年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

維持員席1

2010年09月27日 | 築地市場にて
縁あって9月場所を維持員席で観戦する事となった。蔵前にあった国技館で2回ほど相撲は観たことがあるが、両国の国技館は気がついたら初めてだった。この国技館の隣に東京都中央卸売市場江東市場があった。今は江戸川区臨海町に江東市場は移転し、葛西市場となったが埋立地であったか一部のところに貝があったことを記憶している。また江東市場の
.跡地は江戸東京博物館となっている。ここの地名が横網(よこあみ)となっていて横綱(よこづな)と間違いやすい。江東市場にも漬物荷受会社東京東西食品といった会社があったが40年ほど前に倒産してしまった。今ではこのことを知っている人達も少なく、倒産後独立開業した人も既に廃業している。先年和歌山県みなべ町で開催された梅祭りで前町長が近野氏・山本氏の名前を出し、梅干を普及発展の功労のあった人物として取り上げていた。このような事実は記録に残ることなく忘れ去られてゆく。
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