ボクの伯父、ボクの父の次兄です。
明治43年8月25日三石村大字けり舞51番地にて出生しました。
長兄 清のところで記しています、清が祖母すてにいたずらで隠れたその時に、喜之助は母すゑのお腹にいたのかもしれません。
お腹に子がいても、出産の直前まで農作業をしているのが当たり前の時代です。
そのとききっと、すゑは長松と仲良く並んで農作業をしていたのでしょうか。
そんな情景を想像します。
他の兄弟と . . . 本文を読む
ルーツシリーズで登場するのは、ボクの親の代までのつもりです。
しかし、ボクの父の長兄の長男、ボクにとっては従兄(いとこ)にあたりますが、その人"聡(さとし)"のことだけは、記しておきたいと思います。
ボクの父の長兄の長男で、ボクの父と7歳しか年が違わず同じ屋根の下、兄弟のように育ち、その後も父との係わりが深かった関係上です。
従兄"聡"は、昭和7年10月15日"清""こめを"の長男として、三石郡 . . . 本文を読む
ボクの伯父で、父の長兄です。
父の兄弟のうち、ただ一人の福井県生まれです。
明治39年(1906)福井県大野村にて出生。
翌40年、母すゑ、祖母すてと、父長松の待つ北海道三石郡三石村へ渡ります。
清は①すてのところで、すての思い出話を述べていますが、同じ小冊子に彼の経歴等が簡潔に載っていますのでそれを紹介します。
「子供の頃は病弱だった。よく生きたもんだねぇ」
18歳の時、歌笛産業組合へ。書 . . . 本文を読む
ボクの父の父で、ボクの祖父にあたります。
明治12年(1879)2月10日福井県大野郡乾側村下庄5番地で、桐林新七、わきの三男して誕生。
明治31年(1898)10月5日、小池家へ三女きみ(祖母すえの姉)の婿養子として入籍。
明治32年6月1日に長男、喜平三が誕生するが、翌33年9月30日1歳で死去。
子が亡くなる半年前、明治33年2月17日妻きみ死去。
大変だったと思います。
結婚してすぐ子 . . . 本文を読む
"すゑ"は、①すての四女で、ボクの祖母、ボクの父の母です。
明治17年(1884)9月10日福井県大野郡下庄村中野にて、喜右エ門、すての四女として生を受け、明治33年、姉きみの死去によりその婿養子であった長松と婚姻しました。
ちょっと奇異に感じますが、昔は結婚している姉が若くして亡くなった時、その妹が後添いとなることはよくあったんです。
特に婿養子をとった場合、そうするしかなかったんでしょうね。 . . . 本文を読む
今回から始まるこのルーツシリーズは、ボクの全くプライベートなものです。
血縁者、血縁となる子孫に先祖のことを知ってもらいたいのが記述の動機です。
父の残した資料と除籍謄本により作成しました。
"すて"はボクの父方の曾祖母です。
天保10年(1839)10月1日福井県大野郡下庄村中野で宮本藤蔵、たまの長女として生を受け、嘉永6年(1853)小池喜右エ門と婚姻、明治31年(1898)夫死去、明治40 . . . 本文を読む