久しぶりに「鉄道ミステリとNゲージ(あるいは鉄道模型)」ネタから
今回は鮎川哲也監修、光文社版の「見えない機関車」所収の海野詳二作「蒸気機関車殺人事件」をば
私は殺人犯人であります。しかも世にも不思議な殺人犯人でもあります。
(光文社カッパノベルズ「見えない機関車」所収「蒸気機関車殺人事件」P62より引用)
こんな書き出しから始まる本作は、かつて走行中の機関車内で先輩機関士を殺害したとして逃亡中の元機関助手の独白の形で、殺人犯の名を負いながら逃亡を続ける「私」が事件の真相を追いながら彷徨してきた経歴を語ります。
彼も知らない事件の真相、それが知りたいが故に自らは逃亡者の身に置きながら一心に生きてきた「私」。
事件から永い時が流れ、ようやく掴んだ事件の真相とは何か。
これが大まかなあらすじです。
本作は業界紙の「運輸日報」に掲載された一編ですが鉄道員の読者が多かったのか中盤で「私」が語る機関区の仕事の描写はかなり詳細です。
そして本作のもう一つの主役と言えるのが「私」と先輩機関士が乗務するC57蒸気機関車の描写です。
C57の外見の魅力に始まって整備や乗務の苦労、そして勾配を越え平坦地を走る変化に飛んだ区間を疾走させる機関士と機関助手の苦しみと達成感に満ちた業務への使命感と喜び。
全24ページの作中のなんと10ページまでがC57の描写とそれに乗務する機関士の矜持のはなしで占められていますが、実はこれが「私」が汚名を着、身を落としてまで事件の真相を追い求める「動機」に対応しているのが見事です。
そして後半である人物から事件の真相が語られますが、編者が解説で書いている通り「未だかつてこうした動機に基づく『殺人』は書かれたことがなかった」と思われます。
それゆえ短編のミステリでありながら読後の感動と寂寥感は長編に負けないものがあります。
これまで紹介してきた数々の短編鉄道ミステリの中では随一の「泣けるミステリ」でもあると思います。
さて、上述の様に本作の一方の主役と言えるのがC57な訳ですが、16番でも昭和40年代から複数のメーカーから完成品やキットが出ている定番モデルです。
一方、79年に「やまぐち号」の牽引機にC57が抜擢された辺りからNゲージでもC57が続々と製品化されています。
最初は確か中村精密の金属モデル、次いでTOMIXがテンダードライブのプラ製、そしてKATOがエンジンドライブの模型としてはコンベンショナルなモデルで続きました。
その後もワールド工芸や天賞堂などが続きTOMIXやKATOの第二世代C57のリリースで現在に至ります。
かつてのD51同様、蒸気機関車の代表格になったC57は模型の世界でもスターであり続ける存在ですが、本編を読むと実車が当時乗務していた方々からも愛された花形だったことがよく伝わる一遍でもあります。
今回は鮎川哲也監修、光文社版の「見えない機関車」所収の海野詳二作「蒸気機関車殺人事件」をば
私は殺人犯人であります。しかも世にも不思議な殺人犯人でもあります。
(光文社カッパノベルズ「見えない機関車」所収「蒸気機関車殺人事件」P62より引用)
こんな書き出しから始まる本作は、かつて走行中の機関車内で先輩機関士を殺害したとして逃亡中の元機関助手の独白の形で、殺人犯の名を負いながら逃亡を続ける「私」が事件の真相を追いながら彷徨してきた経歴を語ります。
彼も知らない事件の真相、それが知りたいが故に自らは逃亡者の身に置きながら一心に生きてきた「私」。
事件から永い時が流れ、ようやく掴んだ事件の真相とは何か。
これが大まかなあらすじです。
本作は業界紙の「運輸日報」に掲載された一編ですが鉄道員の読者が多かったのか中盤で「私」が語る機関区の仕事の描写はかなり詳細です。
そして本作のもう一つの主役と言えるのが「私」と先輩機関士が乗務するC57蒸気機関車の描写です。
C57の外見の魅力に始まって整備や乗務の苦労、そして勾配を越え平坦地を走る変化に飛んだ区間を疾走させる機関士と機関助手の苦しみと達成感に満ちた業務への使命感と喜び。
全24ページの作中のなんと10ページまでがC57の描写とそれに乗務する機関士の矜持のはなしで占められていますが、実はこれが「私」が汚名を着、身を落としてまで事件の真相を追い求める「動機」に対応しているのが見事です。
そして後半である人物から事件の真相が語られますが、編者が解説で書いている通り「未だかつてこうした動機に基づく『殺人』は書かれたことがなかった」と思われます。
それゆえ短編のミステリでありながら読後の感動と寂寥感は長編に負けないものがあります。
これまで紹介してきた数々の短編鉄道ミステリの中では随一の「泣けるミステリ」でもあると思います。
さて、上述の様に本作の一方の主役と言えるのがC57な訳ですが、16番でも昭和40年代から複数のメーカーから完成品やキットが出ている定番モデルです。
一方、79年に「やまぐち号」の牽引機にC57が抜擢された辺りからNゲージでもC57が続々と製品化されています。
最初は確か中村精密の金属モデル、次いでTOMIXがテンダードライブのプラ製、そしてKATOがエンジンドライブの模型としてはコンベンショナルなモデルで続きました。
その後もワールド工芸や天賞堂などが続きTOMIXやKATOの第二世代C57のリリースで現在に至ります。
かつてのD51同様、蒸気機関車の代表格になったC57は模型の世界でもスターであり続ける存在ですが、本編を読むと実車が当時乗務していた方々からも愛された花形だったことがよく伝わる一遍でもあります。