min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

上海クライシス

2007-06-12 02:34:00 | 「ハ行」の作家
春江一也著『上海クライシス』集英社 2007.04.30  1,900円+tax


1989年、再開発の槌音で活気づいている新疆ウイグル自治区の首都ウルムチの高層ホテルが自爆テロによって崩壊した。六四天安門事件が起こるわずか一ヶ月前の出来事であった。
この事件の実行犯のひとりである少年と彼の妹が巡る苦難の人生の始まりであった。「東トルキスタン民族殉教団」に属するふたりは数々の苦難を乗り越えた後、再び上海で邂逅する。兄はCIA要員として、妹は今なお教団のムッラーによる暗示を受けた密命を抱いて。
共に敵とするのは中華人民共和国。
妹ライラと運命的な出会いをする日本人香坂雄一郎。彼は在上海総領事館の電信官である。ここに「東トルキスタン民族殉教団」及びその鎮圧者としての中国公安、更に中国の国力増強を阻止したいCIAの陰謀が三つ巴となり、物語は北京オリンピックを控えた時代に激しく互いの思惑が交錯する。運命の嵐に弄ばれる香坂とライラの恋の行方はいかに?

かねてより、この中国という“共産党独裁政権国家”なるものは打倒されるべきで「国家の分散」が妥当と考えている僕としては本作で述べられている歴史認識は極めて納得のいくものである。たとえそれがCIAによる分析の形を借りたとしても。いわく、

『毛沢東という人物によって組織された中国共産党一党独裁体制のありようは中国独特のものであって、あたかも軟体動物のように、環境や状況によってその姿をどのようにでも変える、そんな無節操さが、国際社会や中国の民にとっていかに危険であるか(中略)、共産党員という一握りの特権階級が、十数億の中国人民を絶対的な隷属の元に置く。このような形は太古から中国人に刷り込まれてきた。かっての皇帝による独裁体制が形を変えて、今日の共産党独裁にまで脈々と受け継がれてきたに過ぎない。』というもの。まことにその通りだと考える。

更に一歩進めて考えると、そもそも周辺の新疆ウイグル自治区であれチベット自治区の併合も彼ら漢族としての「中華思想」が根底にあると思われ、全ての中国人の諸悪の根源はこの「中華思想」に尽きる感が在る。
したがって、かって森詠が「燃える波濤」の中で述べたように、現在の中国は4つか5つに分かれることが望ましい。
前述の新疆ウイグル自治区やチベットは本来中国のものではないのだから。ましてや彼らは中国人でもないし、完全に独自の文化を築いている民族なのだから。あと、内モンゴルや旧満州の東北部もまたかって漢人が呼んだところの“蛮族”なのだろうから手を出すべきではないだろう。
漢族は漢族だけで固まり、いつまでも勝手に「中華思想」をおしいだけばよろしい。決して外に向かってそのエゴ丸出し、傲慢不遜な態度を持ち出してはならない。

本編に登場する著名な人物はほぼ実名である点が興味深い。例えばマスード(北部同盟の指揮官)オサマ・ビン・ラディン、コンドリーザ・ライス(現国務長官)、江沢民ほか黄菊、買慶林などのいわゆる上海幇、そして胡錦濤(国家主席)。

最後の“落ち”は賛否両論分かれるところであろうが、現実的にはあのような決断を中国人が取るとは到底信じられないことを記しておきたい。エンタメとしては及第点の冒険小説ではなかろうか。