瀬崎祐の本棚

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to coda(トゥー コーダ)  清野裕子  (2015/04) 土曜美術社出版販売

2015-05-28 18:47:06 | 詩集
 第6詩集。93頁に20編を収める。
 前詩集でもそうだったがとても肌触りの柔らかい作品が並ぶ。
 Ⅰの6編は病に伏せっている母のことなどが詩われている。加齢によって記憶力も認知能力も衰えていく。それは誰にでもいつかは訪れることであり、生きていることの哀しみでもある。
 「花吹雪」では、車椅子の母にさくらを見に行こうと誘うのだが、母は「行かない むかし見たから」と拒むのである。しかも、私には母と桜を見た記憶はないのだ。

   桜の思い出から母を消してしまった私
   むかし見たから と
   いつか私も言うかもしれない
   そのとき
   いっしょに見ているひとは誰だろう

 私の知らない母がいるのか、それとも私が拒絶した母がいたのか。血のつながりは切ない。
 他の「夕暮れ」や「モヘアのコート」もしみじみとしてくる作品であった。
 作者は長く音楽に関わってこられたとのこと。そのためか、詩行にはゆるやかにうねるようなリズムが感じられる。先に書いた肌触りの柔らかさにもつながっているのだろう。
 「終楽章」では、あるピアニストが「最初の音にふれた瞬間から/曲は終わるために突き進んでいきます」と語る。あらためて、ああ、そうか、と思う。曲は時間の流れとともに進んでいくわけだが、

   これが最後のページだ と
   わかってしまうときがある

   めくったとたん
   長いコーダが書き込まれていて
   そこがいちばん難しい

 人も、生の始まりは認識することはできないが、生の終わりはいつからか予感して、そしてその日へ突き進んでいくのだろう。
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詩集「追憶の肖像」  後藤順  (2015/04)  未来工房

2015-05-26 19:37:52 | 詩集
 第5詩集。97頁に23編を収める。
 オヤジ、オフクロ、バア様など、亡くなっていった人々の挙動が愛おしく詩われている。それらの人々の死はそのまま自分に重なってくるのだろう。
 「水仙は帰らない」は、おそらくは認知症気味となっているオフクロを詩っている。亡くなったオヤジから贈られた花瓶に、若かった日々の想い出につながる水仙を挿す。オフクロは「水仙が届いたのに/トオさんはまだ帰ってこんね」と、押入や仏壇の裏まで探すのだ。

   オフクロはオヤジの名を呼び
   水やりする
   帰らない時を抱きすくめる
   オフクロの丸い背中から
   水仙の新しい芽が出始めた

 いなくなってしまった人と、過ぎ去った日々と、それらにすがって生きている人は必死なのだろう。それを見守っている作者の視線には切ないものが映っているのだろうが、どこまでも暖かい。
「赤まんま」では、老人ホームに入っているバア様をオヤジと一緒に訪ねている。そのバア様は息子も孫も見分けることもすでにできない。そして、バア様が逝きおやじが逝き、ボクには初孫がやってくるのだ。血脈は続き、その流れの中で自分を見つめ直しているようだ。

   今年もようできたな
   仏壇からバア様の声がする
   おやじの声がする
   赤まんまを供えるボクに
   つぐ命が薫る (略)

 華やかさには乏しいのだが、しっとりとした情愛が足元を濡らしているような、そんな詩集である。
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Zero  1号  (2015/04)  東京

2015-05-21 22:53:12 | ローマ字で始まる詩誌
 5人が集まった詩誌の第1号。20頁。

 「魚語の翻訳」八木幹夫(今号の寄稿者)。
 童謡のような、リズムに乗った優しい語り口で、おととはおととにたべられ、おととは人に釣られてたべられる。「おっとっとっと」。そこには生命の連鎖が持つ無情さがあり、話者は「そのとき/わたしは/しるべきだった」という。

   わがにくたいが
   とけていく
   わがそんざいが
   きえていく
   わがあいしゅうも
   きえていく

 「入歯のはなし」暮尾淳。
 入歯を磨こうとして歯磨を探していて、いろいろなドラマが脈絡もなく想起されてくる。戦争下のサイゴンでの歯磨粉の話、最期を迎えた後の入歯の話、そして老年紳士が女性の膝に入歯を落とした話。老いのひとつの形である入歯から人生な断面が見えている。

   おれが死んでも焼かれるときには
   この入歯は外したままだろうな
   入歯を嵌めた頭蓋骨なんて
   近代のことだろうから
   カタコンベの壁添いには積まれていないだろう

 「針穴」長嶋南子。
 わたしは「いつだって簡単に通り抜けていた」のである。「通り抜けると世界はつなが」ったのである。同じように見えていても、通り抜けるまでは周りの光景は別の世界だったのだろう。それが穴というものなのだろう。しかし、

   このごろ通り抜けられなくなった
   どこにも縫いつけられなくて
   からだが不安定になっていく
   立っていられない
   このまま通り抜けられないと

 最後は、針穴のないまち針に嫌みを言われるという、作者特有の諧謔となっていく。軽く跳び上がっているようで、とても楽しませてもらった。
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詩集「はるかなる宇宙の片隅の風そよぐ大地での草野球」  万里小路嬢  (2014/05)  書肆犀

2015-05-18 20:41:38 | 詩集
第7詩集。横書きの作品108編を収めている。
 チャールズ・シュルツ作の漫画「ピーナッツ」と聞いてもぴんとこない人もいるかもしれない。しかし、チャーリー・ブラウンとスヌーピーの出てくる漫画だといえば、大方の人はすぐにあのとぼけた味わいの絵柄を想い浮かべるだろう。この詩集はその「ピーナッツ」のファンである作者の「敬意と感謝の表出」として作られている。
 作品はすべて4行4連からなり、その2連目に「ピーナッツ」の登場人物たちの会話が引用されている。というよりも、作者がその会話に触発されて書きあげた作品となっている。
 「Suddenly」に引用されているのは、「何かあった サリー/ どうして泣いてるの?」/「縄跳びをしてたの そうしたら突然/ なにもかも虚しく思えたの」 これを受けての作品の4連目は、

   思うことないかい?
   何をしてるんだろうって
   このこんな地球の片隅で
   日々の暮らしのなかで

 漫画に出てくる会話は、自分たちの世界にこだわったりとらわれすぎたりしながら発せられている。そして、登場人物たちのぬぼーっとしたたたずまいとも相まって、妙に哲学的なのだ。
 「誤植」で引用されているのは、「君の人生を一冊の本と考えてごらん/ 毎日毎日が本の一頁で」/「それ やってみたんだ・・・・・・/ 誤植だらけさ」 作者はどこまでも「ピーナッツ」の登場人物たちを優しく受け止めようとしている。この作品の4連目は、

   文字に誤りがあったとて
   いいじゃないか
   それともどこかにあった?
   誤りなき完璧な一生

 引用された原作漫画の会話から、自分だったらどんな作品を書くだろうかと思いながら作者の作品を読むのも、楽しい。
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Down Beat  6号  (2015/05)  神奈川

2015-05-15 21:49:34 | ローマ字で始まる詩誌
 表紙、裏表紙の、消火栓にペイントされた宇宙飛行士のような人物(両手が切断されている!)の写真が印象的な詩誌。

 「回転」中島悦子。
 どの薄暗い家ででも洗濯機が回っていて、「静寂を時折回転しながら/おむつを洗っているのだ」。暗闇の中で撹拌されているものを話者は知覚していて、心だけが抜けだして一軒一軒訪ねているのだ。

   泣き声は聞こえないのに
   おむつの乾くことがないなんて
   もの悲しい町
   ここは

 「路上にて」小川三郎。
 あなたから手紙の返事がこないので、私は苦しい最期を遂げているのである。しかし、通りかかるじじいにも若者たちにもそれは他人事なのである。私は憤慨しているのだが、それもあなたには他人事であるようだ。人生はきっとこんなものであるのだろう。最期の続きをしたりして、

   一日が終わると
   安酒場でおでんを食いながら一杯飲み
   それでその日は寝てしまった

 「釣り堀」廿楽順治。
 話者は「ずっと/妻の/みどりの尾びれにぶらさがってきた」のだ。妻に甘えて生きてきたのだろう。微笑ましい。廿楽の作品では視点が休みなく動く。それにしたがって物語も(何の脈絡もないように)動く。それは話者が自らを次々に変容させているためで、書くことによって次の自分が生まれてきているようなのだ。読み手はそのスリルを楽しむことになる。

   魚の台風
   (かもしれないね)
   東がわから
   釣り人たちは
   妻のみどりの尾びれを
   さらに失われたひとつ目でみている
                    (註:原文は各行とも下揃え表記である)

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