専業主夫というと、どんなことをするんですか、と女あるじが夏目第九に聞いた。
「家事労働すべてとセックスサービスです」
「大変なお仕事なのね」と彼女あきれたようにつぶやいた。「私も夫と変わってほしいわ。そんなにして尽くすなら奥様はきっとすごい美人でしょうね」
「どうでしょうかね」と彼は首をかしげて口の中でもごもごと言った。
「どうでしょうかねって、どういうことだ」と下駄顔が不思議だというように詰問した。「彼女に借金のかたにとられたのか」
禿頭が「奥さんが素晴らしいボディをしているのか」と下卑た笑いを浮かべた。
第九はうふっと気持ちの悪い含み笑いをした。「まあそんなところでしょうかね」と第九はこともなげに言った。
「退職一、二年前に会社のエレベータで粗相をしましてね」
「漏らしたのか」
「いやいや、まあそんなものかな。失神しましてね。醜態を演じました」というとコップの水を口に含んだ。
・・病院に搬送されたが翌日には退院できた。嘘のようにけろっと治ってしまったのである。退院後会社の契約している大学病院で精密検査を受けたが異常はなかった。しかし、エレベーターに乗れなくなってしまった。
再び出社するようになってからも週に一度は会社の医務室に通ったがなにもわからなかった。その時に医務室でアルバイトをしていたのが丸屋サチだったのである。大学を卒業して産業心理士を目指していたが、週に一度会社の医務室に来ていたのである。
彼の会社はブラック企業の部類だろう。それも仕事がきついというだけではなくて、社内の人事環境が複雑でストレスから体調を崩すものが後を絶たなかった。それも普通の会社のように役員や部長同士のいざこざの巻き添えをペイペイが食らうというのではなくて、労働組合が分裂していて五つもできていた。その組合同士の陰湿な日常的な騙しあい、権力闘争、陰謀の渦がすざましかったから、社員は新入社員の時から派閥抗争のストレスをまともに浴びる。商社だから負ければ辺鄙な外国に飛ばされて勤務地をたらいまわしにされて一生日本に帰ってこれない。だから精神に異常をきたす社員が後を絶たなかったのである。
会社が契約していた大学の心療内科に通うものも多かったのである。そういうわけで、見習い中、駆け出しの産業心理士の卵である丸屋サチも週に一度会社の医務室に出張っていたのであった。
彼女は私に格好のサンプルを見つけたらしい。私の心理的カウンセルをすると申し出たのである。