総統府を後にして、「明故宮遺跡」の中にある「午朝門(午門)」にレンタル自転車で向かう。故宮遺跡周辺の道路はメタセコイアなどの針葉樹の樹木が多い。午門が見えてきた。午門の前に立つ。この城壁と門は明故宮を防衛するための門だったが、一種独特の風情のある大きな門跡だった。
いくつかある門のうちの中央の門に入り故宮遺跡内部に入ると、針葉樹林が多く繁っていて森のようになっていた。城壁の近くで太極拳をしているおばあさんがいた。
巨大な午門の上に登る石階段に向かう。チャイナドレスを着た女性が階段に来て、自撮り写真の撮影を準備し始めた。チャイナドレスと城壁・城門とのコントラストが美しい。その横を通り階段を登る。午門の屋上は、大きな礎石がたくさん並んでいた。当時は門の上に巨大な建物があったのだろう。
明故宮遺跡内のいたるところに礎石の跡がある。故宮遺跡の説明石盤があった。故宮は掘に囲まれ、たくさんの建物があったようだ。そしてそれらは堀と城壁で取り囲まれていた。城壁の門の一つが「午朝門(午門)」である。太極拳や武剣術をしている人たちの姿もあった。遺跡内に再現された当時の建物もある。
大きく広い道路にはプラタナス類の巨木並木が続く。故宮遺跡近くの交差点の角で、目に障害があるらしい男性二人組が歌を歌い、物乞いをしていた。数十年間をここで暮らそうと、都市住民戸籍のない多くの人は、どんなに障害が重くても国や都市政府から援助は受けられず、家族の支えや、このような路上での小銭稼ぎで暮らすしかない。これが中国社会で「物乞い」が多い最大の理由かと思う。
路上で手作りせんべいのようなものを販売していたので、昼食がわりに買って食べたら、これがすごくおいしくて、あっというまに完食した。ちょっぴり甘辛くて、日本でも中国でも今まで食べたことのないせんべいの味だった。1週間に一度は また食べたい味だった。再びレンタル自転車を探して、それに乗り南京博物院や中山門の方面に向かう。
南京博物院の建物が見えてきた、明王朝時代の建物のような棟がいくつか見えた。ここもたくさんの人が並んでいた。近くには巨大な「中山門」が見える。この門の上にも当時は巨大な建物があったのだろう。
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