かどの煙草屋までの旅 

路上散策で見つけた気になるものたち…
ちょっと昔の近代の風景に心惹かれます

新城小学校楼門・校門(愛知県新城市)

2014-05-31 | まちかどの20世紀遺産

 別所街道の中町交差点を南へ入った所にある新城小学校に、昭和10年に竣工した楼門と校門が現存しています。楼門は純和風の木造建築で、同じ年に建てられたアールデコ風のRC造の講堂(現存せず)が洋風なので、対照的なスタイルの楼門と講堂で和魂洋才を表現したのでしょうか。

 楼門の脇には雨天時の講堂への移動のための、脇廊が設けられていましたが、講堂が建て替えられたため現在は途中で切断された形で保存されています。それにしても講堂が取り壊されたのは残念で、昭和10年築の楼門と講堂、和洋のセットで残っていたらなあ~と悔やまれます・・・
 

◆新城小学校楼門・校門/新城市西船入76 
 竣工:昭和10年(1935)
 構造:楼門/木造、校門/石造
 撮影:2014/05/03 


■楼門の左に見える屋根は新しく建て替えられた体育館



■この脇廊で講堂とつながっていました



■楼門の前に設けられた石造りの校門


田口医院(愛知県新城市)

2014-05-28 | 東三河の近代建築

 別所街道を豊寿園から西へ100mほど行くと、左手に一目で戦前築と分かる昭和モダンな医院建築があります。ファサードはパラペット造にして、屋根の上まで壁を立ち上げ、全体は直線的なデザインながら、玄関廻りや1、2階の間の壁面などに装飾が施され、それが外観のアクセントになっています。玄関前に残る門柱も当時のままで、昭和戦前期の新城の別所街道の様子を今に伝える貴重な近代建築です。

◆田口医院/愛知県新城市字町並130
 竣工:昭和4年(1929)
 施工:滝本屋・山本又蔵
 構造:パラペット造2階建
 撮影:2014/05/03


■旧街道沿いに唯一残る昭和モダンな面影を残す医院





■玄関周りはどこかイスラムのモスクを思わせるデザイン




■門柱も当時のまま残されています



■1~2階の壁面には植物?をモチーフにしたレリーフ



オオキンケイギクの咲くころ

2014-05-25 | ありふれた日常

 今日は昼から時間が空いたので、3時間ほど日曜恒例のポタリングに出かけました。いつもの木曽三川公園をめぐる木曽川堤防のサイクリングコースをひとまわりすると、心地良い汗を流せました。ところでこの時期になると木曽川河畔は一斉に黄色い花に埋め尽くされます。岐阜県各務原市、愛知県江南市、一宮市の木曽川堤防斜面や河原は、オオキンケイギクの一大群生地になっているのですが、最近はその繁殖力が災いし侵略的外来種として駆除の対象になっています。 

 オオキンケイギクを木曽川の堤防で初めて見たのは20年ほど前になります。最初は堤防道路の路肩に5月~6月頃になるとぽつぽつと黄色い可愛い花をつけていました。それが年々ものすごい勢いで広がり、気がつくと各務原~江南の木曽川の堤防斜面は、一面オオキンケイギクのお花畑になっていたのでした。

 このオオキンケイギクが外来生物で、日本の侵略的外来種ワースト100に選定されているのを知ったのは数年前のことですが、その繁殖力からするとさもありなんという感じです。もともとは観賞用に輸入され、繁殖力が強く荒れ地でも生育可能なので、緑化用に瞬く間に日本全土に広がったようです。意図せず何かと一緒に自然に入ってきたものは仕方がないとしても、人の手によって意図的に導入され、都合が悪くなったら駆除するという例(ジャンボタニシやブラックバスなど)も多いようです。どんな生物でも種を残すために繁殖するのは自然の摂理、外来生物といえどもそのこと自体に罪はないと思うのですが。過去には人間の都合で絶滅した種も数知れませんが、オオキンケイギクはそんな事情はどこ吹く風、今年も変わらず花を咲かせています。


■木曽三川公園かさだ広場東側の河原に群生するオオキンケイギク(岐阜県各務原市)
侵略的外来種といういかめしい名を付けられていますが、一面の花畑はやっぱりきれいです



■木曽川沿いのサイクリングロードにも進出しています







■河川環境楽園にちょっと寄り道
淡水魚専門の水族館としては世界最大級の岐阜県世界淡水魚園水族館(アクア・トトぎふ)があります(岐阜県各務原市)



■木曽川から導水した木曽川水園



■愛知県側木曽川堤防のサイクリングロード~向かって左側の塔はツインアーチ138(愛知県一宮市)



■サイクリングロードより名岐バイパス(国道22号)木曽川橋梁を望む
JR岐阜駅前の高層ビル、岐阜シティ・タワー43と岐阜スカイウイング37が遠望できる



■ウマ、パンダ、トラ、シマウマさんたちは、みんなホニュウ類の仲良しグループ。
カエルさんはリョウセイ類なので仲間に入れません。

撮影:2014/05/25


豊寿園(愛知県新城市)

2014-05-23 | 東三河の近代建築

 新城市町並の別所街道を歩いていて、偶然にも絵に描いた様な洋風ファサードの看板建築を見つけました。この建物は豊寿園という戦前からの老舗の和菓子屋さんですが、近代建築の資料にも掲載が無く、まったくのノーマーク物件だったので、「ほんと出会えてよかった!」という感じで、まさに建築探訪冥利に尽きます。

 最近は大正末~昭和戦前期に建てられた看板建築は老朽化による取り壊しなどで激減しており、愛知県でこれだけ良い状態の現役で営業している看板建築に出会えるのはめったにありません。一近代建築ファンとしては、このままの店舗で少しでも長く、美味しいお菓子を造り続けていただけることを願うばかりです。

 豊寿園さんのHPを調べてみると、創業は前身の太田屋時代の明治時代までさかのぼるそうで、現在の店舗は大正末頃に建てられたようで、その当時撮影された店舗の写真が掲載されています。HPにはその当時の別所街道の写真もあり、大正~昭和にかけての新城の町の様子がご覧になれます。
「御菓子司 豊寿園」HP→http://www.h6.dion.ne.jp/~ho-juen/index.htm

■看板建築とは~
関東大震災(大正12年)後、商店建築などに用いられた建築様式。典型的なものは木造2階建ての店舗兼住宅で、建物前面を平坦として(軒を前面に出さない)モルタルや銅板で仕上げて装飾をつける。ちょうど看板のような平坦な壁を利用して、しばしば自由なデザインが試みられたため、看板建築と命名された。(wikipedia 看板建築より引用)


■愛知県でも当時のままの外観で、現役で営業している数少ない看板建築だと思われます。
「ALWAYS三丁目の夕日」の映画にそのまま使えそう。




◆豊寿園/愛知県新城市字町並146
 竣工:大正末頃
 構造:木造2階建
 撮影:2014/05/03


飯田線沿線散策~新城建築散歩/その2(愛知県新城市)

2014-05-21 | まち歩き

 日野屋商店から別所街道を新城駅方面へ戻りましたが、昔の面影を残す建物にはほとんど出会えませんでした。それでも洋風ファサードのレトロな商店とモダンな医院が現存しており、はるばる来たかいがありました(詳細は次回アップ予定)。中町交差点付近にも、旧街道の面影を残す商店が数軒残っていました。

■旧街道の面影を残す中町交差点付近の商店建築(町並)


■別所街道から南へ入った路地(町並)



■突き当りの建物は新城市役所



■市役所の前にある年代物の邸宅(東入船)



■新城駅の西側を流れる小川にかかる「つきみはし」(宮ノ西)



■金属製の銘板(昭和13年11月竣功)



■ブロック塀もこだわるとこうなります(杉山)



」」」」」」」」 番外編~ちょっと昭和な喫茶店 」」」」」」」

■新城駅前で見つけた昭和の匂いがする喫茶店2軒(宮ノ西)
マスターの珈琲へのこだわりと人柄を感じる店名です。時間の都合で珈琲が味わえなかったのは残念。



■このカタカナ二文字の潔い店名が良いですねぇ~。サチとかユキとか・・・・


学生~独身時代(昭和50年代)はよくこういう喫茶店で時間をつぶしたものでした。
最近はほとんど喫茶店とはご無沙汰で、たまに入ってもコメダやスタバのようなチェーン店ばかり。
個人経営のちょっと昭和レトロな喫茶店、いつまでも名物マスターとともに残ってほしいものです。


飯田線沿線散策~新城建築散歩/その1(愛知県新城市)

2014-05-18 | まち歩き

 三河大野から豊橋方面へ戻り新城駅で下車、飯田線に沿って新城の中心街を東西に走る別所街道界隈を散策しました。特に新城駅の南側から別所街道までの一帯の旧市街地は、昭和戦前期の商店や医院の優良物件が現存しており、建築散歩が楽しめました。


■JR飯田線新城駅~昭和の雰囲気が漂う駅舎



■新城駅前から別所街道へ向かう駅前通り。まずは東(向かって左)へ向かいます。



■新城駅の東、飯田線と別所街道に挟まれた宮ノ前、的場、町並界隈には古い町屋や商店が残っています







■その名も桃牛寺という寺院の煉瓦塀。和風のお寺に洋風の煉瓦塀の取り合わせが良いですね。



■別所街道沿いにある日野屋商店(創業1864年の老舗)の店舗と酒蔵






溝口時計店(愛知県新城市)

2014-05-16 | 東三河の近代建築

 旧大野宿の中心鳳来館のある交差点から南へ100mほどの所に、洋風ファサードの昭和な商店があります。昭和初に建てられた溝口時計店で、通りに面したファサードは丸窓や幾何学模様の装飾など当時の表現主義風のモダンなデザインを取り入れています。


■旧大野宿の昭和戦前期を代表する商店建築


■看板建築風の洋風ファサードに意味不明の幾何学模様の装飾、丸窓とスクラッチタイルがたまりません。
JOE COOLさんからのご教授で、幾何学模様は五階菱(ごかいびし)という家紋と判明。
家紋をさりげなく装飾にしてしまうセンスに脱帽です。



■ショーウインドウには1986年のポスターが貼られたまま、30年前で時が止まっています



鳳来館/旧大野銀行本店(愛知県新城市)

2014-05-13 | 東三河の近代建築

 三河大野駅から東へ300mほど、旧大野宿の中心部、別所街道と秋葉街道が交わる交差点の角に立派な洋風建築があります。大正13年(1924)大野銀行の本店として建てられたもので、戦後は東海銀行、東三信用組合などを経て、2006年まで豊川信用金庫鳳来支店三河大野出張所として使われていました。その後2007年に大野宿 美術珈琲鳳来館としてオープン、喫茶兼ギャラリーとして再活用されています。

 建物は交差点の東南角に正面玄関を配置、隅を丸くした当時の銀行やオフィスビルによく見られる外観です。外壁は石積風で1~2階を貫く付け柱や、玄関周りのオーダーやメダイオンの装飾が見所。鳳来館としてよみがえった大正時代の銀行は、林業と養蚕で栄えた鳳来町大野宿の往時をしのぶランドマーク的存在として、地域の人々に親しまれています。


■鳳来館(旧大野銀行本店)/愛知県新城市大野上野17-2
 竣工:大正13年(1924)
 設計:志水正太郎
 施工:志水建築業務店
 構造:RC造2階建(2階床、屋根は木造)
 撮影:2014/05/03
 ※国登録有形文化財

※建物内部がご覧になれます→大野宿 美術珈琲 鳳来館


■建物東南正面


■建物南側側面



■東南角玄関周り



■玄関周りの装飾が見所





■本館の西側には初代本店と同時期(明治中期)に建てられたと思われる土蔵も残っています


日曜散歩~岡本太郎をしのぶ

2014-05-11 | ありふれた日常

 今日は朝から上天気、午前中はゴーヤと朝顔をプランターに植えました。ホームセンターへ行ったり、ネットを張ったりで、結構時間がかかってしまい、気がつくとお昼を過ぎていました。夏に備えてグリーンのカーテンにするつもりですが、あわよくばゴーヤが収穫できればなんていう淡い期待もちょっとあります。4時過ぎから最近始めた日曜恒例の散歩に出かけました。日差しは強いものの風は心地良く、今日はいつもの川沿いの道を南へ向かいました。


■川沿いのいつもの散歩道





■最近は堤防をやたらコンクリートで固めず、自然環境に配慮した川づくりをしているようです。
そういえば子供のころ魚釣りをしたり、ザリガニを採ったりした近所の小川はこんな感じでした。



■この時期は田んぼのレンゲソウがきれいです



■ガウディ風ベンチ・・・ちょっとちがうか?



■丸ポストのある風景


■遠くに犬山城が見えます



■万博と言えば大阪万博を連想する人は、左手の塔を見てピンと来るのでは。
その名も「若い太陽の塔」で、大阪万博のシンボル「太陽の塔」の試作品としてモンキーパーク内に1969年に建てられました。
塔のてっぺんの太陽の造形は、まさしく岡本太郎ならではの「芸術は爆発だ!」



本日のおともはハービー・ハンコックの「処女航海/Maiden Voyage」
曲はすべてハンコックのオリジナルで、従来のジャズの枠にとらわれない、後のフュージョンへとつながる先駆的アルバム。
マイルス・グループの僚友ロン・カーター、トニー・ウィリアムスなどが参加、60年代を代表する名盤。
「リターン・トゥ・フォーエヴァー」と並ぶ学生時代からのわたしの愛聴盤の一枚。




NHK朝ドラ「花子とアン」ロケ地in明治村(2)~蓮様のお見合い場所/帝国ホテル中央玄関

2014-05-10 | 明治村散歩

 「花子とアン」も5月5日から第6週目に入りました。修和女学校で、はな(吉高由里子)と腹心の友になった蓮子(仲間由紀恵)に突然見合いの話しが舞い込みます。落ち目の伯爵家を救うため、蓮子は兄の頼みで「九州の石炭王」とホテルでお見合いする羽目になるのですが・・・

 お見合い場所のホテルという設定で、明治村の帝国ホテル中央玄関のロビーが登場しました。この建物の設計は、言わずと知れた20世紀建築界の巨匠、フランク・ロイド・ライト。建物内外は透かし彫りのテラコッタや大谷石の彫刻で埋め尽くされ、まさに唯一無二のライトならではの独創的な空間が広がります。


■帝国ホテル中央玄関/大正12年(1923)/設計:フランク・ロイド・ライト







■帝国ホテル中央玄関ロビー~彫の深い大谷石のテラコッタの造形が光と影を織りなし、ライト特有の空間が広がります


■ロビー2階より吹き抜き空間を望む(正面1階は玄関、2階はティーバルコニー)



■まさにこのロビーの席で蓮様がお見合いをしていました(玄関を入りロビーに向かって右側)
明治村においでの際は、この椅子に座ってぼんやりするするのがお奨めです。
とにかく居心地がいいので、ライトの空間にどっぷり浸り、しばし時間がたつのを忘れます。
また2階のティーバルコニーでゆっくりお茶すれば、さらに至福のひと時が過ごせます。



■メインロビーの中央は3階までの吹き抜きの大空間ですが、周りの空間は天井や床の高さを変え、落ち着いた空間をつくりだしています



 帝国ホテルは1967年、老朽化を理由に解体が発表されたのですが、時の首相佐藤栄作の鶴の一声で明治村への保存が決定しました。結局中央玄関部分だけの保存になりましたが、佐藤首相の英断が無ければ、世界的な文化遺産ともいえるライトの帝国ホテルを現在もこの目で見ることはかなわかったのです。映画やTVドラマで帝国ホテルを見るたびに、「明治村があってほんとうによかったなあ」と思います。

 建築は外観を見るだけでは、その本当の素晴らしさの半分も体験できません。実際に帝国ホテルのロビーの椅子に座り、その贅沢な空間に身を浸せば、時間とともに深みを増した年代物の名酒を味わうような、芳醇なひと時を過ごすことができます。


木曽川サイクリング~その2(フラワーパーク江南)

2014-05-07 | ありふれた日常

 木曽川サイクリング後半です。かさだ広場から川島大橋を渡り再び愛知県へ、木曽川の堤防を上流へ走りフラワーパーク江南でひと休みです。今回利用したサイクリングコースは、国営木曽三川公園の三派川地区を結ぶ自転車専用コースで、フラワーパーク江南(愛知県江南市)~138タワーパーク(愛知県一宮市)~河川環境楽園~かさだ広場・各務原アウトドアフィールド(岐阜県各務原市)を快適なサイクリングが楽しめます。


■フラワーパークは初夏の花が咲き誇っていました
 


















公園のベンチに座り、お気に入りの音楽を聴きながら連休最終日をのんびり過ごす。
本日のおともはチック・コリアひきいるリターン・トゥー・フォーエヴァーの同名デビューアルバム。
70年代ジャズ/フュージョンの名盤でカモメのジャケットも有名。
あの頃から数えられないくらい聴いている愛聴盤だが、現在も十分新鮮さを保っている。
フュージョン・クロスオーバーと言われる音楽も、70~80年代に音楽界を席巻したが、今聴いても観賞に耐えうる楽曲はほんの一握り。
「やっぱり良いものだけが、時代を超えて受け継がれ残っていくのだなあ~」とベンチで初夏の風にあたりながらしみじみ聴いてしまいました...
そしてしみじみ思うのは、ああ~連休が終わってしまう....





木曽川サイクリング~その1(江南~かさだ広場)

2014-05-06 | ありふれた日常

4連休の最終日、昨日一日雨で家でゴロゴロしていたので身体を動かしたくなり、例によって昼過ぎから自転車で出かけました。今回は犬山から江南の木曽川堤防沿いのサイクリングロードを下り、去年出来たばかりの各務原大橋を渡り岐阜県側へ、川島大橋から再び愛知県に戻り、最後は江南市のフラワーパークで休憩というコースです。


■愛知県江南市の木曽川沿いのサイクリングロードを下る



■右手にすいとぴあ江南のタワーが見える



■愛知~岐阜に架かる神明小網橋から木曽川下流を望む
右手に小さく見えるタワーは愛知県一宮市のツインアーチ138



■神明小網橋を渡り、堤防道路を上流に走るとちょっと変わった建物が見えてきます
岐阜県消防学校の訓練用施設で、ここで人命救助の訓練などを行うようです


■去年の3月に開通した各務原大橋







■誰だ、歩道に石を置いたのは!心配無用、石の形をしたベンチです



■各務原大橋を渡り岐阜県側のサイクリングロードをかさだ広場まで走ります



■岐阜県側も木曽川沿いに快適なサイクリングロードが整備されています



■マムシの絵が結構リアル



■のどかな休日の風景



飯田線沿線散策~三河大野(愛知県新城市/旧鳳来町大野宿)

2014-05-05 | まち歩き

 寒さと雑事にかまけて冬の間ずっと休んでいた近代建築探訪でしたが、気がつくといつの間にか初夏になっていました。こうしてはいられぬと、5月の連休初日の憲法記念日、満を持して今年初の本格的遠征を敢行しました。今回の遠征先は、今までずっと気になりながら果たせなかった愛知県奥三河地方、豊川市~新城市です。連休初日、道路は大渋滞が予想されるので、JR飯田線を利用して最初の目的地新城市の三河大野に向かいました。


 ところで今回はJR東海が発売している青空フリーパス(フリー区間内一日乗り放題、土・休日、年末年始限定2,570円也)という切符を初めて利用しました。これがなかなかに使えるすぐれもので、わたしの地元犬山から三河大野まで往復しても通常運賃の半額、つまり片道運賃だけで済んでしまうのです。さらに車で出かけた際の渋滞のわずらわしさと駐車場の心配、かなりの回数の途中下車を考えると、これはもう金額以上の大変なお得感です。

 地元駅から東海道線で豊橋駅まで1時間30分、飯田線の天竜峡行に乗り換えさらに1時間、列車に揺られること合計2時間30分、やっと鳳来寺山の南麓、山間の小さな三河大野駅に9時30分に到着。このあとは次の目的地新城まで戻るのですが、10時の列車を逃すと12時20分まで豊橋方面の列車が無いため、大野には正味30分の滞在時間ということで、駆け足の探訪になりました。


■三河大野駅はログハウス風の小さな駅舎で、旧鳳来町の町の鳥にちなんでコノハズクの木彫レリーフがあしらわれている。



■ホームから飯田方面を望む



■新城市大野地区は江戸時代から秋葉街道と別所街道が交わる交通の要所として賑わった宿場町。
左手の洋風建築は旧大野銀行本店で、現在は鳳来館として再活用され大野宿のランドマーク的存在。
養蚕と林業による明治~大正期の経済的発展はめざましく、他にも多くの銀行がこぞって支店を開いた。



■旧大野宿の町並み~現在の道はほとんど直線だが、旧街道や昔の道は緩やかに曲がりながら町並をつくっている。





■明治~昭和期の和洋の建物が残る旧市街地。左手の洋風ファサードの昭和な文具屋さんがなかなか良い味だ。



■旧大野宿で見つけた琺瑯看板。子どもの頃フエキ糊には大変お世話になりました(ちょっと水っぽいので紙がシワシワになる)
 



■今回利用した東海地区限定の青空フリーパス~途中下車し放題なので、これからの遠征にも威力を発揮しそうです。




連休2日目の昼下がり

2014-05-04 | ありふれた日常

 4連休の初日(5月3日)は、今年初の本格的な建築探訪ということで奥三河に遠征、いやというほど歩きました。明日からは天気が危なそうなので、今日も朝から出かけようと思っていたのですが、昨日の疲れですっかり寝過ごしてしまい(やっぱり歳ですね)、当初の遠征計画はどこへやら。朝食を終え新聞を読んでいると、「出かけないなら付き合ってよ」と妻のひとこと、園芸用品を買いにホームセンターに行く羽目になりました。

 そうこうしているうちに昼になってしまい、「あ~今日の建築探訪の計画が、こんなはずでは・・・」と後悔することしきり。それでもこんなに良い天気なので、家にいるのはもったいないとばかりに、午後から近場を自転車でポタリング。最後は先週から始めた日曜の散歩で、連休2日目はあっという間に過ぎて行ったのでした。



■これアヤメでしたっけ、それともカキツバタ?昔からいまだに見分けがつきません。



■犬山には大学の東西の両横綱、東大(演習林)と京大(霊長類研究所)の施設があります。
下は東大の演習林入口。右下に小さく立ち入り禁止の看板が....





■犬山市の東部の丘陵地帯にはため池がたくさんあります。





■ため池でのんびり釣りに興じる人たち。連休の昼下がりの光景。



■散歩の途中、氏神様へおまいり。



■散歩コースにはまだ懐かしい丸ポストが残っています。



■結局連休2日目は気が付いたら終わっていました。




本日のおともは、ビル・エヴァンスとジム・ホールの「Undercurrent」
ちなみに大学生のとき、ジャズ好きの友人の影響で初めて買ったジャズのレコードがこれ。
演奏はピアノとギターだけのデュオだが、二人のジャズ職人の掛け合いによるインプロビゼーションが堪能できる。
演奏もだがジャケットもわたし好みなので、LPで買っといてよかった。
明日は雨模様ということで、ゆっくり奥三河遠征の写真の整理をして、ブログにアップしようっ~と。