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「はだしのゲン」を学校から排除するな!

2023年08月07日 21時33分00秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
 
 
昨日、難波の本屋で漫画「はだしのゲン」第1巻を買い、昨日のうちに一気に読み終えた。
 
昨今「はだしのゲン」を学校や図書館から排除する動きが強まっている。やれ「浪曲の場面が現代にそぐわない」だの、「鯉泥棒の場面が犯罪を助長する」だのと、下らない理由を付けて。
 
排除側の言い分はこうだ。「広島では10年前から平和学習の一環として、この漫画を読むよう推奨して来た。原爆で家族が死別し、ちりぢりになりながらも、残った者同士で助け合って生きていく、その家族愛の大切さを教えるのが、この漫画の狙いだ」と。
 
ところが、「浪曲」や「鯉泥棒」を「親孝行」の題材として取り上げてしまったものだから、「場違い」のそしりを受け、漫画の存在まで否定されるようになってしまったのだ。
 
そこで、「百聞は一見にしかず」と、今、話題のこの漫画を買って読む事にした。実際に読んで良く分かった。「先の排除側の言い分が如何にトンデモか」と言う事が。
 
何故、ゲンと弟の進次が、乞食のふりして街頭で浪曲を歌い、見物人からテラ銭をせしめようとしたのか?何故、金持ちの池の鯉を盗んで、母に食べさせようとしたのか?
 
ゲンの家庭は、父親が戦争に反対している為に、周囲から「非国民」呼ばわりされ、村八分同然の扱いを受けていた。その上、食糧難で配給も滞り、家族全員が餓死寸前にまで追い詰められていた。
 
だから、それを打開する為に、子ども心にあれこれ考え、街頭で一芝居打ったり、他人の庭の池の鯉を盗もうとしたのだ。
 
一番悪いのは戦争だ。戦争さえ無ければ、「非国民」呼ばわりされる事もなかった。村八分にも遭わなかった。乞食のふりして浪曲謡う必要もなかった。他人の家の鯉を盗む必要もなかった。
 
この漫画は単なる「家族愛」の物語ではない。「戦争反対」こそが、作者がこの漫画で一番訴えたい事だ。そこまで理解出来て初めて、その運命に抗う為に、家族の絆が強まった事も理解出来るのだ。
 
それを何故、学校で教えないのか?「戦争反対」はイデオロギーでも何でもない。「人を殺してはいけない」のと同じ、人類普遍の真理であり道徳だ。
 
だからと言って、ただ「平和」でさえあれば良い訳ではない。圧政や侵略とは戦わなければならない。
 
それも、この漫画を読めば分かる。戦争反対の親父に反発した兄の浩二は予科練に志願する。そして特攻隊の基地で、死ぬ事を強要された隊員の怒りや、理不尽な新兵虐めに遭遇する。
 
何でもかんでも上の言いなりになる事が「平和」ではない。「死ぬのは嫌だ。誰でも自由に生きられ、飯の心配なぞしなくても良い世の中にしてくれ」と言う先輩特攻隊員の心の叫びを聞く中で、浩二も親父の言い分の正しさを理解するようになる。
 
その父親も原爆の業火の中で、崩れた家の下敷きになり、姉や弟と一緒に焼け死んでしまう。その中で、ゲンと母親の君江だけが奇跡的に助かる。建物の陰にいたお陰で火傷を負わずに済んだ。しかし、子どもと女性2人の力だけでは、家の下敷きになった家族を救い出す事は出来ない。生きながら焼け死んでいく家族を、結局は見殺しにするしかなかった。
 
もはや核戦争には勝者も敗者もない。一旦、核のボタンが押されたら、もう全員滅亡するしかない。そうさせない為にも、核廃絶が求められるのだ。
 
繰り返す。漫画「はだしのゲン」の作者が一番訴えたかった事は「戦争反対」「核廃絶」だ。「家族愛」や「家族の絆」も、その中でこそ初めて育まれるのだ。それが分かっていたら、「浪曲」がどうの「鯉泥棒」がどうのと、下らない議論に振り回される事もなかったのだ。
 
なのに、広島市の教育委員会は、自民党や保守勢力に遠慮して、「戦争反対」や「核廃絶」の代わりに、当たり障りのない「親孝行」を漫画「はだしのゲン」の主題にしてしまった。この最初のボタンのかけ違いが、「浪曲」や「鯉泥棒」の誤解を生み、漫画そのものの否定・排除にまで行き着いてしまったのだ。
 
広島市長が8月6日の平和記念式典で、幾ら核抑止論を批判しても、漫画「はだしのゲン」を子どもに読ませないようにしているようでは、軍拡を進める岸田政権と五十歩百歩だと言わざるを得ない。

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3 コメント

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ただ原爆による戦争被害を強調し、平和を希求するだけの漫画ではありません。 (しんきち)
2023-08-08 23:13:15
~「戦争反対」こそがこの(特筆すべき不朽の)漫画の主題だ、しかし圧政や侵略とは戦わねばならない~まさにその通りです。

その主題にさらに加えて、この漫画が(アニメ映画にもなっていますが)そんじょそこらの平和(希求)漫画とは異なる、時代を超えて価値を持ち続ける二つの要素があります。

即ち「こうした破滅を来たらせた根本原因としての天皇制(天皇裕仁)への厳しい怒り・批判の視点」「天皇制神道カルト国家・日帝の対朝鮮はじめアジアへの侵略加害への透徹した批判的視点」です。

この漫画を読み進めていくと、否応なく誰でもそうした視点を感じるはずです。

この二つの鋭い視点がこの漫画の底流に厳然としてあるからこそ、単なる戦争反対・平和希求漫画に留まらない消えることのない輝きを放って、今でも愛読されている要因となっていると信じます。
(だからこそ、極右・戦争屋勢力が特に問題視して、何とかしてその存在を消そうと躍起になっているのです。)

そして一部の例外を除き、自国・自国民の戦争被害を強調するのみのレベルに留まっている我が国の戦争反対・平和運動(8月ジャーナリズムと揶揄される🗾マスコミの戦争「追憶」報道にも同じことが言えます)に著しく欠けているのが、これらの重要な視点だと思うのです。

ただ自国・自国民の被害にのみ目を向けているだけなら、我が市民が次の戦争を押しとどめることはほぼ不可能と強く思います。

ゲンの家の隣りに朝鮮人の朴さんが住んでいると、著者の中沢啓治さんが敢えてそんな設定をした意味を私たちはもっと良く考えるべきです。

周りの🗾人に村八分にされても、朴さんは最後までそれに同調せず助けてくれた、ゲンの一家との付き合いを止めることはなかった。中沢さんがそう描いたその意味と思いを噛みしめましょう。

そして廣島市自体が、日帝がアジア侵略という暴走を始めた19世紀末から 原爆投下時まで一貫して「軍都」として日帝のアジア侵略の一大拠点都市だった、その事実を決して忘れてはならないのです。

斯く言う私もずっと昔に読んで以来、最近は読んでいません。全編読むと長い作品ですが、この情勢下もう一度読む必要がありますね。大人子供、年齢を問わず🗾市民必読の漫画(でありアニメ)であるのは間違いありません。
返信する
ゲン削除 (秀和)
2023-08-09 10:51:41
日本会議が暗躍しているようですね。『ゲン』削除
ttps://vergil.hateblo.jp/entry/2023/03/04/100444
立憲議員 “秘密裏に進められた”
 
日本会議広島 http://jp-pride.com/topic/post-70.html
> これでも子供に読ませますか? > 学校の図書館から放逐すべき

過激な表現云々…は浪曲が鯉泥棒が~のごとき建前だと思いますが
この国を巣食うエセ神道・エセ仏教・エセキリスト教は少しも平和に寄与しないようですね (苦笑)。
返信する
連続テレビ小説の題材に一番ふさわしいと思う (ぶた猫ぶーにゃん)
2023-08-09 21:14:24
プレカリアートさん、こんばんは。ぶた猫ぶーにゃんの社会的マイノリティ研究所です。

本当に「はだしのゲン」に対するバッシングがひどいですよね。
私はむしろNHK連続テレビ小説の題材に一番ふさわしいと思うのですが。なにぜ敗戦後を描いた作品が多いものでね。
私も地元の図書館で読みましたよ。これはニッポン人が目をそらしてはいけない題材だと思いました。

ところで、コンビニ漫画単行本「ジャンプリミックス」で当の「はだしのゲン」が新発売されていますね。
http://sjr.shueisha.co.jp/index.html

それではまた。
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