べんりや日記

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中島H邸 裏側 外観

2008-05-31 14:26:57 | 長岡市中島 バリアフリー住宅(越後杉)


中島H邸の裏側から見た感じです。
腰までは杉羽目板を貼り、上は窯業系サイディングの3×10板を貼って、シーラー処理し、弾性塗装を塗ってあります。
最近は、だいたい、こんな感じで仕上げるようになりました。

準防火地域の場合、杉羽目板を貼るのに、下地に12ミリのダイライトを貼る必要があります。それを小屋裏、タルキまでも切り抜いて野地板まで貼って更に内部には石膏ボードを貼って、火災時に炎が小屋裏まで入らないように覆います。

そのため、小屋裏の通気がとても悪い状態になる。
(といっても、準防火地域の場合は羽目板でなくてもそうしなければならない・・建材屋さんの話ではダイライト12ミリでさえ出ていないとのこと・・石膏ボードで対応してるのだろうか??)

軒裏が準耐火30分をクリアするには、通常石膏ボードに鉄板を張る必要があります。または、石綿スレート板ですが、アスベスト規制のため使えない。他の防火軒天ボードを使うのが一般的。

最近は、軒を出さない方法を取るのが多いようです。
見た目スッキリしてデザイン性も良いのですが、雨仕舞いが悪く、耐久性は期待できません(軒は極力出したほうがいいです。なめてかかるとシロアリの餌食になりますから・・)

軒裏は防火ダンパーを付けて通気を取る必要があります。
この建物の場合は、小屋裏まで防火壁で覆ってあるので、軒裏の対応の必要はありませんが、石膏ボード12ミリを下貼りして、軒天ボードを貼ってあります。そして、軒裏のみの通気を取るために防火ダンパーを取り付けてある・・

小屋裏は別穴で通気を取っています。
部屋側は天井を貼って、その間を空気が流れる工夫をしています。
通気を取らないと、水分がそこに残って、結露の心配がある。

ロフトの窓も見えますが、妻飾りの一部にしています。
竪格子と同化するように小窓が設けてあるのですが・・
(見えないかもね・・それだけ同化してる。)

ロフトは屋根の向こう側にもあって、吹き抜け天井でつながり、そこでも空気が流れるようにしてあります。(風が抜けるというよりも、下からの熱気が小窓から外へ抜ける)

霧除けが妻と1、2階の中間に設けていますが、その下の窓への直射日光と雨の遮断が目的・・というのは普通の建物の場合です。

伝統構法の場合は、もう一つの大きな意味がある。
写真では分りにくいのですが、屋根の下に、構造材が突き出ているのが見えます。
梁が外側20センチくらいまで飛び出すのが、伝統構法の特徴です。
昔の「蔵」とか「古民家」を見ることがあったら、気をつけてみると、2階の床や建物の中間辺りに、梁が突き出ています。

わたりあご、打ち出しホゾ

は、長さがないと効きません。短いと割れるか折れるかしてしまうのです。
だから極力外側に突き出す。

屋根の直下ならば、雨が当たらないのですが、外壁の中間くらいだと雨にさらされてしまう。
だから、屋根鼻をせいいっぱい伸ばして、雨が当たらないように工夫していたのです。雪国の場合は、積雪により屋根が折れてしまうので、梁を建物の外側に出して(通常は3尺=90センチ)、屋根の出を少なくする「せいがい造り(又はセンガイ造り)」という手法をとっていました。

この建物の場合は、霧除によって2階床の梁を隠しています。
自分の建物のウィークポイントが分っていないと、丈夫な建物はつくれません。

その上に見切りをつけて羽目板が貼ってありますが、これは建物全体の羽目板のバランスをとるため・・

「霧除けで見切って、そこから上を窯業系サイディングにすれば効率がいい」

という意見もあるのでしょうが、それだとバランスが悪い。
見た目も大事。

ただ、この建物の裏は、ブロックで土止めをしてあり、下が見えないので、ちょっとバランスが崩れて見えるのが惜しい・・(まさかお隣に下げてくれとも言えないし・・)
将来的に、隣の土地を購入したら、地盤を下げてもらえば、絶妙バランスの状態になると思います。(まあ、裏はあんまり見ないんだけどね・・)


将来、木が痩せて栓、クサビが緩んだ場合、この霧除けの下の軒天ボードだけ取り去って、締め直せばよい。
そして、復旧すれば良いので、外壁を全て解体しなくても容易に工事が出来るようになっています。

通常の在来木軸の場合は、外側に羽子板ボルトや火打ちボルトのナット部分が外側にあるので、外壁を解体して締め直してやる必要があります。
中越地震の時、殆どの建物の金物が緩んでいました。
金物が引っ張られて伸びるのと、木にめり込むのが原因で、外壁工事が絡む場合は締め直したのですが、地震でもない限りはそこまでしない。

やっぱり外装工事のときに金物も締め直してやったほうがいいでしょう。
今はやりの、外張り外壁の場合は、締めることもしないので、そのままでいくのでしょうが・・(あれ、仕事は速いけど、雨仕舞も悪いし、値段も高い。騙されないように!)

前回も書きましたが、金物を使う場合でも工夫がいる。
「引き寄せ金物」にして内側からナットを締める方法。
もう一つは、この建物のように霧除け、下屋を多用して、後でナットを締める工夫をする方法。

在来木軸工法だって、改善の余地はたくさんあります。
絶えず、工夫をする。考えることが大事です。
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補強梁入れ

2008-05-29 19:16:34 | リフォーム奮闘記


長岡市今井町にて8帖間の和室を10帖の洋間に改装しています。
和室に隣接する押入れ、床の間を解体し、1つの大きな部屋にする工事。
先週まで、狭かったトイレを出窓で広げ、ドアを引き戸にして廊下の床と段差を無くすバリアフリー工事を終了し、今週は洋間改装にとりかかっています。

今まで、押入れに入れてあった柱を取り去らなければなりません。
そのために、柱の支えた分の補強をする必要があります。

2間分(3m64cm)のスパンを飛ばすのに、工場にあった、5寸×1尺2寸(15センチ×36センチ)の杉材を使うことにしました。
目も積んでいて、重量があります。

軽トラックには積みきれず、ユニック付のトラックで運搬。
降ろすのにも、ユニックにて吊り上げないと、重量がある。
加工、刻んだ後に、他の現場から数人応援を呼んで、4人がかりで、やっとのことではめ込みました。
おそらく100kgくらいはあったのでしょう。

「ミニ建て方」

みたいなものです。
作業が終わり、みんな疲れた様子でした・・
(ほんの10分くらいでしたが・・)


雪国は、冬場、雪が積もるので、特に梁には大きな材料が必要です。
取り付け後は、立派な梁が屋根を支える感じになります。

観ていたお客さんも、たいへん喜んでいました。


柱と梁は、伝統仕口で止めたいところでしたが、外壁も絡むので、仕方なく金物で補強。(無念・・)
通常は羽子板ボルトやプレートで止めるのでしょうが、より強固にするために「引き寄せ金物」にて止めました。
羽子板ボルトの親方みたいなもので、緩んでも締め付けられるように工夫しています。
在来軸組工法で、この方法を多用すれば、わざわざ外壁をはがさなくても内側から締め付けができ、より耐久性のある建物になるでしょう。
ボルトを外側から差して、内側でナットを締める方法です。金物が1ヶ所に2個以上必要になるので嫌がられそうですが、打ち出しホゾや鼻栓加工をするよりも楽でしょう。(全国の大工よ!そのくらい、工夫しろよ!!)
梁を魅せる演出をする場合、金物が部屋側から見えるのが難点ですが・・
伝統仕口だったら、それが味のある飾りとなる。
普通のつくりならば天井裏に隠れるようにすればよい。

金物一個取っても、工夫をしてしまう私・・
より強い方法を考えれば、おのずと知恵はでるはず。



今回、10帖の洋間に改装するのは、高齢となり、将来的に介護も視野に入れておくべきだということで、8帖和室よりも広い洋間にしたいというお客さんの要望です。
デイサービス等の入浴サービスも広い部屋が必要です。
そのため、床材に何を使うか思案のしどころです。

車椅子対応ならば、建材床の硬いフロアーを・・それとも暖かさ、ぬくもりを感じるならば無垢のフロアーを・・
究極の選択です。
前述の通り、入浴サービスを考慮するならば、水にも強いものを使わねば・・
でも、建材は足にきます。

硬い床は毎日歩いていると、腰に来る。
特に、冬場は冷たいので、床断熱をしても、ヒヤッと感はあるでしょう。

とはいえ、介護が必要になったら、床を貼りかえるというのも考え物です。
健常者ならば、戸惑うことなく、無垢材をすすめます。(でも、狂うんだけど)

やっぱり、建材床か・・

床に敷く畳とかあるので、そういうのを併用するとか、じゅうたんを敷くとか・・
当面はそうやって工夫してもらうしかない。

バリアフリー工事って、考えていくと奥が深いものです。

部屋を極力暖めるために、既存のサッシに後付の樹脂サッシを入れ、土壁の間にはグラスウールを入れて、熱効率を高めます。
今までよりも暖かい部屋になること間違いなし。



どんな工事でも、こだわってしまうのは、性格か・・




さて、来月の17日に東京にて200年住宅の説明会があります。
「全国建築組合連合」(全建連)が国交省に提出した200年住宅の仕様の説明を受けます。
土台、柱は4寸5分(13.5cm)で国産の材料を使うというもの。
当然、金物を使うことになるでしょう。

この方法で建てたモデル住宅は、最大200万円の補助を受けられます。
震災対応の県産杉100万円+安田瓦85万円+バリアフリー25万円を追加すれば、最大400万円!
この秋から冬にかけての物件で試験的に取り入れてみようと思っています。
(伝統構法でないのは申し訳ないのですが・・補助金で勘弁してね。でも普通の建物よりも強いですから・・)

いよいよ200年住宅が始まるのであった・・
そして、それを改良して、伝統構法バージョンで国交省に提出するのが、伝統構法を残す一つの方法かと思っています。

もう一つは、国交省が全国の伝統構法を担う大工を集めて、モデル実験や検討会を開催していることです。新潟県(北陸?)代表として我が「越後に生きる家を作る会」の有志が参加。
東京の「伝統木構造の会」増田先生も出席。

この検討会と2本柱で、伝統構法を残すシナリオをつくる・・
う~ん・・いつの間にか全国のトップレベルと肩を並べるところまできてしまったのだな・・(と、書くとまたナルシストと言われそうじゃ)

山の木を真ん中に置いた家作りをしてきた甲斐があります。
また、これで、山の木が使えるのならば本望。
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山の木出し作業

2008-05-28 19:54:19 | 山の木の話(越後杉)


今日は、工場のお隣さんに頼まれていた、切り倒した木を搬出する作業を行いました。
春先に頼まれていたのが、刻みや建て方の終了を待って、こんな時期になってしまったのは申し訳ない。

でも、丸太は乾いたかも・・少しは・・

地元の木をなるべく使いたい。
それがどんな木でも。

この木は、住宅の脇に立っていて、何十年も風や雪から守ってきた木です。
あまり高くなってしまったのと、葉が落ちて雨樋をつまらせるという理由で、何本か切り倒してしまいました。

「持っていってくれ」

とのことで、根曲がりや細い丸太を見ると、普通の材木屋さんは、「処分費」を請求するところです。下手をすると見向きもしないでしょう。

もったいない。


それでも、30年~40年の杉の木です。
私と同い年か、それ以上。
木を切るということは、命を絶つということ・・
無念の思いを残したくない。

とりあえず、使えそうな木は全て引っ張り出しました。
丁度、トラックに積荷を載せていたので、重しをかけて、引くことができます。
でも、なかなか思うとおりに動いてくれないのは、自然相手ではよくあること・・

森林組合もこうやって木を出しているのかと思うと、手間がかかるものだと実感しました。間伐だと、周りの木を傷めることが出来ません。

周りの農道を移動しながら、何本か出したところで、ぬかるみにはまり、何とか自力で脱出。
これ以上は無理だと判断して、作業を終わりました。
農道脇に、すぐ積み込めるように積んでおいたので、次回、材木屋さんに行くときに持っていって挽いてもらう予定です。

作業が終わり、お客さんと話し込んでいましたが、
昔は、このあたりも、モモンガが飛んだり、神社のほうでは、フクロウが鳴いていたそうです。
のどかな、田園の風景を思い起こします。

杉を切った後に、竹が出始め、直ぐに伸びてしまう。
地下茎によって、竹は繁殖していきますが、筍も今年は沢山とっても、まだ出てくる。
昔のように、ハサギにして、稲を干す作業でもあれば、利用できるのでしょうが、機械が発達した今の時代は無用の長物となってしまっています。
昔は、杉の木に竹を横に渡して、そこに稲を束ねて引っ掛けて干していたのです。
晴れた日に、干して、雨が降りそうになると急いで小屋にしまい込む・・・
それだけ手間をかけて米を作っていたのです。

切り倒した木の端材も、ある程度の長さのものは冬囲い用に・・
残りは、細かく切って山積みにし、シートをかけて、「ニオ」といっていたそうです。(雪の場合は「雪ニオ」と呼んだ)
冬に、取り出して、薪にしていました。今となっては、風呂や釜戸が無いので、利用することも無くなり、ただ燃やすだけ。
たまに、山菜や餅を煮るための釜戸を用いるくらいです。それでも、長時間火を使うときは薪のほうが良いそうです。

山古志の人たちは、震災の最中、ガスも電気も無い中で、最後の手段として釜戸でご飯を炊いたそうです。
いざとなったら、昔の知恵が活きてくる。

ガソリンも、ガスも電気も値段が上がる中、最後の手段の薪導入の日は来るのでしょうか?そのほうが環境に良いのでしょうが・・

そんな話をして過ごすと、時間がゆっくりと流れる気がします。




木を眺めながら、作業をしていると、山の木を使う伝統構法を継承させなければならないという使命を感じます。
三島の山の森林を見るたびに、そう思っている。
この広大な山の木を使わなければならない。

伝統構法の継続は来年が山場を向かえそうです。
日本古来から引き継がれてきた山の木を有効に組み合わせる技を、絶やすわけにはいかない。

これからが正念場。

地震以降、正念場続きだな~。
だから、死ねないのよ。


山の木の話へ・・
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子供見学

2008-05-26 20:28:30 | 長岡市中島 バリアフリー住宅(越後杉)


最近は、昨日の見学会開催の準備、及び細かいリフォーム等で忙しく、更新がままなりませんでした。(今も見積もりの最中であるのだが・・)

先日の25日(日)に、中島H邸の構造見学会が開催され、多数の来場者があり、伝統木組みの大きな梁、丸柱、御神木柱に感動して行ったようです。

今回は、OB客や施主さん方々がはりきって、構想、チラシ作り、当日のレイアウト等に参加され、殆どがその知人、友人という「お披露目的」な感じの見学会となりました。
(来客用のプレゼントまでお客さんが用意するという熱の入りよう!!)

前日は、前の小学校のグラウンドで運動会が開かれ(実は私の子供も参加していた・・)、休憩の度に正面の、この建物を見ていく人も多数。どうも、目立つ建物らしい。お昼から準備にかかり、のぼりも数本出していたら、前日にもかかわらず、数名の人たちが見学。

震災以後、忙しさに振り回され、なかなか宣伝もできませんでしたが、お客さんの協力あって無事開催できたのでした。
(お疲れさんでした)


さて、本日は、その余韻か前の中島小学校の生徒たちが社会科見学で、この建物を訪れ、「インタビュー」を受けました。
ちゃんと、デジカメまで持参して、本格的な報告を作るのでしょうか?
「この家の木材は何処から来ていますか?」
という質問には、
「新潟県の杉。特に長岡の近くの木です」と、戸惑うことなく回答。

「何時から会社がありますか?」という質問には
創業が大正9年という、あまり考えていなかった事実も確認。
90周年くらいになっているのだろうか?

中には、「この家の値段は?」
との厳しい質問もあり、ちょっと多めに言っておきました。

最後に、子供たちが、建物の中を探検し、大工道具や端材に興味を示していました。(この中から、明日の大工が出てくるのだろうか?)
どんな、報告になるのか楽しみです。

そう言えば、吉田町T邸も子供が図画の課題に好んで円形建物を描いていたのでした。

人が集う家。
思わず、足を止め、見てしまう家。
我が社の作る家はそんな特徴があるようです。

悠久町M邸も、引渡し後、お邪魔したときにお客さんから言われました。
中之島「浅野美容室」のことも「丸い店」と覚えていた来場者がいました。
(あれ、ウチで作ったんですよと答えたら、驚いていました)

「その地域の象徴」となる家が点在するようになりました。


そして、この中島H邸も仕上げに向かって工事が進みます。
柱磨きの工程が待っています。


先週の金曜日に「越後に生きる家をつくる会」の総会が行われました。
その折に、設計士の人が、
「藤川さん、命を削ってばかりいると、本当に死んでしまう。
太く、短くではなく、多少細くても長く作っていれば、もっと多くの作品がつくれるから、そちらを選んだほうがいい」
その設計士の方の親父さんは若くして他界されたそうです。
それも、同じ設計の仕事をしていたそうで、命をかけて設計していたようで、早くして亡くなってしまった。
残された家族のことをよく知っている・・

見附市K邸のお客さんも、「長生きできるように」と心配していました。
いつまでも家の面倒を観続けてほしい。
(まあ、10年なんか軽く過ぎてしまいますから・・)

ものづくりに掛ける私の根性・・
私の家は、実は「もの」とか「商品」ではない。単なる「いえ」でもない。
言わば生き物なのです。
産みの苦しみがあって、生み出される家は、そこに住む人を生涯守り続ける。
そういう願いを、気を、柱や梁に刻み込む。

今回は、特に、障害のある人の家。回復と安全を願って念入りに・・
仙台の病院に行って、「彼」に会った時、約束したのです。

まあ、少し、やつれるかも知れませんが、死ぬことはないと思います。
だって、次のお客さんが待っているのだから・・
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見附市K邸の上棟終了

2008-05-19 21:23:38 | 見附市 K邸(越後杉)
天気のいい日が続きます。
もう、完全に春・・初夏?

台風の影響でフェーン現象となり、県内は25度を超す夏日となりました。
入梅までまだ時間がありそうです。
それまでに、外部を決まらせたいところ・・

中国では四川省で大地震があり、2万人以上の人の命が奪われました。
ベンガル湾でも、サイクロンによりミャンマーで2万人以上の人が命を落としています。

最近、自然現象で万単位人の命が一瞬のうちに奪われています。
中国ではマグニチュード7.8が深さ10キロという直下型の大型地震となっています。
中越地震でマグニチュード6.8ですから、10倍の規模の地震が襲っているのですから、ひとたまりもありません。
日本では40年~200年周期で大地震が起こりますが、中国では千年~万年単位の地震で、起これば規模がとてつもなく大きい。
耐震に関しては、日本よりも弱い建物なのですから、被害も大きくなります。

かといって、千年単位で起こる地震に対して耐震設計しても建物の寿命よりも長いので無意味に近い。
これ程の地震には日本のように衝撃吸収によって1回目の地震は凌いで、次の余震までに避難する設計とするしかないでしょう。
自動車が事故に遭って車体の一部をわざとグシャグシャに変形させて衝撃を吸収し、人命を守るのと同じです。

そういう意味では、日本の耐震設計は世界に誇る技術でもあります。
さらに、伝統構法の耐震技は世界に類を見ない貴重な技術なのでしょう。

伝統構法の建物が揺れるときに、壁が剥がれ落ちることで衝撃を吸収していく・・鎧を脱ぎ捨てるがごとく・・そして最後は構造材が残り、これを直せば、何回でも復元できる特徴があります。「木組み」ならではの技です。
現在の大半の住宅が壁による一発勝負の構造なのに対し、何回でも繰り返して使えるので改修コストに余裕ができます。
現在の建物は基礎や地盤にも、無理がかかるので、割れてしまう・・(中越地震時によくあった・・)

構造全体でもたせることで1ヶ所に荷重が集中しないのが伝統構法。
このノウハウを活かして復興に役立てればいいのですが・・・

さて、見附市K邸の上棟も天気に恵まれ、無事終了しました。
写真は、1階の和室天井に現しになる丸太を組んでいるところです。
差し鴨居と組みあわせて、通し柱に差し込まなければならないので、この時が一番の難関でした。(でも1日で終了したのは奇跡的)
地震が起きたら、この和室に逃げ込めばよい。
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見附市K邸 基礎完了

2008-05-02 20:08:53 | 見附市 K邸(越後杉)


五月晴れが続きます。暖かい日々・・
木々は新芽が出始め、新緑の季節となりました。
雪国では待ちに待った季節の到来です。

見附市K邸の基礎工事も終わり、12日からの建て方を待つのみとなりました。
工場では、刻み作業も終了しています。
連休明けの7日あたりから土台を敷き始めます。

17日(土)が上棟式の予定です。
当然、伝統構法の木組みです。
今回は、何日間かかるやら・・
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