瀬崎祐の本棚

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詩集「連禱」 依田義丸 (2024/05) 思潮社

2024-06-06 15:54:43 | 詩集
30数年ぶりの第2詩集。87頁に散文詩19編を収める。
今春に書かれた著者の「あとがき」が付いているのだが、詩集には発行元の思潮社編集部からの小紙片も挟み込まれていた。それによると、依田義丸氏は校正刷りを確認し、献本の指示まで済ませた3月に逝去されたとのことだった。

どの作品もやわらかく幻想的である。話者を取り囲む空間は自在にゆがむのだが、それは戸惑いといくらかの怖れを連れている。
話者の理不尽な身体変化も随所で起こる。たとえば、耳石の場所が変化してぼくの体は楕円形に変形するし(「眩暈」)、ぼくの胃の中では紋白蝶が羽をばたつかせている(「胃中の蝶」)。

「平面の記憶」は、君に「あなたって、紙のような人だわ」と言われた話。すると背中に皺の寄る気配がして、頭の上では刃物が走るのだ。君は、いいえ、あなたは紙のような人なんかじゃないわと言い直してくれるのだが、もう聞いてしまったのだ。

   その声を、平面になっていく耳にかすかに聞きながら、ぼ
   くはぼくに描き込まれていたものがひとつ残らず消えてい
   くのを感じていた。

ついにぼくは真っ白な一枚の紙になってしまい、「そこからすべてが始まった」のである。これも理不尽な展開の作品だが、判るような気がして素直に受け止めることができる。作者が受けている感覚にはどこにも無理がなく、真剣なものだからだろう。

「白い象」。スペインの駅舎の酒場で、男の子供を宿した女は、「向こうの山は白い象のようだ、と言う」。ところが男は素っ気なく中絶の話をする。実は話者は、ヘミングウェイのそういう内容の小説を読んでいたのだが、ふいに白い象がページの余白を突き上げるように立ち現れてくる。女は倒され、男も白いページの上に落とされる。

    ふと気づくと、ぼくは男の位置に仰向けになって横たわ
   っている。周りには、ばらばらにされたアルファベットの
   文字が散乱している。

そして女は吹っ切れた表情で列車に乗り込もうとするのだ。作品世界と現実世界が混沌と混ざり合い、話者は自在に行き来している。それは作者が自分の居場所を定めるために作り出した光景でだったのだろう。
ほかにも、断崖絶壁から身を翻して一枚の緑の葉になる少女(「決意」)もいた。

大変に濃密な世界を閉じ込めた詩集だった。これまでまったく存じ上げていない方だったのだが、こんなに好い詩を書いておられたのだと敬服する。ご冥福をお祈りします。
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