93頁に19編を収める。
「夜が尽きるまで」。老いた母がテレビをつけたまま眠っている。リモコンを取ろうとすると目覚めて「まだみているのに」と叱責するのだ。ああ、そうだ、我が家でもこのような光景はあった。そしていずれは我がこととしておこることになるだろう。話者はあなたを眠らせるスイッチをさがそうとする。
粉を吹いた耳の奥
銀色に透きとおった
ほつれた糸のような髪の中
あるいはもっと大切な場所に
それは隠されているのだろうか
これまで話者を育ててきた人のからだが仮の眠りにつくためには、その仕掛けのどこを調節してあげればよいのだろうか。やれやれと思いながらも、老いた母を愛しんでいる感じがゆっくりと伝わってくる。こうして夜は更けていく。最終連は「小さな虫が涙を食べ尽くすまで/あなたもわたしも/眠ることができない」。
この作品をはじめとして、この詩集は老いた母に捧げられたもので埋められている。母が愛でることができるようにと、作者は朝顔を植え、コスモスを育てる。また母の記憶にある父の姿もあらわれてくる。
「くるぶし」は、介護をしようとして母のくるぶしに触れる作品。記憶は樹木に刻まれた傷のようなもので、くるぶしは枝を落とした跡のようだったのだ。
ほら
広く伸ばした枝を落としたいまも
あなたの幼い日の
よろこびとかなしみが
ここに残っていますよ
母からはすでにいろいろな事柄が次第に欠け落ちていってるのだろう。しかし枝葉は落ちてもそこは「時をほどいて微熱をきざし/甘い樹液をにじませるのだ」。
詩集終わりに母は「桃源」へ旅立っていく。閉じられたまぶたから「一粒の涙がにじんでい」て、
背後の視線をさえぎり
わたしはいのちのしずくを
啜る
かって彗星が地上にもたらした
一滴の水のような
話者は小さな虫となって母の涙を我が身に移したのだろう。それによって母は桃源での眠りに入ることができたのだろう。決して暗くはなりすぎないで、静かに人を悼んでいる詩集だった。
「夜が尽きるまで」。老いた母がテレビをつけたまま眠っている。リモコンを取ろうとすると目覚めて「まだみているのに」と叱責するのだ。ああ、そうだ、我が家でもこのような光景はあった。そしていずれは我がこととしておこることになるだろう。話者はあなたを眠らせるスイッチをさがそうとする。
粉を吹いた耳の奥
銀色に透きとおった
ほつれた糸のような髪の中
あるいはもっと大切な場所に
それは隠されているのだろうか
これまで話者を育ててきた人のからだが仮の眠りにつくためには、その仕掛けのどこを調節してあげればよいのだろうか。やれやれと思いながらも、老いた母を愛しんでいる感じがゆっくりと伝わってくる。こうして夜は更けていく。最終連は「小さな虫が涙を食べ尽くすまで/あなたもわたしも/眠ることができない」。
この作品をはじめとして、この詩集は老いた母に捧げられたもので埋められている。母が愛でることができるようにと、作者は朝顔を植え、コスモスを育てる。また母の記憶にある父の姿もあらわれてくる。
「くるぶし」は、介護をしようとして母のくるぶしに触れる作品。記憶は樹木に刻まれた傷のようなもので、くるぶしは枝を落とした跡のようだったのだ。
ほら
広く伸ばした枝を落としたいまも
あなたの幼い日の
よろこびとかなしみが
ここに残っていますよ
母からはすでにいろいろな事柄が次第に欠け落ちていってるのだろう。しかし枝葉は落ちてもそこは「時をほどいて微熱をきざし/甘い樹液をにじませるのだ」。
詩集終わりに母は「桃源」へ旅立っていく。閉じられたまぶたから「一粒の涙がにじんでい」て、
背後の視線をさえぎり
わたしはいのちのしずくを
啜る
かって彗星が地上にもたらした
一滴の水のような
話者は小さな虫となって母の涙を我が身に移したのだろう。それによって母は桃源での眠りに入ることができたのだろう。決して暗くはなりすぎないで、静かに人を悼んでいる詩集だった。