瀬崎祐の本棚

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雨傘 1号 (2017/12)

2017-12-27 22:37:11 | 「あ行」で始まる詩誌
 A4用紙4枚を2つ折りにして紐で綴じた14頁の詩誌の創刊号。5人が集まっている。

 「さんぷんの遊び」坂多瑩子。
 冒頭に作品の成り立ちが書かれている。女性7人が集まり(無意識)が関係する遊びをしたとのこと。「クローゼットを開けたら」というフレーズから各自が出てきたイメージを膨らませて3分間で作品を書いたとのこと。無記名のそれらの作品の作者の当てっこもしたとのこと。面白い遊びだな。
 で。坂多の作品が引用されている。クローゼットの中には赤いお母さんのワンピースがあったのだ。そのワンピースを着てお母さんは汽車に乗ってどこかへ行こうとしたようなのだ。煤で真っ黒になったお母さんをあたしはお腹のなかから見てたのだ。実は次の日に書き足したという最終部分は、

   駅
   まだ着かない
   クローゼットを開けたら
   黒い
   知らない男がとおせんぼしてた

 書き出す前には「考えてもいなかったことが、言葉になり」しかもその内容が「私的には満更デタラメでもな」かったことに、坂多自身が驚いている。どこまで自分を解放できるのか。面白い遊びだな。

 「おもわない」廿楽順治。
 例によって何が書かれているのかは掴みにくい。しかし、面白い。おそらくは作者の意図とは異なる地点で愉しんでいるのだと思うのだが、書かれた言葉、その流れ、絡まりあいから私(瀬崎)の勝手な物語が産まれてくる。そんな物語を産ませるだけの豊かさが廿楽の作品にはある。後半部分は、

   わたしはどの駅で
   それがどんな石になるのか
   時間のことはつよく噛み砕いて序詞にしなさい
   そしてその通りに生きた
   親の家はどれもみすぼらしく
   すこし濡れた構造らしい
   でも死んだ「それ」はほんとかな
                   (註:原文は行末揃えで表記)

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詩集「御馳走一皿」 原田もも代 (2017/08) 土曜美術社出版販売  

2017-12-26 17:49:24 | 詩集
 第2詩集。104頁に25編を収める。
 なんでもない日常生活が送られているようで、実はその日常に乗っているものは、よく見れば奇妙にゆがんでいたり、微かな悪意の腐臭を吹きかけたりしている。この詩集の作品は、そんな日常の見えない部分に張り付いている影のようなものを、軽妙な口調で差しだしてくる。

 「誘惑」。腰の痛みに耐えながら日常生活をおくっている。枯れ木の真似をした私をキツツキがつついたりカミキリムシが穴を開けたりして、痛みが取れないかと夢想している。流しには生ごみが吸い込まれていき、

   眼下に民家のあかりが深い星空になってまたたく
   どの家にも流しの穴が一つあり覗き込む影がある

 流しの穴はどこに続いているのかといえば、それは決して明るく開けた海などではなく、異界であったり魔界であったりするのだろう。覗き込む影は毎夜その穴に入り込んでしまおうとする誘惑にあらがっているのだろう。

 「ワンピース」。ワンピースの水玉模様にはちいさい目玉が出入りして、私の腕を刺したり吸いついたりする。いつの間にか私の腕は目玉だらけになっているようだ。

   夫を呼ぶが
   気配ばかりで来てくれない
   私がワンピースになってしまうのに

 もしかすれば、夫は既に水玉模様のセーターかカーディガンになってしまっているのかもしれない。

 「橋があった」は事故にあった父のことを、「クロスワードパズル」は複雑な感情を抱いていた母のことを、なんでもないような素振りで描いた作品。そのなんでもないような素振りが切ない。
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詩集「水天のうつろい」 岡田ユアン (2017/11) らんか社

2017-12-21 22:37:59 | 詩集
 第3詩集。93頁に23編を収める。
 作者は新しい生命を孕み、自らの体内で育て、そして新たな存在を産みだしたのだろう。その間の自己と新しい生命に向ける必死な感覚が、この詩集の言葉を生み出している。

 「風を聴く」。風の吹かない苔むした渓谷で女たちは「子守唄をうたい」「石を積みあげ」ている。女たちは風を待っているのだ。それは全ての感覚を研ぎ澄ませていないと気づくことができないほどの微かなものなのだろう。最終部分は、

   ふたたび静けさが広がると
   女たちはここへ戻り
   石を積みあげる

   つかのま 風を聴いた女はすっくと立ち上がり
   二つの心臓を抱いて
   立ち去っていく

 波音、あるいは風音のような体内の血流音に混じって微かに胎児心音が聞こえ始め、新たな生命は感覚として捉えられるものとなっていく。

 「水を呼ぶ」。水は生命を孕み、母性は水に支えられる。だから、母になるためには”水を呼ぶ”ことが必要なのだろう。やがて水は増え続けてその中で生命を養っていく。その生命は話者が育みながらもまったく別の生命であり、新しい生き物なのだ。

   すでに 別の生を歩む子のために
   うたいながら
   私の中の ありったけの
   水を呼ぶ

 詩集タイトルにある”水天”は、子育ての神、子供の守り神である”みまくりのかみ”でもある。こうしてこの詩集には母となった作者がいる。やがて娘は歩きはじめ(「紙ヒコーキ」)、話者と子は対等な生命としてのこれからの存在を始める(「真昼の影」「約束」)。

   あなたとおなじ
   ほしのことなり
   しるすことがあるのです
              (「約束」最終行)
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詩集「どこからか」 尾崎世里子 (2017/11) 書肆夢ゝ

2017-12-19 18:38:49 | 詩集
第6詩集。67頁に19編を収める。装幀は山本萌で、カバー、それに詩集表紙にも軽快な鉛筆画が描かれている。

 冒頭の16頁、250行近い「冬の人」にまず気持ちが打たれてしまう。次第に認知症の症状がすすむ母を看取っていく作品なのだが、母はまるで見知らぬ土地を彷徨う旅人の様なのだ。そして、途中に挿入される「母の手紙より」という部分には(おそらく実際の内容なのだろうと思われる)、その切なさに言葉を失ってしまった。理性がまだ残っていて、それゆえに記憶や思考が混迷していく自分に戸惑い、不安を募らせている。

   (あまりにも物事をわすれるので)自分で自分のことが分からない様な気持
   ちです。ごめんなさい。日々が不安いっぱいな気持ちで自分自身にほとほと
   困っています。(略)今の私は必要のない人間ですね。自分自身が口惜しい
   です。

 やがて母の精神は幼い頃に戻っていってしまう。それは「静かで/全てはどうしようもな」いことなのだ。心も体も衰弱した”冬の人”が去ったあとには、かすかに肌寒い風が吹いている様だ。

 「くちびる」では、私たちは”みずうみ”と呼ぶものに対峙している。それは、なにか私たちを包みこんでくるものである様で、意志を越えたところから私たちを支配している様な雰囲気のものでもある。最終連は、

   みずうみ は
   半盲の陽炎のように ゆらりとたちのぼり
   うしろからもそっと抱きしめてくる

くちびるは名前を呼んでいるのだが、本当はそんな風には名付けることができないからこそ作品として描いているのだろう。意志を持っているという”ソラリスの海”を思わせる作品だった。
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詩集「大人と宇宙」 楡久子 (2017/10) 詩遊社

2017-12-12 03:36:15 | 詩集
 97頁に27編を収める。カバーの絵は上田寛子だが、混沌とした色彩の線描を排したもので、これまでの詩集カバーとはやや印象が異なっている。

 この詩集の作品にはふわふわと漂っているような心地よさがある。もちろん辛いことや哀しいことはあるのだろうが、それを相殺してしまうように、現世の重さから浮きあがった地点で作品が成立している。
「かくれんぼ」は、竹藪でかなぶんと「いちにいさんしい」「ごうろくしちはち」と数を数えながら遊んでいる作品。 

   かなぶんが
   いつまでも数えるので
   わたしはずっと
   かくれんぼで
   かくれたまま
   ブーンと眠りに入る

 こうして話者は小さな生き物と交流することによって、この世界から少し浮きあがるのだろう。

 「お宮」は、山上への道をたどる作品。「脇をさっと黒い影が/登っていく」のだ。私は争うように必死に急ぐのだが、

   父が低くくぐもった声で
   先回りしていく人は死んでいく人だよ
   教えてくれた

 そうだったのか。話者はあせることの愚かさを父の言葉として心に刻んでいる。
 他の作品では、鳩などの鳥の声を聞き、列車の中で出会った人の何気ないしぐさをただ写し取っている。解釈の言葉や感想の言葉はどこにもないのだが、作者の眼差しはきちんと伝わってくる。それは相手をそのまま容認して包みこむ眼差しであるので、描かれた作品はやはり心地よいのだ。
コメント (3)
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