MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

新翻訳事始め翻訳とグローバリゼーション』

2010年09月09日 | 
cronin

風呂本武敏(編訳)穴吹章子・吉村育子・中尾幸子・今村啓子・宮川和子(訳)(2010)『新翻訳事始め 翻訳とグローバリゼーション』(大阪教育図書)を頂いた。Michael Cronin (2003) Translation and Globalization (Routledge)の翻訳だ。 紹介が遅くなってすみません。
きわめて論じにくい本である。全5章から構成されており、1-2章では「翻訳とモノの関係」「翻訳とテクノスフェアの関係」「自己とネットの関係」「テクネーと文化発展」「翻訳者とツールの関係」「翻訳と国民国家の関係」「翻訳と多様性の関係」が説明され、加えて情報社会、グローバル経済、国際化、ローカリゼーション、認知コンテンツ、美的コンテンツ、コミュニケーションとしての翻訳、伝達としての翻訳、メディアとしてのメッセージ、物質的サポート、エージェンシー(行為性)、新バベル主義などの用語が定義される。
第1章では特に、翻訳研究とそのツールにとってのテクノロジーの重要性を説明し、第2章ではネットワークに焦点を合わせてその翻訳と社会への影響を論じる。
第3章では最重要な翻訳センターの例としてアイルランドを取り上げ、検閲(翻訳者の消去)について述べる。
第4章ではテクノロジー時代の翻訳者の地位を掘り下げ、翻訳者の仕事への経済的影響を考察する。また様々な翻訳支援ツールを取り上げている。
第5章では少数派言語の状況と翻訳の関係、たとえば「翻訳エコロジー」の考え方が及ぼす影響を詳しく検討している。クローニンの主張はこの「翻訳エコロジー」という考え方に集約されると言っていいかもしれない。翻訳エコロジーとは「何を、いつ(…)いかにテキストが自国語に、あるいは自国語から翻訳されるのか、この三つに関してマイノリティ言語話者・翻訳者に支配権を与えるような翻訳実践」のことである。少数派言語話者が「多重言語的・文化的都市の文化的・言語的財産への接近」をしようとするとき、翻訳者と翻訳作品は不可欠であるからだ。
クローニンのこの著作は、言ってみれば翻訳の言語政策の提言なのである。冒頭で論じにくい本だと言ったのは、おそらく一つには我々にとってこのテーマが、「通訳」の問題としてならわかりやすいが、「翻訳」の問題としてはあまり意識していなかったことがあるだろう。もうひとつはクローニンの記述がいささか抽象的であるためだ。とはいえ、ここで言われていることを日本の現状に置きかえながら読み進めれば、これまで見逃してきた問題を発見できるだろう。問題意識を喚起するという意味でも重要な本だと思う。

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