第九はコーヒーを一口飲んだ。冷やしすぎたな、とぶつぶつと呟いた。猫舌の彼はコーヒーを少し冷ましてから飲むのであるが、老人たちの話を熱心に聞いているうちに飲み忘れたコーヒーがほとんどぬるま湯みたいになってしまった。
「霊波でしたっけ、さっきの話は」と老人に問いかけた。
霊波って?と老人が怪訝な顔で問い返した。
「何でしたっけ、霊界通信だとか、記憶が漏れ出したとか」
「ああ、あの話ね。最近は太陽の黒点活動が活発になったんですかね」
どうも話がかみ合わない。老人の頭はすこしぼけかけているのかもしれない。
「あるいはどこかでブラックホールがつぶれたのかな」とますますわけの分からないことを言う。
第九の戸惑った表情を見て「すこし説明しましょうかな」と老人は講義調で語り始めた。
剥離した記憶というのは、空中を漂っていくものですよ。これが波なのか粒子なのかはオカルト業界でも意見が一致していない。
「へへえ、これは驚いた」
老人はにやにや笑っている。ところでこれが飛んでいくスピードというのは最高速度はどのくらいだとおもいますか。分からないでしょう、と老人はからかうように言った。
アインシュタインによれば光より速度の速いものはないそうですな。一応霊波も最高速度は光速となっております、と老人は大まじめで説明した。
「あなたは唯心論者ではないのですか」オカルトがかった人物とか宗教家は大ていは唯心論者である。
老人は心外な顔をした。「どうして唯心論なんです。私はバリバリの唯物論者ですよ。霊波は光や電波の親戚ですよ。ただ、現在はそれを観測する権威ある観測手段がない。それを伝達する媒体も発見されていない。これは光も電波も同じですがね。昔はエーテルなんて形而上学的概念で処理したが、エーテルはどうしても観測できなかった。勿論間接的にもですね。最近ではブラック・マターかもしれないという説がある。しかし観測できない。だからブラック・マターというんです。宇宙の質量の75パーセントがブラック・マターという説もあるようだ。