穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

53:賃貸と分譲、どちらがいいか

2019-12-15 09:26:34 | 破片

53:賃貸と分譲、どちらがいいか

第九は駅ビルにある定食屋で昼飯をすませた。サラリーマン同士が肩を押し付けあって飯を掻き込んでいる昼休みを避けて遅い時間に入ったが、今度は老々、中老のババアたちで一杯になる。とうに食事の終わった汚い皿を前にして延々とペチャクチャやっている。これは生きているのか死んでしまったのか亭主の年金で食っている連中である。時には幼老の女どもがいることがある。これにはよくわからん。職業婦人なら就労している時間なのに定食屋でひっそりと昼飯を食っている。

さてダウンタウンに入るとインスタントコーヒーをスプーン三匙分オーダーした。いつもの常連の老人たちのところで行った。
「今日は遅いですな」と下駄顔が声をかけた。
「ええ、ちょっと調べ物の仕事をしていましてね」
「家事のほかにもそんな仕事もするんですか」
「妻がマンションの設備のことを心配しましてね。この間の大雨で電源設備が冠水して機能が停止したタワーマンションがあったでしょう」
「ああ、武蔵小杉かどこかの、エレベーターが動かないので歩いて毎日登ったとかいう」
そういえば、と卵型老人がいった。電気が止まると水道も使えなくなるらしいね。料理、洗濯もできなくなるし、風呂にも入れない。一番困ったのはトイレが使えなくなったということらしい」
「どうしてだ」
「水を上に汲み上げるのは電動式のモーターなんだそうだが、それが動かなくなってトイレの水が流せなくなったそうだ」
「そりゃー、えれえこった。夏目さん、あんたのところもタワーマンションだったね」
「そうなんですよ。しかも五十階でね。それで女房が心配して、うちのマンションはどうなっているんだって云うんですよ」
「そりゃそうだわな」
「入居の時に配られた資料でうちのマンションの電源設備はたしか三階にあったらしいと言ったら、確認しておけという彼女の厳命でしてね」
「それでどうだったの」
「その資料が見つからなくてね。あきらめて飯を食いに出かけたんです」

ビル内の診療所から検査サンプルを回収しにくるクルーケースの男が入ってきて隣に座った。
「あんたのところもマンションですか」と下駄顔が訊いた。
「えっ、そうですが、どうしてですか」
「いまね、この間の大雨で電気設備が動かなくなったマンションは大変だという話をしていたのさ」
「なるほど、うちのマンションは城東だから被害は無かったですね」
「何階のマンションなの」
「八階建ての三階に住んでますけどね」
「それならまあまあだな」
「なにがです?」
「エレベーターが止まっても階段で上り下りすれば大したことはないだろう」
「そういう心配はないですね」

「それでさ、お宅のマンションの電気設備がもし地下にあったらどうするの」と第九のほうを向いて老人が訊いた。
「さあねえ、彼女は引っ越しをしようと言い出すかもしれないな」
「一軒家にでもですか、それとも低層マンションをさがすか」と卵型老人

「さあねえ、いろいろ考えないとね、マンションと言っても賃貸と分譲ではいろいろ違うだろうし」
その時、老人はクルーケースの男のほうを向いて
「そういえば何時か君は元は不動産屋にいたとか言っていたね。君の意見はどうなんだい」
「それぞれに長所、短所がありますよね」と問われたクルーケースの男は答えた。

まず、一軒家ですがね。夫婦だけだとか少人数の家庭では無理でしょうね。維持できないでしょう。今どきの治安情勢では防犯上も大いに不安がある、とクルーケースの男は話し始めた。夫婦だけの共稼ぎで昼間はだれもいないなんて場合は一軒家は勧めませんね。また幼稚園とか小学生と夫婦だけというのも一軒家は問題です。このごろは小さい子供が巻き込まれる犯罪が多いですからね。

「もっともだな」と下駄顔老人が相槌をうった。
「分譲と賃貸ではどちらがいいんですかね」と第九が質問した。
夫々にいい点と問題点がありますね。マンションによっても違うでしょうしね、とクルーケースは答えた。

 

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