■論文の出典がわからないというのも困ったものである。引用するにも「初出不詳、…に引用」とせざるをえず、みっともないのである。小宮豊隆「戯曲の翻訳」という文章があるが、これがわからない。最初に見たのは、別宮貞徳『英文の翻訳(スタンダード英語講座[1])』(大修館書店)である。この本は14編の翻訳論の抜粋を収録しているが、すべて出典を書いていない。それでも他の13編は簡単にわかるのだが、小宮のものだけわからなかった。もうひとつ、河盛好蔵(編)『翻訳文学(近代文学鑑賞講座21)』(角川書店)の冒頭の論文、河盛好蔵「翻訳論」にも引用されているが、やはり出典を明らかにしていない。(それどころか、河盛の論文自体、書き下ろしではなく他で発表したのを再録したものであることが判明した。この「講座」はどうもすべてそうらしい。ちょっと驚くべきことである。)ところで、大正5年発行の、東草水『翻訳の仕方と名家翻訳振』(実業の日本社)という本があり、その中にやはり小宮のこの文章が引用されている。ここでも出典は明らかではない。三者を対照してみると、別宮本、河盛論文のいずれもその収録範囲は東草水の引用を超えないことがわかった。そうなると、ネタ元は東の本という疑いも出てくる。また「戯曲の翻訳」というタイトル自体もあやしくなる。東が出所を示さなかったことは、本の性質上やむを得ないかもしれないが、後の二著は少なくとも何か出所を記載すべきだったろう。
小宮豊隆は漱石の弟子で、『三四郎』のモデルに擬せられた人であるが、今ではほとんど忘れられた存在であり、著作目録の類もなさそうだ。
小宮豊隆は漱石の弟子で、『三四郎』のモデルに擬せられた人であるが、今ではほとんど忘れられた存在であり、著作目録の類もなさそうだ。
なるほど、大正4年なら合いますね。しかし、初出不明でも、大いに助かります。