瀬崎祐の本棚

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詩集「森のガスパール」  川島完  (2012/10)  本田企画

2012-10-30 21:52:40 | 詩集
 第6詩集。105頁に25編を収めている。
 詩集タイトルの”ガスパール”はキリストの誕生を祝った東方三博士のひとりの名前だが、作者の「NOTE」によれば、ベルトランの散文詩集「夜のガスパール」からきているとのこと。
 詩集全体で森の存在感をあらわそうとしているようだ。森は、そこに在るだけなのに人の生活の基盤に結びついてくる、そんな存在のものである。そして森では、木々やそこに住む動物たちの生命活動が密接に影響しあっている。森全体が一つの生命体であるように比喩される所以だ。巻頭の「森の座」では、そんな森への畏敬の念が描かれる。

   まるで地謡の人びとのように
   根の張り具合まで一様な樹々が
   隙間格子をつくって
   夜を吐き出すまで
   誰もが森を見 森を知っているのに
   誰もがそれに気づかないふりをしている

 この作品では代々受け継がれてきた”蛍火の籠”の灯が、「火と闇の境目を朧にしている」と詩う。森との間には、触れてはいけない、明らかにしてはいけない約束ごともあるのだろう。
 丘の上に立つ大木を描いた「ふるえる木」。風で揺れながら言葉にならないざわめきを発している木は、作者そのもののようだ。

   記憶は音叉のように響く
   音叉は大木の枝先にまで達してふるえる
   それでも丘の上から
   地平のむこうが見える
   見れば何かを待つことができる

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詩集「トットリッチ」  岡田ユアン  (2012/10)  土曜美術社出版販売

2012-10-26 23:34:29 | 詩集
 詩と思想新人賞受賞の作者の第2詩集。93頁に18編を収める。
 制度とか、規則とかいった約束事は集団生活を円滑におこなうためのものだろう。裏返せば、人は、約束事をしておかなければ他人と共存することが大変に困難であるような存在なのだろう。作者は、そんな約束ごとを振りはらった地点に立つことを希求しているようだ。
 「いまだ何ものもうみださない体にのって/春風にふかれている」とはじまる美しい詩編「星の耳打ち」。風はなまぬるくて、しかも気を遣うように頬をなでるので「居心地がわるくてしかたがない」のだ。春になり他のものは解き放たれたのに、「わたしは かたくなに蕾を抱え」たままなのだ。

   完全も 不完全も
   経験という名では同じだと
   星々は耳打ちした

   その夜
   ねじれたドーナツの面を歩く
   わたしをみた
   かなしみをつれ歩く姿は愛らしく
   深い眠りにいざなってゆく
                       (最終部分)

 どの作品にあらわれる”わたし”も“私”も、ひとりぼっちである。描かれる世界には、他には誰もいない。他人との約束事を捨てたときに、ひとりで存在することを覚悟して選び取ったのだろう。
 散文詩形で書かれた「砂漠の信号」には、カフカを思わせる面白さがある。砂漠に置かれた丸い縄の中に立ちつくしている男は、法を犯したために三年間拘束されており、赤く塗られた木の札を通りかかった旅人が裏返して青に変えてくれるまで立ちつくしている人々もいる。人がつくりだした法律が、ただの形となって人を支配している様をあっけらかんと描いている。
 約束事が集約されたものとして”文字”があるのかもしれない。単に線の形であるのに意味を担うと約束されている。だから、ときどきはその約束に叛きたくもなるわけだ。
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詩集「未来がだんだん」  竹内美智代  (2012/10)  砂子屋書房

2012-10-23 20:49:01 | 詩集
 第5詩集。107頁に24編を収め、伊藤桂一の栞が付く。
 どれだけの周りのものを身に纏いながら、人は成長してくるのだろうか。作者は鹿児島の漁師町を故郷に持つ。収められた作品のいくつかは鹿児島弁が用いられており、漢字の読みなどは振り仮名を見なければわからず、また漢字表記がなければ発音だけでは意味も捉えにくいだろう(かって作者の鹿児島弁による自作詩朗読を聞いたことがあるが、東北地方の言葉とは異なる抑揚の美しさがあった)。
 「風待ち岬」。野水仙が一面に咲く岬につづく丘は土葬の地となっており、自死した幼なじみが葬られている。「苦しく行き詰まる前に/まわりにも自分にも逆らえばよかったのに/上手に風をよければよかったのに」と、風に負けてしまった人を悼んでいる。本当はここから出ていくための風を待つ岬だったはずなのに、と。

   あの日
   紐の端が風に乗り天に向かって揺れた という
   女は雲に乗って岬を抜け出せたのだろうか

   わたしは葬ってきたばかりの女と歩いている
   風待ち岬では影までもが風癖をつけて
                           (最終部分)

 葬儀に参列して死を見送った作品もいくつかある。生の裏側には死があるのは道理だが、幼いころに殺生などをしたために生まれ変わる時は人間ではなくなるのではと秘かに心配する表題作は、滑稽なようで、よく考えると不気味である。

   人は生まれ変わる新しい命を持っているからのう
   悪いことをすると人間に生まれ変われないからのう
                          (「未来がだんだん」より)

 お婆に言われた言葉は、故郷と共にいつまでも作者に染みついているのだろう。長じてからの地獄耳や二枚舌、付睫毛などがわたしをどんどん人間から遠ざける…。
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詩集「鳥たちのように」  おしだとしこ  (2012/09)  土曜美術社出版販売

2012-10-19 20:51:51 | 詩集
 個人誌「翔」を発行している作者の第8詩集。107頁に27編を収める。
 ひっそりとしたたたずまいの詩集である。「しっぽ」は、「背骨のとぎれたあたりに/小さな丸い骨が突き出ている」ところは、「しっぽが/ちょん切れたあとだと 教えられ」たことからはじまる。

   長く生きていると
   知られたくないことだって
   ひとつや ふたつ いやもっとあるから
   しっぽを出したぞ! だれかが叫ぶと
   しっぽのあたりが気になって仕方がない

 容易に共感できる感覚をユーモラスにとらえている。しっぽを掴まれては恥になるので、「しっぽを巻いてユメのなかへ逃げ込」んだりする。妙な自尊心のある人間はそうするのだが、愛犬は「浅はかな飼い主をあざ嗤うように」「だれそれ かまわず/しっぽを振る」のである。自虐的な皮肉につい苦笑してしまう。
 嫁入りの品にと、母が織り上げてくれた着物を詩った作品「ぬくもり」。
 いつしか自分がその母の齢になっているのだが、それでもその着物は「さむざむとしたココロをつつんでぬくとい」のだ。
 作品のどこにも他者に対する悪意がない。そこが軽い気持ちを保ったままで読める所以であるのだが、読者と作品とが喧嘩をする部分がないので、なにがしかの物足りなさを感じてしまう所以にもなっている。
コメント (2)
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詩集「明星」  池井昌樹  (2012/10)  思潮社

2012-10-17 16:48:18 | 詩集
 選詩集1冊を加えて第17詩集とのこと。29篇の行わけ詩と12篇の散文詩を収めている。
 行わけ詩は1篇を除いては作者独特の、ひらがな表記で五音七音を基本としたもの。それは、おそらく日本人の原語感覚の根源につながるようなリズムなので、漂う感情の根のところが巧みに揺さぶられる。
 「陽」は、「まくどなるどがあるでしょう」という語りかけてくる口調ではじまる。「どこかでこどものこえが」したりするのだが、やがてはみんなどこかへきえていくのだろうなと考えている。

   まくどなるどのあったころ
   むかいにほんやのあったころ
   あるひあるときあるところ
   かわいいこどものこえがして
   それをだまってきいている
   だれかもこんなひのなかで
                  (最終部分)

 同じことをくり返して言っているようでありながら、時間も場所もここからは離れた普遍的な光景に変容している。そのために、聞いているのが誰なのかという問いさえもこの作品から離れていくのだ。
 行分け詩に対比されるように、散文詩は自己史のような形態をとって物語を提示してくる。父母と遠出をした幼かった頃、長じて家をでた頃、そして職に就き、結婚し、子供ができた頃、と、物語はすすむのだが、語られた過去の自分との邂逅がある。懐かしさだけではなく、その自分が今の自分を支えてくれていることをあらためて感じている。
 この詩集では、”形とならない感情”と”形をともなった感情”が二つの詩形となっている。
 妙な言い方になるが、こういう、人を騙そうとしていない詩集は気持ちがいい。小難しい理屈などは考えずに、ただただ揺られているように楽しみたい。
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