Yの悲劇は格付けすればBプラスかな。娯楽読み物としてはベストテンの第一位だろう。細かいことをすこしつついてみると。
俳優探偵が犯人を確認するためにおびき出して蔭から確認する場面があるが、犯人の描写がまったくない。背が高いとか、低いとか。男だとか女だとか。覆面をしていたか、顔を見たかとか。これを書かないのはあまりにも不自然である。記述トリックというにはあまりにも図々しすぎる。ま、お愛嬌であるが。
狂的、病的な一家全員の共通性の根源につても、きわめて文学的な描写しかない。医師のカルテを俳優探偵が調べる所があるが、老女主人だけがワッセルマン反応がたしか陽性であとは全部陰性。ワッセルマンを出しているのは梅毒を暗示しているのだろうが、血の根源である老婦人以外が全員陰性というのはどういうことか。狂気の原因を器質的な病原性のものにするよりか、別の物にした方が説得力があっただろう。
どこでだったか、犯人を『彼』と翻訳している。英語のHEは男女両方をさす場合があるようだが、日本語に翻訳する場合は工夫したほうがよい。
乱歩ベストテンも残るはアクロイド殺しか。あとベントレーの「トレント最後の事件」は翻訳が手に入らない。翻訳を元にしてこのシリーズはやる方針なのでこれは除外することになるだろう。もっとも創元社が復刻すれば別だが。
ベントレーの作品では短編集が一つ翻訳で手に入る。国書刊行会出版の「トレント乗り出す」だ。一応これを読んでみた。短編というのはどうも興味が持てないのだが、この本はなかなかいい。きっと長編も面白そうだ、と思わせる物があった。