簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

残すは北九州(JR乗り潰しの旅)

2012-05-30 | Weblog


 瀬戸内海を行く、“関西汽船・瀬戸内海航路”を利用して別府に上陸、ここからは
日豊本線で宮崎へ、日南線で志布志へ、更に大隅線で鹿屋へと鉄道を乗り継いだ。
 志布志-鹿屋の大隅線は、1987年3月に廃線に成り今は無い。
そして錦江湾をフェリーで渡り、指宿枕崎線の山川から西鹿児島に向かった。



 全ては今から40年余りも前の事で、以後南九州に来る機会は無かったのだ。
当時は、全線を乗り潰すなどと言う大志は持っていなかったから、路線を乗り残した
などと言う思いは無かったが、今となってはその部分が、残る課題となって、いつ
乗り潰しに出かけようか、何時も心に引っかかっていた。



 そのトリガーとなったのは、やはり九州新幹線鹿児島ルートの営業開始である。
新聞・テレビ等で刺激を擽られ、ジリジリと落ち着かないこの身を更に後押ししたのは
JR九州の”アクティブ65”の通年利用可能の情報であった。



 計画に当たっては、既に乗車済の区間だから通らない・・なんて事が出来るわけもなく、
結局はそこを含めて、ルートの計画を立てることになるのだが、まあ40年も前の事だから、
初めて訪れるようなもので、それはそれで新たな旅が出来ると思えば新鮮であり、楽しく
ない筈もない。



 今回の旅行で、豊肥本線以南の路線の乗り潰しが完了したことに成る。
西部の長崎・佐世保・唐津辺りは終わっているので、後は断片的に乗り残しの有る
北九州・博多の周辺のみとなり、いよいよ九州内の完乗が見えて来た。
(JR乗り潰しの旅・完)





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A列車で行こう(JR乗り潰しの旅)

2012-05-28 | Weblog
 今回の乗り潰し旅の最後は、三角線である。
ここは熊本から少し南に下った鹿児島本線の宇土から、島原湾に突き出た宇土半島の
先端三角までの25.6キロの路線である。
大凡1時間に一本で、全ての列車が熊本を始発・着で運行されている。



 この路線の注目は平成23年10月から運行を始めた観光特急“A列車で行こう”である。
熊本から三角に向かい、三角港では天草に向かう観光船と接続する。
 16世紀大航海時代のヨーロッパ時代をイメージした車体は、黒と金に塗り分けられ、
車内にはバーカウンターもあり、高級感溢れる大人の旅を演出していると言う。



 乗ってみたいが、残念ながら今日は走ってはいない。
臨時列車扱いで土日祝日が中心だが、冬休み・春休みなどにも運転されるようだ。

 4番線ホームを出た列車は、熊本の市街地を見ながら暫く鹿児島本線を走り、宇土から
進路を西に変え、三角線に入る。



 住吉を過ぎた辺りで車窓には島原湾が開け、その向こうに雲仙の普賢岳が見えてくる。
こんなにも近いのか・・と思うほどに山頂の溶岩ドームの形までもが良く見える。
干潮の時刻なのか、海は潮が引いているようだ。





 そんな景色がトンネルで遮られ、暫くしてそれを出ると車窓風景は深い山の中に一変する。
列車は宇土半島を横切るように進むので、ズーッと続いていた海が山里に変わるのだ。
するといきなり”石打ダム”と言う駅が現れる。ダムでも有るのかと目を凝らすがそれらしき
姿はどこにも見えない。





 海が左手に近付いてくると終点の三角に到着だ。辺りに夕闇が迫っていた。
駅前にある三角港の、巻貝のような三角建物が面白い。(続)




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清正流の石垣(JR乗り潰しの旅)

2012-05-25 | Weblog
 熊本で、もう少し時間が取れれば良いのだが・・と思いつつもなかなか上手く
行かない。色々訪ねて見たいところは有るが、乗り潰しを優先するので、見学に
十分な時間を充てる事が出来ないのは何時ものことだ。

 前回訪ねた時は、僅かに“水前寺公園”に立ち寄っただけだ。
今回は是非お城を見てみたいと、それでもギリギリ1時間半程を確保した。



 改札を出ると杵築の観光キャラバンが、観光のパンフレットを配っていた。 
杵築は国東半島の南部、別府湾に面して建つお城を中心に、武家屋敷や江戸
時代の風情が残る町らしく、小京都と呼ばれる“坂道の城下町”が売りらしい。



 これは商工会の“楽市楽座・のぼり祭り”のPRだと言う。
町の説明を聞き、お土産のまんじゅうを頂いたりですっかり時間を取られてしまった。



 駅前から乗った市内電車は、熊本城・市役所の電停までは15分と意外と時間がかかる。



 電停から歩いて、坪井川畔に出ると、目の前に熊本城の竹の丸と呼ばれる場所を取り囲む
長塀が現れる。日本三名城の一つとされる城だけあって、清正流と呼ばれる石垣も美しい。



 御幸橋際の、陣羽織姿の清正公銅像や、下馬橋跡、備前堀などを見て入場を・・と
思ったが、残念ながら時間が足りそうにない。



 御幸坂に通じる道路を横切ると、“桜の馬場 城彩苑”と言う観光施設も出来ている。



 ユックリ見て回るだけの時間も無く、苑前に停まっていた“熊本城周遊「しろめぐりんバス」”
に慌ただしく乗り込んだ。(続)





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三段式スイッチバック(JR乗り潰しの旅)

2012-05-23 | Weblog
 車窓からは、山頂が鋸の歯のような根子岳と並んで阿蘇の最高峰・高岳
らしき姿が見える。しかし、その山頂付近には分厚い雲が掛っているので、
今も噴煙を上げる中岳を望む事は出来ない。

 黒塗りの瀟洒な阿蘇駅は、観光の拠点駅らしくさすがに乗降客が多い。
カラフルなウエアに身を包んだ女性が足取りも軽やかに降りて行った。



 阿蘇の雄大な山並みが、刻々と位置を変えて行く。
カルデラの草原が去り、やがて阿蘇を取り巻く外輪山がより近く大きく成る。



 赤水を過ぎると、列車は外輪山抜けに挑んで行く。山下りである。
そこは川によって削り取られたような深い渓谷で、30パーミル以上の急坂が続き、
狭間のような狭い場所をすり抜けるように列車は下りて行く。



 そしていよいよこの路線のハイライトが始まる。
標高465メートルの赤水から下った列車は、一旦標高306メートルの転向線で
停車する。すぐ下に、山を下る線が見えている。
 そこからは、バックでその下り線に入り、ユックリと標高277メートルの立野駅
のホームへと入って行く。 ここで宮地行きの普通列車と行き違い、再び前進で
標高170メートルの瀬田駅に向かうのである。



 こうして標高差200メートル余りを昇り降りする、ここ立野の三段式(Z型)
スイッチバックは、日本でも最大級を誇っている。





 肥後大津で乗り換える。
ここからは熊本の近郊路線に成るのか、列車も2両編成に格上げだ。
 水前寺辺りでは、マンションなどの高層建築が多く成り、やがて鹿児島本線と、
新幹線の高架橋が近づいてくると終点の熊本に到着だ。(続)




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水基巡りの町(JR乗り潰しの旅)

2012-05-21 | Weblog


 “水の都”とも呼ばれる熊本県には、名水百選に選ばれた名水が4ケ所もある。
ここ宮地も昔から、どこを掘っても水が出ると言われる程、湧水に恵まれたところだ。



 阿蘇神社から続く玉砂利の道は、仲町通りと言う商店街に続いている。
昔から門前町に開けたところらしいが、元々地元の人々を相手にした商いで、
神社の参拝客が立ち寄ることは殆ど無かったそうだ。
 そんな神社に参拝する人々を、商店街に引き込もうと十数年前に整備を行っ
たのが“水基(みずき)”だ。



 水基は、「水が出る基」と言う意味で、水飲み場の事らしい。
ここにはそうした湧水が、商店街のいたるところにあり、その数何と22か所もある。

 

 懐かしい雰囲気の有る商店街の店先には、それぞれの意匠を凝らした水基があり、
色々とユニークな名前が付けられている。
お店を冷やかしながら、水基巡りを楽しみ、お好みの水を捜し歩くのも楽しいものだ。






 商店街には美味しいもの沢山ある。
湧水でだすコーヒーを売り物にする喫茶店やスイーツのお店もある。
 老舗の馬刺しを扱うお肉屋さんの“馬ロッケ”(馬肉の入ったコロッケ)は、店自慢
の名物で、一つでも注文を聞いてから揚げはじめアツアツを出してくれる。



 “田舎いなり”は、阿蘇やさいの五目飯が一杯に詰まったジャンボサイズだ。
昼食にこの二つを買い求め、駅に戻る。(続)




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肥後の国の一宮(JR乗り潰しの旅)

2012-05-18 | Weblog


 豊後竹田の“廉太郎トンネル”を出てすぐのところにお菓子屋が有り、竹田の
銘菓・三笠野の焼き立てが食べられると言うので、看板に誘われて入ってみた。
 奈良の春日野に因んだ三日月様のお菓子で、香ばしく焼き上げた皮に自家製
のこし餡が包まれている。
アツアツがあると言うので、幾つか買い込んで車内に持ち込む事にする。



 列車は豊後竹田から、右に左に小さなカーブを繰り返しながら急坂登りに挑む。
高度が上がり冷え込んで来たのか、豊後萩を過ぎ県境を越える辺りで白いものが
舞い降りて来た。標高754メートル、九州内では、一番高所に有る波野駅を過ぎ、
目の前を塞ぐ外輪山を坂ノ上トンネルで駆け抜けると、いきなり眺望が開ける。



 そこには周りを山々に囲まれた阿蘇の大カルデラが広がっていて、列車はそこ
に開けた宮地の町に向かって坂を駆け下りて行く。

 豊後竹田からは40分余り、阿蘇神社の門前駅宮地は、社を模した赤い大きな
屋根が印象的だ。



 駅前から続く県道を15分ほど歩くと、“肥後の国の一宮・阿蘇神社”が有る。
仏閣様式・二層構造の重厚な山門は、日本三大楼門に数えられ国の重要文化財
に指定されている。




 
 境内には銅板葺屋根・総欅造りの三棟の社殿が荘厳に立ち並ぶ。
その中の十二の宮には十二柱の神が祀られていると言う。
境内前の駐車場で、氏子たちがしめ縄造りに精を出していた。(続)




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山間の城下町(JR乗り潰しの旅)

2012-05-16 | Weblog
 列車がホームに停まると、名曲“荒城の月”のメロディが聞こえて来る。
ホームからは背後真直に迫った小高い丘を見ると、滝が一筋流れ落ちているのが
見える。山間に開けた小さな城下町・竹田は湧水の町であり、作曲家・滝廉太郎
縁の町でもある。



 次の列車まで,50分ほどの待ち時間で歩けるコースを、駅中の観光案内所で教えて
もらい、お城の御殿屋敷風の駅舎を出る。

 目の前を稲葉川が流れ、そこに架かる竹田橋のたもとに“田能村竹田”が小さな
身体をして座っている。ここ岡藩の藩医の次男として生まれた竹田は、その後我が
国を代表する南画家に成る。これはその偉業を讃える顕彰の像である。



 駅前から続く古町通りは趣のある商店街だ。
そんな中の荒物屋は、江戸時代から120年も続く老舗らしく建物も当時のものとか。
店先で、荒物を並べながら女主人が教えてくれた。





 商店街を外れ、寛永年間に創建された愛染堂に上がってみる。
小高い丘の上からは、竹田の町が一望で、更にその先に目を移すと正面に廉太郎が
“荒城の月”をイメージした岡城址の石垣が見える。





 愛染堂の下に廉太郎が住んだ家が記念館として残されている。
住宅街を貫く細い道の奥のトンネルは“廉太郎トンネル”と呼ばれ、通ると廉太郎が
作曲したメロディが流れてくる。


 
 町には岡城址や古い武家屋敷等も残っているが、とても50分では廻りきれない。
少し時間を掛けて、ゆっくり楽しみたい、風情のある山間の城下町である。(続)


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阿蘇の大カルデラを行く(JR乗り潰しの旅)

2012-05-14 | Weblog
 さすがに湯処大分のビジネスホテル、最上階には温泉大浴場と、屋上には町を
見下ろす露天風呂を備えていた。
おかげで、ユックリと湯に浸かり疲れを癒すことが出来た。


 その翌日、豊肥本線を乗り潰す。
平日の朝8時半過ぎ、大分を出る列車は席に座れない人も多く、思いのほか込み
合っていた。しかしそれは意外な混雑ではない事がすぐに判明した。
 10分余りで到着した大分大学前で殆どの乗客が降りて行く。
どうやら学生や職員の通学・通勤時間帯で、これは何時もの混雑らしい。



 豊肥本線は熊本と大分を結び、丁度九州を真ん中から二つに割くように横断する
路線で、その距離は148キロ雄大な阿蘇の山並みを眺めながら大カルデラを行くの
で、“阿蘇高原線”の愛称でも呼ばれている。



 熊本から肥後大津の間や、大分から三重町辺りまでの間はそれぞれの近郊路線
らしく本数も多いが、肥後大津~三重町間では本数が減り、特に宮地から豊後竹田
の間の普通列車は一日に数本しか走らない。
 しかし九州横断特急の本数も多く観光列車もあるので、それらを上手く組み合わせ
れば、阿蘇の雄大な自然を堪能できる楽しみ多い路線でもある。



 大分の駅を出るとすぐに田畑の広がる田園地帯となり、大野川に沿って南下する。
三重町を過ぎた辺りから、幾つかのトンネルを抜けると山は更に近づき、厳しい登り
坂が続き列車のエンジン音が高く成ると山間の城下町・豊後竹田が近く成る。(続)




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宮崎空港線(JR乗り潰しの旅)

2012-05-11 | Weblog
 途中都城と南宮崎で乗り継いで、宮崎空港線を乗り潰す。
この路線は、宮崎空港へのアクセス路線として、平成8年に開通した新しい
路線である。僅か1.4キロと短い路線であるが、宮崎、延岡や大分方面を結ぶ
特急が始発・着していて便利は良い。
 またその特急も、空港~宮崎間は普通列車扱いに成るため、特急券なしで
乗車する事が出来る。



 日南線の起点駅である南宮崎を出ると、空港線の起点駅・田吉に到着だ。
列車はそこを出て日南線を離れると高架を行き、すぐに左手に空港の広大な
敷地が見え始めると終着の宮崎空港に到着である。





 駅ビルで、夕食でもと思っていたが、遅い昼食のせいでまだ持ちそうで、到着
した反対側のホームに特急「ソニック」が停車していたこともあり、すぐに折り
返し大分に向かう。



 今回の旅行では、JR九州の企画切符「アクティブ65」を購入した。
これは65歳以上を条件として、三日間九州内の全列車に乗り放題で15、000円である。
 日豊本線と言いながら、宮崎県内の佐伯~延岡は、普通列車が限られた時間帯に
運行するだけで殆ど無いに等しいので、この切符で特急が自由に使えるのは有難い。





 大淀川を渡り宮崎を過ぎると、やがて右手に日向灘の海が広がる。
そして高鍋を過ぎた辺りであろうか、本線と並行して右手に延々と続く高架線が目に
入ってくる。良く良く見ると、高架の上には無数のソーラーパネルが並べられている。
かつてのリニア実験線の跡地を利用して、ソーラー発電が行われているのだ。(続)




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隼人の町(JR乗り潰しの旅)

2012-05-09 | Weblog


 隼人で1時間半程の列車待ち時間が出来たので、駅舎に掛る黒い暖簾を潜り、
駅前にある観光案内所に飛び込んだ。



 地元の観光協会と商工会よって運営されている地元の物産販売所を併設した施設で、
女性が一人詰めている。
 「歩いて20分ほどかかりますが・・」と教えられた鹿児島神宮に向かってみる。



 駅前の広い通りを北に向かって歩く事15分、ようやく目印の赤い大鳥居の有る角に
着いた。そこから真っ直ぐに、住宅地を貫くように参道が長く伸びている。
 二の鳥居を潜り、石段を登る辺りは巨木が並び、その中でも一際目を引くのが
樹齢約800年と言われるご神木である。



 石畳の先に建つ朱塗りの柱が印象的な勅使殿に続く拝殿、ご本殿は入母屋造りで、
鹿児島県内では最大級の木造建築だそうだ。さすが“大隅一之宮”の風格である。



 ユックリする時間も無いので、慌ただしく今来た道を引き返す。
駅に戻る道すがら、観光案内所に立ち寄ってみると、「少し遠かったかな・・と、心配し
ました」と気遣いながら迎え入れてくれた。確かに遠く、しっかりと汗をかいてしまったが、
歩いて歩けない距離でも無いのでこの時間なら良い街歩きになった。

 隼人の駅舎は、全体が千六百本余りの竹で覆われている珍しい造りである。
竹を扱う技術に優れた古代・隼人族に因んでいるそうだ。
 その隼人族の霊魂を供養する隼人塚は、駅から歩いて10分程の所に有るらしい。



 冷たい飲み物を買って駅に戻り、ここでやっと人吉で買った駅弁で遅い昼食を摂る。(続)



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