植物によるがん治療のお手伝い 聡哲鍼灸院日記

植物で心身を癒す施術の日々。そこから感じたこと、学んだことなど。。。

伊勢神宮

2005年05月31日 22時01分54秒 | 神道、預言、13の月の暦
 三日間、伊勢神宮をお参りした。土日の喧騒の中では味わえなかった身の引き締まる感覚は月曜の早暁の参詣で体験できた。特に内宮の御正殿には礼ののち20分くらい衛士に怪しまれながらもそこに佇んで清冽な空気を堪能してきた。

 御正殿は千古の杉の巨木に囲まれ、早朝の凛とした空気の中に千木(ちぎ)や鰹木(かつおぎ)が朝日を受けて輝いていた。森が呼吸をして豊かに吐き出す清い精がそこには溢れていた。その香りは6年ほど前に訪れたアメリカのヨセミテバレイでの早朝に味わった針葉樹のフィトンチッド溢れる空気と同じだった。

 深い森が大好きな僕にはいつまでも居たい空間だった。聖なる場所であり光の柱が天中までそびえ立っているのではないかと思った。見える人が見ればそう見えるのではないかと思う。

 導かれるままに伊勢まで行き、そして自分を活かすよう誓うお祈りを捧げてきたが、最後の最後に心の底から別のお祈りをすることができた。それをすることが今回の僕の課題だったのだろう。遅々とした歩みだと自分でも思うけれども、手順を踏んで自分なりの正しい道を進んでいる気がしている。いつかこの肉体を離れた時に今回の伊勢参詣の意味を理解できることが楽しみだ。

(上の写真は人ひとりとしていない早暁の内宮神楽殿の前。写真をクリックするとその気配を感じられるでしょう)

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伊勢神宮へ行ってきます

2005年05月27日 21時52分14秒 | 神道、預言、13の月の暦
 突然ですが3日ほど日記を休みます。伊勢神宮へお参りに行ってきます。今を逃したら行く機会が無いような気がしましたので。帰ってきたらまたそのお話を書きます。それでは、また。
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引き受け氣功の東京講習会ほか

2005年05月26日 22時07分40秒 | レイキ・ヒーリング・遠隔、霊的な治療
 藤谷康充先生の引き受け氣功の東京講習会が6月初めにあることがわかった。

 ワンダーライフ研究会に電話して東京事務局(仮)の連絡先を聞き、FAXで講習会の申し込みをした。3日間行われる予定だけれども申し込んだ時には既に土、日は満員で金曜日分しか空いていなかった。

 金曜日の午後の講習会に申し込んだ。今治療している胃癌の患者さんと行く予定であり、今日往診したもう一人の胃癌患者さんにもお話をしておいた。

 今日の治療から僕も意識を変え、レイキの際にも鍼灸の際にも患者さんの病を引き受けますという意思をはっきり心の中で持って臨んだ。少しずつ変わっていくことだろう。藤谷先生に直接お会いできることがとても楽しみだ。


 朝、治療室の掃除を念入りに行っている最中に神棚が到着した。開梱をする前に室内環境を整え気持ち良い感じになったところでおもむろに開梱する。これまで壁に掛けていた氷川神社のお札をとりあえず中央に置く。近いうちに新たなお神札が加わることだろう。

 
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引き受け氣功

2005年05月25日 22時30分17秒 | レイキ・ヒーリング・遠隔、霊的な治療
 『驚異の引き受け氣功』を半分読み終える。
 
 人は神性を向上させる(=神や仏のような心根に近づく)ことが存在理由だと学んだし、そう自分でも理解している。だからこの藤谷先生の氣功の眼目である「患者の病を引き受ける」という考え、思想を知った時、「あ、これは本物」と思った。

 僕はレイキのように、自分の体を通して霊界や神界からの治療力を患者さんに流し込んでいる、そして川上側だから癌の邪気は受けないと理解していた。しかし邪気を受ける受けないはともかく僕の心根に患者さんの癌を自分に引き取る、という自己犠牲の発想はなかった、というのが本当のところだ。たぶん僕だけでなく多くのヒーラーは依頼者の苦しみ、悩みを引き受ける形での治療はしていないだろう。

 それはヒーリンググッズに「これはネガティブな波動を受けなくする、バリアーを張るエッセンスです」とか「クリスタルをつけることで身を守ることができる」などといった自分の身を守ること用のものが多くあることからもわかるし、様々なヒーリング関連の書籍を見ても「邪気あるいはネガティブエネルギーをヒーラーが引き取る」といった表現のものはほとんど皆無と言っていいほど見たことがないことからも推測されると思う。

 最近読んでいる『日月神示』の中に「悪を抱いて善と抱き合わせて相殺0にして浄化する」意味のことが書いてあった。いやなこと、避けたいことと思われるものをかえって抱き寄せることでそれがなくなっていくという藤谷先生が言われている宇宙法則は、『日月神示』の説く人々の浄化方法とまったく同じものであった。

 藤谷先生がこれまでなされてきた驚異的な治療成果も素晴らしいしがん患者さんへの大きな福音だと思うけれども、それ以上に「嫌なものを我が物とすることが大事」という思想が人々の霊性面を向上させる点でより重要な意味を持っていると思う。

 藤谷先生は僕はもちろんのことながら一般のヒーラーの方々よりもはるかに霊格が高いお方ではないかと思った。先生にじかにお会いして氣功の技法はもとより薫陶を受けたいと思い始めている。とりあえずアマゾンであと2冊、関連書籍を注文したので引き受け氣功を理解し、東京支部があるらしいので連絡してみたい。連絡先をどなたかご存知だったら教えてください。

 単純なやつと思われるだろうが僕は嬉しくなった。これで自分も向上できるし治療成果も上がっていくだろう。いやそれ以上に患者さんとその家族の方が癌の自己治療ができる確信を持つことができ、その結果として目に見えない世界の存在に気付く端緒の一つにもなるだろう。

 思えばサラリータさんが教えてくれたキーワード「引き受け氣功」、たまたま夜遅く入った書店の書棚の中から目に飛び込んできた『驚異の引き受け氣功』という本、たくさん未読の書籍がある本棚の中から今日の遠方への往診の電車内で読むにはこの厚い本がいいだろうと選んだこと、読んでいくと藤谷先生は佐賀県鳥栖市の方とわかり、ちょうど今抗がん剤治療で苦しんでいる僕の患者さんがその近郊が実家だということで実家に帰って治療が出来るかもしれないと思ったこと、患者さんに連絡したら抗がん剤治療の合間に九州の実家に戻って藤谷先生の治療を受けたいとの意向、などポンポンと物事が進んでいった。

 この5月に入ってから何とはなしに外部活動が多くなり物事が大きく早く回りだしている気がする。スピリチュアリズムを学んでから方位や占いには「?」という感じだったが、尊敬する美輪明宏氏の『霊ナアンテコワクナイヨー』を読んできちんと恵方などの意味、ご先祖の供養も大事と理解したところに、0学の先生をしている患者さんからは「先生は5,6,7月ととてもいいんですよ。方角的には西へ行くことが良いです」とも言われたこともあり、早い時期に九州の藤谷先生の治療を実際に見に行きたいと思っている。

 輪は一つにつながっていくのですね。

 

 
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神棚

2005年05月23日 22時23分43秒 | 神道、預言、13の月の暦
 神棚を注文した。治療院に備えるために。今まで祈りや瞑想のために祭壇のような特別なスペースを設けたかったができなかった。今回、本を読んでいてきちんと神様を祀る場所の必要性を感じた。

 毎日の祈りの対象という点でも、飲食をまず神様に捧げて感謝の意を示すという行為をするにも形としての神様を表す物の存在が必要になった。

 インディアンのように毎日の生活が祈りや信仰である生活をしたいと思い始めた。直接治療あるいは遠隔治療の際に祈りは欠かせないけれども、今ではそれ以外のときにも祈ることが多くなってきた。

 言葉の力を認識するにつれ、人に怪訝に思われない程度に声を出してお祈りをすることもある。神示を声に出して読むこともしている。ちょっと怪しい人になりつつあるのかもしれない^^。
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病院での言葉による御霊送り

2005年05月21日 23時10分07秒 | 天音、玉音、ハープ
 現代医学的治療を受けるため入院された患者さんから往診の以来があり、ハープを携え病院に往診に行く。

 その方へ鍼灸とレイキによる治療を終えて話をしていると、その病室のそのベッドは奇しくも亡くなった知人が使っていたとのことで、「もしかしたら彼が何かを伝えたがっているのかもしれません」と言われた。

 となるとその彼への語りかけも必要かと感じ、再びハープと言霊によるレイキを行った。場所が病院なので他の方々へもお話申し上げた。僕には霊耳がないので語り掛けに対する反応は聞こえず一方的ではあるのだけれども、失礼のないようにお話申し上げた。

 現界、霊界ともに手を携えて神界へ歩んでいく。行、言、念の一致が自分の身魂を向上させるというので、時と場所が合致した言葉による想念の御霊送りは相手側にも私たちにも良かったのではないかと思う。

 「私はここにおります。どうぞ私を使ってください。御心のままになさってください。」

 インスピレーションの赴くままに行動して全託していくしか道はないと信じている。

 今日買った本
 『驚異の引き受け気功』池田弘志著、木楽舎、
 ふらっと立ち寄った書店で前にサラリータさんが言っていたのを思い出して。この本も役に立ちそう・・・
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日月神示で学んでいること

2005年05月20日 23時47分14秒 | 神道、預言、13の月の暦
 シルバーバーチの霊訓から始まる霊的知識に触れていたことがあったので、日月神示で語られていることがいちいち腑に落ちる。もしまったく霊的なことを知らないで日月神示に出会ったとしてもまったくその価値を僕は理解できなかっただろう。

 以下の点が僕が反省したり新たに気づかされたことの一部だ。

 「死後の生活知らすことはよいなれど、それのみによって改心せよと迫るのは悪のやり方。奇蹟を見せ、病気を治してやるのも良いのぢゃが、それのみによって改心を迫ってはならん。それのみで道を説いてはならんぞ。そんなこと位でマコトのホッコン改心が出来るならば、人間は遠の昔に改心して御座るぞ。」

 →『シルバーバーチの霊訓』などから学んだことを癌患者さんに伝えてきた。もちろん伝えるだけで押し付けるようなことはしてこなかったけれども「病を機にこれまでの自分を振り返ることは大事ですよ」とは伝えてきた。

 併せてレイキなどにより不思議に体調がよくなることを体験してもらって霊的なことを伝えてきた。それをもとにスピリチュアリズムを押し付けることはしてこなかった。それは良かったと思う。しかし霊的視点からのみの説得に傾きがちなので反省している。

 「今までは悪の世でありたから。己殺して他人助けることはこの上もない天の一番の教えといたしていたが、それは悪の天の教えであるぞ。己を活かし他人も生かすのが天の道ざぞ。神の御心ぞ。」

 →確かに言われてみればその通りだと思う。創造神はどのような命も大切にするはず。自己犠牲は美しく感じるけれどもそれを最上とすることは間違いだ。自爆テロは自己犠牲により自分の信ずるもの(教義など)を守るための最上の行為と見做されているけれども、それが不幸を呼んでいるのも事実。今という時だからこそ、この言葉は深く理解できたのかもしれない。

 「物の文明、あしざまに申す宗教は滅びる。文明も神の働きから生まれたものぢゃ。今迄の宗教は肉体を悪と申し、心を善と申して、肉体をおろそかにしていたが、それが間違いである。汽車あれば汽車に乗れよ。飛行機あれば飛行機に乗れよ。歩いたり馬で行くのでは間に合わんことになっているぞ。そなたの頭で割り切れんと申してブツブツ申すでないぞ。あるものそのものが真実であるぞ。そのあるものを拝み、祝福してそこから出発せよ。現在を祝福することは過去を、未来をすべてを祝福することぞ。たとえ如何なる現在も、その現在を祝福せねばならん。喜びせねばならん。」

 →僕は行き過ぎた文明に対しては批判的である。ユビキタス時代と言われ、外出先から自宅の冷蔵庫の中身がチェックできて買い物先で便利である、などという携帯電話のようなものがその批判の対象なのだけれども、僕のそういう考え方を上のようにすでに数十年前の神示で諌めていたのだと知った。この文章のほかにも回りにある環境すべてを受け入れよという言葉があって、自分が周りの環境を否定的に考えるので世の中が否定的になっていくのだと解説していた。

 “目からうろこ”の指摘が多々あり今の僕にとっては滋養の多い書物となっている。
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神社参り

2005年05月18日 22時51分30秒 | 神道、預言、13の月の暦
 産土神さまと治療の神様、人神様をお参りする。久しく経糸を通していなかったのですぐ改めねばと思い、禊をして詣でる。

 気持ちが改まり引き締まる。それぞれの社までの参道を踏みしめて詣でる。手水場で手、口を清めて祝詞を奏上する。もちろん易しい祓い言葉しか言えないのだけれども。

 言挙げする。重大な決心をもって。

 今日買った本
 『プラント・オブ・パワー』アルフレッド・サヴィネッリ著、藤田美佐代訳
 「神聖な植物の世界と植物(プラント・ヘルパー)を通しての霊界との儀式的コミュニケーションに関する歴史的調査」が副題。
 こういう本をずっと探していた。神様のお蔭です。
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神のごとく歩みましょう 日月神示などからの考察

2005年05月17日 22時33分54秒 | 癌・病気の意味
 私達は永遠の時をかけて、創造神に近づくように魂の進化を続けていく存在だと理解しています。魂を磨くためにこの世に現れている=顕在しているのでしょう。

 これから大災害がやってくることもあるでしょう。富士が噴火することもあるでしょう。でもその時に慌ててはいけません。まわりが阿鼻叫喚の場となるかもしれません。火砕流に巻き込まれることもあるかもしれない。しかし粛々とその体験を受けましょう。

 死ぬことになります。しかし私達の魂は死にません。その時まで、丁寧に自分の仕事をしていればよいのです。今度の大災害ではすべての人、いや生き物すべての魂が召し上げられます。地上に安全な場所はないでしょう。

 今度の建て替え、建て直しと呼ばれている世紀末に直面する今現在肉体を持っている私達は特別の使命を課せられた魂です。これまで重ねてきた借金に相当するカルマ=業を今回の肉体の危機に直面することですべて清算する事を求められています。

 時がやってきた時、恐怖を感じてはいけません。恐怖を感じたため我先に人を押しのけ避難したり、食糧を奪い合うなど獣性を露呈してしまうとあなたの霊格の波長=魂のレベルが下がります。そうなると次の転生はありません。今回の建て直しではそれらの獣性の魂は二度と肉体を持てなくなるばかりでなく、塵芥に帰させることになると言われています。

 神と呼ばれる存在にもいろいろなレベルがあるようです。この世から見ればあの世の存在で力のある者を神と呼びがちですが、狐、天狗、サタンなど様々な存在がいます。しかしこれらのあの世の存在も今回の建て替え、建て直しの際に私達この世のものと同じようにあの世での肉体から引き離される=死ぬ=魂を磨いてレベルを引き上げることを求められるようです。

 存在に絶対の悪はありません。悪の役割をする者が必要だから存在しています。悪と善を抱き合わせて浄化して向上していくのです。悪をすべて滅して善のみの世界にすること自体が悪です。すべての存在に理由があります。この世にいるととても難しい概念です。しかしそれが創造の神の意図だと思います。私達が創造の神に近づいていくためにも、起こることを受け入れ、それが魂の向上の試練だと認識していきたいものです。

 何が起こってもうろたえないように頑張っていきましょう。今度の大災害を通して次の世に転生できる魂は現在の人口の3分(3%)と言われていて、97%の人口分の魂は灰と化して地下に埋められることになるそうです。

 僕も今のままの魂では灰にされそうです。怒りなどの悪感情を手放し、食物を改め、瞑想と祈りを続け、日々の生活を神の望むようなもの、神の視点から良きかな、と言ってもらえるものに変えていく努力をつづけます。皆様も神のごとく歩き始めてください。まだ間に合います。

 
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Mother Earth Tour

2005年05月16日 23時35分03秒 | 個人的体験・雑感
 5月4日の日記に紹介した表題の催しに行って来た。二人にインディアンの方にゆかりのある方々が集まったようで楽しい時間だった。

 12歳の少年による正装のインディアンダンスがやはり強く印象に残った。伝統は素敵だ。僕たちは民族が違って伝統が違うことでより豊かになれる。

 集まった多くの人たちと会話ができればもっと良かったけれども東京に共鳴できる人々が多くいることがわかって嬉しかった。
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食養手当て法つながりのご縁

2005年05月14日 21時52分31秒 | 食養生、マクロビ、玄米菜食、スローフード
 荻窪の一慧のクッキングで「食養手当て法」の講習会に出た。今日のテーマは「よくみられる腎臓の症状<むくみ、尿の異常>」だった。
 
<内用>
 ・第二大根湯
 ・小豆香煎(ヤンノー)
 ・柿のへたの煎じ汁
 ・とうもろこしの毛の煎じ汁
 ・野菜スープ
 ・玄米スープ
<外用>
 ・まんじゅしゃげ(彼岸花)の根
 ・干葉の腰湯

 まんじゅしゃげの根は彼岸根(ひがんこん)パスターとして以前に他の機会で学んだことがある。土踏まずに貼ってすぐ2~3分くらいしたら足裏がスースーしてきて、反対側の裏(湧泉穴あたり)も同様な感覚になり、やはり作用が強いことが伺われる。この球根は毒だと習っているので取り扱いには注意されたい。

 今日の講習会にはめずらしく若い男性が来ていた。だぶだぶズボンにピアスといったいでたちで今時の若者といった感じだったが声を掛けてみて驚いた。「調理師で家が治療院をしている。将来は手当てとマクロの食事療法をする予定」うんぬん・・・ん?どこかで聞いた話だぞ。くらくらさんのところで確か・・・

 治療院の場所が川崎だと聞いて「もしかしたら猪俣治療院?」と言ったら、そうだと言う。うーん、世界は狭い。

 治療をしていると手当て法はあくまで応急処置で、癌を治すのは食事であると強く思うようになる。だから僕も将来は調理場のある治療院にする予定で進めている。そしてその方オリジナルの食箋を出して差し上げたいと思っているのだ。それと同じ考えをされているのが猪俣さんのようだ。

 心強い。これからは癌以外の方から相談があったら猪俣さんを紹介しようと思う。あいにく今日は仕事が忙しいらしく養生庵の門多先生はお見えにならなかった。ちょっと残念。
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綱島温泉

2005年05月12日 19時54分04秒 | 個人的体験・雑感
 休診日。このあいだの母の日に何もしていなかったので罪滅ぼしという訳ではないけれども母と母の友人の方を綱島温泉にご案内する。

 ここは自由が丘から東急東横線で15分程度の綱島駅から徒歩3分で行けるとても近い温泉だ。何回か入ったことがあるのだがぬるめのお湯で長く入れることや湯が黒いこと、施設が古びていてレトロなところが気に入っていた。

 80歳近いおばあさん二人の引率だったが温泉自体も気に入ってもらえたし、何より風呂を出た後の広間で行われている民謡や踊り、カラオケをとても喜んでもらえて良かった。一日遊んで800円で済み、その間風呂に入ったり歌ったり踊ったりできる、そしてまわりのお客さんもだいたい同年代の婦人方がほとんどなのでとても居心地が良かったらしい。「次回は老人クラブのみんなとまた来たい」と言っていた。

 「五木の子守唄」を上手に伴奏なしで歌ってくれた方がいて、皆は手拍子で歌に合わせていたのだけれども、その光景が先日来読んでいるインディアンの話の中に出てくる「皆で輪になって踊る」という言葉に重なって、ああ伝承ってやっぱりいいものなんだなぁ、大切なんだなぁと心に沁みた。何気ない一日の中の何気ない一瞬だったけれども、その瞬間にいま本から学んでいることを実感できて良かった。

 午後は娘の誕生日プレゼントを買いに五反田のTOCへ。帰りに書店で美輪明宏さんの『霊ナアンテコワクナイヨー』PARCO出版)ほかを買って帰る。
 
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緩和ケア研究会

2005年05月11日 22時46分22秒 | 個人的体験・雑感
 「緩和ケア研究会がありそこで講演しますので良かったらいらしてください」と日本赤十字社医療センター緩和ケア科の秋山部長から以前誘われていたので、今日の夕方その会合に行ってきた。

 勉強会と思っていたのだが行ってみると緩和ケア研究会の10周年ということで講演会と懇親会が予定されていた。講演会では秋山先生がこれまでの10年間をスライドを中心にご説明され、他の緩和ケア病棟との交流や海外での現状などがよく理解できた。

 懇親会もこれまで携われてきたボランティアの方のご挨拶、ライアーという竪琴の演奏など温かく良い時間が流れていた。今振り返って今日のその時間を思い出すと、人と人が輪になってこの生を歩んでいくことが感じられた時間だったと思う。

 緩和ケアの存在価値としてBridge Builderという言葉が印象に残った。文字通り架け橋という意味で生と死の架け橋、自宅と病院との架け橋、CureとCareの架け橋など多くの点で緩和ケアというものは「つなぐもの」として重要だと説明があった。

 その中にはこの世とあの世をつなぐこともあると思う。霊界と現世。スピリチュアルなことを知った者はBridge Builderの一人なのでしょうね。僕もその道を深めたいと思う。ただし狭き道に絞って地道に。

 
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瞑想

2005年05月10日 22時07分06秒 | 波動(意識、想念、感情、医療等)
 しばらく瞑想をしていなかった。レイキなどで祈ることはしていたが瞑想は忘れたようにしていなかった。だからかもしれない、ここのところずっと何か枯渇していたような気がしたのは。ようは瞑想がまだ僕の日常となっていなかったということだ。

 「祈りとは神への切なる願い、瞑想とは神の答えに聞き入ることである」エドガー・ケイシーのリーディングより

 僕が参考にしているのは『瞑想の実践』エルシー・セクリスト著、林陽訳、エドガー・ケイシー文庫、中央アート出版で、ごく初歩的なことが書かれている。その上、各からだの内分泌腺に瞑想がどのように働きかけるかなどの説明が興味深く書かれてもいる。ケイシー関連の書物なので基調はキリストや聖書となっている。ご参考までに。

 頂いた書籍
 『心の治癒力をうまく引き出す』黒丸尊治著、築地書館
 『がんばらず、あきらめないがんの緩和医療』同上
 借りた書籍
 『フールズ・クロウ 智慧と力』トーマス・E・マイルズ著、澤西康史訳、中央アート出版
 以上3点を患者のSさんより。ありがとうございました。

 買った書籍
 『ホピ的感覚』小原田泰久著、KKベストセラーズ
 『ブラック・エルクは語る』ジョン・G・ナイハルト著、宮下嶺夫訳、めるくまーる
 『アシハヤ』イロコイ・インディアンに残された物語、北山耕平再話、菊地慶矩作画、ビイング・ネット・プレス
 『星の少年』シャイアン・インディアンに残された物語、同上
 『鷲と少年』ズニ・インディアンに残された物語、同上
 『ますらお』クリンギット・インディアンに残された物語、同上

 
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プレアデスの人たち

2005年05月09日 22時15分49秒 | 個人的体験・雑感
 きのうは中目黒のASMARAというorganic restaurant&healing cafeで行われた瑳山ゆりさんの「クリスタルウォーター・コミュニティー写真展の写真スライド・トーク&ライブを見に行った。

 午後3時から7時までなのだが娘と遊んでいてカフェに着いたのは6時前だった。ゲストのバースコーディネーターであるという大葉ナナコさんが自然な出産についてオーストラリア(だったと思う)のマレニーでの話や、子供が両親を選んで生まれてくるスピリチュアルなことについて語っていた。

 その後ハワイ島でのドルフィンヒーリングツアーなどもされているこれもヒーリング・セラピストのマリエル朋子さんの紹介があり、そして後セラピストである柴田洋子さんのクリスタルボウル・ヒーリングライブと続いていった。

 彼女らの紹介のときに語られたのが表題の「プレアデス」という言葉だった。僕はスピリチュアルな事柄に最初に触れたのがシルバーバーチ系からなので、ニューエイジ系のチャネリングなどについてはこれまでほとんど本を読んだり、セッションを受けたりして情報を得ることをしてきていなかった。

 しかしつい2~3日前に知人のメールの中にあった『プレアデス銀河の夜明け』を買ってきたばかりであり、また今日の北山耕平さんのブログの表題がプレアデスだったのでシンクロニシティが起きており、後ろ(守護霊さま)から「学ぶ時が来たよ」と言われている気がしている。

 チャネリング、アセンション、クリスタル、ヒーラーなどと1990年代に花開いたニューエイジ。その元をたどればネイティブアメリカンの価値観ともつながっていく・・・今しばらくインディアンの世界観、価値観を学んだのち、それらニューエイジの世界も概観していこう。

 瑳山さんは自分のことをプレアデスのテラですと自己紹介していた。多くのプレアデスから来た人がこの星にいるらしい。僕は自分がプレアデスから来たとかは分からないけれども求めているものは彼女たちととても近い。ひょっとすると高い確率でその一人なのかも。でもそれより前に今この星の人としてこの生をまっとうしたいと思っている。
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