彦四郎の中国生活

中国滞在記

中国に来て19日間が経過した❸―中国生活対応スマホ設定の苦労、コロナに初めて感染の苦労、その他いろいろな苦労の日々が続いた

2023-04-17 14:46:00 | 滞在記

 中国に渡航した3月29日(水)の翌日(30日)と翌々日(31日)の大学での授業は、事前(1週間前)に休講とすることを2回生・3回生の学生たちには知らせていた。はたして、3年間のコロナ禍下の中国・福州で、3年前までの公共市内バスの運行が行われているのか。特に、私のアパート近くからの「福州市公共43番バス」が以前と同じ運行なのか、また、乗り換えの95番バスが以前と同じ運行なのかを調べる必要があったので、30日(木)の午後、大学にバスで行ってみることにした。(※3年前までは、43番バスの始発停留所「師大」から43番バスに35分ほど乗り、「博仕後家園」バス停で下車。このバス停から95番バスに乗り、25分ほどで閩江大学南門(正門)に到着できた。アパートから「師大」バス停まで徒歩5〜6分。アパートから大学まで、ほぼ1時間30分ほどで到着できていた。)
   はたして、43番バスは?  「師大」の停留所がなくなっていた。どうやら、このバス停は、3年前までは以前に勤めていた福建師範大学の構内にあったのだが、3年間にわたるコロナ禍下のもと、「ゼロコロナ政策」の遂行とも相まって、一般人が大学構内に立ち入ることが禁止され、大学ロックダウンも行われたため、バス停がなくなっていた。

 福建師範大学の守衛さんに、「43番バスの始発バス停はどこに行ったのか?」と聞くと、「上渡だ」と教えてくれた。このバス停は以前は、「師大➡上渡➡」と次のバス停だ。一旦、アパートに戻り、アパートから25分間余りを歩いて、「上渡」に着いた。とても疲れる長い距離だ。「上渡」から43番バスに乗り、大学方面に向かった。「博仕後家園」バス停で下車し、95番バスを待つ。95番バスは3年前と同じように運行していたので、大学の南門付近に到着できた。まあ、アパートから大学まで、約1時間50分ほどかかることとなった。南門から、私の研究室がある大学構内の福万楼まで徒歩10分、ここから大学の授業がある教学楼まで徒歩10分を要する。

 このため、8時30分始まりの1時間からの授業がある木曜日や金曜日は、朝6時にアパートを出発し、43番バス始発6時30分で通勤することとなった。大学からの帰りは、43番バスでなく、163番バスが利用できるので、アパート近くの停留所で下車することができる。まあ、片道2時間、往復4時間のバス通勤時間となる。通勤するだけでも、70歳の身にはこたえる。

 4月1日(土)頃から突然に喉が痛くなり、咳も出始めた。日本から持ってきている、喉の痛み止めや咳止めを飲むが、なかなか治まらない。翌日4月2日(日)は、さらにひどくなってきて、かなり熱も出始めた。3日(月)になると、喉の痛みが強烈になり、声も出しにくくなった。この症状はいったい何だろう?「まさか、コロナ感染!?‥」 2日の夜はかなりの高熱が出ているようで(体温は測らなかったが‥、38度近くはあるかと思われた。)、額(ひたい)や喉(のど)、胸に日本から持参している「熱さまシート」をたくさん貼って、熱が下がるようにした。熱は3日(月)の朝にはかなり下がったようで、体温計で測ってみたら37.2度だった。(私の平熱は36.2度〜36.4度)  このように、喉が異常に痛く声も出にくく、咳が激しく止まらなといった症状は、いままでにほとんど経験したことがなかった。

 3日(月)に、アパート近くの薬局に行き、症状を説明し、「咳止め」と「喉の痛み止め」の薬を買った。これが効いたのか、6日(木)頃から徐々に症状が治まってきた。

 中国では、昨年の12月上旬から今年の1月下旬までの2カ月間で、総人口約14億人中、約90%の12億人以上がコロナ・オミクロン株に感染したと推定されている。(昨年12月上旬から「ゼロコロナ政策」が緩和、廃止された。) そして、国民のオミクロンコロナ株への集団免疫が獲得されたとも言われている。今、中国では、バスの車内では多くの人がマスクをつけているが、それ以外の場所では、ほとんどの人がマスクをつけていない。また、大学の教室でも、学生たちはマスクをつけていない。

 4月4日(火)から、私の大学教室での授業が始まった。この日は、まだ喉の痛みが激しく、咳も出たが、熱は下がっていた。だが、声はかすれ声での授業だった。1週間後の4月11日(火)、学生たちに「コロナに感染しましたか?」と聞くと、ほぼ90%の学生は「陽了」(ヤンラ)[感染しました・陽性でした]と答えていた。20人ほどのクラスで、2人だけはまだ感染経験はないと答えていた。学生たちに感染した時の症状を聞いてみると、「①38度近い高熱、②激しい喉の痛み、③間断なく出る咳」と答える学生が多かった。薬局で「コロナ陽性・陰性の検査薬」を買って、「感染しているかどうかを調べました」と学生たちは言っていた。

 どうやら、ほぼ間違いなく、私もコロナウイルス・オミクロン株に感染していたようだ。4月13日(木)までに、喉の痛みや咳の症状も、完全に治まった。私は基礎疾患があるが、コロナに感染しても、呼吸が苦しくなるような症状はほぼなかったので幸いだった。日本の成田空港から中国に渡航した3月29日の48時間以内のPCR検査(3月27日)では陰性だったので、おそらく、中国に渡航してからコロナに感染したのかと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


中国に来て19日間が経過した➋―中国生活対応スマホ設定の苦労、コロナに初めて感染の苦労、その他いろいろな苦労の日々が続いた

2023-04-17 04:55:45 | 滞在記

 中国に渡航し、3月29日の深夜にようやく福州のアパートにたどり着き、ベットに直行し、疲れ果ててぐっすり眠りこけた翌日の朝。アパートの部屋の中の冷蔵庫とその周辺は散々(さんざん)たる有様(ありさま)となっていた。冷蔵庫周囲の床にたくさんの缶詰や缶ビール、日本酒や中国の酒などの瓶(びん)を置いていたのだが、パイナップルなどの大型缶詰5個が福州の亜熱帯高温気候のために、破裂していて床に流れ出し、この3年間で炭化し、コルタールのように周囲の床一面にこびりついていた。ビール缶なども、数本は破裂し、缶の中のビールは完全に気化し空き缶となっている。

■中国福建省福州市は、「中国三大火釜都市」とも呼ばれ、5月上旬〜10月下旬までの半年間は、最高気温が30度以上の真夏日となる。特に、6月上旬~9月下旬までの4カ月間は最高気温が38度〜42度の日々が多く、湿気もものすごい。中国語で「悶熱(メンロー)」と呼ばれる気候で、まさに悶絶するような季節となる。日本でも京都は、夏の蒸し暑さで有名だが、福州の夏と比べるととても涼しく過ごしやすく感じてしまう。

 最も悲惨だったのは大型冷蔵庫の中。冷蔵庫の半分は、冷凍室なのだが、度重なる停電のためか、たくさん入っていた冷凍食品が腐り、コバエ(小蠅)が中に入り込んでいたようで、4段ある冷凍室内は、コバエの卵や死骸が数千匹(個)〜1万匹(個)余りへばりついていた。完全にコバエの巣となっていた。強烈な異臭が臭(にお)っていた。そして、冷蔵庫は壊れていて、冷気はなんらなかった。

 この日から3日~4日間余りをかけて、室内や冷蔵及びその周辺の掃除をすることとなった。冷蔵庫は壊れているので、新しく購入する必要があった。まだ4月上旬なので、最高気温は23度前後と高くはないが、4月中旬からは最高気温が30度前後となる気候なので、それまでに冷蔵庫を購入する必要があった。

 3~4日間をかけて、アパートの特に汚れの目立つ様々な箇所を集中的に掃除し、3年間不在だったアパートの部屋を一応掃除。8階にある私の部屋からは、こんもりした丘のような山の森の、緑の木々が見えて、癒される。午前4時ころからは小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 私のアパートは、「蘭天新天地」という庶民的な住宅団地(そのほとんとが買った持ち家)に住んでいる。この住宅団地は、20年以上前の1990年代末から2000年代はじめ頃につくられた。高層の建物が林立する住宅団地で、団地人口は約3万人近いのではないかと思われる。私のアパートの部屋は、2LDK(2つの部屋とリビングルームと台所、そして洗面・トイレ・シャワーが同じ場所の狭い室がある。)   私は借家住まいだが、まだ、福州市(人口約700万人の中都市)では、借家の割合はとても少ない。毎月の家賃は2500元(日本円で4万5千円ほど)。その他に団地共益費(年に700元[日本円で1万2千円ほど]を支払っている。あとは、毎月の電気・水道代。1か月に3000元ほど(日本円で5万円ほど)のアパート使用料となる。

 日本の平均賃金と中国の平均賃金を比較すると、近年はその差は縮まってるが、それでも日本の方が3倍の平均賃金となるので、日本では13万円~15万円ほどのアパートマンションに暮らしていることとなる。とにかく、中国の住宅・マンションは買うのも借りるのも、日本の住宅事情に比べればべらぼうに高額なのだ。私が借りているアパートは、日本の京都でもし借りれば、8万円ほどだろうか。このような住宅事情なので、若い人たちは、親しい友人と共同で借りて(シェアー)暮らしている人がとても多い。中国では、中学・高校や大学(大学は全寮制)で6人程度の部屋での寮生活を経験しているので、このようなシェアー生活は慣れたものなのだろう。

 この3年間、アパートには住んでいなかったが、日本からのスマホ電子決済で、毎月、2500元と水道・電気の基本料金200元余り、共益費80元、合計2780元余りを支払い続けていた。3年間で10万元(日本円で約170万円)余りにのぼった。

■勤めている大学から、毎月2200元の住宅補助が支給され、私の給料に振り込まれている。