瀬崎祐の本棚

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詩集「パリンプセスト」  草野理恵子  (2014/09)  土曜美術社出版販売

2014-10-31 17:09:24 | 詩集
 109頁、25編を収める。
 冒頭におかれた「土」や「半月」。ここには肉体がまずある。そして作者は自分の肉体に嫌悪と愛おしさを同時に感じているようだ。嫌悪があるからこそ愛おしさもあるのだろう。
 「雨期」では、「何も思い出さぬまま」始まった雨期のなかで、彼は木を切り、「そして薄い膜を貼る/眼球を守っている薄い膜を」。見ることを拒んでいるのだろうか。それとも、見られるものを守っているのだろうか。無数の膜の間にいたはずの私は次第に見えなくなっていくのだ。

   誤っているのかいないのか
   いつもわからなかった
   花びらが画布をひどく傷つけることもある
   彼は泥と化すまで埋もれながら
   すこし生きている

 「赤い料理」では、「君から伝えられた誰も知らない料理」がでてくる。机の上の一枚の皿には「片方の赤い靴が/僕を待っているかのようにのせられていた」のだ。もう死んだはずの君は手招きをして、僕はその赤い靴を食べる。

   僕は君の横に座りしばらく待ってみる
   君がもう一度起き上がり
   この料理について教えてくれることを願い
   物語が終わらないように耳を固くし
   赤い靴があったはずの皿だけを見つめている

 どの作品も描かれている状況は分かりにくい。状況の説明がなく、ただ状況の描写があるからだ。作者にとっては説明などは不要だったのだろう。たどりついた場所での出来事を描くことだけが大事なことであり、それだけ書くことに切羽詰まったものがあったのだろう。それが読む者をきりきりと締めつけてくるほどに美しい。
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詩集「地の記憶」  佐々木朝(正しくは月の上に𠂉がつく)子  (2014/09)  樹海社

2014-10-28 23:40:20 | 詩集
 第2詩集。91頁に17編を収める。表紙カバーには前詩集と同様に香月泰男の絵が用いられている。
 「シマシマの虎」では黄色い縞のところだけの虎が現れる。満ち足りた獣は優しいいのだろう。しかし、空腹になった虎には黒い縞が現れ、獲物を飲み込んでいく。「私も 食べられてもいい気がした」

   でも 黒いシマシマだけの虎は半分しか私を食べられなかった
   半分だけ食べられるというのは 幸せなのか 不幸なのか
   そんな形で空を見ると空も半分だけ見えるのだった
   街も家も半分 人も半分だけ
   そうした景色を眺めていると もともと人には
   全体を見ることなど出来なかったことが分かってくる

 虎の黄色と黒の縞模様のように、すべての事象にも光りと陰があるのだろう。そうした観念がくっきりとした形のものとして表現されている。半分になってしまった存在にとっては、自分と対峙する在るものもまた半分だけ、というのは新鮮な捉え方と思える。最終連は、

   半分食べ残された私は 今はまた黄色の縞で現れた虎を
   すこし慣れた手つきで撫でてみる すると私の中にも
   二色の縞模様が次第にはっきりと見えてくるのだった

 半分を食べられてしまいながらも、そのことを静かに受け入れている気持ちが、自分の存在も虎と同じであったことに気づかせてくれている。
 Ⅱには、作者が幼い頃を過ごした旧満州のノモンハンや、そこから続くシベリアを舞台にした作品が、またⅢには寓話的な雰囲気の作品が収められている。
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詩集「交信」  峯尾博子  (2014/09)  書肆山田

2014-10-24 23:42:07 | 詩集
 第2詩集。95頁に22編を収める。
 思い出はことごとくどこか淋しい。今の自分が持ってしまったものを、思い出される頃の自分はまだ知らなかったためだろうか。それとも、気づかなくてもよかったようなことに気づいてしまったからだろうか。その気づいてしまった自分が淋しいのかもしれない。
作品「金魚」では、小さい頃のあたしが池の縁で「きんぎょのおひるね」という童謡を歌っていたことを思い出している。金魚が喜ぶだろうと「おかっぱ頭のあたしは/上機嫌で」歌っていたのだ。でも金魚は「いま思い出すとさみしいほど小さい/そんな小さな池に飼われていた」のだ。そして、思い出されるものは、思い出してくれた人に会いに来るのだろう。買い物中のあたしの「胸のあたりを何かが通り抜けた」のだ。

   よく見たら
   金魚
   ちびちび泳いで前を行く
   小突かれて
   泣いているような金魚なのに
   先に行くんだって
   金魚もなかなかやるなあなんて感心しちゃった

 で、最終連では母に悲しまないでねと語りかける。「いつか娘が金魚に変身しちゃっても/あなたはとっくに死んでいるのだから」。
 自分が幼かった頃に立派な大人だった人は、今は年老いてしまったり、いなくなったりしている。大人だったその人たちもまたその頃は淋しかったことを、今の自分なら分かってあげられるのだ。
 「畳海」では、両親と一緒に海へ行ったことを思い出している。そんな楽しかった出来事のあとは「うみ/うみとさけんで/家の畳の海に/浮き沈みし」たりもしたのだ。父とは母そんな私を嬉しそうに見ていたのだが、時が経ち、母は無言のままで時の波間を漂い、父は自分の奥さんのことも憶えていない。

   どうも畳はいつも濡れているようなのです
   砂が足裏につくこともあります
   昼寝した頬に畳痕がつくのは
   寝方のせいではなく
   育ち方のせいだと思います

 今でもその頃のことを思い出せば、いつだって畳は海に変容するのだろう。
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詩集「やがて、図書館へ」  金子忠政  (2014/09)  快晴出版

2014-10-22 22:03:55 | 詩集
83頁に17編を収める。
 書かなくてすませられるようなものは、どこにもない。とにかく書かずにはいられないことばかりが、整然と立ち並んでいる。一読すると感情のままに発語されているようにも見えるのだが、おそらくは非常に理知的に整理された上で表出されているのだろうと思える。
 「投石」。石を投げる行為には、関係が行き着いてしまった憎悪があるのだろう。心の中にも「つきることのない石が生じる」のだろう。ここにはそんな関係性にいたった物事の説明も、経緯も、理由も、なにもなく、ただたどり着いてしまった者が抱えるものだけが表出されている。石を投げるためには「選り取りの投石機がいる」し、「猛毒のカンフル」もいるのだ。最終連は、

   向き合う二つのからだのように
   石で石を呼ぶため
   受諾すべき孤独への威嚇を縛りつけ
   石を投げよ!

 「眼球」は、見えているものの意味がどんよりと濁ってくる様を描いているようだ。見えるものは「軋りつつ乾いて/底に暗くよろけ/だんまり遅滞し/眼球に溜まる」のだ。ここにあるのも怒りなのだろう。それは、自分の存在そのものに苛立っているところから来ているようにも思える。

   苦いため息をしたなら
   あとは強引に
   抗する傷口を開くため
   ありもしない顔を
   荒れ狂うように
   引き剥がした

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詩集「岬ミサ曲」  森山恵  (2014/09)  思潮社

2014-10-21 19:44:52 | 詩集
 126頁に34編を収める。中本道代の栞が付く。
 見えない場所での死が詩集のあちらこちらにあるようだ。表面の形を見ているだけでは気づかないような裏に、なんでもないような日常の出来事の陰に。そんな見えない場所に潜んでいる死が、この世界での生を支えているようだ。
 緩みのない硬いイメージの作品もあるのだが、ここでは見るほどに輪郭が曖昧になっていくような「硝子棚」を紹介する。姉があつめていたがらすの小鳥が、がらすの棚に並べられている。たいせつに置かれているのに「ほっそりとした/鳥たちのあしは/ぽきり/ぽきり/と/折れてい」くのだ。なぜなのだろうか。

   目をあげると戸の向こう
   庭土のひとところが
   ひかる
   光るはずのないものが

   ひかりはじめる

 庭の見えない場所から届けられてくる現象は、なにの合図なのだろうか。とても怖ろしいもののようなのだが。
 言葉を発することへのためらいもあるようだ。短い単語の間におかれた息継ぎのための空白地帯、あるいは言い切ってしまう前の淀み。たとえば、「指切り」では仙人草の小さな仙女が語っているのだが、

   蜜 遣い。

   そう。仙人草。小さな莟は細く裂けて囁く。
   くすくす笑う。歌う。
   指に絡み付いて。わたし。囁く。
   笑う。人間たち 分かってないね。なんにも。なあんにも。

 正しく述べるならば、仙人草の仙女が語っていることを話者が語っているのだが、そこにためらいがあるわけだ。語ってしまったら、取り返しがつかないことが起こるのかもしれないのだ。
 「みくまり」、「なみだ壺」については詩誌発表時に感想を書いている。
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