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科学技術が軍事技術に応用されて多くの人たちの命を奪ってしまう。
このようなことを「科学のダークサイド」と呼ぶ。
アインシュタインの相対性理論が原子爆弾を生み出したのは有名だが、一説によるとエイズウィルスはバイオ技術が生み出した生物兵器だと言われている。
なんて信じていいのか悪いのか。

毒ガスもそういう「ダークサイド」の一部であることが「毒ガスの父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者」(宮田親平著 朝日選書)を読むと良く理解することが出来た。
ユダヤ系ドイツ人ハーバーは祖国ドイツの勝利のために自身の研究生活を捧げ、毒ガスを開発した。
ハーバーは化学農業を成立させた現在にも通じる食物生産には欠かすことのできない科学者なのだそうだけれども、その農業のための技術を利用して毒ガス兵器を開発したのは「正義」の名を借りた殺戮そのものなのだから。
しかも祖国ドイツのために開発した毒ガスが、やがて自分たちドイツ系ユダヤ人を大量殺戮させるために使用されることになるとは、ユダヤ人フーバー。
想像することは出着なかったに違いない。

それにしても本書を読んでの驚きは化学兵器その物ではなく、化学兵器に対する人々の「兵器としての倫理観」だ。

今日、毒ガス兵器は化学兵器として使用が禁止され、それを使ったかどでサダム・フセインは罵声を浴びせられながら処刑台に吊るされた。
ところがフーバーが活躍した第1次世界大戦では毒ガスは合理的に敵国にダメージを与えることのできる兵器であり、合理的で「優れた」兵器だったのだ。
しかも毒ガスを製造した企業は現在もなお、世界に名高いメーカーだ。

BASF社。
世界第1位の化学メーカー。
ファイザー社。
世界第1位の製薬メーカー。

企業の基礎力の背景に軍事技術が潜んでいたなによりの証拠と思えて、若干寒気が走ったのは言うまでもない。

ということで、毒ガスを厚かったノンフィクションではあるけれども、暗さや重さはまったくなく、淡々とフーバーという人の生き方を知ることができる良好な一冊なのであった。
ちなみに朝日選書ではあったけれども、「煙幕」の写真を「毒ガス」と表現されることもなく、真面目な歴史書としてまとめられていたのであった。

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