sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

4月のつぶやき:前半

2024-05-27 | つぶやき
あーとうとう終わってしまった。多聞丸をもっとずっと見ていたかった。
576日、ありがとうございました。新聞小説というのは不思議な体験だな。
毎日ほんの少しずつ読みながら、いつか大きな物語にハマって別れがたくなっている。


お風呂上がりに汗がひかず、夏用寝巻きになりました(古いコットンシャツ)。
先週まで冬用(古いセーター)着てたのにね。


日本の人が外国から来た人や外国ルーツを持つ人に「国に帰れ!」と言うのを時々見るけど、
今まで見たほぼ全部が言うべきでない言葉だった。
弱いものいじめや意地悪や八つ当たりや不寛容の差別でしかなかった。
では言っていいケースもあるのか、それはどういう時か?
パレスチナのイスラエルには言っていいと思う。ウクライナのロシアにも。
あるいは朝鮮を支配してた時の大日本帝国にも。
大きさ強さを武器に人の土地を支配しようとやってきた相手に対してなら、国へ帰れと言っていい。
在日として何度もそういことを言われてきたし、
クルド人に対してそういうことを言う人たちをさっき目にしたのだった。


先週新聞でイスラエル人とパレスチナの人の主張を並べて載せてあるページを数日読んだけど、
やっぱりイスラエルがやばい(おかしい)。
2000年前に神に与えられた土地で聖書に書いてあるから「疑う余地はない」って・・・?
聖書の2000年前の話は正しく今の国際社会からの批判は間違いだって?
パレスチナの方は、兄を殺された青年がハマスを支持すると書いてた。
でも翌日の記事では女性二人がそれぞれ相手側への思いやりを持って、
共存の方法はないか、話し合いで解決できないかとなどと述べていた。
圧倒的にこちらがまともなのに、まともな声は聞こえにくいのな。


いろいろと疲れて、猫はどこ?猫よ。


AIの戦争への導入の一番悪いところは、精度の問題や非情さだけではなく、
倫理的な責任を有耶無耶にしてしまえるところじゃないかな。
AIのせいにすれば良心も痛まない。
自分が殺したのではなくAIが判断したからなのだと自分自身に言い訳できて
責任転嫁できて、良心が痛まずに済むのはおそろしいことだ。


コロンビア大でイスラエルのガザ攻撃に抗議する座り込みデモをした学生が100人以上逮捕された。
彼らの抗議活動を許すのは「反ユダヤ主義を認めることになる」と
寄付者でもある卒業生からの批判に応えたものらしい。
何を言ってるのか・・・反ユダヤ主義、関係ないよね…
学長「反ユダヤ主義はコロンビア大の使命目標価値観教えに反する」と。
反ユダヤ主義に関してはそれでいいよ。
でもガザへの攻撃を批判することは、反ユダヤ主義には関係ない。
イスラエルは何をしてもいいというのか。侵略支配抑圧の果てに虐殺までしても、
ユダヤ人であれば批判してはいけないのか。
イスラエルのすることは、どんなことも批判できないと言うなら、
コロンビア大には良心も論理も倫理も、当たり前に物事を考える知性さえもない。
コロンビア大がそんな差別主義の反知性の学校でしかないのは残念なことだ。


美味しいものを食べることにだいぶ情熱を割いていたけど、
元々のエネルギーが少ないので、それを少し見直すことにした。


嘘を一つもつかずに4月1日が終わりましたよ。


「オッペンハイマー」を見た後に、ハンナアーレント「人間の条件」の6章を読んでると
あれこれ身につまされる。核よ、ああ核よ。


カゴに本やワインを詰めて、桜の木の横のベンチへ。
どこも痛くなくトコトコ歩けて、仕事をしてから、ワインを飲みながら本を読めて、
なんと恵まれたことだろうと思う。
春は誰にでも来るけど、それを気持ちよく味わえる痛みのない体や時間や場所は
誰にでもあるものではないから、ほんとにありがたいことだなぁ。


本は、今夜の読書会のハンナ・アーレントと、クレストブックスの「ルクレツィアの肖像」。
16世紀のルクレツィア、共感をさらりと拒むけど、めちゃくちゃ面白い。
未熟で賢い自由と野生の子。


午後の予定まで時間ができたのでパセリパンを焼いてる。
98円でわたしの頭ほどある大きなパセリの袋を買ったのでした。
パンに混ぜ込むのはココア以外は初めて。上手く焼けるかな。美味しいかな?


ルクレツィア、賢くて繊細で感受性と想像力が強すぎて、たくさんのことが見えてわかるのに、
無力でオロオロとパニックになってるばかりの16歳の女子。
モタモタしすぎてちょっとイラッとするところがあるけど、
彼女の心の中にいる誰にも飼い慣らされない強く美しい雌虎を思うと、やはり共感を持ってしまう。
「ルクレツィアの肖像」
心に虎を飼っているルクレツィアのことを考えて過ごしていたので、
フリーダ・カーロのドキュメンタリーを見たら素晴らしくて震えた。
フリーダ・カーロを知ったのは40年前、学生の頃。衝撃を受けたけど
彼女の絵もディエゴ・リベラのことも、今から思うとあんまりわかってなかったなぁ。
フリーダの彼への愛も。
今はとてもよくわかる。とてもとてもよくわかる。

フリーダの絵を動かしたりするアニメーションが素晴らしい。素晴らしいわ。


わたしの心の中の虎は、なんで消えてしまったんだろうな…
まだいるかな。

ルクレツィアよ、フリーダよ。


ダメダメと充実との間が短い。極端である。今日は今のところだいぶダメダメ。
休みの日にダメダメで計画が立てられないとそのままもっとダメになる。
そういうときはとりあえず、掃除をするか片付けをするか外を歩くかブログを書く、
のどれかをすればスイッチが入るかも。

で、ブログを書き始めたけど、猫の邪魔にあって諦める。最近猫の邪魔が激しい・・・


初めて猫が寝言でクンクンいうのを聞いた!かわいいなぁ。


服をだいぶ整理した。捨てるつもりはなく、整理だけできたらいいやと思ってたのに
大きな袋いっぱい捨てられました。
気持ちすっきりしてお散歩に出て満開の桜にあんぐりを口を開けながら見惚れて、
あとは本屋でじっくり立ち読みして2冊買って、スーパーで花とセロリを買ってきた。
朝は微妙だったけど、まあまあ良い土曜だった。


そんなに飲まずに元気に帰ってきて、早めに11時頃には寝たのに1時過ぎからずっと吐いてる。
胃が弱くて消化能力無さすぎる。。。
苦しくて1時間で5回吐いて、くたくたで眠りたいけど、
まだあの辺りにはゴロゴロと石ころがあるようなしんどさがあるしお腹も壊してる。
悪いものは食べてないと思うけど。。。

結局3時時間以くらいの間に6回吐いて、お腹も壊して10回くらいトイレに。
その合間ずっと胃が気持ち悪くて痛くて眠れず。しんどかったー。
今はヨレヨレの胃だけど痛みはない。今朝は野菜のスムージーは無理だな。


今回は食事の量や脂っこさとかじゃない気がする。何かに当たったとしか思えないけど、
一緒に食べてた人は何度なく元気だったようなので、なんだろう…
胃腸壊した後、熱も出てしんどかった。
でも一晩寒くてセーター着て湯たんぽ抱えて寝たら下がりました。


「自分だけ中心だと関心持たれないし、人だけ中心だと空っぽに見えるから。
たまに自分の関心事がみんなの関心事と一致する人がいて、とても強いと思う。」って
SNSだけじゃなく人間関係全般に言える気がします。空っぽな発信ってすごく多くて、
でもセンスがいいと一時的には人気が出ることがあるかもしれないけど、
結局すぐに息切れしていきますね。



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