従来型エレベーターでビルの一階に下りると彼は日の落ち切った街路におぼつかない足取りでさまよい出た。すこしふらついた。さきほど機内で浴び続けた強烈な西日でホワイトアウトしたらしい。繁華街には灯りが瞬きだした。娘に約束した人形を買おうと見当をつけておいた目的の店に向かって歩きだした。しばらく歩いても目的の店が見つからない。おかしいな、と訝ったが、あたりを見回すとすでに灯火きらめく商店街はとっくに通り過ぎて、うそ寒い灯火もまばらな陰気な路地に迷い込んでしまっていた。先ほどのホワイトアウトで完全に方向感覚がくるってしまったようだ。勝はあせって無茶苦茶にあっちへ曲がり、こっちの角を反対方向に曲がって、すこしでも明るい商店街に出ようとしたが、どうも同じところをぐるぐる回っているらしい。腕時計を見ると一時間以上道を見失っている。日は完全に暮れて路地はほとんど暗闇が支配していた。
そろそろ疲労が足に来ていた。喉が渇いてきたが飲むものを携行していなかった。突然暗闇のなかからなまめかしい声で「素っ裸になるわよ」と声がした。びっくりしてそのほうを見るとちまちましたビルとビルの間の暗闇に白首が浮かんでいた。不自然に真っ白な顔の女が立っていた。真っ赤に塗った薄い唇が開いている。口の中は真っ黒な闇だった。女は首から露出している胸元まで異様にしろい。
女はもう一度誘うように「素っ裸になるわよ」と誘った。「立ちなさいよ」と女に叱責されて海綿体を充血させない男はいない。おなじく「素っ裸になるわよ」といきないり不意を突かれて「乗らない」男はいない。たとえ、人口調節局のエリート職員であってもおなじである。まして今彼はホワイトアウトしてまともな判断ができない。
にっこり邪気がなさそうに笑った女は先に立って歩きだした。勝はふらつく足で無抵抗について行った。人が一人ようやく通れるような所に入ると明かりのついて戸口があった。女はその中に入っていく。中はものすごく暗い。足元もよく見えない。女はその奥にある階段を下りていく。「急だから気を付けてね」と言いながら。
地下は狭苦しいスナックのような作りで2・5メートルのバーにテーブル席が一つあるだけであった。女はそこに彼を座らせると、何にするかきいた。ビールがいいなというと、女は席を立ってカウンターに行った。
おんなはビールと頼みもしないオードブルらしきものがのった大皿を運んできた。これを見て勝はやや正気がもどり、やばいなと不安になった。女がビールの酌をした。その手を見て彼は正気に戻った。彼女の手は土方のようにごつく大きく茶色に変色していて、太い静脈が手の甲をはい回っている。白首はめちゃくちゃにおしろいを塗っていたのだ。
彼は脱出計画を思いめぐらしながらビールを飲んだ。なんだか妙な刺激が舌や喉を不快に刺激した。やばいと本能的の思った彼はグラスをテーブルに置いた。体中がかっとしてきたと思ったら、おんなもテーブルもその上に乗ったオードブルもどきの大皿もみんな回りだした。彼はぼんやりとしてきた目をこすりながら皆左回りなのを不思議そうに眺めた。意識が唐突にシャットダウンした。