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ここのところ、公開される洋画の半分ぐらいは「日本語吹き替え版」。
なかには人気タレントが主人公の声を吹き替えをしている作品もあって、そっちの方が売り物になっているケースさえある。

そもそも日本語吹き替えの洋画は、テレビの洋画劇場というのが相場だった。

「日曜洋画劇場」
「月曜ロードショー」
「水曜ロードショー」
「ゴールデン洋画劇場」
などなど。

大画面なんかなかった昔。
ブラウン管の小さな画面で、しかも周囲で子供が玩具で遊んだり、お母ちゃんが食器の片付けをしていたりと、がちゃがちゃしている家庭で見る映画だから字幕は読みにくい。
だから日本語吹き替えが常識だった。

吹き替える声優さんも俳優ごとに決まっていて、例えばジョン・ウェインなら小林昭二。ロバート・レッドフォードなら広川多一郎、ダスティン・ホフマンは野沢那智、クリント・イーストウッドは山田康夫と言った具合。
テレビシリーズになるとさらに声優さんの声は重要で、声を聞くだけで役者の顔が浮かんでくる。

森山周一朗のテリー・サバラス、小池朝雄のピーター・フォーク、田島礼子のリンゼイ・ワグナー、古川登志夫のエリック・エストラーダ、久松保夫のレナード・ニモイなどなど。

ところがこれが劇場映画となると話は変わる。
日本語吹き替え版の洋画など、映画ファンにとってはほとんど見るに耐えないものになってしまうのだ。

もともと映画は劇場で見るものだからテレビとは異なり臨場感が大切だ。
音は立体的に流れてくるし、画面でっかく、周囲は真っ暗なのでスクリーンの世界に没頭できる。
だから映画を作る方もかなりのこだわりがあって、それが「芸術性」を高めているともいえるのだ。
音づくりについても力が入っていてアカデミー賞にも「音響効果賞」というカテゴリーが存在するぐらい重要な要素になっている。

映画「海峡」では、青函トンネルの大工事の臨場感を伝えるために、周囲で水のながれる轟音が轟く中、音響スタッフは工事責任者を演じる高倉健のセリフを収録し、アフレコを一切させなかったという。
それくらい生のセリフは映画にとって大切な要素だ。

それが最近吹き替え流行。
あちらの俳優が日本語で話したら「ヘンだろう」となぜ思わないのか不思議なのだ。

普通の映画で吹き替えがあるくらいだから、子供も見る映画というと吹き替えが主力になる。

ピクサーの映画は毎回欠かさず劇場で見ているのだが、最近困っているのが「吹き替え日本語版」しか上映されないこと。
上映されない、というと大げさだけど、ほとんど吹き替えばかりがかかる映画館なのだ。

「カーズ2」も見に行こうと思っていたのだったが、どこもかしこも日本語吹き替え版。
アニメ映画に臨場感は関係ない、という人もいるかも知れないが、原語で上映されるアニメ映画は重要で、製作者の気持ちを伝える重要な要素だと私は思っている。

最悪例で、たとえば「シュレック」。
この映画は原語の吹き替えはマイク・マイヤーズが演じているのだが、日本語版はダウンタウンの浜田。
なんでシュレックが関西弁で話さなければならないのか。
しかも感情表現がへたくそでセリフは棒読み。
観客を馬鹿にしているとしか思えず、この映画は見たい時はDVDを借りて英語と字幕スーパーで見ることにしている。

で、「カーズ2」の字幕スーパー版の上映館を調べてみたら、大阪では難波のTOHOシネマズでしか上映していないことがわかった。
しかも1日1回きり。
これではなかなか見に行くチャンスがないわいな、と思っていたのだが、その1回を見に行くことが先日できたのであった。

この映画。
見てすぐに感じたのは「やはり字幕スーパー版。世界中で展開されるレースシーンは吹き替えでは臨場感はつかめない」ということだった。
なんといっても前半の舞台の多くは東京。
レインボーブリッジを疾走し、銀座あたりでアクションする。
各所に出てくる日本語は、主題が英語だから臨場感がわかるもの。

ということで、映画は80点。
字幕スーパー版じゃなかったら減点しなければならなかったところだ。



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