読んでいたフランクルの本に出てきた彼の言葉が胸にとまった。
「決断するのはつねに人間である。では、人間とは何であるのか。つねに決断する存在である。では、人間は何を決断するのか。次の瞬間に自分が何であるのかを決断するのである。」
一つの円を描くような彼の真実の言葉、それは輪廻の意味の含みもあるのか、繰り返される歴史の黄昏なのか、復活期待を意味するものなのか、自由を託されていることの意味なのか、その可能性だけには限りはないことへの救いがあると言うことなのか・・・。
だが、それだけが人間ではないと言うことを感じながら、にもかかわらず内省しながら深く味わいたい言葉である。
人間はつねに決断し、その決断の責任を負うことも人間なのだろうが、そこに絶望と希望があるのならば、私は切に希望だと叫びたい。