マザーテレサのマニアと言われることもたまにある。
マザーテレサが大好きなことに嘘はない。
ただマニアと言うか、そんなことの関係のない、神の愛を持ち働いている人たちを見てきた。
そして、自分は自分よりもマザーと詳しい人たちと働いてきた。
バーニーやジム、ママ、ジョンなどはほんとうにそうである。
自分の存在理由のためにマザーの名を語るのではなく、ただ彼女と神の愛のために生きているその純粋性を忘れてはならないと自身に問う。
ガンディーが言ったように「キリスト不在のキリスト教徒」にならないように、それは「マザー不在のマザー好き」にならないように自身に問う。
自分は祈らなくてはならない。
祈りが枯れることなく、ひたすらに祈りが必要である。
乾きを感じ、渇きを見出し、潤うように。
このうちが。