min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

薩摩組幕末秘録

2007-05-12 09:03:58 | 時代小説
鳴海章著『薩摩組幕末秘録』集英社 2006.9.30初版 2,500円+tax

題名から推して薩摩藩内のありきたりな倒幕モノの一種か、と想像したが違った。薩摩組とは、富山の薬売りの薩摩藩担当を意味した。その薩摩への売薬が禁止された。
農民が自らの蓄財を富山の薬売りにほんの少しでも流失するのを防ぐためであった。薩摩藩はその頃膨大な借金を背負い、藩の財政は逼迫していたのであった。
財政の窮状を脱する為に薩摩藩は清国へ北海道、特に利尻昆布を密輸して稼ぐことを考えた。
その意向を密かに知った富山の薬売りの元締めは利尻の昆布を薩摩藩に貢ぐことによって販路の再開を画した。
利尻昆布の収集の任にあたったのが売薬元締の息子、於莵屋藤次という男であった。
藤次は単に薬売りではない。この薬売りの起源は白山の修験道の行者たちであった。同じ根から
乱波(忍者)が派生した。藤次はこの乱波の血を継ぐもので幼少の頃から父に鍛えられた。
伊賀や甲賀の忍法とも趣を異とする不思議な忍法を使う。
一方、富山は加賀藩の支藩であったわけだがこれを富山藩の独立運動として捉え、阻止する手立てを打った。白羽の矢をたてられたのは加賀藩の食えない剣術師範である胡蝶剣の使い手馬渕洋之助であった。
更にこの企みを阻止しようと江戸幕府の隠密、柳生の手のもの達がいた。ここに北海の昆布をめぐる三つ巴、四つ巴の抗争が繰り広げられることになったのだ。

藤次が蝦夷地へ向かう途中の航海は彼がこの世の生き地獄と思われるほど、嵐による酷い船酔いに苦しめられた。そして着いた蝦夷地はアイヌの人々にとっては彼らに対する和人による悪辣な収奪と虐待が横行する北の地獄であった。
そんな和人の中で唯一の救いは雲平という謎に満ちた青年で、彼だけはアイヌに対し人間としての暖かい視線を送っていた。
雲平の本名は松浦武四郎(実在の蝦夷地探検家、後に開拓判官となる)といった。雲平の導きで無事利尻から昆布を得た藤次は一路長崎へ向かった。
物語はここから九州へと舞台を移すのであるが藤次と昆布の薩摩入りを阻止すべく他の手勢も九州へ向かうのであった。もちろんその中に胡蝶剣の使い手馬渕洋之助も入っていた。
互いにそれぞれの使命を背負わされた二人が最後に運命の対決をせまられるのであった。これはもうどちらも生き抜いてほしいと願うのであるが・・・

上質な冒険小説の書き手が時代小説においても優れた作品を描いてくれることは、先に読んだ志水辰夫の『青に候』でも実証済みであるが、同じことが鳴海章の場合にも言えるのではないだろうか。
他の時代小説とは一味も二味も違う面白い作品に仕上がっており、今後もより視点を変えた時代小説の創出を期待したい。