瀬崎祐の本棚

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詩誌「詩杜」 8号 (2023/05) 大阪

2023-05-12 08:04:38 | 「さ行」で始まる詩誌
23人の同人で年1回の発行、102頁。

「イチゴ動物」竹島浩一。
「今朝イチゴ動物が庭にやってきたので/みずをやりました」と始まる。作品は娘さんが家から旅立つ日のことを詩っている。喜びと不安と、親心の(ことさら男親の?)感慨がある。

   頭がイチゴで体は小犬の生き物が
   それを描いた生き物が
   大きく育って
   空港に向かった

何だろうと思っていた”イチゴ動物”は最終連で明かされていた。娘さんを空港まで見送らなくていいのかい、などと他人事ながら心配になってしまった。そんなことを思わせる素直な優しさのある作品だった。

「そこにいる」山村由紀。
昔通った小学校の木造校舎の写真がかつての子ども部屋に貼ってある。その小学生時代は必ずしも楽しい日々ばかりではなかったようで、「校舎に入ると/どんなに晴れていても/どこからか雪雲がやってきて/わたしの顔めがけて吹雪」いたのだ。それは「だれからも見えない」吹雪だったのだ。そんな小学校時代を送った校舎の写真を、なぜ話者は45年も経った今も貼っているのだろうか。

   よく見ると門のところにランドセルを背負った子どもがひとりちいさく写っ
   ています 制帽をかぶりうつむいて歩いている わたしはきつく目をとじま
   した そしてゆっくり目をあけました 子どもは写っていませんでした

そして最終連、下校してきた子どもがひらいたドアから差し込んだ西日が写真を「短剣のように」貫くのだ。このとき話者にあるのはどのような感情なのだろうか。読み手にそれをゆだねて、余韻を残す。

詩書評「僕を選んだ書物たち」で平居謙が、拙詩集「水分れ、そして水隠れ」の中の「亡失の人」について、「われわれは何故忘れるのか。時代の暗さに反応し、肉体が記憶を拒絶し始めているのではないか」と読み解いてくれている。感謝。
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