アーダ、コーダ、イーダ!

浮かんでは消えていく想い。消える前に名前をつければ、何かにつながるかもしれない。何処かにいけるかもしれない。

違う場所を持つ

2006年12月12日 22時21分10秒 | Weblog
 釣りが根強い人気を持つ理由が分かるような気がする。釣りは自分との対話なのだ。パチンコに似ている部分もある。私と釣り糸の先、私と玉の落ちる先の穴。他派介入できない。人にはそういう場所が必要なのだ。つまり、私が私一人になれる場所。
 小泉がオペラに行ったり、谷垣が自転車で走ったり、麻生がクレー射撃したり、そういうものを政治家はもっと持っていい。安部は焼肉屋に行くのじゃなく、官邸に「これぞ焼肉講座」でも毎週開いて、政治とは全く関係ない連中を招いて遊べばいい。まッ、肝心な時にSP引き連れて焼肉屋に入る映像が流れた時、この男は寂しいと思った。焼肉ってのは、ワイワイだから美味しい。遊び心がない。つまり余裕がない。
 いっそのこと、「拉致してみーろ!」釣り日を設定して、日本海に釣り糸垂れる呼びかけでもして、終わりは海岸のゴミ拾いくらいしたらどうか。

 ワーキングプアーとかいう言葉が広まっている。これに拍車をかけているのは政治であrことは間違いない。極端な言い方をすれば、今の政治家は日本を破滅させるために活動しているだけだ、民主党だって、政権交代だけしか眼中にない。飲酒運転の罰則強化しか出せないんだろ。
 政治家が国を愛していない現実の中で、ささやかな趣味で私自身の生き方を考えましょう。ないことではなく、何かがあることの幸せを感じる生き方。そこから政治を見直せば、「求めすぎる政治」が変わる。
 佐藤ゆかりと野田聖子の闘争なんて、ゴミ収集場のオバチャンの口論より次元が低い。バカに振り回されるな。