簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

四国遍路 山は逃げない

2009-06-30 | Weblog
長戸庵を抜けると道はここから緩やかに登る。
少し進むと木立の間に行き成り眺望が開け、眼下に吉野川が一望できる。
今までは、苦しさで写真を写す余裕も無かったが、ここでは思わずカメラを構える。

 【写真:遍路道からの眺望】

吹く風が気持ち良い。
街の喧騒も僅かに届くだけだ。
多くは鳥のさえずりと風のざわめきのみが耳をなぜていく。

しかし、こんなオアシスもつかの間、この先には2つ目の“へんろころがし”が待っている。
標高626m、石堂権現への登りだ。
ここまでは、藤井寺の境内で出会った赤い納め札を持つと言う遍路と、後先に成りながら登ってきた。
「そんなに急がなくても、こんなゆっくりとしたスピードでも焼山寺に4時には着く。
山は逃げないからゆっくりゆっくり登れば良い。」
もう10回以上も廻っていると言う遍路の言葉だけに妙に説得力が有り、納得。
この頃には体力もやや回復し、多くの遍路に追い越された焦りもこの言葉で若干安堵に変っていた。

石動権現を過ぎると“へんろころがし 3/6”の道標の先で、道は激しく下って行く。

 【写真:眼下に柳水庵が】

急な下り道だから、先の道がすぐ足元のはるか下の方に見え、何となくそこへ落ち込んでいくように見える。
まるで足元から転げ落ちそうな下り坂だ。
金剛杖を頼りに、滑らないように足元に細心の注意を払いながら降り切ると、満開の石楠花が迎えてくれる。

 【写真:柳水庵の石楠花】

長戸庵からは、3.2キロのところ、1時間15分ほどで到着した。
この遍路道のほぼ中間地点に有る番外霊場柳水庵だ。
ここ柳水庵には空海が柳の杖で突いたら水が出たと言われる水場も有る。
ペットボトルのお茶を飲み干してしまったところだったのでありがたい。
ボトルを一杯に満たす。
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四国遍路 アクシデント

2009-06-26 | Weblog
 【写真:焼山寺道】

どうやら行き成りの運動量の変化に、心肺機能が追いつかず、軽い酸欠状態に陥ったようだ。
もう休むより仕方が無い。
腰を下ろし、水分を補給し、飴玉をしゃぶり、大きな深呼吸繰り返し、呼吸を整える。

多少は歩く事に自信を持っていただけに、行き成りのアクシデントは些かショックであった。
しかし、考えようによっては、早い段階で己の体力を知り得たのだからむしろラッキーだった
のかも知れない。

休んでいると、後から登ってきた遍路が口々に「きっいですね」と言いながら、それでも
まだまだ確かな足取りで前を通り過ぎていく。
まだ始まったばかりの所で、幾組もの遍路に追い越され、気持ちに焦りも見え始める。
しかし、体力はまだ完全に回復しているとは言い難い。
焦って無理に動いて、ここで潰れてしまっては元も子もない。

30分も休んだであろうか。回復が意識できるようになり、再び歩き始める。
一歩一歩ゆっくりと、苦しくなったら無理をせず、休みながら行けば良い。
心の中でそう良い聞かせ、殊更呼吸を意識しながら歩を進める。

厳しい登りも一段落、やがて道がやや平坦になるとそこが長戸庵。

 【写真:長戸庵】

小さな無人の庵が建っている。
ここは、藤井寺から3.2キロの地点である。

 【写真:休息する歩き遍路】

先ほど追い抜いて行った遍路の何人かも腰を下ろして休んでいる。
随分と遅れたような気がしていたが・・・皆もやっぱりきついンだ。
そんなに離され、遠くには行っていなかったのだ。
若干体力が持ち直した事もあり、そう思うと多少気持ちも楽になる。
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四国遍路 へんろころがし

2009-06-23 | Weblog
何時もより4時間余りも速く床に付いたものの中々寝付かれず、結局眠りに
落ちたのは何時もと変わらぬ時間だったようだ。
朝も早くから人の動きが有り、5時前には眼が覚めてしまった。
今日に備え、少しでも多く寝て、体力を蓄えようとの思いは無残にも崩れ、
何時もよりかえって睡眠時間は少なくなってしまった。
朝食は6時からと前夜の食事時、女将が告げていた。

7時前宿を発つ。
藤井寺の本堂は、山門より一段高いところに有る。

【写真:藤井寺本堂】

そのすぐ背後には鬱蒼とした山が迫り、その左手、生い茂る木立の下に
ぽっかりと口を開けたように登山道は有る。
山裾にへばりつく様に、駆け上がる階段が、そして急な坂道が見える。

【写真:焼山寺道入口】

弘法大師は、四国八十八箇所の遍路道の中に、六箇所の苦行の場を作られたと言う。
その中でも最も厳しい“へんろころがし”と呼ばれる遍路道がここ焼山寺への道だ。

【写真:焼山寺みち】

登り始めるとやがて“へんろころがし 1/6”と書かれた道標に出会う。
それまでも随分ときつかったのに、これからが本当の“へんろころがし”が始まるのか・・
と思う間も無く、行き成りの急勾配がやってくる。
長戸庵まで3.2キロ、高低差420m、標高510mへの山登りだ。

【写真:へんろころがし1/6】

キツイ。本当にキツイ。足が思うように上がらない。
ハアハア、ゼイゼイ、息が上がる。
何とか呼吸を整えようとするが、急な登りばかりで整わず、息苦しくなる。
全身からすごい勢いで汗が噴出す。
足に力が入らない。息遣いは益々荒くなる。
まだ幾らも歩いてはいないのに、もう何キロも歩いた後のような疲労感が全身を襲う。

「苦しい・・・。少し休もう・・・。」
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四国遍路 第11番札所 藤井寺

2009-06-19 | Weblog
駅前で道を尋ねると「あの山に突き当たるまで真直ぐ。
そこを右に回り少し登ったら寺が有る。」と言う。
正面に居座る山を目指して歩き始める。
しかし歩けど歩けどその山裾には中々行き着かない。
途中、信号待ちをしていると自転車で通りかかったおじさんが「後30分くらいかな」と
聞きもしないのに親切に教えてくれた。
時計は4時半を廻っている。
「えっ、まだ半分も来ていないのか?」少し急がねば。

【写真:第十一番札所 藤井寺】

商店がまばらになると民家が増え、その民家の間に畑が目立つようになると、道は突き当たる。
教えられたとおり右折する。
団地の横を通り抜けると道は緩やかな上りとなり、山懐に入り込む。
暮れはじめた山の冷気を感じながら進むとその先に山門が見えてくる。

【写真:藤井寺 山門】

門をくぐると藤棚が有り、寺名に由来するふじの花が満開で迎えてくれ、疲れを癒してくれる。
どうやら間に合った。境内にはまだ多くの遍路が思い思いに休んでいた。

【写真:境内のフジ】

山門のすぐ前に宿を取った。
夕食が5時半過ぎから始まるからと追い立てられるように風呂を勧められ、
風呂を上がると夕食の準備が出来たと女将が呼びにきた。
時計を見るとまだ6時には大分間が有る。
こんなに早く・・・と思いながら広間に行けば先客は既に食事中。

明日の“へんろころがし”を話題に食事を終え、部屋に戻るともう何もする事が無い。
部屋にはテレビも新聞も何も無いのだ。
有るのは一組の布団だけ。
まだ7時になったばかりだが、ここはもう寝るしかない。
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四国遍路 四国三郎

2009-06-16 | Weblog
【写真:JR鴨島駅】


五月の某日、J R徳島線鴨島駅に午後四時過ぎ降り立った。
今回は歩き遍路の2回目とあって、ここまで電車で来たのだ。

本来なら10番切幡寺からは、約12キロの道のりを歩く事になる。
この道は途中、四国三郎(吉野川)を跨ぐ。
現在は川島の潜水橋がかかり、ここを通る遍路道が整備されているが、
昔は渡船で川を渡っていたらしい。
遍路さんは無料でこの渡船が利用出来たと言う。
それが粟島渡船場跡だ。

【写真:JR阿波川島駅ホームより】


渡船や川面近く歩く事の出来る潜水橋にも興味があったが今回はルートから外れている。
再建された川島城を仰ぎ見ながら、渡船で四国三郎を渡る・・・なんて、いかにも歩き遍路らしく、
想像しただけでゾクゾクする。
歩き遍路にはいかにも風情の有る情景で、今に残っていて欲しいと思う。
しかし、残念ながら、今、渡船は無い。

藤井寺前の宿を予約するとき「納経所は5時で閉まるから、乗ったほうが良い」と女将が勧めてくれた
タクシーが数台、整然と並んで客待ちをしている鴨島駅前は、思ったより賑わっていた。
一番札所の時とは随分と駅前の雰囲気が違う。
人通りこそ少ないが、立派な商店街が駅前から真直ぐに伸びている。
しかし地方都市にありがちなシャツターの閉まった店も結構目に付いた。
道の両側に並ぶ店に眼を遣りながら歩き始める。

ここから第11番札所藤井寺までは、3キロほどの道のりだ。
五時までには微妙な時間では有るが、歩いても何とか行けそうだ。

せめて残りぐらいは歩かないと歩き遍路の名も廃る・・と言う事も無いが、
やはりタクシーには乗らず歩くことにした。

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四国遍路 いざ遍路へ

2009-06-12 | Weblog



山の上で汗をかいた身体を急激に冷やしてしまったら大変だ。
やはり防寒用のヤッケは要るだろう。
雨具は・・・。
市街地の雨にと思い、用意した折り畳み傘は止めておこう。
幸い雨マークが付いていないから、ここはカッパの上下に変えてポンチョにしておこう。

寝間着代わりのズボンは外せない。
着替え用の上着のシャツは汗で汚れたら、夜洗えば良いだろう。
多少湿っていても着て歩いているうちに乾くだろうから・・・。
下着は乾かないと困るから、これは三組外せない。
厚手の登山用の靴下も状況により履き分けが出来るように、長いのと短いのを持って行こう。

タオルは洗面用と汗拭き用の2本にしておこう。
ガイドブックは散々迷った挙句、結局はザックのポケットに1冊だけ入れた。




行きの電車は決まっているし、帰りは成り行きだから時刻表はいらないだろう。
非常用のビスケットは嵩張るから止めだ。
カロリーメイトと飴は小袋に詰めなおし、最小限に減らし、ペットボトルもその都度補給すれば良いので1本にした。

あと何を減らせばいいのか、荷物の山を見ながら思案が千々に乱れる。
やっぱり防寒着と雨具が嵩張り、荷を重くしているがここは納得するより仕方ない。
長い時間をかけ、随分と悩みながらやっと荷造りを終えた。

こんな荷を担いで、翌朝第二回目の歩き遍路の旅に発った。
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四国遍路 旅立ち前日

2009-06-09 | Weblog






心配した宿も押さえることが出来、いよいよ遍路が始まる前日、荷造りに余念が無い。
天気を調べてみると、当地の最高気温は25度くらい、期間半ばに若干曇る日があるようだ。
降水確率は40%だが、幸い雨マークは付いていない。

今回は、千メートル近いところまでの山登りが待っている。
山の上は恐らく20度前後になるだろう。
微妙な気温では有るが、やはり防寒用のヤッケは外せない。
足回りもしっかりしないといけないから、登山用の厚手の靴下を持って行こう。

雨マークが付いていないとは言え、雨の備えも必要だ。
下着の着替えが三日分、汗かきだから上着のシャツの着替えも持って、汗拭きタオルも数本いるだろう。

そうそう、前回泊った安宿は、部屋に風呂もトイレも無く、寝間着も無かった。
夜中に何か有ったら困るし、トイレにだって行くかもしれない。
さすがにパンツ一丁でうろうろは出来ないだろうと急遽近くの衣料品店で安物のズボンを買った。
今回も、もしもの時はこのズボンで代用しょう。

納経帖など遍路用品にガイドブックに時刻表。
後は洗面具に髭剃り。薬に絆創膏。
万一に備えて、非常用にカロリーメイトに飴にビスケット、それにペットボトルを2本。
懐中電灯にお気に入りのツールナイフも持って行こう。
・・・・・・。
思いつくままに、用意したものを詰め込まれたザックは、今まで見た事も無い大きさになり、パンパンに膨らんでいる。

試しに肩に担いで見る。
重い、本当に重い。肩にズッシリと喰い込んでくるほど重い。
これは駄目だ。こんな荷を担いで、慣れない山道など歩いたらすぐにばててしまう。

しかし困った、何を減らしたら良いものか・・・。


【写真:遠路道にて】
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四国遍路 命あっての物種

2009-06-05 | Weblog




当初は、“無理をせず、焦らず、地道に、ゆっくりと行こう”と言う事で、一年に一回、その行程は、二泊か三泊で組む事で予定していた。
この予定で行くと、88ケ所廻るのに11回にわたって出かける事になり、高野山へのお礼参りを含めると12年かかる事に成る。
正直、これだけ回数を重ねると行き帰りの交通費も馬鹿にならない。
それに満願成就を迎えるときには70歳も半ばだ。

「余りにも遅すぎないか?」
そこまで元気に歩く事が出来れば何ら問題は無いが、年々衰えの増す体力を考えると、もう少しピッチを上げた方がいい様な気がする。
命あっての物種、志半ばで・・・では余りにも寂しすぎるから。

友との打ち合わせで、こんな事を話合いながら今回の計画を練っていた。

昨年の1番から10番は比較的市街地に近いところに纏まっていたので、二泊三日の行程で、朝もそんなに早く出る事もなく、充分すぎるぐらい余裕が有った。
結構な距離を歩いている割に、余り疲れも感じる事も無く「これなら楽勝。意外と楽に行かれるのでは・・・。」そんな思いすら抱いていた。

だから・・と言う訳ではないが、今回の行程は一泊増やし、三泊四日で18番まで廻ることにした。
「へんろころがし」と言われる難所が控えているとは言え、そんなに無理な行程ではあるまい。
そして、19番から23番までは、この秋にもう一回行って、今年中に阿波23ケ寺を終えた後、もう一度全体の計画を見直す事にした。
基本的には、三泊か四泊位で、歩く距離にもよるが長くても五泊までが限界だろう。
出来れば春と秋の二回出かけ、遅くとも70歳前までには終わる。
そんな風に計画を見直す事にした。

【写真:遍路道にて】
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四国遍路 やどの予約

2009-06-02 | Weblog




3月初旬の某日、宿に予約の電話を入れる。

「もしもし、予約をしたいのですが・・・。」
「はい、いつでしょうか?」
「5月の×日ですが」
「ああ・・、それなら予約は一ヶ月前からとなりますが・・。」
「はぁ・・。」

続いてもう一軒、別の宿にも予約の電話を入れる。

「もしもし、予約をしたいのですが・・・。」
「はい、いつでしょうか?」
「5月の○日ですが」
「チョット待ってください。」
送受器の向こうで台帳を捲る音が聞こえてくる。
「大丈夫ですよ、空いています。」
「歩きですか?」
「はい、二人で歩きです。」
「前泊は何処ですか?」
「?・・・?・・」
「前の日の泊りは何処ですか?」
「ああ、12番の焼山寺です。」
「予約は取れましたか?」
「いや、一ヶ月前にならないと駄目みたいで・・。」
「焼山寺さんは時々休まれるので、予約が取れてからもう一度電話下さい。一応押さえておきます。」

女将の話によると、二泊目に予定した焼山寺の宿坊は時々休む事が有るらしい。
ここで泊れないと山を降りて泊ることになり、その場合次の宿泊場所が13番の大日寺では近すぎるからもう少し先に成るだろうと言うのだ。

今年も五月のゴールデンウィークに四国の歩き遍路を計画した。
大型連休中と有って、込み合うことを想定し、二ヶ月前に各宿に予約の電話を入れてみた。

一泊目、11番藤井寺前の民宿は、問題なく押さえることが出来た。
二泊目、三泊目の予約がくだんのやり取りである。
宿を押さえ、早く安堵したいとの思惑は、一ヶ月先送りとなってしまった。

【写真:遍路道にて】
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