瀬崎祐の本棚

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ばらいろ爪  11号  (2015/10)  滋賀

2015-11-29 20:34:11 | 「は行」で始まる詩誌
 北原千代の個人誌。20頁に詩2編、エッセイ1編、それに翻訳詩1編。
 詩作品「聖母子」では、話者は午後の図書館で木星の第二衛星であるエウロパの写真を見ている。周りには、魚がいるよ!と喚くこどもらがいて、うすい夏服の妊婦もいる。

   天体図鑑は 渇いたわたしの手から 青年の手へ
   やわらかな幼い手へ ついに
   夏服を着たあおじろい妊婦の下腹に睡る児へ と渡され
   さらに傾く図書館
   氷の衛星 エウロパの凍り水に魚は泳ぐか

 妊婦と胎児は、ついにはタイトルの”聖母子”へと変容しているわけだ。話者を包み込んでいるはるか宇宙との交歓がおこなわれているような美しい作品。
 エッセイ「須賀敦子さんへ xi -物語の誕生-」で書かれている須賀は、日本文学をイタリアへ紹介した翻訳者であり、エッセイストでもある。
 ある人に言わせれば彼女のエッセイは「小説化されたエッセイ」であり、北原は「フィクションとの境界に立つ須賀さんの独自のペンを、わたしも受け入れねばならない」としている。また須賀自身は「言葉は一秒後には物語になる」と言っていたという。まだ読んだことのない須賀のエッセイを、なにか読んでみようと思わされた。
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詩集「森が棲む男」  宇佐見考二  (2015/10)  書肆山田

2015-11-27 21:25:43 | 詩集
 第6詩集。131頁に29編を収める。
どの作品もとても理知的に書かれている。書くことによって感情が揺れ動いていくのだが、それは昂ぶりではなく、静謐さをともなってどこまでも気持ちの奥底へ踏み込んでいくような案配なのだ。
 「かたちのむこうへ」は「音は、触(さわ)れない。」と始まる。話者は虫の声を聴いていて、見えない虫の存在を感じている。それは「互いの非在を確認しあう」ようなことなのだが、音によって話者に存在させられたものはどれほどのものを孕んでいるのだろうか。最終連は、

   眼の自由がきかないひとよ。
   あなたなら触れるかもしれない。その声のかたち。
   虫という、だが虫ではない哀しみ、に。

 最終行の、声のかたちに孕まれたものは「虫ではない哀しみ」である、という地点にまで踏み込んでいることに感嘆した。
 「無花果(いちじく)の花」は、なんともいえない抒情をたたえた作品。「頭うって/ちょっとおかしくなった」おんなのこは貧しい墓守の家に住んでいたのだ。もう今はだれも住んでいないその家の庭に無花果の木がいっぽん残っていたのだ。遠い昔に交差しただけの人の人生への思いが、なぜか郷愁のようなものを呼び寄せている。
 「納屋と、朝あらわれた乞食のことなど」は、「納屋」「乞食」「道具たち」「僧」の4つの章からなる散文詩。“納屋”という場所の特性の考察から始まり、そこへあらわれる者や物の物語が展開される。安易な光を拒んだ思念が堆積していくような重厚な作品。

   朝と夕は入れ替り、身体の底でなんども反芻された。むこうから
   ひたひたとやってくる白い脚絆と足捌きの軽さを、自分自身のも
   のであるかのようにぼくは夜明けの夢の退きぎわでしばしば辿る
   ことがある。

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詩集「魂魄風」  網谷厚子  (2015/11)  思潮社

2015-11-23 21:38:58 | 詩集
 第9詩集。90頁に硬質の散文詩20編を収める。
詩集タイトルおよび冒頭の作品タイトル「魂魄風」は、”まぶいかじ”と読む。”魂”は精神を,”魄”は肉体をつかさどるたましい、とのことであるが、このような名称の風が沖縄では吹くのかも知れない。
 「魂守(たまも)る島」。その島では「何十何百という魂が 重なり合い 行き場もなく彷徨っている」のだ。その魂は何を見てきたのか。

   風に吹かれ波に流され 辿り着いたものを 受け入れて
   きた そうせざるを得なかった長い時間が 小さな島に
    ゆったり漂っている

 新しい季節が訪れれば、また祈りが始まるのだろう。歴史と一体となった南の島では、積み重なった時間が風土を激しい色彩で染め上げている。すると、その色彩の中から沖縄という島全体が立ち上がってくるようだ。
 「雨を待ちながら」。「百(もも)折れ千(ち)折れ 重い荷物を担いで あなたは やってきた」のだ。部屋の中はどこも暗くて、月光が差し込んでいる。静けさがあたりを支配しているのだろう。そしてあなたの荷物から「丸い魂(マブイ)が たった一つ転げ出た」のだ。

   自分のものでも 外に出てしまった以上 どうすること
   ができよう 丸い魂を 赤子のようにあやしながら 縁
   側に座り 外を眺めると 黒々とした大きな山が 被さ
   ってくるように近く どこかで 川が激しく流れている
   音がする

 こうして話者は届けられた自分の内側のものと対峙している。最後では、わたしは闇の中に浮かんでいるのだ。そして「ただ 天から落ちてくる 冷たい 雨を待」っているのだ。完全に閉じられた世界に話者はいるようなのだ。この孤独な精神性の強さ、厳しさがひしひしと伝わってくる。
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詩集「パンと、」  岩佐なを  (2015/10)  思潮社

2015-11-19 08:10:31 | 詩集
 124頁に28編を収める。表紙カバーや扉には作者の銅版画があしらわれている。謹呈用紙にも、食パンやメロンパンを取り囲む人とも虫ともつかぬものたちを描いたきれいで妖しげな銅版画が載っていた。
 冒頭からの9編はパンに材を取っている。「Aパン」に出てくるのはアンパン。慣れ親しんできたAパンを「アイドルであり/ヒーローであった」という。いろいろな工夫もされ、いろいろな場で食べられてきたわけだ。飄々とした語りに思わずにっこりとしてしまうのだが、最終部分の”想像”広がりが素晴らしい。

   ひろい茶畑を想像しようか
   狭山でも八女でも宇治でもいい
   その上の蒼空を颯爽と
   きみが飛んでいく
   丸いパンの正体は
   たいてい円盤なのだよ
   たべられます
 
 一連のパンの作品のあとには、どこまでも夜の街を彷徨っているような作品が続く。
 「指ざわり」。みすぼらしい鞄の取っ手にはガムテープが巻かれていて、はがれかけている。それは、ねばねばして、ぬちぬちしている。電車でどこかへ向かいながら、その感触をつい確かめている。

   駅に着くたびに不安や不満の
   かたまりがぽつぽつ出入りする
   哀しくもなく虚しくもない
   お互いさまだと思いつつ
   また親指のはらでガムテープの
   ねばねばをいじっている

 故のない不定安な感情が、決して心地よくはない感触を求めているのだろう。ああ、まだねばついている、と確かめることで、せめてものやすらぎを得ようとしているのだろう。何の説明もできないが、判ってしまう感覚が描かれている。
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詩集「九十九風」  清岳こう  (2015/10)  思潮社

2015-11-16 22:25:23 | 詩集
 第7詩集。94頁に、”あとがきに代えて”の作品まで入れて52編を収める。
 多くの作品にある男が登場してくる。話者が「文学的生活」をおくっていることに男は常に嫌みを言い、非難してくる。そこで、こちらも言いたい放題、書きたい放題。

   「文学」などと やくざなことに熱をあげ
   少しは まっとうに生きたらどうだ
   とうとう とどめを刺され

   たしかに ごもっとも
   ここでうなだれるべきだった
   たしかに ごもっとも
   ここで大笑いをしたのがいけなかった

 話者は「ぬらりひょん」になったり、「尼天狗」になったりして対抗する。まるで鬱憤をはらしているような作品が並ぶ。
 しかし奇妙なことに気づく。鬱憤が溜まる原因が書くことであるならば、その溜まった鬱憤を荒らすために書くということは、どこかおかしいのではないだろうか。
 あまりに自然体で書かれているのでつい騙されそうになる。挟み込んであった紙片にも”比喩の詩集”として読んで欲しいとあったではないか。そうか、そうだよな。
 「嘘八百」は、七五三の日に三歳の娘が父親の帰宅を待っている作品。きれいに着飾った娘は、窓から他所の子が通りすぎるのを見ている。そして父親が駆け足で帰ってきて、「さあ出かけるぞ いざいざ住吉神社へまいろうぞ」「さあ いよいよだぞ いざいざ二礼二拍手両手を合わせ十字をきりひざまずきお祈りしよう」と言ってくれるのをいつまでも待っているのだ。しかし、

   世間でいう外交交渉なんぞには興味も示さず 二十になっても三十になっても五人の
   子持ちになっても 肩上げおはしょりの影を長く引き ちとせあめを手榴弾に 守り
   刀を自動小銃に持ちかえ 武装解除の呼びかけなんぞ どこ吹く風と

 つい情緒的に読んでしまうが、作者は親切なタイトルを付けてくれている。父親ばかりか、作者だって・・・。
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