「住宅展示場の鳥」北川朱実。
北川の作品を読んでいると、なんて素直に書く人だろうと思ってしまう。まるで自分は何も持っていなくて、外からの風景が挨拶をしながら入ってくるような感じがある。だから入ってくるものとの間には反発はなく、つねに軽い驚きがある。気持ちはいつも彷徨っている。交差点に立ったり、展示場に行ったり。
久しぶりに友人にも会うのだが、その人は「大きな耳になり 口になり」、それから、
クジラの尾ひれになって
あたりをずぶ濡れにしたあと
ふいに黙った
一瞬の静けさの中で
グラスの氷が
からん、と澄んだ音をたてたけれど
あれは
彼女がのみ込んだ言葉ではなかったか
こういう瞬間のことは、ああ、よくわかるな、と思ってしまうのだが、そう感じさせる切り取り方が巧みなのだろう。展示場には鳥がいて、もうすぐ北へ帰るらしい。
北川の視線とその先からの思いと、そんなものが提示されて、読む者もまた彼女と同じようにぶらぶらと彷徨っている。それだけのことなのにとても心地よい。普通だったら、こんな他人の思惑に付き合ったりしたら、退屈するか腹が立つかのどちらかなのだが、そんなこともない。そこが素直に書きながらも、しっかりと選び取ったもので構築している世界があるからだろう。
でも本当は、素直に書くふりをして、こっそりと読む人を騙そうとしているに違いない。それに心地よく騙されてしまって、だから面白いのだろうな。
北川の作品を読んでいると、なんて素直に書く人だろうと思ってしまう。まるで自分は何も持っていなくて、外からの風景が挨拶をしながら入ってくるような感じがある。だから入ってくるものとの間には反発はなく、つねに軽い驚きがある。気持ちはいつも彷徨っている。交差点に立ったり、展示場に行ったり。
久しぶりに友人にも会うのだが、その人は「大きな耳になり 口になり」、それから、
クジラの尾ひれになって
あたりをずぶ濡れにしたあと
ふいに黙った
一瞬の静けさの中で
グラスの氷が
からん、と澄んだ音をたてたけれど
あれは
彼女がのみ込んだ言葉ではなかったか
こういう瞬間のことは、ああ、よくわかるな、と思ってしまうのだが、そう感じさせる切り取り方が巧みなのだろう。展示場には鳥がいて、もうすぐ北へ帰るらしい。
北川の視線とその先からの思いと、そんなものが提示されて、読む者もまた彼女と同じようにぶらぶらと彷徨っている。それだけのことなのにとても心地よい。普通だったら、こんな他人の思惑に付き合ったりしたら、退屈するか腹が立つかのどちらかなのだが、そんなこともない。そこが素直に書きながらも、しっかりと選び取ったもので構築している世界があるからだろう。
でも本当は、素直に書くふりをして、こっそりと読む人を騙そうとしているに違いない。それに心地よく騙されてしまって、だから面白いのだろうな。