彦四郎の中国生活

中国滞在記

異国にて、「一人生きることの淋しさ」をおもう❷—「杜甫」の漢詩が心に沁みる

2019-01-04 21:58:35 | 滞在記

  ◆青海長雲暗 雪山孤城遙望   玉門関黄沙 百戦穿金甲不   破楼蘭終不還   (古詩一首)

  ※(青い湖に長く雲が垂れこめ 雪山と古城[孤城]が遥かに望める  玉門関にふる黄沙 百戦を戦ったが 戦いに敗れた楼蘭国はついに還らず)という意味だろうか。漢詩の「題」はない。もし「詩題」があるとすれば、「楼蘭終不還」(楼蘭はついに還らず)だろうか。2013年の11月ころに、福州の骨董露店市で見つけ買い求めた漢詩の掛け軸は、引っ越しを余儀なくされ3軒目となった今も、アパートに掛けている。「楼蘭国」は中国の古代にかってあった国で、シルクロードの要衝として交易で栄えた小さな国だったが、ほどなく滅んだ。いつか、万里の長城の最西端「嘉峪関」や新疆ウイグルに至るシルクロードに行ってみたいと想う。

 すべて漢字で表現する漢詩だが、心に沁みる漢詩も多い。とりわけ私は「杜甫(とほ)」の漢詩がいいなあと思うこの頃だ。生きることの哀愁というか、嘆きや悲しみ、そして淋しさ(寂しさ)が伝わってくる。日本には、山頭火や放哉、そして啄木がいたが、中国には杜甫がいた。

 ◆「春望」 国破山河在 城春草木深 感時花濺涙 恨別鳥驚心 烽火連三月 家書抵万金 白頭掻更短 渾欲不勝簪 (杜甫)五言律詩

 ※(国破れて山河在り 城春にして草木深し 時に感じては花にも涙を濺[そそ]ぎ 別れを恨んでは鳥にも心を動かす 烽火三月に連なり 家書 万金に抵[あた]る 白頭 掻[か]けば更に短く 渾[す]べて簪[しん]に勝[た]えざらんと欲す)

  杜甫の「春望(春のながめ)」という美しい詩題のもとに述べられた悲痛な八行は、人の世のはかなさと変わらぬ自然のたたずまいとを見事に対比させて間然とするところがない。日本には滝廉太郎が作曲し土居晩翠が作詞した「荒城の月」や三橋美智也が歌った「古城」がある。そして美空ひばりが歌った「愛燦燦(あいさんさん)」もある。人の世は はかない。

   ◆「登高」 風急天高猿嘯哀 渚清沙白鳥飛廻 無辺落木簫簫下 不尽長江滾滾来 万里悲秋常作客 百年多病独登台 艱難苦恨繁霜鬢潦倒新停濁酒杯 (杜甫)七言律詩

 ※(風[かぜ]急に天高くして猿嘯[えんしょう]哀し 渚[なぎさ]清く沙[すな]白くして鳥飛び廻[めぐ]る 無辺[むへん]の落木[らくぼく]簫簫[しょうしょう]として下[くだ]り 不尽[ふじん]の長江 滾滾[こんこん]として来たる 万里悲秋[ばんりひしゅう]  常に客[かく]と作[な]り 百年多病 独り台に登る 艱難[かんなん] 苦[はなは]だ恨む繁霜[はんそう]の鬢[びん]  潦倒[ろうとう] 新たに停[とど]む濁酒[だくしゅ]の杯[はい])

  この「登高(とうこう)」という「詩題」の漢詩。杜甫はこの時56歳。すでに長い間家族を連れて流浪の生活を送っており、そのうえ喘息、神経痛、糖尿などの病気を併発していた。しかも李白をはじめ数々の友人が相前後して他界し、彼自身も老年の身。憂さを晴らす手だての酒も飲めなくなっていた。詩の前半の秋の叙景、後半の心境の表白は、漢詩技法の中にも、杜甫の今が余すところなくうたわれている。この漢詩をみると、異郷にてさまざまな健康問題不安も抱え 身近な友の死も異郷にて聞くわが身にかえってくる一首だ。

 ◆「月夜」 今夜鄜州月 閨中只独看 遥憐小児女 未解憶長安 香霧雲髪湿 清輝玉臂寒 何時倚虚幌 双照涙痕乾 (杜甫)五言律詩

 ※(今夜 鄜州[ふしゅう]の月   閨中[けいちゅう] 只[ただ]独り看るならん 遥かに憐れむ小児女[しょうじじょ]の 未だ長安を憶[おも]うを解[かい]せざるを  香霧[こうむ]に雲髪[うんかん]湿[うるお]い 清輝[せいき]に玉臂[ぎょくひ]寒からん  何れの時にか虚幌[きょこう]に倚[よ]り  双[とも]に照らされて涙痕[るいこん]乾かん

 この「月夜(げつや)」と題された杜甫の漢詩。意味はかなり難しいが、囚われの身の中で、妻や小さな娘のことを激しく思う詩だ。757年、安禄山が唐王朝に謀反し、翌年には長安を陥れ、玄宗皇帝は逃れ、共にした楊貴妃はその逃避行中に殺されるという変転の時代であった。

 この安禄山の乱に巻き込まれ捕まり、長安に幽閉された杜甫。時に42歳、妻子は鄜州に疎開させてあった。いたいけな幼子をかかえながら待つ孤閨(こけい)の妻をしのび、いつか窓辺に妻とともに月を眺めて、涙が乾く日を一縷の希望とする杜甫の心が、切なく伝わってくる。

 

                                                                                                    


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