さて、出来上がった「しめ縄」の末路は、と言うよりも、
まだ、私が御幼少のみぎり、近所のお子たちは、その辺から引っ張り出した
棒切れを刀にみたて、剣術の稽古に励みました。
結果、たたき落とされることとなるのですが、怒られた記憶がありません。
今では、こういったバチあたりな子どもはいませんので、一年間、新しい
しめ縄に架けかえられるまで、この鳥居に架けられています。
こうして一年間奉納された「しめ縄」は、1月15日(小正月)の日に
『さいと焼き』で、各神社・仏閣の古いお札とともに焼かれます。
最近では、親たちも勤め人のため、15日の行事は、直近の日曜日に実施され
るようになり、今夜、集落の空き地で「さいと焼き」をしました。
「しめ縄」完結編は、さいと焼きの画像で、と思っておりましたが、少々
事情がありまして、カット。
お詫びに、今日、作業した集落の公民館(ボロッチィ)の画像を添付。
何せこの公民館、実は『十間蔵』と言いまして、何を隠そう、上杉藩の
「御備え蔵」であります。「上杉鷹山公」の善政に触発された、時の役人が
自らの俸禄を少しずつ米に換え、飢饉や藩窮状の備えとして蓄えたと
言われております。
この蔵を建てた役人は、志半ばでこの世を去り、息子が遺志を継いで、
親子二代渡って蓄え、窮乏の折、貸し出されたとされています。
昔は、とても立派なお役人が居たものです。今夜の「天地人」も良かったです。
しめ縄ないも、あっと言う間に完成です。
今年は古老(我が家のオヤジ)の体調が優れず、氏子と若い衆の製作でした。
鳥居に架けられた「しめ縄」が「龍」の姿に見えましたら拍手願います。
ちなみに、ここ「奥津島神社」の祭神は「お弁天様」…「弁財天」ですが、
ご利益あって、私は大金には恵まれませんが、小金には不自由したことはありません。
さて、この「奥津島神社」何を隠そう、今夜も放送されるNHK大河ドラマ
『天地人』の上杉景勝が、1602年、直江兼続公の所領である奥州米沢に移封
の際に、会津南山より一緒に遷宮、鎮座されたものと伝えられております。
そう言えば、製作に携わる若い衆が、妻夫木さんや小栗さん似の二枚目に
見えてきました。(目の錯覚です。)
今年は古老(我が家のオヤジ)の体調が優れず、氏子と若い衆の製作でした。
鳥居に架けられた「しめ縄」が「龍」の姿に見えましたら拍手願います。
ちなみに、ここ「奥津島神社」の祭神は「お弁天様」…「弁財天」ですが、
ご利益あって、私は大金には恵まれませんが、小金には不自由したことはありません。
さて、この「奥津島神社」何を隠そう、今夜も放送されるNHK大河ドラマ
『天地人』の上杉景勝が、1602年、直江兼続公の所領である奥州米沢に移封
の際に、会津南山より一緒に遷宮、鎮座されたものと伝えられております。
そう言えば、製作に携わる若い衆が、妻夫木さんや小栗さん似の二枚目に
見えてきました。(目の錯覚です。)
1月11日は、「仕事初め」です。
一般的には、鏡開きを行う日ですが、我が在所では「仕事初め」として
集落の神社に奉納する「しめ縄」をなっています。
縄をなう…縄をつくる。
良く目にする「しめ縄」は、横綱の綱や神社の鳥居で目にする編み込みですが、
我が在所の「しめ縄」は、龍を模したものと言われています。
神事だからでしょうか、通常の縄は、右利きの方は、右手を上に、そして
前方に押し出しながら、なっていきますが、しめ縄は左縄。
右手は上ですが、右手を自分の体側に戻しながら、なっていきます。
現在、進行中なので、順次、ご報告いたします。
画像は、しめ縄の頭になる部分です。