評価には縁遠いものである。この党員票も、安倍を支持した各派閥の領袖の地元では、徹底的な締めつけがあったわけで、牢獄から投票したようなもので、参考にはならない。つまり、その選挙区を除けば、石破茂候補が断然勝っているというのが事実だ。このことが、今後の政局において、重大な意味を持つ。

後編に続く(安倍政権が、来年、どのように崩壊するかを考える)

神社崩壊 (新潮新書)
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新潮社

 

日本型組織の病を考える (角川新書)
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KADOKAWA

 

〈平成〉の正体 なぜこの社会は機能不全に陥ったのか (イースト新書)
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イースト・プレス
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●朝日が“死に体”ではないとアピールする官邸政治批判

2018年08月05日 | 日記


●朝日が“死に体”ではないとアピールする官邸政治批判

多忙のため、記事の掲載のみ。テレビ朝日が安倍官邸に白旗をあげた以上、本体の朝日新聞の帰趨が要観察になっている今日この頃だ。


≪「官邸官僚」が出した紙に驚く各省 首相も了承なのか…
 自民党総裁選では、「安倍政権と官僚」が問われる。政と官のいまをみる。

 安倍内閣が24日に承認した省庁人事で、内閣府政策統括官の新原(にいはら)浩朗(ひろあき)が経済産業省の経済産業政策局長に就いた。近い将来の事務次官候補が座る枢要ポストだ。
 1984年に入省した新原にとっては古巣への凱旋(がいせん)となった。首相の安倍晋三、その政務秘書官で先輩の今井尚哉(経産省、82年入省)が手腕を高く評価。働き方改革や幼児教育の無償化など、政権の目玉政策を進めてきた。政権5年半で大きく様変わりした霞が関で力を持つ「官邸官僚」の象徴的な一人だ。
 3カ月前。消費税を来年10月に10%に引き上げる際の対策を検討する省庁横断の特命チームが内閣府で初会合を開いた。顔合わせのつもりで集まった関係省庁の局長らは、配られた1枚の紙を見てのけぞった。
 「検討事項(案)」として、増税に伴う駆け込み需要や反動による消費の落ち込みについての対応策が13項目にわたって列挙。増税後の値引きセール推奨、自動車減税、合理的な購買行動の推奨――。それぞれに担当省庁の割り振りまで記してあった。まとめたのは新原だ。
 消費増税は幅広い業種や消費者に影響するため、関係する省庁は多いが、新原がまとめた紙は担当する財務省や経済産業省の知見を集約したものではない。対応策は「再調整」という扱いにはなったが、特命チーム関係者の間では、安倍と新原の間で「もう話がついているのでは」との臆測が広がった。
 安倍が政権に復帰して以降目立つのは、新原のように安倍に近い官僚らが主導して政策の方向性を決めていくスタイルだ。首相秘書官の今井や佐伯(さいき)耕三(経産省、98年入省)、内閣情報官の北村滋(警察庁、80年入庁)、官僚OBの首相補佐官である長谷川栄一(経産省、76年入省)、和泉洋人(旧建設省、76年入省)はこの5年半、変わらず安倍の周辺にいる。
 安倍と以心伝心の「官邸官僚」たちの指示は、省庁幹部から「首相の威光」と受け止められる。それは「最強官庁」と呼ばれた財務省も例外ではない。(岡本智、伊藤舞虹)

「官邸は防波堤の佐川氏を評価」
 3月10日未明、森友学園に関する決裁文書の改ざん前文書のコピーが大阪地検から財務省に届いた。朝日新聞が2日に書き換えの疑いを報じて以降、同省は関係職員の聞き取りを進めたが、全体像がつかめない。すでに、理財局の複数の職員が地検の捜査を受け、聴取内容を口止めされていた。財務省は地検に頼み込み、原本をコピーさせてもらうしかなかった。
 改ざんは14文書におよび、首相の安倍晋三の妻昭恵に関する記述や複数の政治家秘書との関わりなどが、ことごとく削除されていた。「少し手直ししたというレベルではなく、がくぜんとした」(理財局幹部)。2日後、財務省は初めて書き換えの事実を認めた。
 だが、改ざんを主導した当時の財務省理財局長、佐川宣寿(のぶひさ)(1982年入省)はその後の国会での証人喚問でも、刑事訴追の恐れを理由に答弁拒否を繰り返し、官邸の関与はきっぱりと否定。真相解明に後ろ向きな姿勢に世論は反発したが、「官邸は昨年の国会で防波堤になっている佐川を評価していた」(財務省幹部)。佐川は昨夏の人事で次官級の国税庁長官に昇格。対照的に、売却価格の算定について国会でしどろもどろの答弁を続けた当時の国土交通省航空局長、佐藤善信(82年入省)は退官となった。
 首相官邸の意向を反映させるため、各省庁の幹部約600人の人事は、14年に発足した内閣人事局が判断する。正副官房長官ら主要幹部の7割の賛同を得られなければ各省の人事案を受け入れないという「7割ルール」で運用されている。
 今夏の人事で退任が決まった金融庁長官の森信親(80年入省)は、官房長官の菅義偉の信任が厚く、3年の長期にわたり務めた。一方、前任の細溝清史(78年入省)は1年で交代した。農業改革が持論の菅の協力依頼を断ったためだ。
 人事権を握った官邸に、各省庁は従うしかなく、「官邸官僚」を除く官僚は萎縮と忖度を余儀なくされる。横行する「官邸人事」は、政権と沖縄県の対立が続く米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の辺野古への移設をめぐっても行われた。
 16年1月、国交省がこんな人事を発令した。「防衛省審議官 下司弘之▽同沖縄防衛局次長 遠藤仁彦」。両氏を含む港湾局出身の技官6人を防衛省に異動させる人事。「官邸官僚」の一人で、菅の側近とされる国交省OBの首相補佐官、和泉洋人が中心になって練られた。
 当時は県の抵抗で移設先の埋め立て工事が滞っていた。防衛省関係者は「官邸からいつまでやっているんだと怒られた。そこで、和泉さんらが埋め立てのプロを国交省から呼び寄せた」と解説する。これ以降、県は工事の手順などをめぐり、数十回の行政指導をしたが、国側は工事を加速。国交省幹部は「専門家だけに、県や住民との協議はなるべく少なく、法律すれすれの行動を取れる」と話す。
 今夏の国交省人事では、防衛省に部下を送り込んだ港湾局長の菊地身智雄(85年入省)が技術系最高ポストの技監に昇格。旧運輸省出身者の技監就任は初めてだ。後任の港湾局長には埋め立てを指揮した下司(同)が就く。「論功行賞」とささやかれた。  国交省幹部はいう。「以前は省内の力学にそった人事ができたが、安倍政権で完全に変わった。官邸の意を受けた政策を成し遂げた人こそが評価される」

 責任負わない「政治主導」
 官邸が官僚を従える力の源泉は人事だけではない。
 安倍政権は、重要案件ごとに内閣官房や内閣府に省庁横断の組織や会議を次々と設置。各省庁から政策立案の権限を奪い、一部の「官邸官僚」が政策を動かすことが常態化している。
 安倍が掲げた「人づくり革命」を具体化するため、昨年9月に立ち上げた「人生100年時代構想会議」は、その典型だ。内閣官房に置かれた「推進室」には各省庁から約30人が集められた。
 政策の骨格は内閣府政策統括官だった新原浩朗や首相秘書官の今井尚哉らが検討。財政悪化につながる3~5歳児の教育・保育の無償化や、消費税の使途拡大による財源確保を財務省にのませ、安倍の衆院解散表明にあわせて打ち出した。
 結論を急ぐあまり、担当省庁による十分な政策検証は置き去りにされた。無償化で待機児童が逆に増えるなどの批判が噴出しても、官邸は公約実現に向けて突き進んだ。
 昨年末、改革の大きな道筋がつくと、推進室の多くの職員が席を引き払った。寄り合い所帯で作業が終われば散っていく組織の責任はあいまいになりがちだ。政策決定を主導する首相秘書官や補佐官も、国会答弁に立つことはまずない。
 官邸主導は本来、二大政党間で政権交代があることを前提に、短期間で政治の結果を出せる仕組みをめざした姿だった。しかし、5年半を超える長期政権で政権交代の緊張感は薄れた。「政治主導」を掲げながら、財務省による公文書改ざんなど、大きな不祥事が起きても誰一人、政治責任を負わないいびつな構造ができあがった。
 組織防衛を本能とする官僚たちはいま、安倍に近い甘利明が自民党行政改革推進本部長として旗を振る「省庁再々編構想」におびえる。国家予算の3分の1を使う厚生労働省の解体などが現実味を帯びつつある。「それはそうだな」。巨大官庁の分割案に安倍も受け入れる姿勢だ。
(座小田英史、松浦祐子、福間大介)
 ≫(朝日新聞デジタル)

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●電話にしがみつき、鬼気迫る形相で票固めの安倍ちゃん

2018年08月02日 | 日記
権力と支配 (講談社学術文庫)
マックス・ウェーバー
講談社

 

主治医だけが知る権力者: 病、ストレス、薬物依存と権力の闇
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原書房

 

言論の飛礫(つぶて)不屈のコラム
クリエーター情報なし
同時代社


●電話にしがみつき、鬼気迫る形相で票固めの安倍ちゃん

安倍晋三は、盤石の一強多弱体制を、立法府・行政府・司法関係で確立し、いまや、ファシズム体制前夜に確実に近づいている。国会を閉幕した安倍総裁は、今頃のんびり軽井沢で、加計孝太郎とゴルフ三昧かと思いきや、色々動静情報を調べてみいると、それどころではない模様だ。なんと、鬼気迫る勢いで、三選を目指す自民党総裁選の票固めに奔走していると云う事実がわかった。

岸田を封じ込めたことで、気がつくと、アンチ安倍の票が石破に集中する恐怖にさいなまれ、どうも睡眠障害に陥っていると云う話だ。安倍の怖れは、自民党や国民から見ても、杞憂と思えるのだが、安倍本人は、石破と接戦にでもなったら、“盤石の一強多弱体制”にヒビが入ると云う恐怖を感じている模様だ。ファシズム体制を築こうとする人間にとって、“絶対的強さ”は必須のアイテムだ。

この必須のアイテムに傷がつくことは絶対に避けなければならない。その為には、他人は、麻生であろうが、岸田であろうが、二階であろうが、菅であろうが、諸手を上げて信用するわけにはいかない。しかし、“盤石の一強多弱”を官僚組織、司法組織、マスメディア、そして、国民に見せつけることで、“盤石の一強多弱”は成立する。つまり、石破を完膚なきまでに叩きのめして、はじめて、“盤石の一強多弱体制”は構築される。

最後の最後は、みずから、国会議員、地方議員に個人的に、支持の確認を取り、尚且つ票読みを確認し、更なる票固めを確認することで、その不安の解消に行動しているらしい。“幽霊の正体見たり枯れ尾花”という言葉があるが、安倍の一強も、自民党の一強も、実は枯れ尾花である可能性があると云うことだ。実際問題、冷静になれば、今後の地方選や国政選挙で、安倍の頂点、自民党の頂点は、自然的に衰弱していくわけで、より増強される可能性は低いのだから、裸の王様にとっては、睡眠障害に陥るのは当然でもある。

最近では、象徴的に、強権を持つ各業界や組織の「裸の王様」が血祭りにあげられ、その地位を追われ、或いは追われかけている。まぁ一種のトレンドなわけで、政界にも波及すると思うのは、安倍晋三でなくとも感じることだろう。最近騒がれている東京医科大を中心とする文科省集中攻撃も、どこか違和感がある。財務省の組織的な公文書改ざんなどに比べれば、屁のような疑惑で、大がかりな逮捕劇を起こし、NHKに大々的に報じさせている。無論、記者クラブ全体が右倣えだ。

おそらく、モリカケ問題の話題を逸らす目的と、国民から絶対的信頼を受ける“前川喜平”への恐怖が、このような国民の目から、不公平とも思える検察の動きを起こさせてしまったのだろうが、冷静さを失っていない国民には逆効果な行動のようだ。また、朝日新聞やテレビ朝日系列の報道が、安倍官邸に恭順に意を赤裸々に表す報道体制に変った点も、安倍一強の焦りを感じる。

まぁ、100年200年1000年の歴史を経て強化された“一強多弱体制”ではなく、歴史的に見れば、点のような“一強多弱体制”なのだから、何時なんどき、ひょんなことで壊れてしまうのも、当然の帰結だ。そう云う意味では、安倍晋三が、鬼気迫る形相で、電話にしがみつく気持も、笑いながらだが、理解出来る。また、石破の息の音を止めないと、不支持が上回る安倍内閣は砂上の楼閣と印象がぬぐえず、来年の参議院選の結果いかんでは、激しい安倍下ろしを招きかねない恐怖があるのだろう。その意味では、二階も菅も、信用は出来ない裸の王様である。

マスコミ偽善者列伝 建て前を言いつのる人々
クリエーター情報なし
飛鳥新社

 

「新自由主義」の妖怪――資本主義史論の試み
クリエーター情報なし
亜紀書房

 

言論の飛礫(つぶて)不屈のコラム
クリエーター情報なし
同時代社
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●ファッショ体制 警察・検察・裁判所も乗っ取った安倍政権

2018年08月01日 | 日記
特権キャリア警察官 日本を支配する600人の野望
時任 兼作
講談社

 

日本の公安警察 (講談社現代新書)
青木 理
講談社

 

検察の正義 (ちくま新書)
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筑摩書房


●ファッショ体制 警察・検察・裁判所も乗っ取った安倍政権

そもそもが、政権寄りな傾向を見せる警察機構であり、法務省と同質の検察である以上、行政と同質で、行政の長・安倍晋三の威光に逆らうことは得策ではないと考える組織なのも確実だ。その上、法務省とタッグを組んで司法を動かす最高裁事務総局も、分離独立した司法権を建前上持っているが、行政機構上も、人事の掌握などを通じて、安倍政権への忖度判決を出すのは、予想がついている。

しかし、立法・行政・司法、この独立した三権が、機能的には、内閣総理大臣の強権度によっては、その垣根はみなし垣根であって、一瞬にして吹き飛ぶものだという事実を、我々は目撃している。司法に関わる、警察・検察・裁判所が、内閣、法務省と辻褄を合わせて、事情判決など通じて、政権寄りな判決を出すことは今までもあったが、抑制的だった。しかし、その抑制は、安倍政権下では統治と云う概念に置きかえられたと見られる出来後が多発している。

かなりランダムのなるが、思い出したものを書きだしてみよう。財務省による大がかりな公文書改ざん事件では、だれ一人、逮捕者も出さなかった。国民の目からみると、森友事件では安倍昭恵夫人の口利きは確実であったのだから、安倍昭恵夫人、維新の松井、官邸の今井、財務省佐川宣寿以下の何人かは、起訴相当である。しかし、法的解明は、事情聴取が僅かに行われただけで、何ごともない司法の動きだった。それに対して、上記連中の口車に乗った右翼夫婦は逮捕拘禁されたのである。

加計事件、これも安倍首相の刎頸の友である加計孝太郎の運営する種々雑多な学校法人に対し、多くの利益供与を行っていると云う図式は確実に存在しており、大がかりな犯罪が構成されていると見るのが国民世論だろう。しかし、偽証したと思われる秘書官を含め、だれ一人、逮捕されたと云う話は聞いていない。マネーロンダリング的贈収賄事件という印象が強い事件であるにもかかわらず、検察は完全に頬かむりした。

その他にも、警視庁は、準強姦事件として逮捕寸前にあった安倍首相と懇意なジャーナリスト山口何某を、逮捕執行寸前に上層部から中止が指令され、司法の裁きから逃れた。スパコンコンピュータ事件では、大疑獄事件に拡大するだけの補助金が不正な流れで、主犯・齊藤元章社長とは別に政治家ルートが存在している疑惑があったが、地検特捜がトカゲのシッポきり捜査で幕を閉じている。

それに引きかえ、今回の文部省潰しのような検察の行動には違和感が大いにある。無論、個人的に業者と癒着した事件や贈収賄紛いの事件も個別案件として、犯罪であり捜査するのは当然であるが、こんなチンケナ事件で、東京地検特捜部が存在するのであれば、まさに、存在意義のなさを自ら証明したのも同然だ。今回の文部省憎しな印象の捜査は、安倍政権への忠誠捜査であり、人事をヨロシクとメッセージ性さえ感じる。また、ハッキリはしないが、前川前事務次官の、反安倍行動への警鐘と云う意味合いも持っているようだ。

実は、あまりマスコミでは反応が鈍いが、様々な判決が出ている。≪諫早湾干拓事業(長崎県)の堤防排水門の開門を命じた確定判決をめぐり、開門を強制しないよう国が漁業者に求めた訴訟の控訴審判決が30日、福岡高裁であった。西井和徒裁判長は国の請求を退けた一審・佐賀地裁判決を取り消し、「確定判決の強制執行を許さない」として漁業者側の逆転敗訴の判決を言い渡した。(朝日新聞抜粋)≫。翁長沖縄県知事の命がけの辺野古移設反対運動への、政官司法による徹底的嫌がらせ。翁長氏は、心身ともに死に瀕して、死に物狂いの闘いを政府に行っているものの、司法は結論ありきでせせら笑っている。

法務省と言えば、世界広しと雖も、先進国で冤罪の問題も多い「死刑」が法務大臣は宴会の後で嬉しそうに?死刑執行にゴーサインを出し、極悪非道かどうか判らないが、地下鉄サリン事件等々の罪で、7人そして6人を片っ端から死刑執行する暴挙に出た。首謀者麻原彰晃の裁判はまともに行われた形跡がないのに、死刑判決だった。百歩譲って、彼が殺人を命じたのは事実だろうが、命じたものと、その洗脳により犯罪を実行した信者も、結果的に「死刑」と云う同一の判決で死刑が執行された点には、法の正義が見えてこない。何だか、魔女狩り裁判のようであり、魔女絞首刑と云う伝説の死刑執行物語になりそうだ。

最高裁判事には「最高裁判事は、単に法律家であるだけでは足りず、政治的な雅量も必要である」と過去の最高裁判事が後輩に教えていたようだが、この事情判決は、特別な場合に国民の総体的利益の中で行われる必要があるのだが、安倍官邸向けの「事情判決」「事情捜査」等々がまかり通り、我が国が法治国家を、安倍政権のために、ズタズタにされ、機構も、その構成員の精神状態も修復不可能になっているのが目に見える。

長期の権力は腐敗する。長期の権力は必ず滅びる。我々は、この言葉を信じ、誰にともなく祈念し続けるしか、正直手立てはなさそうだ。多忙な筆者にとっては、当該ブログで、安倍政治の問題点を、ダラダラと書きつづけるしか能がないのだが、これも自らの限界と悟るしかない。しかし、筆者が祈念しようがしまいが、上述のように、権力は必ず滅びる。滅びる前に、必ず腐敗する。今、我々は腐敗を目撃中であるので、いま暫くすれば、安倍政権は滅びの道に進むと確信する

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裁判所の正体:法服を着た役人たち
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●安倍対米従属 占領国と変わらない不平等条約に嬉々として

2018年07月30日 | 日記
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●安倍対米従属 占領国と変わらない不平等条約に嬉々として

以下、白井氏が発言しているように、南北会談、米朝会談の結果、米韓軍事演習が中止されたことに、日本政府が危機感を持ったかどうか、朝鮮戦争の終結に危機感を持ったか、その辺の事情はハッキリしないような気がする。さらにそのことで、日本の支配層が、日米の構造上の変化に危機感を持ったと云う話も、話半分に評価する。

つまり、現在の支配層が、“国のあり方”に自覚的に動いているようにようには思えないのだ。現在の安倍政権で考えても、戦後レジュームからの脱局と言いながら、安保法制に血道をあげ、米国追随を強化しているのだから、どこかちぐはぐだ。簡単に言うと、安倍政権の日常は、権力の維持が主たる目的の政権であって、とても、所謂「国体」と言った概念を意識して行動しているようには見えない。

その為かもしれないが、意識的に「日本会議」など右翼団体を表立てることで、国民に意図的に恐怖を植えつけている可能性もある。現実に、恐怖の主である、安倍官邸の外交を見る限り、親米、親イスラエルなわけで、大日本帝国に向かうイデオロギーな立ち位置にあるとは言い切れない。大日本帝国を夢見ているのであれば、反米の欠片くらいは見えそうだが、その形跡はない。

権力を握ることで、甘い汁の味を知った安倍政権には、大日本帝国に戻る気もないし、国体が云々も、実はどうでも良いことで、権力を握り続けることが政権の第一義になっている。ゆえに、安倍政権の方向性は、軍国的な割には、攻撃的ではなく、従属姿勢からの脱却行動は皆無だ。ただ、国内的な強権は握らせて欲しいが、対米従属はゆるぎないと云う、極めて自己矛盾した政策に終始している。

所謂、偽右翼思想に過ぎない疑惑がある。単に、国内における権力を我が物にしたいだけで、国際的にもファシズムを標榜する気はない。日本の政権が、ファシズム的行動を国際的にも行えば、対米従属とは矛盾が出るわけで、安倍政権の延命には寄与しない。ゆえに、そのような政治行動を本気で行うわけではなく、政権維持の固定層らに自己満足な形態を示しておきたい思惑のように思えてくる。丁度、ちぐはぐな勲章を胸につけて、靖国神社に詣でるネトウヨ集団と似ているのだろう。

簡単な言葉で表現すれば、“明治病”のようなもので、我が国の歴史を1500年と仮定しても、その1/10にも満たない明治を持って、日本文化と云うのは、あまりに滑稽ではないのか。この点だけでも、安倍政権の国家主義的な言動は、似非なわけである。仏教と日本文化の関係性を無視するなど、あきらかに歴史の改ざんだ。明治の人が、“明治は遠くなりにけり”と嘆いたのは、おそらく、作られた文化の目新しさに惑わされた結果であり、明治が江戸時代より良かった根拠には思えない。

欧米文化をまる丸“猿まね”した文化よりも、中国、朝鮮半島から渡来した文化を独自の工夫で、自分達の国に合うように、工夫し作り変えてきた文化の方が何倍もの価値があり、世界に誇るべきものであり、欧米文化を猿まねした文化が世界遺産に登録されるなど、あきらかに日本の恥である。明治以降の文化も、文化でないとは言い切れないが、日本独自の文化と云うのは、相当に無理がある。

ただ、現在の損得文化が、明治維新以降、急激に日本人の心を捉えてきたのは事実だろう。善悪文化が断絶的に途絶えたのも、この明治維新にあるのは事実なので、今の損得文化に慣れ親しんだ若い世代に、安倍政権の政策は判り安のかもしれない。この点に関して、自分の周りを見ても、損得文化が華やいでいるわけで、善悪文化を持ちだすと、どこか偏狭な人物に見られるほど、世論と云うか「空気」は変っている。


≪日本がいつまでたっても「アメリカの子分」をやめられない理由

この国を蝕み続ける病理とは

■再び注目する「国体」構造
 ――「国内で起きた米兵による犯罪を、日本の法律では裁けない」。 長らく問題視されながら改正されない日米地位協定を筆頭に、日本はなぜ不自然なまでの「対米従属」に甘んじ続けるのか。白井さんの著書である『国体論』は、この謎を「戦後の国体」という斬新なキーワードを用いて詳細に検証し、大きな議論を巻き起こしている一冊です。

世界的に見ても、「通商や防衛などの面で都合がいいからアメリカを親分にしておこう」と、対米従属の姿勢をとっている国は珍しくありません。 :しかし、そういう国々は自分たちがアメリカの従属下にある事実を直視し、少しでも対等にしようと懸命な交渉を重ねています。

ところが、日本の場合は「我々とアメリカは利害関係ではなく、真の友情で結ばれているのだ」と奇妙な理屈をたて、支配されていることを認めようとしない。「思いやり予算」や「トモダチ作戦」といった情緒的な言葉ばかりが多用されるのは、まさにその表れです。

――日本の政権や官僚機構がアメリカに依存しながら利用する状況は、戦前の天皇に対する権力者たちの態度と同じなのではないか。そう考えた白井さんが着目したキーワードが「国体」でした。

天皇を「主権者」と定め、国民はその天皇に身を委ねるという戦前の国家体制を指す「国体」は、日本を近代国家に変えていくための装置として強力に機能しました。天皇と臣民の関係を「家族」にたとえることで、権力による支配の事実を否認したのです。しかし、第二次世界大戦で日本が無残な敗北を喫したことで、国体という言葉もすっかり死語になったかのようにみなされてきました。

ところが、戦後にアメリカという新たな存在に身を委ねて急速な復興を遂げ、世界有数の経済大国となった日本のあり方は戦前と変わっていない。ピラミッドの頂点が「臣民を慈しむ天皇」から「日本を愛するアメリカ」になっただけで、国体の構造は形を変えて存在し続けているのではないかと思い至りました。

――日本の対米従属姿勢を考えるうえで欠かせない興味深い概念が、白井さんが前著で示した造語「永続敗戦」です。

第二次世界大戦で日本が大敗したことは、国民の誰もが知っています。ところが、ほとんどの日本人は、心のどこかで敗戦を認めていないのではないでしょうか。

たとえば、8月15日を「終戦の日」と呼ぶのがその典型です。「敗戦」ではなく「終戦」と言い換えて認めないことこそが、皮肉にも敗戦の結果としての対米従属関係から脱せられない「永続敗戦」の状況を作り出しているのです。

もうひとつ、「歪んだプライド」も日本が敗戦を直視できない原因のひとつでしょう。冷戦構造の中で「アメリカの一の子分」になったことで、「自分たちがアジアの中で唯一の先進国だ」という戦前からの優越意識を持ち越してしまった。

逆に言えば、他のアジアの国々を一段下に見てきた。「アメリカには従うけれど、中国に負けたことは認めない」。妙な自意識が生まれたのです。

こうして、だらしのない対米従属を続け、歪んだ自意識を抱えてきた日本は世界の国々からすれば、まぎれもない「アメリカの属国」と見られている。ここに、日本が経済力に見合った国際的な地位を得られない理由の一端があるのです。

 ■陛下「お言葉」の真意
――各国のメディアから「アメリカにへつらっている」と評される安倍政権の姿勢にも、苦言を呈されています。

今の日本は、ひたすらアメリカのご機嫌をとってすがり付く見苦しい状態に陥っています。

それがはっきり見えたのが、先日、トランプ大統領が「米韓合同軍事演習を停止する」と言いだしたときの小野寺五典防衛大臣の発言です。小野寺氏は「米韓合同演習は地域の平和と安定を確保していく上で重要な柱」と言い切りました。

朝鮮戦争が終わってしまえば在日米軍の駐留根拠の一つがなくなってしまう。これは同時に「アメリカの一の子分」という戦後日本のアイデンティティが崩れることも意味します。それだけは避けたいという日本政府の不安が露骨に表れたのがあの発言なのです。

――対米従属の現状を打開することは難しい。それでも、白井さんが本書の執筆を急ぐ理由となったのが、'16年8月8日に発表された天皇の異例のビデオメッセージ、いわゆる「お言葉」でした。

「お言葉」のなかで天皇は繰り返し、自身の「国民統合の象徴としての役割」を語りました。

国民の統合は、天皇自らが動き、祈ることよってもたらされる安寧と幸福を国民が集団的に感じることではじめて成り立つという考えです。即位以来、そのために絶えず動き続けた天皇は、ここにきて自身の体力の限界を認識し、天皇の位を去ることを決断しました。

逆に言えば、あの「お言葉」は、自分が退位した後の日本における「国民の統合」に対して、天皇が危機感を抱いていることの表れでした。私自身は、「アメリカを事実上の天皇と仰ぎ続けたままで国民の統合を保つことができるのか」という非常に烈しく、踏み込んだメッセージのように感じました。

失われた20年、あるいは30年と言われるように、日本が長い停滞から抜け出せないのは、「国体化」した対米従属の構造が社会を蝕んでいるからにほかなりません。この足踏み状態から抜け出すには、まず現実を直視することからはじめなくてはならないのです。(取材・文/伊藤和弘)

 ≫(現代ビジネス:『週刊現代』2018年8月4日号より)

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●日米安保、本質論なく進む国 虚しい防衛費増の議論

2018年07月28日 | 日記


●日米安保、本質論なく進む国 虚しい防衛費増の議論

国の安全保障と云うものは、防衛費に限らず、食糧安保、エネルギー安保、公共財安保等々、多岐にわたるものがある。本日は、GDPの1%が、日本の防衛費の枠組みだった時代が遠のき、2%時代に安倍政権の中で、進もうとしている。国会においても、選挙中にも、このような重大な議論が、国民の目や耳に触れることなく、国民的コンセンサスもないまま、なし崩しに行われる政治に民主主義は機能しない。

一般国民の、総体的感覚は、日本において、本格的戦争など起きる筈がないと云うのが、当たらずと雖も遠からずだ。「一帯一路」を標榜して経済大国を目指している中国・習近平体制が、日本という領土に侵攻すると云う事態は想定できない。北朝鮮が日本に侵攻するという事態も考えにくい。彼らが、日本に侵攻して、何を得ようとしているのか、合理的説明がつかない。韓国が侵攻する理由もない。ロシアが攻めてくる可能性はゼロではないが、現在のロシアに、それほどのエネルギーが残っているとは思えない。

防衛費の充実を云々する前に、食料やエネルギー安保の充実を考える方が、よほど建設的だ。遺伝子組み換え種苗、食品の解禁よりも、“地産地消”が可能な、小さなユニットの食糧需給を考えるべきだろう。日本の共同体を守っていこうと云うならば、その道しかない。中央政府のシステマチックな大がかりな市場原理主義で、日本を覆えば、多くの共同体が破壊され、国家的姥捨て山の惨状を見るだろう。

市場原理主義に身を委ねた、日本と云う国の食糧政策は、海外からの輸入で食料を調達しようという方向に、急激に舵を切っている。農家は、作物はつくるが、その作物に必要な種も化学肥料も、すべてが輸入品になる危機が迫っている。このような食糧政策は、平和が継続する前提で、外国に頼りきる安易な合理性に基づくものだが、食糧安保の基本は、自らの国で生産できる食物で、生き残ることであり、経済合理性が入り込む余地はないはずだ。

エネルギー安保にも、自主独立の精神はみられない。日本政府の、エネルギーの基軸は、石化燃料と原子力による発電だ。しかし、先進諸国では、原子力離れは顕著であり、原子力発電は、後進国のエネルギーという位置づけになっている。石化燃料も、輸入に頼っているわけだから、エネルギー安保とは逆向きの位置づけだ。このように考えれば、行き先は再生可能エネルギーであり、経済合理性よりも、安全保障上も、最終的経済合理性からも、進むべき道が間違っている。目先の利益に飛びつく政策は、ダボハゼそのものだ。

防衛と云う安全保障は、根本的に悩ましい。日米同盟で、同盟と云うよりは、属国扱いされているのは事実なのだから、自衛隊の防衛態勢も、米軍に組み込まれた、1部隊化しているのだろうから、独自の防衛態勢と言われても、米軍の補強の一部を担わされているだけ、と云う前提条件が変わらないので、本気で考える気にならない。米軍が、世界戦略の中で、日本の基地を考えているだけで、日本の防衛に気を配っている気配はみられない。

まぁ、米軍に基地を貸て、自衛隊が一部隊的な取り扱いを受けていることが、抑止力となる考えはあるだろうが、冒頭で述べたように、米国がいなければ、日本の安全保障に関するリスクの軽減を外交が担うと云う、合理的筋が通るが、米軍の下請けに自衛隊が組み込まれている限り、独自の防衛は考えにくい。イージスアショアにせよ戦闘機の購入にせよ、諸外国の300%、500%で購入される軍備装備品は、みかじめ料の一種だろうが、みかじめ料が敵を呼ぶこともあるわけだ。

無論、日本が日米安保体制からの脱却、乃至は弱体化を考えた日本の政治家がことごとく、短命な政治生命に陥ったことを考えれば、そのような決断を、日本自身が行うことは、不可能にさえ思えてくる。無論、日米同盟に対して、強力な世論が後押しした場合には、その方向転換も不可能ではないだろう。しかし、アメリカと戦争した歴史すら曖昧な世代交代は、アメリカイズム一色であり、日を追うごとに、世論が反米に動く気配はない。

無力感が漂うのは、安倍自民党政権が、一周遅れの市場原理主義に奔走するのを見るに等しいが、いずれは、一周遅れでも、市場原理主義、グローバリズム経済の終わりを知るだろう。そして、いつの日か、アメリカの力が、ユーラシア大陸の勢力に、相対的に敗れた時、米軍は、日本への魅力を失っていくに違いない。その日が、いつ来るのか判らない。おそらく、現在の、20代、30代なら、みることが出来るのかもしれない。つまり、5~60年後になるだろう。その意味では、朝日の社説は、正論だが、現時点では空理空論とあまり変わりがない。


≪防衛力整備 節目の年、徹底論議を
 通常国会が終わったが、大きな議論が残っている。日本の防衛力整備のあり方だ。  今年は節目の年である。
 政府はこの年末、向こう10年間の防衛力のあり方を示す防衛計画の大綱と、5年間で進める中期防衛力整備計画の改定を予定している。
 安全保障関連法の施行後、政府が防衛の全体像を組み立てる機会だ。米朝対話などで東アジアの安全保障環境が変化しつつあるなか、日本の平和と安全をどう守っていくのか、徹底的な議論が求められる。
 当面の焦点は、23年度の運用開始を目指す陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」だろう。
 政府は秋田、山口両県への配備を目指すが、地元は反発しており、地質調査などを行う業者の選定手続きが先送りされた。2基で計2千億円とされていた導入費が、5千億円超に跳ね上がるとの見方も出ている。費用対効果の面からも、導入の是非を再考すべきだ。
 最大の問題は、安倍政権が空母や長距離巡航ミサイルといった、専守防衛に反する兵器の導入を目指していることだ。
 離島防衛などを理由に挙げているが、自民党が求める敵基地攻撃能力につながる。本土から遠く離れた地域で軍事力を行使できる「戦力投射能力」の保有は、戦後日本の抑制的な防衛政策からの明らかな逸脱であり、看過できない。
 こうした転換は、防衛費を大幅に拡大させる。
 安倍政権になって防衛費は6年連続で増え続け、今年度予算は過去最大の5兆1911億円にのぼる。8月末に予定される来年度予算案の概算要求は一層膨らむ見通しだ。
 自民党が5月にまとめた提言でも、防衛費の拡大を抑えてきた対GDP(国内総生産)比1%の突破を求め、2%を目標とする北大西洋条約機構(NATO)の例を「参考」とした。10兆円規模に防衛費を倍増しようという考えである。
 財政の制約を無視し、軍拡が軍拡を招く負の影響への考慮もない。極めて無責任な姿勢と言わざるをえない。
 緊張緩和のための近隣外交に力を尽くす。国力の限界を踏まえ、幅広い国民の理解を得ながら、適切な防衛力の姿を描いていく。遠回りなようだが、それが現実的な道だろう。
 集団的自衛権の行使に道を開いた安倍政権が、防衛費の大幅拡大と専守防衛に反する兵器の導入で、平和国家のさらなる変質をはかることは許されない。
 ≫(朝日新聞:7月27日付社説)

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