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ウィスキーと和菓子

拝啓
 
 晩秋の候、鏑木さまにおかれましては、いかがお過ごしですが。あれから、この地、松江に流れ着いてもう5年経ちました。おかげさまで、元気で暮らしております。
いまは、和菓子店で働いております。ご承知のように、松江は、松平不昧公のお膝元、和菓子の街です。私が働いている店は、老舗のお店です。大きな茶会が催される時は、季節季節にあわせたお菓子を作ります。また、松江市内の旅館にも和菓子を納品していますから、ご主人以下、お店の人全員が、毎日忙しく、お菓子作りに励んでいます。
 最近は、ご主人からお菓子作りを任せてもらえるようになりました。私は若くはないですが、これから菓子職人として生きていき、そしてこの松江に骨をうずめるつもりです。
 いまだから、正直にいいます。あの時、私は死ぬつもりでした。どうせ死ぬのなら、故郷のS市で死にたい。死に場所を探そうと、電車を降り、駅前商店街をフラフラ歩いている時、あのランタンが目についたのです。シャッターばかりの夜の商店街。その中ほどにポッと灯った灯かり。その灯かりは、真っ黒な私の心にも、ポッと灯かりを灯しました。
「海神」そのランタンの光に誘われるように入っていきました。あの時、私は「水割り」とだけいいました。鏑木さん、あなたはオールドの水割りを出してくれましたね。なんのへんてつもないオールドの水割りをあんなにおいしく感じたのは初めてでした。それまで、山崎だのマッカランだのといった高価なウィスキーを愛飲してた私がです。私はあの一杯の水割りで救われたのです。
 それから1年後、私は、お店のお休みを利用して、オールドのボトル代を支払いに行ったのです。鏑木さんにお金を払わなければ。死ぬのはそれからにしようと思ってました。
 行くあてはありませんでした。親切なトラックの運転手にヒッチハイクさせてもらい、着いたところが松江だったのです。その運転手の知人が、今のお店の主人です。
 あのオールド、まだ残ってますね。こんど飲みに行きます。私が作ったお菓子を持って。ウィスキーには和菓子はあわないかもしれませんが、どうしても鏑木さんに私のお菓子を食べていただきとうございます。
 
                                                               敬具
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