min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

ドン・ウィンズロウ著『犬の力 下』

2010-02-09 17:41:04 | 「ア行」の作家
ドン・ウィンズロウ著『犬の力 下』(原題:The power of the dog)角川文庫 H21.12.20再版  952+tax

オススメ度:★★★★★

国家が麻薬組織に完全に買収されたとも言える状況を、一体我々は想像できるであろうか?
メキシコの軍隊、警察組織は言うに及ばず、法機関そして政府の中枢、官僚たち、果ては大統領をも麻薬の黒い金で買ってしまった犯罪組織・盟約団のバレーラ一統。
更に巨悪とも言えるのが合衆国の麻薬取締局内部(裏にはCIAがいる)の国家的陰謀であり、イラン・コントラ事件を彷彿とさせる企ては何が正義で、何が真実か、そして誰が味方か敵かも判然としなくなる。

麻薬ルートの根絶、麻薬マフィアの撲滅に執念を燃やすDEAのアート・ケラーの旗色は悪くなる一方、麻薬マフィアの暴走は加速、いよいよ最後の全面対決へと向かう。
いくたの主要な登場人物がこの抗争の中で死んでゆき、一体誰が最後まで生き残るのか全く分からなくなる。

猛烈に血生臭い抗争劇の中にありながら、唯一の救いとも言えるシーンがある。あの二人の男女(これはネタバレになるので絶対に書けない!この物語で登場する最も惹かれる二人だ)の彷徨える魂の奇跡的な邂逅である。
二人に共通するのは忌まわしい不幸な過去であり、何物をもってしても二人の魂は癒されることがないと思われたのであるが、運命的出会いが彼らの魂を、肉体すら救済するかに見える。
死地から脱出する彼らの飛翔するかがごときの逃走劇はなんとスリリングで感動的か!

1975年から30年に渡り繰り広げられたメキシコの麻薬戦争は現実の出来事であり、この事実を我々が知らないだけだ。
作者ドン・ウィンズロウはフィクションとノンフィクションを巧みに織り交ぜながら、壮大な麻薬戦争という地獄の黙示録を描き出している。
現在形を多用した文章は歯切れがよく、心地よいハードボイルド感を与える。

ところでタイトルの『犬の力』であるが、一風変わった言葉である。訳者あとがきによれば出典は旧約聖書であり、「民を苦しめ、いたぶる悪の象徴」といった意味合いであるそうで、作中には一匹の犬も登場しない。

最後にドン・ウィンズロウの次回作邦訳は『フランキー・マシーンの冬』で、訳者いわく“しびれます”とのこと。楽しみに待とうではないか。
また、更に嬉しいことにあのトレヴェニアンの『シブミ』の前日譚を描く『サトリ』を執筆中だというから、私などはこれはもう狂喜乱舞しそうですな。