95頁に21編を収める。
「秘密」。 他人に知られたくない事柄は、名札を剥がした小箱に詰めて「誰も知らない島の 岸壁から/海に沈める」のだ。それは他人から隠すことでもあり、それよりも何よりも自分の中から消去することだったのだろう。それなのにその小箱は自分の身体の中にあるのだ。小箱に入れるという行為そのことが、かえって自分に対する秘密を作っているのだろう。だからその秘密は、
夜明け前の色をした
仄暗く温かい大地へ
根は迷いなく伸ばされ
肉の繊維に食いい込んで
一つの動脈のように肥えてゆく
誰でもが経験したことがあるであろう感覚を、巧みな喩としてあらわしている。そうして自分がとらわれるほどに秘密は不滅のものとなり、「無数の言葉の嵐の中に/別の景色を見せたりする」のだ。
このように自己をどこまでも見つめる作品もあるのだが、その一方で、「幌」や「森の名」のように、社会を広く見据えての問題意識を詩った作品もある。
「タンサンのパンケーキ」は祖母の思い出の作品。「タンサン」とは重曹(炭酸水素カルシウム)のことで、祖母がパンケーキを作るときに発泡剤として使っていたもの。入れすぎると苦くなるようなのだが、今ではその苦さが記憶となっている。
信じていないものが祈るな
真っ暗な夜道にいつも待っていてくれたのは神ではない
海水浴の塩を落としてくれたのは
一人で誕生日を祝ってくれたのは
こんな記憶を仕舞った小箱であるならば、いつまでもとっておきの場所に置いておくだろう。いつでもそれは心を休ませる景色を見せてくれるだろうから。
「風」。木の机に残された疵痕をなでるように、さまざまな時間がかすかな風となって話者の周りを吹き抜けていく。他者との諍いで擦り切れそうな息をするときもかすかな風は吹いている。
気づくとすぐ横を
白い大きな鳥が飛んでゆく
この土地に
何億年も前から吹いている海風に乗り
その大きな羽で
世界の底を攫う
きっと、こうして風は時間を運んでいくのだろう。
「秘密」。 他人に知られたくない事柄は、名札を剥がした小箱に詰めて「誰も知らない島の 岸壁から/海に沈める」のだ。それは他人から隠すことでもあり、それよりも何よりも自分の中から消去することだったのだろう。それなのにその小箱は自分の身体の中にあるのだ。小箱に入れるという行為そのことが、かえって自分に対する秘密を作っているのだろう。だからその秘密は、
夜明け前の色をした
仄暗く温かい大地へ
根は迷いなく伸ばされ
肉の繊維に食いい込んで
一つの動脈のように肥えてゆく
誰でもが経験したことがあるであろう感覚を、巧みな喩としてあらわしている。そうして自分がとらわれるほどに秘密は不滅のものとなり、「無数の言葉の嵐の中に/別の景色を見せたりする」のだ。
このように自己をどこまでも見つめる作品もあるのだが、その一方で、「幌」や「森の名」のように、社会を広く見据えての問題意識を詩った作品もある。
「タンサンのパンケーキ」は祖母の思い出の作品。「タンサン」とは重曹(炭酸水素カルシウム)のことで、祖母がパンケーキを作るときに発泡剤として使っていたもの。入れすぎると苦くなるようなのだが、今ではその苦さが記憶となっている。
信じていないものが祈るな
真っ暗な夜道にいつも待っていてくれたのは神ではない
海水浴の塩を落としてくれたのは
一人で誕生日を祝ってくれたのは
こんな記憶を仕舞った小箱であるならば、いつまでもとっておきの場所に置いておくだろう。いつでもそれは心を休ませる景色を見せてくれるだろうから。
「風」。木の机に残された疵痕をなでるように、さまざまな時間がかすかな風となって話者の周りを吹き抜けていく。他者との諍いで擦り切れそうな息をするときもかすかな風は吹いている。
気づくとすぐ横を
白い大きな鳥が飛んでゆく
この土地に
何億年も前から吹いている海風に乗り
その大きな羽で
世界の底を攫う
きっと、こうして風は時間を運んでいくのだろう。