世相を斬る あいば達也

民主主義、資本主義とグローバル経済や金融資本主義の異様な違いについて

●朝鮮戦争近し?“政権放り投げ解散疑惑” 自己欺瞞のなれの果て

2017年09月23日 | 日記

 

独裁国家・北朝鮮の実像――核・ミサイル・金正恩体制
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朝日新聞出版
そうだったのか! 朝鮮半島
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美しい国への旅
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集英社


●朝鮮戦争近し?“政権放り投げ解散疑惑” 自己欺瞞のなれの果て

 何を勘違いしたのか、内閣改造で支持率が数%上昇したと云う曖昧な事実が安倍晋三に解散総選挙を決意させたと云うことであれば、日本と云う国の内閣総理大臣の格も失墜したと云うことになる。首相の解散権に関して、そもそも憲法違反だと云う議論もあるが、それはさておき、今までの慣習で考えれば、国民的判断を必要とする国家的課題が生まれたので、解散総選挙を実施して、国民に信を問う、そう云うものと解釈されていた。

 信を問うものとして、アベノミクス、安保法制、北朝鮮対応、森友加計問題等々が頭には浮かぶが、それらの問題は、現在2/3議席を有している自民公明与党+日本維新で充分フォロー出来ているわけで、信を問うと言っても、事後承諾に過ぎない。憲法改正もスケジュールありきではない態度を自民党が見せれば、自党が出している醜悪な改憲案を大幅に修正し、妥当な改正案さえ提示すれば、公明、維新の協力を得ることは充分可能だ。

 つまり、以下朝日新聞の記事のように、解散の大義が何であるか判らない解散だと云うことになる。となると、どうにも情けない理由で解散の決意をしたと疑いたくなる。折角「仕事人内閣」なんてネーミングの内閣改造を行い、何ひとつ仕事もせずに5%以上内閣支持率が上昇したのだから、この機を逃す手はない。本当に仕事を始めたら、ボロが出るのは確実なのだから、国民に幻想を抱かせたまま選挙をするのが得策と考えた。

 或いは、臨時国会で質疑を受ければ、森友学園や加計学園の問題で支離滅裂状況になり、加計孝太郎が参考人招致で馬脚を露呈して、内閣不信任案を提出され、党内から大量の造反者を出して、解散に追い込まれる危険があると恐れたのかもしれない。否、安倍首相はもっと前向きに、改憲草案をより自民党的にする為に、公明をあてにせず、維新+小池新党で公明の穴を埋める戦術に出たのかもしれない。

 或いは、以下の芥川賞作家・田中慎弥氏の小説『美しい国への旅』の司令官のように、自己欺瞞を鉄の鎧で隠し、自己満足に耽る小心な目的があるのかもしれない。筆者が思い当たるのは、北朝鮮情勢のことだが、もしかすると、本当に“朝鮮戦争”が再開される危機を感じとった故の解散なのかと訝る。朝鮮半島で南北朝鮮の戦火が切られれば、安倍晋三が自らマッチョに準備した安保法制が機能し、日本は米国の属軍として参戦を余儀なくされる。多くの自衛官が朝鮮半島に赴き、多くの死傷者を出すことになる。日本本土も、北朝鮮から無差別なミサイル爆撃を受け、多くの民間人犠牲者を出す。

 金ロケットマンは、ならず者トランプと口先晋三が、国連で口汚く自分を罵った事実を忘れることはないので、自爆的に両者に鉄槌を下そうと試みる。現実の戦争では、米国本土にミサイルは届かないので、確実に届く日本を標的にするのは合理的戦術だ。つまり、トランプとロケットマンの罵り合いで戦火を交えた場合、戦場は朝鮮半島と日本の間で起きると考えておくべきだ。案外、韓国での戦火は小さいものと考えておくべきだ。同胞への攻撃は限定的。

 こう云うことを書くと、本当に起きる現実のように思えてくるから不思議だ。朝鮮戦争は、北朝鮮と米国の鍔迫り合いと、両国の司令官のパーソナリティーを考えると、かなりの確率で起こり得る想定ではないだろうか。となると、日本本土が戦場になる。ここまでは戦略的に想定できる。戦争だから、どこかの段階で終戦を迎えるだろうが、戦争に加担し、多くの自国民や自衛官の犠牲を積極的に生みだした内閣総理大臣であることへの責任問題を堂々受けとめられるかどうか、安倍晋三が利益損得勘案したとしても不思議ではない。

 平和が維持されていたから、マッチョに好戦的ファイティングポーズを取っていたのだが、戦時がリアルな状況になった途端、伸びきった勃たないペニスが縮みあがり、体内に呑み込まれたと考えることも可能だ。つまり、安倍晋三は、日本軍司令官として戦場に赴く勇気がなく、まさに敵前逃亡の一環として、今回の解散総選挙を決意したと云うことも考えられる。この場合、自民党が解散前議席を大きく下回ることは想定内なので、その責任を取り、さっさと官邸から逃げ出そうとしていると云うことになる。逆に言えば、このような場合、近く戦争があり得る切迫した状況にあることを示唆しているのだが……。


≪改憲停滞、解散で打開狙う 安倍首相、公明の慎重論受け
 臨時国会冒頭で解散、10月22日投開票の公算が大きくなったことで、与野党とも準備を加速させる。安倍晋三首相が年内解散を決めた背景には、悲願とする憲法改正への公明党の慎重姿勢があった。野党側の態勢が整わない間隙(かんげき)を突くことで、改憲の主導権を取り戻す筋書きだ。
 公明の支持母体の創価学会は17日、東京都内で緊急会合を開いた。幹部が年内解散の可能性を報じる新聞を読み上げ、「冒頭解散の可能性が高い。準備する段階だ」と全国から集まった約80人に号令をかけた。
 今回、首相の解散判断に影響を与えたのは改憲に慎重な公明の動きだった。
 首相にとって解散は局面を打開し、憲法改正を前に進めるという意味を持つ。
 都議選の大敗を受けて首相の求心力が低下するなか、公明は首相の描く来年の通常国会での改憲発議という日程に公然とブレーキをかけ始めていた。
 自民党関係者によると、公明は「衆院選を経ないと発議は認めない」との考えを自民に伝え、首相の改憲日程にクギを刺していた。公明幹部からも「2020年までに安倍さんが提案したような改正が実現するか見通すことはできない」(山口那津男代表)など相次いで慎重論が飛び出した。
 衆参3分の2の賛成が必要になる発議には公明の協力は不可欠で、首相は改憲スケジュールの練り直しを迫られていた。閣僚の一人は「公明が改憲に慎重になったのが痛い。そういう自公関係もあっての判断だ」と首相の改憲戦略の「転換」を解説する。
 ただ、選挙後の改憲をめぐる思惑は一様ではない。
 与党内には、政権にこれまでのような勢いはなく、14年衆院選より野党共闘が進めば、自民、公明、日本維新の会による改憲勢力が3分の2を維持するハードルは高いという見方もある。公明中堅は「ここでの解散は『憲法はいったん、あきらめる』ということだ」と語る。
 一方、首相ら改憲推進派は、細野豪志・元環境相ら民進党離党組や、小池百合子・都知事に近い若狭勝衆院議員らでつくる新党の協力を期待。ある自民幹部は「彼らを含めれば、いちかばちかで3分の2に届く、という首相の見立てだ」と語る。
 新党を含めた新たな改憲勢力で3分の2を確保できれば、参院選がある19年夏までは改憲発議の環境が残り、18年の通常国会発議より1年間の余裕ができる。
 もっとも自民党内には、憲法改正にこだわるべきではないとの考えが根強い。
 多くの自民議員が年内解散を支持し、冒頭解散を待望するのは、政権維持が最優先との考えからだ。  閣僚の一人は「今の民進党には誰も投票しない。新党も準備が間に合わない。今なら自民の傷が浅い」。閣僚経験者は「臨時国会で質疑を受ければ、森友学園や加計学園の問題で、また支持率を落とす」と言う。
 党執行部からはこんな本音も漏れる。「本気で憲法改正したい議員なんて少数派だ。勝つというより、負けないということだ」
 ≫(朝日新聞デジタル)


 ◎シリーズー安倍晋三の問題は政治性でなく人間性だ!
≪なぜ安倍首相はここまで身勝手になれるのか? あの芥川賞作家が、そのグロテスクなマッチョ性の正体を洞察
 無責任かつ自分勝手さをここまで極められるものなのか。安倍首相が臨時国会冒頭に解散する方針を固めた件だ。
 本サイトでは、この解散の裏側には、北朝鮮の危機を煽ることで支持率を回復した安倍首相が加計学園問題の国会追及を封じるだけでなく、森友学園の捜査をも潰す目的があると伝えた。つまり、何度も繰り返してきた「丁寧に説明していく」という国民との約束など心にもない「口からでたらめ」に過ぎず、安倍晋三という人は、ただただ自分の保身のためにしか動かない男であるということだ。
 稀代のエゴイストが総理大臣──。
 だが、安倍首相のパーソナリティについては、あの芥川賞作家がさらに掘り下げ、興味深い分析をおこなっている。
 その作家とは、2015年に安倍首相をモデルにした小説『宰相A』(新潮社)を発表し、話題を呼んだ田中慎弥氏だ。田中氏は、今年1月に発売した長編小説『美しい国への旅』(集英社)で再び安倍首相を自作のモチーフに選んだ。
 実際、『すばる』(集英社)2017年3月号で、同じく芥川賞作家の柴崎友香氏と対談した田中氏は、同作について「明確なイメージとしてあったのが現在の総理大臣」と話し、つづけてこんなことを言っているのだ。 「あの人の顔が、私には勃起しないペニスにしか見えないというのが、取っかかりのイメージです」
 安倍首相の顔が勃起しないペニスにしか見えない、そのイメージが創作の取っかかりになった──。これは一体、どういうことなのか。いざ『美しい国への旅』を読んでみると、なるほど、その通りだった。
 この小説が「美しい国」という言葉をタイトルに冠していることからも安倍首相を意識していることは明白だが、物語は核兵器を使った戦争により、「濁り」に汚染され荒廃した近未来の日本が舞台という、『宰相A』にも通じるディストピア小説。母を亡くした主人公の少年は、司令官を殺すために彼のいる基地を目指し旅に出るのだが、この司令官こそが、安倍首相をモデルにしていると思われる人物だ。
 司令官は〈首相候補と言われている若き男の政治家〉であり、〈代々政治や軍務に関わって来た名門家系の血筋〉。〈男は現代の政治家として、また輝ける一族の跡取りとして、歴史を逆転させようと考えた、あの兵器による負けを、あの兵器を取り戻すのだと。幸い国民は落ち着きをなくしていた。基地建設に関して積極的に動き回り、金を集め、男は司令官に納まってしまった〉とある。

 ■田中慎弥が、安倍首相の顔がアレにしか見えないと
 現実の安倍首相も、核兵器保有に前のめりだ。北朝鮮には核の放棄を迫りながら、核保有国であるアメリカとともに核兵器禁止条約には反対の姿勢を取りつづけ、国際社会の核廃絶の流れに完全に逆行した態度を取っている。
 しかし、小説でもっとも気になる部分は、主人公の少年が旅の果てで目にした指令官の正体である。指令官は〈人間の形をしたもの〉にしか見えない状態で、鉄の服に覆われて吊されている。しかも異様なのは、両脚の付け根から指令官の3倍はある大きな何かが伸びている。その描写は、男性のペニスを思わせるものである。
 なぜ、田中氏は安倍首相と男性のペニス──しかも勃起しないそれと重ね合わせたのか。前述した『すばる』で、田中氏はこう話している。 「それは彼の顔だけではなくて、日本とアメリカの関係性においても言えることです。アメリカがすごいマッチョな男で、日本がそれにくっついている娼婦だという人がいますが、私はそれは逆だと思っている。アメリカが高級娼婦、日本はちゃちな男で、高級娼婦が頑張っていろいろ刺激してくれても、ちっとも勃たない。なぜ勃たないかといえば、高級娼婦にもともとの力を抜かれているから。
 そうしたイメージが今の国の指導者とどうしても結びついてしまう。勃とうとして、しゃかりきになればなるほど、限界が見えれば見えるほど、限界ぎりぎりまで向かっていかざるを得ないという……」
 現在の状況は、このときの田中氏のイメージと似た状況になっていると言えるだろう。いま、日本はトランプ率いるアメリカからは軍事力の強化を急き立てられ、安倍首相はその通りに動いている。それはアメリカに隷属しているようにみえる。だが、安倍首相の北朝鮮に対する言動は、挑発を受けている当事国のアメリカ以上に強硬だ。本来ならば各国同様、平和的解決に向けてトランプを諫めなければならない立場であるにもかかわらず、安倍首相は「異次元の圧力をかける」などとひたすら焚きつけている。“勃起できないけどマッチョになりたいちゃちな男”たる日本、いや安倍首相が、いまどんどん限界に向かっている──田中氏の指摘は現況とたしかに当てはまる。
 じつは田中氏は、以前にも「週刊新潮」(新潮社)に寄せた寄稿文のなかで、安倍首相を〈弱いのに強くなる必要に迫られているタカ、ひなどりの姿のまま大きくなったタカ〉と表現していた(詳しくは既報参照)。血筋というプレッシャーのなかで、本来の弱い自分を、自分自身が認められない。その安倍首相へのイメージは、今回の「勃起しないペニス」というものと相通じる。
 そして、田中氏のイメージの鋭さに唸らされるのは、安倍首相をモデルにした指令官の台詞にある。『美しい国への旅』のなかで、その勃起しないペニスそのものである指令官は、機械の声で、こう語る。

 ■「美しい国を取り戻す」のかけ声も、自己正当化の道具
「美シイ国ヲ復活サセナケレバナラナイ。甦ラセナケレバ、取リ戻サナケレバナラナイ。イマコソ、美シイ国ヲ復活サセナケレバナラナイ。性器トナリ、兵器トナリ、爆発シ、濁リモロトモ、敵対スル国モロトモ、我ガ国ヲ吹ッ飛バシテ一度ゼロノ状態ニ戻シ、ソノ中デ生キ残ッタ純粋ニッポン人ダケガ新タナ時代ヲ作リ、美シイ明日ヲ掴ムノダ。ソノ時コソ、美シイ国ヲ取リ戻スコトガデキルノダ」
 男性は強靱さの象徴として勃起せねばならないと強迫される。強さを求められ、そのなかで勃起しない、すなわち強くなれない彼は、ファンタジーの「本来の美しい国」を取り戻すために、国を、そこに生きる人を、すべてを吹き飛ばそうとするのだ。
 これはまさに、安倍首相のパーソナリティを的確に写し出したものではないだろうか。「美しい国を取り戻す」という掛け声は正当化の道具でしかなく、ほんとうの目的は、強い自分を誇示すること。それは対北朝鮮の姿勢を見ていると痛いほどよくわかる。
 そして、強い自分に執着するあまり、自己保身に走る。今回の臨時国会での冒頭解散だってそうだ。どれだけ説明不足だと言われても、国民との約束も果たさず不誠実で無責任な態度だと受け取られるリスクがあると側近が忠告しても、責任追及から逃れたい、捜査を潰したいという自己保身が優先される。ここでもやはり「本来の自分の弱さを認めたくない」という安倍晋三という人の素顔が見え隠れしている。
 人は多かれ少なかれそうした弱さをもっているものだろう。しかし、安倍首相が生まれ育った環境はあまりに特殊だ。田中氏は前述の「週刊新潮」の寄稿文でこう綴っている。
〈祖父と大叔父と実父が偉大な政治家であり、自分自身も同じ道に入った以上、自分は弱い人間なので先祖ほどの大きいことは出来ません、とは口が裂けても言えない。誰に対して言えないのか。先祖に対してか。国民に対して、あるいは中国や韓国に対してか。違う。自分自身に対してだ〉
 わたしたちは虚勢を張るこの男をいつも見てきた。選挙では聞こえのいい言葉を吐き、悪法を次々と勝手につくり、弱者の暮らしには目も向けず軍備増強に邁進し、政治の私物化が発覚すると勇気ある内部告発者の醜聞をリークしてまで徹底的に握り潰そうとし、まともな説明ひとつなく逃奔。その上、大義もなく解散しようというのだ。
 田中氏は、〈安倍氏が舵取りの果てに姿を現すだろうタカが、私は怖い〉という。臨時国会での冒頭解散の先に待っているのは、そのタカの姿なのだということを、わたしたちはよく覚えておかなければならない。 ≫(リテラ:水井多賀子)

 ≪安倍首相のモデル小説を出版! あの芥川賞作家が本人に会った時に感じた弱さと危うさ
「(賞を)もらっといてやる」──『共喰い』(集英社)で第146回芥川賞を受賞した際にこんな発言をして注目された作家の田中慎弥。そんな田中の新作が、いま、話題を呼んでいる。
 というのも、話題の小説の題名は『宰相A』(新潮社)。タイトルから想像がつくかと思うが、このなかで描かれる“宰相A”のモデルが安倍首相ではないか、と見られているからだ。 『宰相A』は、ジョージ・オーウェルの『1984年』のような全体主義国家を描いた、いわゆるディストピア小説。物語は、小説が書けないでいる主人公の作家が電車に乗り、母の墓参りに向かうところから始まるのだが、作家が辿り着いたのはアングロサクソン系の人間たちが「日本人」だと主張する世界。──第二次世界大戦後、敗戦国となった日本をアメリカが占領・統治を行い、アメリカ人たちが入植し、日本人は「旧日本人」と呼ばれ、監視された居住区で押さえ込まれるように生活をしている……そんなパラレルワールドのような“もうひとつの”日本を描いている。
 その世界で、旧日本人の反発を封じるために選ばれた首相こそが、旧日本人の「A」である。 〈緑の服を着た六十くらいの男が現れる。いわゆる旧日本人、つまり日本人だ。中央から分けた髪を生え際から上へはね上げて固めている。白髪は数えられるくらい。眉は濃く、やや下がっている目許は鼻とともにくっきりとしているが、下を見ているので、濃い睫に遮られて眼球は見えない。俯いているためだけでなく恐らくもともとの皮膚が全体的にたるんでいるために、見た目は陰惨だ。何か果たさねばならない役割があるのに能力が届かず、そのことが反って懸命な態度となって表れている感じで、健気な印象がある〉
 顔立ちといい、態度といい、どう考えても安倍首相を描写したとしか思えないAという人物。しかし、げに恐ろしいのは、Aが口にする演説内容だ。
「我が国とアメリカによる戦争は世界各地で順調に展開されています。いつも申し上げる通り、戦争こそ平和の何よりの基盤であります。」 「我々は戦争の中にこそ平和を見出せるのであります。(中略)平和を搔き乱そうとする諸要素を戦争によって殲滅する、これしかないのです。(中略)最大の同盟国であり友人であるアメリカとともに全人類の夢である平和を求めて戦う。これこそが我々の掲げる戦争主義的世界的平和主義による平和的民主主義的戦争なのであります。」
 現実の安倍首相は、ことあるごとに「積極的平和主義」という言葉を持ち出しては日本を交戦国にしようと働きかけるが、宰相Aはその未来の姿にも見えてくる。本来、平和学では、戦争がなく、差別や貧困による暴力のない状態を指し示す「積極的平和主義」という言葉を、いま、安倍首相はアメリカと協調し、軍事的に他国に介入する意味として使用している。現実の安倍首相が言う「積極的平和主義」とは、小説内のAが口にする「戦争主義的世界的平和主義」そのものではないか。
 このように、決して笑えない世界の姿を叩きつける『宰相A』。作品は文芸評論家からも高い評価を受けているが、一方で読者からは「話題づくりで安倍首相をモデルにしたのでは」という声も上がっている。  だが、田中が安倍首相を小説のモデルにした理由は、話題づくりではないはずだ。それは、田中は以前より安倍首相に対して関心を寄せ、その強気の姿勢に危惧を表明しているからだ。
 田中が「週刊新潮」(13年1月17日号/新潮社)に寄稿した、『再起した同郷の宰相へ 弱き者 汝の名は「安倍晋三」』という原稿がある。題名にある通り、田中は安倍首相の選挙区である山口県下関市に生まれ育ち、現在も在住している。この寄稿文によれば、田中は地元のイベントで、一度、安倍と顔を合わせたことがあるらしく、そのとき安倍は田中に向かって本の感想を述べたのだという。
〈(安倍は)田中さんの本は読んだんですが、難しくてよく分かりませんでした、と言う。私は思わず、読みづらい本ですので、とかなんとか適当に返したように記憶している。(中略)面と向かって、よく分かりませんでした、と言うとは、ずいぶん正直な人だなと思った。怒ったのではない。(中略)作家としてはむしろありがたいくらいだった〉
 だが、田中が気になったのは、安倍の〈うつろ〉さだった。 〈私が顔を見ても安倍氏の方は視線を落として、目を合わせようとしなかった〉〈政治家っぽくない人、向いてない仕事を背負わされている人という印象だった〉  このときの印象が『宰相A』での描写に通じていることを思わせるが、田中はさらにテレビ越しに見えてくる安倍の性質について洞察。〈いいですか、いま私が喋ってるんですから、などとどうしようもなく子どもっぽい反応を示す〉ことや、〈自分と意見が違うその人物をせせら笑うという不用意な顔〉を見せてしまうことを挙げて、〈これは、ルーツである山口県の政治風土の表れではないかと私は思う〉と述べている。
 しかし、こうした県民性以上に田中が強く指摘するのは、安倍の〈弱さ〉である。
〈相手をせせら笑う不遜と、私と会って目も合わせなかったうつろでオーラのない表情の落差。つまり安倍氏は明らかに、政治家としての自分を強く見せようとしている。強くあろうとしている。なぜか。安倍氏は弱い人間だからだ。強くあろうとするのは弱い証拠だ。だったら、あるがまま生きればいい。弱いことは、人間として決して悪いことではない。だがここで、血筋の問題が出てくる。(中略)祖父と大叔父と実父が偉大な政治家であり、自分自身も同じ道に入った以上、自分は弱い人間なので先祖ほどの大きいことは出来ません、とは口が裂けても言えない。誰に対して言えないのか。先祖に対してか。国民に対して、あるいは中国や韓国に対してか。違う。自分自身に対してだ〉
  「戦後レジームからの脱却」と称し、安倍首相が憲法改正や自衛隊の国防軍への移行を主張するのは、自民党の意志でもある。だが、ここまで強気に進める理由を田中は〈そういう党の中にいる安倍氏が、偉大で強い家系に生まれた弱い人間だからだ〉と見る。そして、タカ派に分類される安倍を〈弱いのに強くなる必要に迫られているタカ、ひなどりの姿のまま大きくなったタカ〉と表現するのだ。
 〈安倍氏が舵取りの果てに姿を現すだろうタカが、私は怖い〉
──ここまで田中が憂虞するのは、政治的・軍事的な理由からではない。幼くして父を亡くしたことのせいか、田中は〈男性的でマッチョなものが、根本的に怖い〉のだという。男であることが不潔に感じ、〈何度も死のうとした〉ことさえある。そのときのことを〈死んでみせることで、周囲に強い人間だったと思わせることが出来るのだと、勘違いしたからだろう〉と田中は振り返るが、だからこそ、弱い自分でいることを許されない安倍は危険な状態なのではないか、と田中は案じるのである。
 この田中による指摘は極めて重要だ。安倍首相の強硬姿勢が彼の政治的信条に基づいた行動なのであれば、まだ議論の余地もある。だがそうではなく、安倍自身の血筋というプレッシャーや、本来のパーソナリティである弱さを隠すために過剰に強くあろうとして偉大な祖父が成し得なかった偉業に挑んでいるのであれば、それは暴走だ。しかも、こうした暴走への危惧は、きっと安倍首相には通じないだろう。なぜならそれを受け止めることは、自分の弱さを認めることになるからだ。
 自分の弱さを否定するために、戦争への道をひた走る首相。──『宰相A』で描かれた恐怖は、いま、まさに日本で進行している現実である。 ≫(リテラ:水井多賀子)


美しい国への旅
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宰相A
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炎と苗木 田中慎弥の掌劇場
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●エージェント竹中平蔵 犯罪特区システム≒国家戦略特区

2017年09月09日 | 日記

 

市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像
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講談社
「国富」喪失 (詩想社新書)
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星雲社
国家戦略特区の正体 外資に売られる日本 (集英社新書)
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●エージェント竹中平蔵 犯罪特区システム≒国家戦略特区 
 常々、竹中平蔵という人物が東京地検特捜部の摘発を逃れられるのは何故なのかと不思議に思っている。個別の案件一つ一つでは犯罪要件を満たさないが、十数個の案件で灰色であるなら、あわせ技一本ではないが、犯罪を摘発できるのではないかと素人目に考えてしまう。それほど、この竹中平蔵と云う人物の心証は“まっ黒”なのである。

 あくまで想像の域は出ないのだが、小泉政権における構造改革において、植草一秀に変り急激に頭角を現した竹中平蔵は、極めて親米学者の印象がつきまとう。親米学者と言えば聞こえが良いが、言い換えるなら、ウォール街の一部勢力(新市場原理主義集団)から差し向けられたエージェントである可能性が濃厚だ。彼の言動の原理には、世界金融勢力が日本において、何らかの形で参加できる条件を整える役割を果たすプロフェッショナルの印象が濃厚だ。新市場原理主義が、一時の勢いを失い、その非を修復する期間に入っているにも関わらず、アベノミクスにおいて実験的に日本を実験場にしている試みは犯罪的だ。

 2005年から今日に至るまで、自民党小泉の構造改革及び安倍のアベノミクスにおいて、その企画立案の主たる提起者として君臨し、小泉政権と安倍政権において、世界金融グループが跋扈しやすい環境整備に暗躍している。しかし、竹中は、個別の案件で自己権益を誘導したり、収賄的行為を実行しないので、個別の事案で容疑者になる可能性を薄めている。おそらく、特捜部なども、竹中の犯罪を捜査した可能性はあるのだろうが、あまりにも舞台が大きすぎ、どこで彼の犯罪が行われているのか、どこで、どのように利益を得ているか、立証に苦慮している様子が窺える。

 また、りそな銀行疑惑などにおいては、米政府に関与する勢力からの圧力もあり、竹中の行為は、アメリカの意思の代行だと云うメッセージが伝えられているのかもしれない。この小泉、安倍晋三の政権時において成長を著しくさせたアントンプレナー的オリックス、パソナ、森ビルや日本郵政、シーティーバンク、ゴールドマンサックス等々にとって企業成長に有益な環境整備を提供した壮大な犯罪は、贈収賄の要件を満たせず、立件に至らないのが実情だ。しかし、竹中の市場原理主義経済政策が、日本の根幹を変容させつつある事と、取り返しのつかない破壊に終始するのであれば、やはり、日本に死をもたらした陰陽師なのではないかという疑惑は拭えない。

 一般と異なる出自も影響してか、どこかにコンプレックス的復讐、そして、非愛国心から発するアメリカのエージェント“政策コンサルタント竹中平蔵”となる。今後において、東京地検特捜が立件するとも思えないわけで、巨悪は永遠に高笑いで眠りに就くのだろう。果たして、この怪しげで下卑た似非経済学者風政商は、日本人にとって救世主なのか悪魔なのか。筆者は市場原理主義崇拝のシャーマンであり、最終的に日本社会の破壊者なのだと認定している。ある意味で、戦後経済大国になった日本に恨みのある人間の復讐劇のようにさえ見えてくる。日本の右翼たちは、この男をターゲットにすべきだが、なぜか埒外に置いている。

 たしかに、学者が確信的に、自己の主張を政策に落とし込んでいるようにも見えるところが竹中平蔵的であり、彼がどのような心情で、何処から、どのようにミッションの手数料を得て、どこに隠し持っているのかは、想像の域を出ていないようである。まあ、居酒屋談義的に言うなら、親の敵を打って、且つ平成の大泥棒ということになるが、この男のお蔭で、日本の構造がズタズタにされたのも事実である。以下は、竹中平蔵が関わったと思われる壮大な犯罪の条件整備の痕跡を証言する記事やコラム・書籍の紹介だ。


≪ 民間議員・竹中平蔵氏に“退場勧告” 戦略特区に利益誘導批判
「加計(かけ)学園」(岡山市)の獣医学部新設計画で、実現までに中心的な役割を果たした「国家戦略特区諮問会議」。特区の認定に「総理のご意向」があったとされることから野党は追及を強めている。
 実は、会議を巡って、特定企業の利益になるように議論が誘導されているのではないかとの疑惑が、以前からあった。
「昨年7月、神奈川県の特区で規制緩和された家事支援外国人受入事業について、大手人材派遣会社のパソナが事業者として認定された。諮問会議の民間議員の一人である竹中平蔵氏(東洋大教授)はパソナグループの会長。審査する側が仕事を受注したわけだから、審議の公平性が保てない」(野党議員)
 これだけではない。農業分野で特区に指定された兵庫県養父(やぶ)市では、竹中氏が社外取締役を務めるオリックスの子会社「オリックス農業」が参入した。自民党議員からも「学者の肩書を使って特区でビジネスをしている」と批判の声がある。
 農林水産委員会などに所属する宮崎岳志衆院議員(民進党)は、竹中氏が主張する農業分野での外国人労働者の受け入れが、人材派遣業界の利益につながりかねないと指摘する。 「民間議員はインサイダー情報に接することができるのに、資産公開の義務はなく、業界との利害関係が不透明だ」
 批判が相次いだことで、国会も異例の対応を迫られる事態となった。
 5月16日に衆院地方創生特別委員会で採択された国家戦略特区法改正案の付帯決議では、会議の中立性を保つために「民間議員等が私的な利益の実現を図って議論を誘導し、又は利益相反行為に当たる発言を行うことを防止する」と明記。さらに、特定企業の役員や大株主が審議の主導権を握ることを防ぐため「直接の利害関係を有するときは、審議及び議決に参加させないことができる」とした。
 採択の背景について前出の野党議員は「竹中氏を外すため。与党側からもウラで依頼があった」と明かす。与野党議員による事実上の“退場勧告”だ。
 小泉政権に続き、竹中氏は安倍政権でも影響力を持つようになった。ジャーナリストの佐々木実氏は言う。 「会議では一部の政治家と民間議員だけで政策を決めることができる。省庁が反対しても、思い通りに規制緩和が進められる。行政や国会のチェックが利きにくく、『加計学園問題』の背景にもなった。竹中氏はいまの特区の制度を安倍政権に提案し、自ら民間議員にもなっている」
 竹中氏にはパソナグループを通じて見解を求めたが、回答は得られなかった。  ≫(週刊朝日  2017年6月9日号)


≪『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』(佐々木実 著) ~はじめに より 抜粋
はじめに 
「改革」のメンター 「成長戦略に打ち出の小槌はなく、企業に自由を与え、体質を筋肉質にしていくような規制改革が成長戦略の一丁目一番地」
 二〇一三(平成二五)年一月二三日、安倍政権が新たに設置した産業競争力会議の初会合で、民間議員である竹中平蔵はさっそく宣言した。かつて小泉政権で「構造改革」の司令塔役を果たした彼にとっては久々の表舞台だった。ささやかながらそれは復活の狼煙でもあった。
〈企業・産業に「自由」を与える〉
 産業競争力会議の面々に配付した「竹中メモ」で、政府の役割を竹中はそう規定した。「企業の自由」を確保し、拡大させること。それが安倍政権の果たすべき使命である。 〈新自由主義とは何よりも、強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活動の自由とその能力とが無制約に発揮されることによって人類の富と福利が最も増大する、と主張する政治経済的実践の理論である〉
 経済地理学者デヴィッド・ハーヴェイの「新自由主義」の定義にしたがえば、竹中の復活宣言を「新自由主義者の闘争宣言」と読み換えることもできる。
 産業競争力会議が初会合を開いた翌日、安倍政権は規制改革会議を始動させた。冒頭あいさつに立った安倍晋三総理は、 「規制改革は安倍内閣の一丁目一番地であります。成長戦略の一丁目一番地でもあります」
 と意気込みを語っている。前日の竹中の言葉を鸚鵡返しになぞったわけだ。竹中にとってはまずまずの滑り出しだった。再び「改革」の歯車が回りはじめたのである。
 竹中の当面の課題は、安倍政権内部の路線闘争で勝利を収めることである。主宰する政策研究集団「ポリシーウォッチ」のウェブサイトで、「小渕内閣型」「小泉内閣型」という言葉を用いて巧みに解説している。竹中は、小渕内閣では首相の諮問機関である経済戦略会議の委員をつとめていた。
 小渕内閣が発足した時も最初の出だしは大変好調であった。次から次へと財政拡大等の政策を打って、そして中小企業に対する信用保証の政策を拡充して、危機を乗り越えて、株が上がり始めて、経済は非常に良いスタートを切ったように見えた。当時、経済戦略会議が作られて、そこでこの最初のロケットスタートの強さを更なる改革、構造改革、体質改善に結びつけて行くための政策が示されてはいたのだが、なかなかその構造改革に手がつかないままに小渕首相が病に倒れるということになった。
これに対して小泉内閣の時は最初から構造改革を全面に押し出して、そして構造改革を進めることによって、結果的には戦後最長の景気拡大を実現するということができた。 今、安倍内閣は積極的な金融政策と財政政策でロケットスタートをきっている。しかし、これが本当の構造改革、企業の体制強化に結びつくか今のところよくわからないということだと思う。 繰り返すが、安倍内閣に頑張ってもらわなくてはならない。その意味で期待を込めて、小渕内閣型ではなく、小泉内閣型になるような、そういう政策運営を是非期待したい。(二〇一三年二月九日付「安倍内閣は小渕内閣型ではなく小泉内閣型になれるか」) 「規制改革が成長戦略の一丁目一番地」の真意は、安倍政権を「小泉内閣型」へと引き戻し、日本を再び「構造改革」の軌道の上に乗せることにある。

 小泉政権は政権発足直後の二〇〇一(平成一三)年六月、「構造改革」の基本方針を発表している。「骨太の方針」と呼ばれたその経済運営の指針は、「市場の力で社会を改革する」という考え方で貫かれていた。
 経済成長は「市場」における「競争」を通じて達成されるのだから、「市場の障害物や成長を抑制するものを取り除く」ことこそ、政府の果たすべき役割である。そうした考えのもと、小泉政権は七つの構造改革プログラムを示した。筆頭に掲げられたのが「民営化・規制改革プログラム」である。 「民間でできることは、できるだけ民間に委ねる」──小泉純一郎が執心する郵政事業の民営化に注目が集まったが、核心はむしろ、「骨太の方針」に記された次の文章にあった。 〈医療、介護、福祉、教育など従来主として公的ないしは非営利の主体によって供給されてきた分野に競争原理を導入する〉
 それまでの規制改革は、既存の企業が活動するうえで障害になる規制を取り除く取り組みだった。たとえば、大型店の出店を規制していた大規模小売店舗法の廃止や、タクシー業界への参入規制の緩和などである。ところが、小泉政権はこうした経済的規制にとどまらず、医療や教育といった社会的な規制にも手をかけた。従来、「市場化」になじまないとされていた分野も聖域化せず、規制の緩和や経営主体の民営化によって、「市場化」していくと宣言したのである。 「市場化」により社会を改造するという構造改革の思想は、その後、日本社会を変質させていくことになった。
 企業活動の自由を全面的に解き放とうとする新自由主義の思想を極限にまで押し広げ、社会の全領域を市場化しようとする欲望を「市場原理主義」と呼ぶなら、小泉政権はたしかに市場原理主義的な性格を強く帯びていた。そうした「構造改革」のイデオローグが、竹中平蔵という経済学者だったのである。彼は閣僚として、金融改革や郵政民営化を手がけた実践者でもあった。
 ではなぜ、日本社会を変質させた「新自由主義」「市場原理主義」の導入に経済学者が貢献することになったのか。小泉政権の閣僚になったばかりの時期、『論座』(二〇〇一年一〇月号)のインタビューで竹中は答えている。
 経済学者の政策決定への関与について、非常にわかりやすい例はアメリカです。私の友人でもあるローレンス・サマーズは、クリントン政権で財務長官を務めました。サマーズの先生にあたるマーチン・フェルドシュタインは、レーガン政権で大統領経済諮問委員会の委員長を務めた。そういう専門家が、専門的な立場で政策を遂行するという事例はアメリカでは早い時期から浸透している。 「改革」の原動力として、「知的起業家精神」が求められていると竹中は語っている。
 世の中を動かしていくのは、アントレプレナーシップ(起業家精神)です。そして私たちにいま求められているのは、インテレクチュアル・アントレプレナーシップ、すなわち知的起業家精神です。それにはいろいろな局面がある。
 たとえば、東ヨーロッパが社会主義から解放されたときに何が起こったか。アメリカの国際経営コンサルタントと言われる人たちが大量に押しかけて、アメリカ的なビジネスをつくった。これはひとつの知的起業家精神ですよ。ソ連がロシアになったときにも、たとえばワシントンのアーバンインスティチュートという研究所がロシアに進出し、ロシアの都市計画をほとんど手がけた。あるいは、中国で会計基準をつくるときには、アメリカの国際公認会計士が大挙して手伝った。
 そして、いまの日本では、政策に関する知的起業家精神が改めて求められている。
 自ら解説しているように、小泉政権における竹中のポジションは、東欧の旧社会主義国にビジネスチャンスを求めて押しかけたアメリカの経営コンサルタントとどこか似ていた。抜け目ない知的起業家は「市場化」の伝道師でもある。

 小泉政権の経済運営を今ふりかえると、興味深い事実が見えてくる。「構造改革」は経済成長を達成するために避けられない道であり、つかの間の「痛み」に耐えることで将来の富が約束される──そんな物語が当時まことしやかに語られていた。だが、実態はずいぶん違っていたのである。
 小泉政権時代の経済パフォーマンスを名目GDPでみると、最も数値が高かった政権末期でさえ一九九〇年代の金融危機前と同水準である。名目GDPの伸びの低迷は、アメリカやEUなどと比べることで、よりはっきりする。国際比較のグラフでみると、日本は横ばい状態を続けていたにすぎない。
 それでも経済運営で大きな成功を収めたかのように認識されているのは、戦後最長といわれる「いざなみ景気」のもと、企業の業績が好調だったからである。だが、それは「構造改革」の効果というより、日銀の金融緩和政策に負うところが大きかった。
 小泉政権時代、日銀は、量的金融緩和と呼ばれる従来になかった金融政策を動員してマネーを大量に供給していた。これが為替相場を円安に導き、輸出企業を後押ししたのである。金融バブルに沸くアメリカだけでなく、急成長する中国という新たな巨大市場への輸出が伸び、日本企業は潤った。
 内実が輸出支援という旧来型の経済運営だったため、小泉政権が経済界の秩序を大きく乱すことはなかった。しかし、「構造改革」に破壊的な効果がなかったかといえば、そうではない。中国をはじめとする新興国の台頭に対応するため、日本企業は体質改善をはかった。「構造改革」はむしろこの面で企業経営者を強力にサポートした。
 たとえば、製造業における派遣労働の解禁などである。「構造改革」は企業の利益を押し上げる一方、労働者の賃金を引き下げる成果をあげた。「企業活動の自由」をなにより優先する新自由主義的政策の必然的帰結だった。
 利益分配のあり方を根本から変革することにこそ、「構造改革」の意義がある。地方への財政支援を大胆にカットする緊縮財政を小泉政権が強行したのもそのためである。
 結果として、正規社員と非正規社員、大都市と地方など、「階層化」と呼んでいいほどの大きな格差が生まれることになった。階層化を意図する政策だとはじめから理解されていれば、小泉政権への高支持率はありえなかったはずである。その意味で、「構造改革」の本来の目的をカモフラージュする役目を担った、隠れた主役ともいえる日銀の存在は注目に値する。
 意外なのは、こうした日銀の重要性に目をとめたのが、小泉政権で官房長官をつとめた安倍晋三だったことだ。
 第二次安倍政権が掲げる経済政策「アベノミクス」の背骨は、「インフレターゲット」政策である。日銀による強力な量的金融緩和策を長期にわたって実施する宣言ともいえる。安倍は、総選挙で繰り返し日銀のインフレターゲットに言及し、選挙に圧勝すると、日銀にあからさまな圧力をかけた。
 日銀が安倍に押し切られる形で「インフレターゲット」の採用を表明すると、投資家たちはもろ手をあげて歓迎した。株高、円安が進行し、「安倍バブル」と呼ばれるほど市場が活況を呈するようになったのである。
 二〇一二年一二月の総選挙では、メディアは原発問題、TPP(環太平洋経済連携協定)問題、消費税問題を政界の三大争点と位置付けていた。だが、選挙に圧勝して総理の座に返り咲いた安倍は、「インフレターゲット」によってこれらの争点をことごとく蹴散らしてしまった。原発は再稼働の方向で動き出し、TPPについては早々と交渉参加を表明している。株式市場の活況が持続すれば、消費税の引き上げも敢行するだろう。 「日銀にカネを刷らせる」政策を踏み台に、改革を次々と進めていく手法において、安倍政権はすでに小泉構造改革と酷似している。もっとも、大規模な公共事業の実施を掲げている点は異なる。竹中が「小渕内閣型」と呼んで懸念するのも、財政政策への傾斜が、安倍政権の「構造改革」の妨げになるのではないかと考えるからである。

 安倍総理を議長とする産業競争力会議の場で、竹中が問題提起している大きなテーマのひとつが労働市場の改革だ。
 一九九〇年代後半からの労働規制の緩和とともに、非正規雇用は増え続け、現在では三人に一人が非正規雇用となっている。日本社会を変質させた「改革」だった。とりわけ小泉政権は、製造業の派遣労働を認めるなど規制緩和を積極的に進めたため、非正規雇用問題が叫ばれるようになると厳しく批判された。
 しかし、竹中は批判を一蹴している。『日本経済新聞』(二〇一二年七月一六日付)のインタビューでは、次のように説明している。
 人生の中では長時間働く方がよい時もあれば、育児などで短時間がよい時もある。働き方を自由に選べるようにすることは重要だ。問題は制度の不公平にある。解雇しにくくする判例が出た結果、日本の正社員は世界一守られている労働者になった。だから非正規が増えた。
 規制を緩和したからではなく、むしろ改革が不十分だからこうなった。同一労働・同一条件を確立する『日本版オランダ革命』ができれば、制度のひずみが是正される。厳しすぎる解雇ルールを普通にすれば、企業は人を雇いやすくなる。『全員正規』では企業は雇いにくく、海外に出てしまう。柔軟な雇用ルールにして雇用機会を増やすべきだ。
 日本で非正規社員が増えてしまったのは、正社員が保護されすぎているためだという。正社員が「既得権益者」として指弾されている。「働き方の自由」を実現するためにも、解雇規制の緩和が必要なのだと竹中はいう。
 産業競争力会議の民間議員の構成をみると、竹中を除く九人のメンバーのうちじつに八人が企業経営者あるいは元経営者、しかもほとんどが名の知れた大手企業である。労働規制の緩和は議論する前から既定路線といってもいい。
 医療や農業、教育など規制緩和が進んでいない分野にも大胆に切り込む構えをみせる一方で、竹中は会議の主導権を握るための「仕組みづくり」も怠っていない。 「この会議の運営については、この会議だけでは議論が十分にできないので、事務局での議論に民間議員、あるいはその代理が参加できる仕組みをつくってほしい」
 初会合での竹中提言は実現し、官僚主導の事務局に民間スタッフが入ることになった。二回目の会合でも、竹中は会議の運営に注文をつけた。 「この会議で出てくる規制改革関係の話は、岡議員(筆者注 岡素之住友商事相談役は規制改革会議議長を兼任)に毎回引き取ってもらって、規制改革会議で議論していただき、その次の産業競争力会議で方向性だけでも報告してもらう、というルールを確立してほしい」  規制改革会議と緊密に連携をはかることで、政策形成への影響力を強めようというねらいだ。規制改革会議議長代理の大田弘子は、前の安倍政権で経済財政政策担当大臣をつとめた。竹中とは長年のつきあいで、考えを同じくする同志だ。
 日本経団連は、経営者の集まりともいえる産業競争力会議を経済財政諮問会議と同様の法律に基づく会議に格上げし、権限を強化させようと動きはじめている。だが、構造改革の強力な後押しとして「改革勢力」の大きな期待を集めているのはむしろTPPだろう。
 安倍は選挙戦では「『聖域なき関税撤廃』を前提とするTPPには参加しない」との公約を掲げていた。ところが、総理に就任して二月にオバマ大統領と初会談すると、「『聖域なき関税撤廃』が前提でないことが明らかになった」として、一転して、TPP交渉の参加に前のめりになり、早くも三月一五日には交渉参加を正式に表明した。
 オバマとの会談直後の産業競争力会議で、安倍の報告を聞いた後、竹中は、「やはり自由貿易を拡大すること、そして、経済連携を深めていくこと、とりわけアメリカとの連携においてそのような関係を深めていくことは世界の利益であり、いうまでもなく日本の利益である」と安倍を称賛した。
 日本がTPPを締結すれば、事実上、それはアメリカとの経済統合を意味する。あらゆる分野で日米間の制度の平準化が進められ、これまでになくアメリカの外圧は強まるだろう。一方で、TPPのような域内経済統合では、投資家が国家と対等の立場を確保する。医療や金融はじめ、知的財産から農業まであらゆる領域が交渉対象となっているので、日本の社会の全領域で「市場化」が進むはずである。 「TPP国内対策にあたり、ICT(著者注 情報通信技術)活用推進も含め、競争力を強化するための制度改革を重視していかなければいけない」
 TPPが「構造改革」の原動力となることを、竹中は期待している。アメリカや海外投資家の圧力は頼もしい味方なのである。産業競争力会議の民間議員の権限は、小泉政権時代に有力閣僚として手にしていた権力とは比べるべくもない。けれども今、彼に強い追い風が吹いていることはたしかである。

 小泉構造改革への批判をテコに政権奪取した民主党は、迷走に迷走を重ねて自滅した。民主党政権時代には不遇をかこった竹中だが、着々と手は打っていた。政界に突如としてあらわれたスター、橋下徹のブレーンにおさまったのは総選挙を目前に控えた時期である。 「私の目には、橋下氏と、小泉元首相の姿が重なって見えます。どちらも原理原則を貫き、自分の言葉で国民に語りかけることができる政治家だからです」(『週刊現代』二〇一二年六月二三日号)
 かつて仕えた小泉純一郎を持ち出し、竹中は橋下を絶賛した。秋波を送られた橋下は、日本維新の会の衆院選候補者選定委員会の委員長を竹中に依頼した。その理由を橋下はこんなふうに語っている。 「竹中さんの考えにぼくは大賛成ですから。小泉元首相のときの竹中さんの考え方についてはいろいろと意見があることは承知していますけれども、基本的な価値観、哲学は、ぼくは竹中さんの考え方ですね」  候補者選定委員長として討論会に参加した竹中は、日本維新の会からの出馬を希望する落選中の元代議士の前で、 「自由と規制緩和という意味で、TPPに本当に心から賛成しているかどうかが、ものすごく重要な試金石になる」  とTPPの踏み絵を踏むよう迫った。
 政界での影響力ということでいえば、みんなの党は党の方針自体が竹中の主張とほぼ一致している。代表の渡辺喜美は、日銀総裁候補として竹中の名前をあげていたほどである。民主党では前原誠司とのつながりもある。
 安倍晋三とは小泉政権でともに仕事をして以来親交があり、安倍政権が誕生すると、経済ブレーンに迎えられた。安倍は当初、格上の経済財政諮問会議の民間議員に竹中を抜擢しようとしたのだが、閣内に反対の声があり、産業競争力会議の民間議員に落ち着いた。こうしてみると、少なくともイデオローグとしての竹中の支持者は、与野党を問わず政界内で意外なほど裾野を広げている。
 日本維新の会の橋下代表など野党有力者とのパイプは、安倍政権を新自由主義側へと引っ張る切り札となりうる。政界再編が起きれば、竹中が有力政治家の橋渡し役となることも考えられる。
 小泉政権で構造改革の司令塔役を果たして以降、「改革」を布教し実践してきた竹中平蔵は、いまや日本を「改革」に導くメンター(指導者)の地位を築いている。彼の新自由主義に基づく政策提案は多くの賛同者を獲得するようになっている。
 果たしてこの指導者はいったいどこからあらわれたのか。日本の社会をどこへ導こうとしているのだろうか。本書は、「改革のメンター」の人生の軌跡をたどったレポートである。

市場と権力 目次
はじめに 
「改革」のメンター 第1章 和歌山から東京へ…………… 19
競争心/理想の社会と現実のはざまで/東京の家族 第2章 不意の転機 …………… 38
銀行員から経済研究員に/ハーバード大学客員研究員に/「反ケインズ経済学」の洗礼/大蔵省という権力/独り占め 第3章 アメリカに学ぶ …………… 64
博士号審査不合格/大蔵省幹部の側近として/他人のものを取り込む才/アメリカ経済学界から学んだこと/交流人事/相次ぐ批判/リボルビング・ドア/「日米構造協議」という第二の占領政策/政治家への接近/“外圧”は友/博士号を取得 第4章 仮面の野望 …………… 108
シンクタンク/ビジネスとしての経済学/官房機密費/IT戦略会議は官邸攻略の足場/総理大臣の振り付け役/“外圧”の民営化/政界への工作 第5章 アメリカの友人 …………… 139
トライアンギュレーション/ハゲタカとネオコン/柳澤大臣との対決/ブッシュ政権が引きずり下ろした金融担当大臣/「竹中」プランが引き起こした金融界パニック/繰り延べ税金資産問題/金融プロジェクトチームというブラックボックス/「大きすぎて潰せないとは思わない」/スキャンダル露呈/アメリカの強力な支持を盾に 第6章 スケープゴート …………… 178
三井住友銀行の大規模増資/ゴールドマン・サックスとの特異な契約/ウォール街を日本に導入する/銀行が潰れるか監査法人が潰れるか/ある公認会計士の死/梯子を外された会計士/暗躍する「金融庁顧問」/りそな銀行を破綻に導いた「裏会議」 第7章 郵政民営化 …………… 218
金融庁落城/検察―もうひとりの主役/反経世会+親大蔵省=郵政民営化/郵政マネーに目をつけたアメリカ/「ゲリラ部隊」がつくった民営化案/「自民党は殺された!」/ブッシュに呼応する小泉/B層を狙え!/なぜ、いま民営化なのか/暴かれた私信/不審を抱いた日本経団連会長/小泉側近との確執 第8章 インサイド・ジョブ …………… 268
経済学的論拠が薄弱だった「構造改革」/ブッシュ政権を支えたジャパンマネー/「日本郵政はアメリカに出資せよ」/改革利権に手を染めた経営者/「かんぽの宿」疑惑のプレーヤー/あっけない幕切れ/映画『インサイド・ジョブ』が伝える真実/りそな銀行破綻の闇/ミサワホームの怪/「改革は止まらない」 おわりに ホモ・エコノミカスたちの革命 …………… 317
あとがき …………… 328 参考文献 …………… 330
*佐々木実(ささき・みのる)1966年、大阪府生まれ。91年、大阪大学経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。東京本社経済部、名古屋支社に勤務。95年に退社し、フリーランスのジャーナリストとして活動している。  ≫(現代ビジネス)


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